81. 授業をしてみましょう。
「あれ? ヴラーデは?」
翌日、教室へ向かおうと女子と合流したが、小夜とロティアのみでヴラーデの姿がなかった。
視界にスマホの画面を映して地図を表示させたが……うん、そこがどこか分からん。
「あの娘なら厨房へ向かったわよ」
「え、昨日で終わってないの」
「あの様子だとしばらくは入り浸るわね」
既に最高級の腕なのに更に高みを目指すのか。
「そもそもよく入れたな」
「それなんだけど、一度断られて戻ってきた時に冗談半分で料理持っていくように提案したら真に受けちゃったみたいで……」
「オーケー察した」
結局お前が黒幕じゃねえか。絶対確信犯だろ。
「まあここにも『味の王女』伝説が生まれるだけだしいいでしょ。行きましょ?」
……いいのか?
「では今日から授業を始めます。私とヨルトスでジョットの勉強を見て、ヨータとサヤちゃんにはロイの魔力制御を見てもらうわ。ディナちゃんは……ロイのサポートをお願い」
ロティアが教卓に手を着いてそう言うが、ジョットがムスッとしている。多分体を動かしたいんだろう。
「……何か文句でも?」
「いえっありません!」
しかしロティアの笑顔に姿勢を正した。ホント何したんだ。
「じゃあ俺たちは移動しようか」
教室よりも適当な訓練場の方がいいのでロイとディナを引き連れて移動。
ジョットが『置いてかないで』と言わんばかりの視線を向けてきていたが……頑張れ。
「魔力の制御って、何をすればいいんですか?」
「そうだな……【魔力操作】を練習してみるか」
丁度いい例ということでポーチから剣を取り出す。
「例えばこの剣は魔力を刃にして出す魔導具だ。こんな風にな」
実際に刃を出して見せる。
「何も意識しなければただの剣だが、魔力の込め方で形を変えれるんだ。短くしたり長くしたり、細くしたり太くしたり、曲げたり真っ直ぐにしたり」
説明しながら刃の形を変えると二人は興味深そうにそれを見る。
まあ、実際の戦闘じゃそんなことをしてる余裕はないので大した使い道はないんだが。
《わたし、それでやられたんだっけ……》
ああ、そういえばそっか。キュエレを倒した時みたいに剣で刺して敵を両断とかできるか。……我ながら怖いなそれ。
「小夜の銃……っつっても分かんないか。小夜の武器も似たようなものだ」
「はい。私のは、魔力の弾を、高速で、撃ち出せますが、その大きさや、魔力の密度、速さを変える、ことができます」
流石に銃は弾速的に実演はしない。因みに今も弾のレパートリーを広げるべく試行錯誤を続けているらしい。
「魔法も一緒で、例えば【空間魔法】は固定した空間の強度は込めた魔力に比例するが、【魔力操作】のレベルが高いと効率が上がってより少ない魔力で強度を上げることができる」
確証はないが他の魔法もそうだろう。じゃなきゃこの授業の意味がなくなるのでそうであってほしい。
「問題の合成魔法だが、制御ができてないために互いに殺し合っていた。とはいえいきなり三つ同時ってのも酷なので、二つ同時から挑戦していこう」
「はい!」
「……わ、私は、どうすれば……?」
……ディナのこと忘れてた。
「集中力を、上げる魔法、ってありますか?」
しかしどうしようか考える前に助け舟が来た。
「はい、ありますけど……」
「では、それを、使ってあげて、ください」
なるほど、集中力を上げればその分制御ができるだろうし、まずは感覚だけ掴んでもらって補助がなくてもできるのを目標にするのはありだな。
感謝の気持ちで小夜を見ていると『どういたしまして』という視線が帰ってきた。……あれ、なんで視線で会話できてるんだ?
「分かりました。[集中]」
「ありがとう」
「じゃあ、まず火と水で試してみようか。撃つのが目的じゃないから簡単な魔法でいい」
「はい」
ロイはまず詠唱の後に[火球]を出して右手の上に浮かべる。一種類だととても安定してるな。
続けて[水球]を出すと二つの球が少し揺らいだが、安定の状態に持ち直すことができたようだ。
問題はここから。二つの球を合わせてもちゃんと保てるかどうか。
「頑張ってください……!」
ディナが呟くがロイの表情は真剣そのもので、その声が届いてなさそうなくらい集中しているのがよく分かる。
ゆっくりと二つの球が近付き、やがて触れ合う。
「……!」
球が大きく揺らぎ、ロイの表情に焦りが見える。
やはり互いに打ち消し合おうとしていて、水の方は蒸発し炎の方は勢いを弱めている。
……やっぱりどこかに撃ってもらった方が良かったかもな。行き場がなくて余計に打ち消し合ってる気がする。
「くっ……はぁ……!」
ロイが汗を滲ませながらも挑戦を続けるが、どんどん球が小さくなっていく。
これはもうダメか? と思い始めた頃、
「で、できた……」
最初は人の頭より大きかったのに対して、片手で握れそうなくらい小さくなってしまったが、二つの球が半分ずつ合体したまま安定した。
しかし気が抜けたのかすぐに霧散し、ロイが膝を着く。
「ロイ、大丈夫ですか?」
「うん、ありがと」
ディナが差し伸べた手を取り立ち上がったロイが俺を見る。
「どうでしたか?」
「小さかったし一瞬だったが、見事に安定してた。大きな一歩なのは間違いない」
「ありがとうございます!」
「まあ大きさと時間、組み合わせとか魔法による補助の問題もあるが、ゆっくりやっていけばいいさ」
「はい!」
さて、ロイが魔力を結構使ってしまったので休ませてあげないとな。
というわけで、教室の前まで戻ってきたのだが……
「静かだな」
「静か、ですね」
「どこかに移動したのでしょうか……?」
扉の前だというのに中からは何の音も聞こえてこない。
ロティアとヨルトスは間違いなくここにいるはずなのだが……
「ま、開けてみれば分かるだろ」
別にここで待つ理由もないので扉を開ける。
「おーっほっほっほ――」
ピシャリ。
「陽太さん……?」
「き、気のせいでありますように……!」
小夜の声に気付かずもう一度扉を開ける。
「無様ねえ。こんな問題も解けないの?」
「くそっ……!」
「分かってると思うけど、間違えたら一つ追加よ? 死ぬつもりで解きなさ――」
ピシャリ。
「陽太さん、中で何が……?」
小夜の問いにやはり何も返せない。
……ダメだどうしよう、見てはいけないものを見てしまった気がする。正直これは十五歳の小夜や十代前半の二人には見せたくない。俺も十代後半だけども。
「……いいかお前ら。今すぐここから離れ――っ!?」
ガラリ。
扉が開くと同時、急に冷凍庫に放り込まれたかのような寒気を感じた。
「あら、丁度いいところに帰ってきたわね」
扉の隙間から伸びた手が肩に置かれただけなのに体の震えが止まらない。
しかし逃げたくても一歩も動けない。俺の体はバイブするだけの携帯にでもなってしまったのだろうか。
ふと見れば三人は怯えきってしまっている。俺は背を向けているので確認できないが、闇から覗くロティアの姿は三人にどう映っているのだろうか。
「ちょっと手伝っていきなさい」
そして肩に置かれた手が服の襟を掴み、中に引きずり込もうとする。
「いやあああああああ――」
ピシャリ。
何故か逆らない力に絶叫するしかなかったが、無情にも扉は閉められた。
「先生が、あっさりと……」
「一体何が行われてるというのでしょうか……」
「……ご想像に、お任せ、します?」
「……何をどうしたらこうなるわけ?」
昼食を持ってきたヴラーデが尋ねる。
当のジョットだが……
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
体を震わせて謝罪の言葉を繰り返す廃人のようになっていた。
「私の口からじゃ言えないわね」
だったらやるな、とは突っ込まない。明日は我が身だ。
「ヨータたちは何か知らない?」
「思い出させないでくれ」
「私は、知りません……」
因みに俺の視界を通して見てしまったキュエレも体を縮こまらせて震えている。
幽霊すら怯えさせるあの光景は……うう、思い出しただけで寒気が。
真相を明らかにすることなく食べ始めるが、ヴラーデの料理にロイとディナが感激していた。
ジョットもディナが食べさせていると徐々に回復していったが、露骨にロティアの方を見なかった。
午後はロティアたちが三人を見ると言うので、俺は一人もう一つの目的のために動くことにする。
「ここが図書館か」
そう、ルナに関する情報収集のため、図書館に来ていた。
「扉もでけえ~……」
図書館で一つの建物を使用しており、その扉は人が開けれるのかと思うほどに大きい。
一般開放もしているこの図書館、当然扉も開いているので普通に中に入る。
「うわ、広いな……」
さっきから語彙力を疑われそうな感想しか出ないが、前を見れば一番奥が確認できず見上げれば天井はとんでもなく高い。
外から見て三階建て以上はありそうだと思ったものだが、この分だと恐らく二階すらないだろう。扉の大きさにも納得だ。
その広さにキュエレのテンションが高くなっていて頭の中がうるさい。
それは置いといて、当然その広さに見合うだけの量の本がある。検索用のパソコンとかないかな。
一応入口横に受付はあるのだが、今は誰もいない。……いや、誰か近付いてきてる。
「んっ……んしょ……」
聞こえてくる息遣いからその人は何かを運んでいるようだ。
しかし、本棚の陰から現れたのは、
「!?」
足が生えた本の塔だった。
……当然そんな化け物ではないことは分かっているが、それにしても多すぎる。何十冊あるんだこれ。
というかどう考えても前見えてないよなこれ?
「ちょっと待っててくださいね~」
俺が唖然としているうちに、何の危なげもなく受付の机まで歩いてそれを置く。
「お待たせしました……あら、あなたは確か冒険者の……」
三つ編みにした薄いピンクのお下げを揺らして振り向いてそう言われ、素直に頷くとここの司書長を務めていると教えてくれた。
学校の敷地内なので教員寮に住んでいて、この前の俺たちの紹介の時もいたらしい。
「それにしても、力持ちなんですね」
正直見た目二十代の女性に言うことではないと思うが、さっきの光景を見ると言わずにはいられなかった。
「よく言われます。ただ昔から本が好きでよくお手伝いをしていただけなんですけどね」
……人は手伝いをしていれば体重の何倍もの本を運べるようになるのか~……
「台車とか使わないんですか?」
「え? だって不安定で危ないじゃないですか」
一応ラーサムの図書館で台車を使っているのを見かけたことがあるので聞いたんだが、まさかそう返ってくるとは。
台車に不安定になるほど積むとなると何冊必要なんだろうか。
「そういえば、授業中じゃありませんでしたっけ」
「ああ、今は仲間たちが見ているので」
「そうですか。それで、本日はどのような本をお探しに?」
「えーと……『月の魔女』について知りたくて」
一瞬正直に言おうか迷ったが、目を逸らした時に大量の本棚が視界に入り諦めた。
「なるほど。それならちょうどこの中に……」
と言ってさっき運んできた本の塔に目を向ける。
……この中にあんの? 下の方だったら取り出すの面倒だぞ?
「あちゃ~上の方か~……ちょっと待っててくださいね」
俺が【空間魔法】で手伝おうとはしたが、その前に受付の裏から何かを持ってきてそれに乗ると上昇を始めた。なんかの魔導具か?
そのまま塔の上の方まで上昇すると、
「よいしょっと」
上の二割くらいを持ち上げ片手に持ち直し、一冊の本を抜くと塔を戻し下りてくる。バランスどうなってんだあれ。
「……それは?」
「これですか? 何の魔法かは忘れましたが、水平を保ったまま昇降ができる魔導具です。何箇所かに設置してありますので高いところの本を手に取る際にどうぞ。それとこちら、数年前のものですが、『月の魔女』について調査していた人が残した本です」
「ありがとうございます。……ん? その言い方だと?」
「……この方なんですが、この本を出した数か月後に盗賊に襲われ、一緒にいた冒険者と共に亡くなられております」
なんか知り過ぎて抹消された感があって怖い。俺も消されたりしないよな?
司書長とは別れ、教えてもらった読書スペースに移動する。
(……ところでキュエレ、いい加減静かにしないと電源消すぞ)
《ごめんなさい》
こいつ会話中もずっと騒いでて凄いうざかった。
……スマホをオフにしなくてもこいつを寝かせれる機能とか追加してもらえないかな。
次回予告
陽太 「そういえば、本の盗難とか起きないんですか?」
司書長「この図書館は昔ダンジョンから発見された魔法道具によって結界を張っていて、登録したものは結界を通過できないようになっています」
陽太 「つまり盗んだところで持ち出せないと。【空間魔法】とかの対策は?」
司書長「以前に試されたようですが、やはり持ち出しはできなかったそうです」
陽太 「どういう仕組みなんだそれ……」