79. ベタな出会い方だと思います。
「ようこそ! 我がシサール総合学園へっ!」
校長室で俺たちを出迎えたのは明朗なおっさんだった。
逆立ったオレンジの髪は獅子の鬣を思わせる。
「私が! 校長のアミシカ・レジンだ! よろしく頼む!」
「は、はぁ……」
引き気味に自己紹介をした後、本題に入ることにする。
「それで、ここの教師をやってほしい、とのことですが」
「うむ! 君達に依頼を出したのは間違いなく私だ! 特別クラスというのがあってだな!」
うわ、特別とかどう転んでも絶対平和に進まないじゃん。
「しかし今まで何人も匙を投げていてな! 普通の教師ではダメだと次の教師は冒険者から求めようとしたのだが……」
……俺も匙投げていいかな?
「そこで職員会議を開いたら君達の名前が出たのだ!」
「それは……どなたが?」
「ん? ……誰だったかな? まあよくあることだ!」
いや記録しとけよそこは。
「と言う訳だが、頼まれてくれるかね?」
「そうですね……一度その生徒に会わせてもらえますか?」
安請け合いしてとんでもない人物を任されても困るし、ロティアの提案はありがたかったが……
「うむ、そうしたいのはやまやまだが……」
校長が何かを渋っている。何かあったのだろうか。
と、部屋に静寂が訪れるのを狙ったかのようにノックの音が響いた。
「……見つかったか? 入っていいぞ!」
見つかった?
入ってきたのは焦った様子を見せる騎士と思われる男性。さっきの騎士団の中に居たかは分からない。
「……おお、そうか! それで、その子らはどこに? ……分かった、感謝する!」
騎士が耳打ちするのに対し校長が相変わらずの大声で対応している。
一連のやりとりをして騎士が出ていった後、校長が俺たちの方を向くと、
「すまなかった! 君達の生徒となる子を紹介しよう!」
前言を撤回した。……なんか嫌な予感がする。
そうして校長を先頭にそのクラスの教室に案内され、そのドアを開ける。
「げっ、校長!?」
その聞き覚えのある声は見覚えのある赤い髪の少年のもの。
「私たち、退学になってしまうのでしょうか……」
体を震わせて呟くのはやはり見覚えのあるピンクの髪の少女。
「なっ、あなたたちは……」
そして校長の後ろに続く俺たちを見て驚く青い髪の少年。因みに三人共椅子に縛りつけられている。
「あの、この子たちって……」
「ああ、君達にお願いする子だ!」
そう、この子たちは王都に着く直前に出会った三人組だ。ベタな再会である。
「てめーら、あいつらの味方だったのか!」
「彼がジョット・ルファイ・スギア」
赤い少年、もといジョットの叫びを無視して校長が紹介を始める。……あれ?
「そっちがロイクス・ヴェオ・トーフェで、あの娘がディーナ・ルトラ・シサールだ! 仲良くしてやってくれ!」
「え……、スギア、トーフェ、シサールって、もしかして……」
呟いたのは小夜。しかし思いは皆同じのはず。
「ん? ……ああ、そうか! 君達が顔を知らなかったのも無理はないか! この子らは各王国の長女と長男、つまり次期女王とその許嫁だな!」
「「「え……?」」」
なんとなく、王族だろうな、とは思っていた。思っていたのだが……次期女王!?
「「「ええぇぇぇ~~!?」」」
俺たちが驚きの叫びをあげ、そのまま失神した小夜を何故か驚きの素振りを見せていないヨルトスが受け止める。
……もう一人驚いてないのがロティア。こいつら、もしかして知らないフリしてたんじゃねえだろうな?
「んだよ、うるせーな」
「やっぱり知らなかったのか」
対して少年たちは冷静だが、縛られてるの忘れてないか?
それは置いといてルナの説明を思い出すと、この大陸の伝統としてシサール王国の長女とスギア・トーフェ両王国の長男は生まれた時から人生を共にし十五歳の成人と同時に婚約する……だったはず。
「そんな方を……俺たちが?」
そうと知ってしまえばプレッシャーはとんでもないものとなり、恐る恐る校長に尋ねる。
どうして異世界もののキャラたちは貴族とか王族相手でも平然としてられるんだ。
「ああ、不敬罪とかは気にしなくていいぞ! この学校を創立した勇者が決めた校則で、ここの生徒は生まれた身分で他者を差別することを禁止しているからな!」
出た過去の勇者。
「でも、ここではよくても外で、とかありません?」
当然抱く疑問をロティアが返す。
「学校内外を問うわけがなかろう! 他にも卒業生にも適用されるし、王族だって例外ではないぞ!」
何その都合のいいルール。
「だからと言ってそれを利用する輩には容赦せんし、安心しきれない人もいるからクラスも分けているがな!」
確かにいくら禁止されていても身分が違う人がいて気分が良くない人もいるだろうな。今の俺たちみたいに。
……もしかして今まで教師が辞めてったのそれが原因じゃないか? 耐えられなくなったとか。
「と言う訳だ! 安心して務めてくれ! さらば!」
「え? ちょっと!」
承諾した覚えもないのに校長が去ってしまった。残ったのは俺たち五人と未だ縛られたままの三人。小夜はいつの間にか目を覚ましていた。
「……とりあえず縄解くか」
「……そうね」
ついでに自己紹介。縄解きながら自己紹介する図って微妙だな。
「とりあえずよろしくしといてやるよ。ま、何日もつか分かん……いてっ!」
言葉を遮るように頭が杖で叩かれた。
「何すんだ!」
「一言多いよ」
「だからって毎回叩くな! ディナもロイになんか言ってくれよ!」
ディナにロイ、か。愛称のようなものだろう。
「ジョット、一言多いのは確かです。もう少し慎みなさい」
「うぐ……」
「ロイも、直ぐに手を出すのは良くないですよ。おバカさんになったらどうするんですか」
「どうせ元からバカ……」
「あ? なんつった今?」
「やめなさい」
「「はい……」」
最初に会った時はあわあわしてたように思うが、二人に対しては姉的ポジションなのか。二人も頭は上がらなさそうだし。
「すいません、お見苦しいところを」
「い、いえ」
「……私たちに対して無理に丁寧に接しなくてもいいですよ?」
「え? いいんですか?」
「はい、そういう学校ですので。ですが皆さん、どうしても一歩引いてしまって……」
そりゃ許可があるからっていきなり気兼ねなく話せる人はそうはいないだろう。
「分かったわ!」
おいロティア。
「あと、私のことはディナ、ロイクスのことはロイとお呼びください。こちらも無理に敬称を付ける必要はありませんので」
「ジョットにロイにディナね!」
おいロティア。
「それで、どうしてさっきはあんなところにいたの? 仮にも王子と王女が」
おいロティア……って確かに、何故外をうろついていたんだろうか。
「暇だったから」
答えたのはジョット。そうか、暇だったから……
「……は?」
「だって、前の先生が辞めたばかりで自習になったんだけど、退屈じゃん?」
いや何を言ってるんですかこの子は。
「私は止めたんですけど……」
「僕もね」
「一人で飛び出してしまいそうだったので結局一緒に行くことに……」
あとは簡単。適当に歩いてたら盗賊と出くわし、ジョットが一人で討伐したところに俺たちが現れた、と。
「そもそもどうやって出たの? 今も何人かそれっぽいのが隠れてるし、出る前に捕まりそうだけど」
ロティアの言う通り、天井裏とか壁の中から十人足らずの気配を感じている。ロティアの対応で殺気が出た時は焦ったぞ。
「え? お前らも分かんの?」
五人揃って頷く。
「お~、やっぱ冒険者はちげーな!」
「それで、どうやって抜け出したかと言いますと……」
「僕が魔法を使った」
ディナの言葉をロイが遮り、俺の前に立った。
「見せた方が早い。[幻影]」
そのまま魔法を使用するとロイの姿が消えた。どうやら俺の後ろにこっそり移動しようとしているようだ。
「……っていや後ろに回る必要ねえだろ」
呟きながらその首根っこを掴む。
「なっ!?」
「「!?」」
それと同時に姿を現したロイが驚きの声を出し、残り二人も驚いていて、更には小夜たちまで少し驚いている。
「……あ」
やばい、王族に対してやることじゃないよな。
「僕の……魔法が……」
優しく放してやったが、ロイは呆然としている。
これ、どう謝ればいいんだ……?
「よ、ヨータ」
「ひゃいっ!?」
急に声をかけられて変な声が出てしまった。恥ずい……
「……どうしたの変な声出して」
「な、なんだ、ヴラーデか。何でもない」
「そう? それより、よく後ろにいるって分かったわね」
「……ん?」
あれ、もしかして驚いてたのそれ?
いやまあ確かに魔法を使っているはずなのに感じる魔力は小さく、気配もかなり薄くなっていた。
正直目の前で使われたから追うことができた部分もあるし、少し離れられたら俺も見失っていたかもしれない。
……俺完全に勘違いじゃん、ますます恥ずかしい……
「ちょっと大丈夫? さっきから変よ?」
「え?」
ヴラーデの言葉にちゃんと反応せずに考え込んでいたからか心配されてしまった。
「す、すまん、大丈夫だ。……で、なんだっけ」
「もう……後ろにいたのによく気付けたわねって話よ」
「ああ、それか。別に近くで使われたから気付けただけで、もうちょっと離れてたら俺も分かんなかったと思う」
「ふ~ん。でもあの子はそう思ってくれるかしら」
割り込んできたロティアが示す先では、
「大丈夫だって! ただのマグレだろうが!」
「そ、そうです! だから帰ってきてください!」
今だ呆然として動かないロイを二人が再起動させようとしている。
「甘やかされてきたのか、本当に実力があるのかは知らないけど、結構自信あったんじゃない? それを簡単に破られちゃったらああなるわよね」
一歩違えば気付かなかったなんて言い訳に過ぎず、魔法を破ったという結果だけが残った状況にどうしようか迷っていたが……
「……決めた」
「え?」
「な、何をですか?」
不意にロイが呟き、二人が反応した。そのままロイが歩いてくる。
「冒険者である以上、ずっと教師をやるわけではないんですよね?」
「え? そりゃそう……ですが」
急に丁寧な言葉になったもんで驚いて素で返してしまいそうになった。
「では、去るまでに絶対魔法であなたに一杯食わせてみせます。よろしくお願いしますね? 先・生」
ロイは不敵な笑みを浮かべてこう告げた。
……繰り返すようだが近かったから見破れただけなんだって。でもそんなこと言える雰囲気ではない。
ともかく、こうして生徒の一人に認められたっぽいし、教師としての第一歩は成功と言えるのではないだろうか。
「話は戻すけど、さっきの魔法で周りの目を誤魔化したのね」
そういえばそんな話だったっけ。
「まあ一旦この辺にしといて今日は解散しましょ? 明日からよろしくね?」
「おう! 退屈させんなよ!」
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
ロイが軽く、ディナが深く礼をして教室から出ていった。
「さて、私たちはもう一度校長室ね」
「え? なんで?」
ロティアの言葉に首を傾げるヴラーデ。
「……まだ色々決めてないでしょうが。いつまで教師を務めるかとか、どこに泊まればいいのかとか」
「……そういえば」
ヴラーデは完全に失念していたようだ。
校長曰く、三の下月――元の世界なら七月中旬――に筆記試験の他、実技試験を兼ねた模擬戦の大会があり、最低でもそこまでは面倒を見てほしいらしい。
宿は教員寮の空き部屋を二部屋借り、男女別に泊まることになった。
夕食は教員寮の食堂。人数が多く全員を紹介する時間はないということで俺たちの紹介だけで終わった。
「で、当たり前のようにこっちの部屋入ってくるのな」
「別にいいじゃない」
現在、男子部屋に5人とも集まっている。
ロティアにはああ返されたが、部屋には鍵をかけていたはずだ。……突っ込むだけ野暮か、ロティアだし。
「それに、明日どうするか決めてないでしょ」
「そりゃそうだが……」
そもそも教師の経験などないのに何をどうしろというのか。
「まあ、校長からは必修とか気にしないで好きにやっていいって言われてるし、明日は簡単に筆記と実技の実力を確認してみましょう。一応成績表は貰ってるけど、やっぱり自分の目で確認したいし。筆記はこっちで用意するから、実技はヨータお願いね?」
「ん? まあ、それならいいが」
最近は行けてないが教会の獣人の子に剣を教えてたりもするので少しはちゃんとできるだろう。
「他はサポートをお願い。それじゃあ解散!」
こうして明日の予定が決まり女子三人が出ていった。
……なんだかんだで楽しみだ。
そんな思いが顔に出ても見られる心配はないというのに布団に深く潜って眠りに就いた。
次回予告
ロティア「おはようございます、今回はこちら、秘薬でぐっすりなヴラーデとサヤちゃんをヨータが寝ている隣に放り込みたいと思います! それでは、オープンザドア~」
ヨルトス「……」
ロティア「え、嘘、何で起きて……」
ヨルトス「……試験作成は終わったのか?」
ロティア「そっち? ……まあ、終わったけど」
ヨルトス「……そうか、なら落としても問題ないな」
ロティア「え? ちょっ、首が……きゅぅ」
ヨルトス(……懲りないなこいつも)