82. 調査を妨害する魔の手が迫っています。
『はじめに
この本を手に取ったあなた、恐らく『月の魔女』について調査しようとしているのだろうが、私では残念ながらその正体に触れることはできなかった。
必死に集めた情報も既知のものしかないかもしれないが、可能な限りこの一冊に集約したつもりだ。
少しでもあなたの求める情報があることを願う。』
そんな前書きと直筆っぽいサインでこの本の内容は始まっていた。
この人がどれほど情報収集に長けた人物なのかは知らないが、もし優れた人物であったのならばそれほどの人物でも調査しきれなかったことになる。
ラーサムのギルドマスターであるイキュイさんですら知らないことも多いらしいし、あまり期待はしない方が良いのだろうか。
そう思いながら本を読み始める。
『ルナ、トーフェ王国の町ラーサムのギルドを拠点とするランク10+の冒険者で、『月の魔女』という二つ名が付いている。
ラーサムから少し離れたところに魔導具研究者ルオ・シフス氏と共同で建てた家に住んでいる。ルオ・シフス氏との関係は後述。』
まあ、そこら辺はラーサムの人なら誰もが知っているところだろう。
『しかし、出身や生い立ち等は一切不明であり、私は『ルナ』という名も偽名ではないかと考えている。
少なくとも確認できた最古の情報も、今と変わらぬ容姿で『ルナ』として冒険者活動を始めたところだった。
身体的特徴こそ純人のそれだが、三百年以上という純人にはあり得ない時を容姿が変わらないままに生きているのは確かな事実であり、彼女の謎は深まるばかりである。
魔人という説もあったが、魔人は魔物に近い種族であるために、人間にはない機能を持っていたり、逆に人間には必須の機能がなかったりするのを考慮すると彼女は人間であるとギルドが断定している。』
……『ルナ』が偽名か。それは考えたことがなかった。
まあ、もしそうだとしても俺には関係ないな。本名がどうであれ俺にとってルナはルナだ。
そういえば、本人は『一応純人だが昔色々あって二十歳くらいで肉体年齢も精神年齢も止まっている』と言ってたっけ。
因みに魔人について地味に初めて知った情報があったが、キュエレを見て納得した。キュエレは呼吸はするが食事や排泄を必要としていないからな。呼吸も魔力を取り込むためらしいし。
他にもプロフィールについての考察が書いてあったが、特に気になったところはなかった。
『ここからは『月の魔女』ルナの軌跡を追っていく。
しかし、前述の通り冒険者登録時以降の情報しかないことには了承してほしい。
彼女はシサール暦193年にラーサムのギルドにて冒険者登録、瞬く間にそのランクを上げていった。
魔法がメインではあるが、格闘戦や武器での戦闘まで何でもこなしたらしい。』
どうでもいいけど、やっぱりギルドの歴史長いよな。ついでにラーサムも。
『そして200年、ランク10となった彼女は第五代勇者の魔王封印の旅に同行、それを果たしてランク10+となった。
旅の詳細は歴代勇者のそれを綴ったものがあるため割愛させていただくが、『月の魔女』という二つ名を付けたのはこの第五代勇者であることは明記しておく。勇者がいた世界の言葉で『ルナ』は『月』を意味すること、魔法をメインにすることから名付けたそうだ。
また、詳細は伏せられていたが、その時に教会との協力関係を結んだ模様で、以降の魔王封印の旅には毎回同行している。』
その後も読み進めていくが、魔王封印の旅での様子や、その合間にも色々と難事件を解決したとか色々書いてあった。
この本を読み終えたらそこら辺に関係しそうな本でも読んでみようかね。
『490年、依頼を受けたことをきっかけとしてルオ・シフス氏と交流を持ち、以降その研究に協力している。家も元々のものを一度壊し、魔導具と一体化したものを建て直した。今では一部の間で難攻不落の魔女の家として恐れられている。』
当然ではあるがルオさんの名前も出てきた。
しかし難攻不落の魔女の家って。挑んだ奴いるのかよ。
残りはルナがどうしてこんなにスキルが多彩で強いのか考察を述べていたが、最終的にユニークスキルという結論に至っていた。
……うん、正直ちょっと飽きてた。途中の話分かんないとこあったし。
「ん~~っ! はぁ~」
ずっと本を読んでいたので体を解す。
しかし、俺ってこんなに本に弱かったっけ? なんだか眠いんだけど。
時間は……まだあるし、ちょっと一眠りするか。それから本を返すついでに次の本を紹介してもらおう。
キュエレが大人しくフィギュアで遊んでいたが、了承をとって電源を切っといた。
―――――
「ようやく寝たわね……」
本を読み終わり、机に乗せた自分の腕を枕にして眠る陽太に近付いてロティアが呟く。
その近くには小夜、ヨルトス、ジョット、ロイ、ディナの姿もあり、ディナの杖の魔石は光っている。
「私の魔法が下手なのでしょうか……」
「いえ、あれはむしろヨータの耐性が高いだけね。本一冊で終わっただけマシでしょうね」
この六人、ロティアが魔法の練習と称し、ロイの魔法で気配を消して陽太の後ろをキープし、ディナは『特定の文字を認識すること』を条件に[睡眠]を発動していた。
陽太の耐性が高いのもあるが、そもそも言葉が違うために効果が薄く、本来なら数十ページのところを本一冊でようやく眠りに落とすことができた。
「陽太さんの寝顔……今日も可愛い……」
「じゃあ、次の魔法だけど……」
小夜が小さな寝息を立てて眠る陽太の姿に恍惚とする。最近慣れ始めた二人は触れずに話を進めるが、生徒三人がドン引きしている。
「眠ってる人を操るような魔法ってあるかしら?」
「え? ……あります。自分の魔法で眠らせた時限定で、場合によっては起こしてしまいますが」
「丁度いいわね。いつまで起こさずに魔法を続けられるか練習しましょう」
ディナに魔法の練習もさせつつ、陽太で遊ぶこともできて一石二鳥だと言わんばかりの悪い顔を内心で浮かべるロティア。
ディナはそんな様子には全く気付かず、目を閉じて詠唱を始め、
「[夢遊病]」
その魔法を発動させた。
「まず、立たせて」
ロティアの指示でディナが魔力を込め直すと陽太が椅子から立ち上がる。
首が少し傾いて安らかな表情を浮かべていることから起きてはいないだろう。
「少し歩かせてみましょうか」
陽太が別の机のところまで歩く。
「このくらいなら起きないのね。喋らせることはできる?」
「……難しいですね」
「そう。じゃあ……サヤちゃん」
「……」
「サヤちゃん?」
「え? ……あ、はい、何でしょうか」
まさか自分に振られるとは思っていなかったのか、うっとりと陽太を見つめていた小夜が我に返る。
「ヨータに抱き締めさせていい?」
「喜んで」
キリッとして即答した小夜に再び引く生徒たち。
「じゃあ、ディナお願い」
「は、はい」
陽太が小夜に近付き、ゆっくりと腕を小夜の背中に回す。
「んん……?」
しかし、その腕が小夜に触れると同時に陽太から声が漏れ、ディナが反射的に動きを止めさせる。
抱くのを続行させようとすればもちろん、もう元の態勢に戻そうとしても刺激を与えてしまい、陽太を起こしかねない。
緊張の雰囲気に誰かが唾を飲むが、全員の意識が陽太に集中していて誰も気付かない。
「……ゆっくり、丁寧に続けて」
「は、はい……」
しばらく陽太が起きなかったことでロティアが小声で再開の指示を出す。
その指示通り、丁寧に陽太が小夜を抱くが、今回は全く起きる気配がなかった。
「ほあ……」
小夜は幸せそうな表情を浮かべ、それを見たロティアがもう声は届かないだろうと素早く判断。
音を立てないように椅子を引き、机の前で二人を座らせる。その際小夜を百八十度回転させたため、二人で椅子に座る形になった。
「よし、ミッションコンプリート。教室に戻りましょう」
「……このままでいいんですか?」
「これ以上はヨータを起こしちゃいそうだし仕方ないけど放置ね」
当然それは建前であり、
(本当はヴラーデも混ぜたかったけど、料理に夢中だったし……)
とすら思っている。
「じゃあヨータが起きないうちに出ましょうか」
本音を全く表に出さないロティアの言葉で五人が静かに図書館を出ていった。
―――――
「ん……ん?」
目が覚めた時、目の前にあったのは黒い何か。
「あ、陽太さん。起きましたか」
少しだけ振り向いて見えた顔と声で、それが小夜の髪だったことを理解する。
「小夜……?」
「はい」
しかし、どうして小夜がここにいるのだろうか。確か俺は図書館で……
「ん?」
待て、寝ようとした記憶はあるし、小夜がいるのは別に良い。だが、なんでこんなに近いんだ、俺は机で寝たはずだぞ。
「んん!?」
そして気付いてしまった。俺が小夜を抱き締めていることに。
「おわっ! すすすすすすまん!」
反射的に手を放し謝罪する。
「いえ、大丈夫ですよ」
立ち上がりながら小夜が言う。心なしか少し残念そうに見えたが……気のせいか。
「ど、どうしてこんなことに……」
「様子を、見に来たら、寝てるように、見えたので、近寄ったら……」
「マジか……」
そんな寝相だったっけ俺……?
「……あれ? 小夜が来たってことは……」
ふと小夜はロティアたちと一緒に授業をしていたはずだと思い、スマホを起動して時間を確認すれば、もうすぐ夕食の時間だった。
「うげ、こんな時間か。そんなに寝るつもりなかったんだが……まあいいや、戻るか」
「はい」
受付で本を返して教員寮へ早足で帰った。
「あら、遅かったじゃない」
当然だが、ヴラーデにこう言われてしまった。
「ちょっと……図書館で寝ちゃってな」
「何やってんの……」
呆れられても仕方ないよな。
その隣では悪い顔したロティアに何か耳打ちをされて小夜が赤くなっている。多分からかってるんだろうが何の話だろうか。
「あ、そうだヨータ。明日は一日ヨータとサヤちゃんで連係でも見てあげて。私たちも図書館で調べたいことあるし」
「ん? ……まあいいが」
「ありがと、お願いね」
連係か。個人の力ばかりに目が行って忘れてたな。
あの三人はどういう連係を見せてくれるのだろうか。
次回予告
ディナ「あの、サヤさん」
小夜 「何でしょうか、ディナさん?」
ディナ「今度の休日、お話したいことがあるのですがよろしいですか?」
小夜 「……まあ、いいです、けど」
ディナ「ありがとうございます。可能であればヴラーデさんも一緒にお願いします」
小夜 「え? ……一応、声は掛けて、みますね」
ディナ「すみません」
小夜 (私とヴラーデさん? なんだろ……)