86. 試験を見守りましょう。(中)
『皆様、お待たせ致しました! 闘技大会二日目、魔法部門の開始です!』
昨日とは違う女子生徒の声が響く。司会は一部門ごとなのか?
魔法部門についてだが、昨日とは違って即死しかねないので直接戦うわけにはいかない。
そのため学校で用意したいくつかの競技に挑み、その成績で競うんだそうだ。
『というわけで、最初の競技は手数の勝負です! 皆様、上をご覧ください!』
この部屋からでも見える空を、フリスビーのような円盤が飛び交っている。密度が濃いので適当に撃っても当たりそうだな。
『選手の方たちには、タイムアップまで魔法をあの的に当てていただきます。的は最初に触れた魔力を保存し、後で誰の魔法が当たったかを判別するのに使用します。当然、より多くの的に魔法を当てれば好成績となりますので、是非頑張ってください!』
因みに的は例によってルオさんたちが開発した魔導具だ。実は放課後や休日に時々呼び出しがあって【付与】スキルが必要になる部分を頼まれることがあった。
忘れられてそうな設定だがちゃんと仕事はしているのだ。……ってなんでメタなこと考えてんだ俺。
『それでは最初のグループから参りましょう。まず――』
昨日と同じく人数がかなり多いので分けられているグループの数も多い。この数で一日使うとなると……あまり競技数はないかもな。
さて、この競技だが、当然【詠唱短縮】や【無詠唱】スキルがある方が有利だし、一回の魔法で複数の的に当てられるならそれも効率的だ。
とはいえ、的が飛び交う中に魔法を維持して的の方から当たりに行くようにするのは若干趣旨から外れるので、的には触れた魔法から多めに魔力を吸収するように設定されている。
競技の様子だが、色んな種類の魔法が数多く飛んでいて幻想的な光景を作り出している。こういうのを見ると一年経った今でもここがファンタジーの世界なんだと実感してしまう。
……まあ、実際は詠唱の手間があるので一人あたりではそんなに飛ばしてないし、そもそも的まで届いていないものもあるのだが。
《あの時のピカピカみたい……》
キュエレはかつて棚に並べていた魂の様子を思い出したようだ。人の魂であることを考慮しなければあれも綺麗だったんだがな。
「陽太さん、あそこ……」
小夜が示した先では二人の生徒が喧嘩している。
たまたま見ていた小夜曰く二人の魔法がぶつかってしまったらしい。恐らく妨害されたとでも言い合っているんだろう。
これも試験の範囲なのか、周りの生徒はもちろん教師たちも止める気配はない。喧嘩する暇があるなら少しでも魔法を飛ばせばいいものを。
因みに教師たちは生徒の動向を見ているだけではなく上に届かずに落ちてきた魔法の処理もしている。何気に凄い。
制限時間が近付いてくれば今度は疲れ始めた生徒の姿が目立ってくる。大体少し休むか無理をして魔法を撃つが届かないかのどちらかだ。
タイムアップの笛が鳴り的が飛ばなくなる頃には、ほとんどの選手が疲れ果てていた。
そしてロイがいるグループの番。昨日のジョットの活躍のせいか、注目がかなり集まっている。
開始直後、ロイが詠唱を始める。……あいつ【詠唱短縮】できるはずなんだが、何を狙ってるんだ?
しばらくすると、ロイを中心に選手たちの間を強風が吹き抜けた。さっきまで上手く見えなかったが、杖の魔石が三色に輝いているのが一瞬見えた。
「あ! あれ見て!」
ヴラーデが指した空に、灰色の雲が出来ている。そういえば若干暗くなったような気もする。言われなければ気付かなさそうなくらいだが。
しかし雲にしては高度が低いように感じるな。……いや、まさか?
『おっと、雨ですね。競技を中断して様子を……はい、何でしょうか? ……え? 止めなくていい?』
ハイテンションな実況を中断した司会が誰かと会話している。
あの雲は雨を降らし、的だけでなく戸惑う生徒たちも濡らしていく……と思ったらロイだけ【風魔法】で器用に雨を周りに流して濡れないようにしている。
『ここで驚きの情報です! この雨、なんとロイクス選手の魔法によるもの! 的を独り占めだ~!!』
やっぱりそうか。ロイだけ魔法を的に飛ばす様子がなかったし、雲の高さも低い。
だが、ロティア曰く、これを【水魔法】だけでやろうとすれば雲を上空に生み出すだけでなく雨を降らせるコントロールをしなければならず、多めの魔力量と高い技術が必要だそうだ。
恐らくだが、上昇気流を発生させて雲を作ったんだろう。さっきの強風もこれだな。
それだけだと雨にロイの魔力が含まれないから、【水魔法】で予め空気中の水分を増やしていたんじゃなかろうか。
このやり方なら、増やした水分から魔力が抜けないように維持しておけば雨が勝手に降るんじゃないかと思う。
【火魔法】の出番を考えるなら、上昇気流を発生させるために空気を局所的に温めて気圧差を生み出した、というところか。そう考えると【風魔法】で空気をコントロールして直接上昇気流を発生させるよりは楽そうだ。
合ってるかは分からないが、複数の魔法を同時に扱えるロイだからこそできる芸当だな。
……実際、気温と湿度をどのくらい上げればこうなるのかは分からないが、とりあえず魔法凄いってことで。
因みに、的全部に雨が降ってしまい他の人が的に当てることができないので、昨日のようにロイ以外でやり直したのは言うまでもない。
『続いての競技は精度の勝負です!』
再び的当てだが、今回は的は一人一つ。最初はそれなりの距離と大きさでかなり当てやすいが、徐々に難易度が上がっていく。時間の関係上自己申告で一気に難易度を上げることも可能だが、外せば終了となっている。
難易度の上がり方は様々で、今見ている分だけでも的が遠くなったり小さくなったりしているし、動き始めることもあった。
的が動き始めるところで一度距離と大きさはリセットされているが、やはり動く的を狙うのは難しいのか、それまでなんとか当て続けてきた生徒も多くが外し始めている。
結局、的の動きに不規則さが少し追加されると当てられる人はいなかった。
……あれ結構難易度高いな。ここから更に難しくなるのかと思うと自信が薄らいでくる。【空間魔法】なら的の位置を固定するだけだから楽だが、剣から刃を飛ばして当てるのを考えるときつい。
でも小夜ならまだまだ余裕なのだろうかと思って一瞬視線を向けたら『もちろんです』と言わんばかりの自信たっぷりな視線が帰ってきた。
ロティアも小夜もどうして人の心を読めるんだ。
さて、肝心のロイの出番だが、今回のは――
「あら、全然心配してないみたいね」
「……まあな」
あの、俺ってそんな分かりやすいですかね。
「複数の魔法を同時に扱えるんだ、それを一つに絞れば……」
ロイは余裕そうに次々と的に魔法を当てている。
他の人が苦労していた動きのある的ですらロイには役不足。
魔法を当ててはいけない障害物が出てきても隙間を縫い、その障害物にまで動きが付いても的確なタイミングとスピードに調整した魔法でクリア。
「当然このくらいはできる」
流石にもっと仕掛けが増えたところで惜しくも失敗してしまったが……あれは仕方ない、ほぼ無理ゲーだ。
その後もここまで辿り着くものはおらず、二連続でダントツ一位を得ることができた。これで優勝はほぼ確定だろう。
『さあ、最後は威力! 全力を見せちゃってください!』
選手の前に立ち塞がるのは百枚並んだ壁。これに魔法を撃ちどこまで壊せるかを競うシンプルなもの。
強度は普通の生徒に合わせて作られているのか、どの生徒もそれなりな記録を叩き出している。
「……まずいな」
「何が?」
つい口に出てしまった言葉にヴラーデが反応した。
「いや、百枚じゃ間違いなく足りないと思ってさ」
「そうなの?」
「ああ。……これはちょっと言ってきた方が良いか?」
「……その必要はないみたいよ?」
「ん? ロティア、どういう意味だ?」
「ロイの順番を飛ばしてるわね」
……よく順番覚えてるな。でも言われてみればさっきロイより遅く出てきた人が既に出ているような……いややっぱり分かんねえや。
『え~、最後にロイクス選手なのですが、準備がありますので少々お待ちください』
確かにロイの順番を飛ばしていたようで、他の選手が終わった後に今までとは明らかに違う壁が設置されていく。
『お待たせしました。ここまでの成績から今回も百枚では足りないことが予想されますので、強度を十倍にしたものを用意させていただきました。そのため、一枚あたり十枚分の成績になります』
つまりロイだけ壁を千枚用意したようなもんだ。まあ千枚も並べるスペースは流石にないし妥当だろう。
ロイは詠唱を始め、杖の魔石が赤く光ってやがて青と緑も追加された。
そして放たれるのは、互いに絡み合う三色の光線。火が熱して水蒸気が生まれ風の勢いが増し、風は火の勢いを強め、また水を熱する。
最初に見た時とは違いバランスがとれているどころか威力を強め合うそれは、最初の壁など簡単に壊し十枚に達してもその勢いは止まらない。
『ろ、ロイクス選手、九十二枚! 記録、九百二十枚です!』
そんな好成績を出したにも関わらず、魔力を使い切って体を寝かせたロイの表情は少し不満そうだ。
実際、二つであればどの組み合わせでも制御可能になったし、三つも火・水・風の時だけだが完璧に扱えるようになったが、本人はまだまだのつもりで、いずれは三つでも組み合わせに関わらず制御できるようになって、更には四つにも挑戦したいらしい。
……将来が良い意味で怖いよ、先生は。
「ロイ、優勝おめでとうございます!」
「全部凄かったぞ!」
「うん、ありがと。ディナも頑張って」
「はい!」
当然、三つの競技で一位だったロイが優勝だった。これで明日ディナも優勝してくれればロティアによるお仕置き回避である。
「先生」
「なんだ?」
ロイが二人との会話を切り上げ、こっちに声を掛ける。
「先生は太陽の力でドラゴンをも倒したと聞きます」
【空間魔法】が足りてないが、間違いでもないので一応頷く。
「それなら、あの壁は何枚壊せましたか?」
スマホの中のキュエレに頼んで計算してもらったが……これは正直に言うべきだろうか。ロイ専用の壁百枚でも足りないらしい。そもそも壊すというよりは貫くことに特化してるから比較になるかも怪しいんだよな。どうしよう……
「……そうですか、やっぱり僕じゃ敵わないんですね」
「う……」
黙ってたらそう受け取られてしまい、目を逸らしてしまう。
不満そうだったのはそれが理由か。
「でも、いつか……いつか、絶対に追い抜いてみせます」
「……」
その決して揺るがなさそうな強い決意が込められた表情に少し驚いたが、それを隠すようにロイの頭に手を乗せる。
「……そっか。頑張れよ、ロイ」
「はい」
この分だとまだまだ成長するな、などと思いながら乗せた手をわしゃわしゃする。
「……ところで」
「?」
「初めて、名前呼んでくれましたね」
「……そうだっけ?」
「私も呼ばれたことないですね」
「オレもだな」
そういえば、本当に愛称とか呼び捨てとかしてもいいのか、って悩んで結局声に出したことはなかった気もする。心の中じゃ普通に呼んでいたんだが。
「まあ、ようやく僕も認められた、ということでしょうか」
いや、そんな意味合いは全然ないから。二人に向けてドヤ顔しなくていいから。
「くっ、何か負けた気がするぜ……」
「私たちも頑張りましょう、ジョット」
いや、また呼ぶに呼べなくなるから。やめてくれマジで。
次回予告
陽太「俺だけじゃなくて小夜も呼んでない気がする」
小夜「陽太さんが、知らないだけで、私は、呼んでいます。さん付け、ですが」
陽太「えっ。じゃあヴラーデ……そもそも呼ぶ機会がないか。ヨルトス……最近ロクに喋ってないな」
小夜「ロティアさんは、普通に、呼んでいますね」
陽太「じゃあマジで俺だけじゃん……」