90. ここで生徒たちとはお別れです。
「うっ……ひっく……ぐす……」
あの後目が覚めたハルカはロティアを見るなり泣き始めた。
「だ、大丈夫か?」
「怖かった、ですよね」
「ほら、元気出しなさい」
三人でハルカをなんとか励まそうとするが、我ながら対応力がない言葉だと思う。
因みにロティアはヨルトスに連れていかれた。今頃はどっかで絞られていることだろう。
「なんなのよあいつぅ……もうやだぁかえりたいぃ~……」
拗ねたように言うハルカの心にはトラウマが出来てしまっているようで、精神が退行してしまっている。
口では「帰る」と言っているがその体が立つことはない。
「え~と、どうすれば……そうだ、俺たちに用事があって来たんだよな?」
「……うん。明日、教会まで来てほしいって」
明日!? 早いな、お別れとかしてねえぞ。
「それで、今日はここに泊まっていけって。でもあの人やだ」
はっきりとロティアを否定したが、だからって男子部屋に泊めるのはなあ……
「話は聞かせてもらったわ!」
「ひっ!」
急にドアを勢いよく開けて入ってきたロティアに怯え、ハルカは一番近くにいた俺を盾にするように隠れた。
「……怖がらせるな」
「にゃっ!」
ロティアの後ろにいたヨルトスが頭に手刀の一撃を加える。
「いった~……それで、私がヨルトスに動けないようにしてもらうことになったから、ハルカちゃんは安心していいわよ」
「……ホント?」
当然ハルカはロティアを警戒している。
俺はヨルトスに視線を向けたが、頷いてくれたのでまあ大丈夫だろ。
「ヨルトスの捕縛技術は俺たちが保証する。ついでにその二人が基本一緒にいるか、ハルカとロティアが一緒にいないようにでもするか。それならいいか?」
ハルカは俺たちを涙で潤んだ目で一通り見渡した後、小さく静かに頷いた。
夜は教員寮で送別会を開いてくれた。ちゃっかり参加しているハルカも元気を取り戻してきた。
あまり話したことがない教師たちとも一言を交わし、司書長などお世話になった人たちへの感謝も忘れない。
校長からも依頼達成のサインをもらった。料理ばかりで不安だったヴラーデも一応達成したことになるらしい。
そして更に、
「よう!」
「どうも」
「失礼します」
少し遅れてジョットたちもやってきた。どこからか明日出発だと聞いてきたようだ。
そこからは思い出を語り合う会になった。最初の出会いから今日の大会まで、非常に楽しく話せたと思う。
途中から教師たちは酔いが回ってきたのか関係ないことも話し始めた。
「送別会だったよなこれ?」
「もはや、飲み会、ですよね」
「まあテレビで見ただけのイメージだけどな。……ん?」
小夜と呆れ混じりに話していると、ぼっちになっているハルカを見つけた。
さっき来たばかりで話し相手がいないのは分かるが、別に寂しそうにはしておらず食事を楽しんでいるようだ。
「そういえばハルカって転生者だよな」
「そうですね」
「なら『ハルカ』って名前は自分で付けたのか?」
「捨て子だから、そうじゃない、でしょうか?」
二人で話しても予測の域を出ないし、思い切って尋ねてみると、
「ほーよ。あはひほへんへほははえはほ」
ハルカは食べ物を口に含んだまま答えた。
「何言ってるか分からんからちゃんと飲み込んでから喋ってくれ」
「……ふー。あたしの前世の名前よ。春の果実で春果。まあ今更漢字っぽく呼ばれるのもあれだし、さっきまでみたいにカタカナっぽく呼んでくれればいいわ」
漢字っぽくとかカタカナっぽくってなんだ。なんとなく分かるような分からんような。
「小夜っちの言う通り、あたしって捨て子だから親に付けられた名前なんてないのよね。一応あいつに名付けられはしたけど、あいつに付けられた名前なんて嫌だし」
『あいつ』というのはハルカの話に出てきたロリコン貴族のことだろう。
……『小夜っち』には突っ込んだ方が良いのだろうか。
「この世界じゃ日本の名前でも違和感は抱かれないみたいだし特に苦労はしてないわ。あんたたちも別に何か言われたことないでしょ?」
「まあそうだな」
とそこまで話したところで、手を叩く音が聞こえた。
「えー皆さん、一度こちらにご注目お願いします」
音を出したディナに全員の視線が集まる。酔ってる人もちゃんとディナの方を見てるし、ディナもそれなりの人数の注目を浴びて全く動じていないのはやはり王族としての風格か。
「宴もたけなわではございますが、時間も遅いのでここで私から先生の皆さんに一言贈りたいと思います」
その言葉に俺たちも生徒も自然とディナの近くに集まる。
「まずヴラーデ先生。毎日の食事と料理人の技術力上昇に貢献いただきありがとうございました。本当でしたら専属として雇いたいくらいなのですが……そのつもりはないですよね?」
「……ええ」
「では、またいつかあなたの料理を味わえる日を楽しみにしておりますので、必ず、戻ってきてくださいね?」
「分かったわ!」
何故一度俺を見たのかは知らないが、二人は再会の約束をしたようだ。
「ヨルトス先生。いつも影に徹しておられますが、一歩引いた位置から全体的なフォローをしていただいてありがとうございます。これからも周りの活躍が目立つことでしょうが、あなたの支えがあってこそだと信じております」
「……感謝する」
ヨルトスは目を逸らして答える。
一見無表情だが照れてるなあれは。褒められ慣れてなさそうだし。
「ロティア先生。一見自由奔放なようでいて誰よりも周りのことを考えているその行動に、将来国を治める者として多くのことを学ばせていただきました。これからも自分を含めて皆が幸せになれるようにお願い致します」
「……」
何も返事をしないと思ったら、ロティアはただ純粋に驚いていたようだった。珍しい。
「……はぁ、気を付けてはいたんだけどね。お姫様は侮れないわ、全く……」
「ふふ♪」
よく分からないが、あの二人に通じる何かがあったのだろう。
「サヤ先生。あなたもサポートに回ることが多かったですが、静かながらも激しい熱意は私たちにも火を着けていただきました。あなたならどんなものも真っ直ぐ狙い落せることと信じております」
「む……凄い、オブラート、ですね。ありがとう、ございます」
……俺が最後か。なんか恥ずかしい。
「ヨータ先生。戦闘と魔法の指導で大変お世話になりました。特にジョットの鼻を折っていただき――」
「ちょっと! オレ!?」
「はいはい、抑えて抑えて」
哀れジョット。
「自分の更なる可能性に気付かせていただき感謝の限りです。それと……」
ディナが俺の近くに寄り、小声で話す。
「そこにもう一人、いらっしゃいますよね?」
「なっ!?」
まさか、キュエレに気付いてる!?
(お前、なんかしたか!?)
《い、いや、何もしてないしできないよ!?》
「ふふ、そうやって時々視線が何もないところを見ていましたからね」
……しまった、やられた。
俺からすると視界にキュエレを映しているだけなのだが、他の人にそれが見えるわけがないことを完全に失念していた。
「どなたかは存じませんが、きっといつも見守ってくれていたのでしょう」
そんな大層なもんじゃないから。魔人だからこいつ。
「さて、先生方にお渡ししたいものがあります」
そう言うとロイが何かを五個取り出した。
「これは、私たち王族との友好の証です。これに私とあなたたちの魔力を同時に流して証とします。本来ならば正式な場を用意するのですが、その時間もなさそうなのでこっそり持ってきちゃいました」
意外とお姫様もアクティブだった件。
「これを見せれば三国の城には手続きなしで入ることができます。その他色々と融通が利くようになりますが……それは追々でいいですね」
色々を端折ってディナはまず俺に証を手渡し、同時に魔力を流す。
証は結構小さく、二人で同時に持つとどうしても手が触れ合い、そこを通じて少しディナの魔力が流れてきた。
……まさか。
「やっぱり……」
「? どうしました?」
「あぁ、なんでもない」
やっぱり契約者にディナが増えてる。
【繋がる魂】は俺と対象が触れ合った状態で魔力をお互いに流すと契約したことになる。それがここにきて誤爆したのだ。
……とりあえず、二頭身アイコンが狂戦士モードじゃなくて良かったということで。
「やっぱりこちらからも何か言わないとね! というわけでヨータお願い」
「俺かよ」
画面を確認したり現実逃避してる間に証を渡し終わったようで、ロティアが何故か俺に振ってくる。
ディナたちを見れば期待の視線。こういう時だけ子供っぽくなるなよ。
「……分かったよ。じゃあ、ディナ」
「はい」
「正直ディナについては何も心配してない。大会はギリギリだったがあんなのは所詮相性だ。戦闘に限った話じゃないが一人でできないことは周りに頼れ。特にお前にはそこの二人がついてるんだからな」
「ありがとうございます」
「次にロイ……勝手に増えるな」
ロイの方を見るといつの間に魔法を使ったのか二人に増えている。
「これが」
「今の」
「僕の」
「限界です」
「どちらが」
「本物か」
「お分かり」
「でしょうか?」
「一つずつ交互に喋るな」
【察知】でよく観察すると……
「なるほど、また随分と悪戯な問題だこと!」
言いながら剣を取り出し、二つとも斬る。周りからは悲鳴も聞こえた。
確信を持ってるのを示したかったんだが、ちょっとやり過ぎただろうか?
「ちょ、ちょっとヨータ!?」
「落ち着けヴラーデ、両方偽物だ」
「え?」
「死ぬところまで無駄にこだわって作らなくていいからさっさと出てこい」
「……お見事です」
二つの死体が揺らめいては消え、その後ろから本物のロイが出てくる。
「まだ僕は先生には敵いませんか……」
「お前は俺に勝つことに拘り過ぎだ。幻影で俺に勝って満足してるだけじゃ他の奴に負けるぞ。無理にこればっかり極める必要はねえし、お前の強みはむしろ複合魔法による多様性だ。何が相手でも打ち勝てるように日々それを磨いていけ」
「……はい」
さて。
「以上かな」
「ちょっと待てよおおぉぉぉ!」
「冗談だよ。お前は今度こそフェイントとかちゃんと覚えろ。何かあった時に先陣切るタイプだからな、そいつが馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでいってやられちゃあいざという時に守れねえぞ?」
「うぐ……」
「だがその真っ直ぐさは捨てるな。何があっても迷うな。自分が信じる道を突き進め。周りが道を見失ったとしてもお前が切り開いてやるんだ。いいな?」
「……おう」
今度こそ終わ――
「って違えだろ! そうじゃねえだろぉ!?」
「?」
「首を傾げるなあ!!」
叫びまくるジョットを見て、片手を顎に寄せる。
「……あぁ! そういえばロティア、筆記試験の結果ってどうなったんだ?」
「ち・げ・え!!」
「返すの忘れてたわね。はいこれ」
「サンキュ」
「無視すんな!」
もちろんわざととぼけているに過ぎない。筆記試験は本当に忘れかけてたが。
先にディナとロイに返却し、いよいよこいつの望みを叶えてやることにする。
「ギリギリロティアの目標点突破だ。おめでとう、ジョット」
「え、マジ? 危ねぇ……ん?」
ロティアのお仕置きが嫌だったのか先にそっちに安堵してしまったが、一歩遅れて気付いたようだ。
「今、名前……」
「忘れるわけねえだろ?」
「このヤロ、このタイミングまで伸ばすことねえじゃねえかよ……」
贅沢な奴め。呼んでやっただけありがたく思え。
しかしジョットをからかうの楽しいな。俺もそういう趣味に目覚めてしまったのだろうか。
「今度こそ以上だ」
「はい。皆さん、大変お世話になりました。ありがとうございました」
「「ありがとうございました!」」
最後に礼をした三人は時間が遅いこともあって自分の寮に帰り、その流れで送別会もお開きになった。
俺たちもいつの間にか寝ていたハルカを担いで部屋に戻り荷物の準備。
長いような短かったような、そんな教師生活も終わり、これからは魔王封印の旅に同行することになる。
是非とも全員無事に帰ってきて、再びディナたちに会いたいところだ。
そしてできれば今度こそルナを探し出したい。せめて手掛かりだけでもいいからそろそろ進展させてほしいところだ。
次回予告
陽太 「さて、人為さんと再会するわけですが……ロティアを会わせたくないです」
ヴラーデ「ホント、ここまで拒絶するの初めて見たわよ」
陽太 「長い付き合いの人が言うほどなので先行きがとんでもなく不安です」
小夜 「いざとなったら、私と、陽太さんと、ヴラーデさんで、逃げましょう」
陽太 「いや流石にそれはちょっと……」
小夜 「(´・ω・`)」
陽太 「そんな顔されても」




