72. 準決勝:平面化の可能性は大きいのです。(後)
小夜は気不味そうにチラチラとこちらを見ながら今回の装置のところに案内される。
今回は中途半端に薄い壁が立っていて、小夜が前に伸ばした両腕と両足でそれを挟むように座った。
周りから圧縮しながら、小夜の体を縦に両断せんとばかりに薄い壁が少しずつ動く様子はなんとなく本化を思い出す。
装置が透明ではないのでどう潰されてるのかは見えないが、本化と同じような感じなのだろうか。
しかし装置の中から出てきた小夜の姿は自立はしているが本化の時のハードカバー状ではなく、背表紙がないから一枚の紙を折っただけのように見える。大きさは普通の本くらいだけど。
山折りとなる面はその左右がそれぞれ先程の小夜の横姿になっている。形も本化の時の四角ではなく人の形に切り抜いた感じだ。ただ、手足は肘や膝が分からないほど短くなり、胴も少し短くなったように見える。
……顔の真っ正面から切り込みいれたのか? いや、でも本化の時も違和感なかったし主観的な問題はないのか。傍から見るとヤバそうだが。
因みに裏面は真っ白。手抜きにも見えるが……正面とか横向きの姿になっててもよく分からないことになるな、うん。
「どう?」
「……」
「……サヤ?」
「えっ? あっ……な、なんです、か?」
ヴラーデが小夜を受け取って感想を尋ねるが、小夜はまだ引きずってるな。
あと、体に全く動きがないことから今回も例によって表情しか動かせないっぽい。
「その姿になってどう?」
「え、えーと、視界が、不思議ですね」
「視界?」
「はい。今、私の目は、外側? ……に付いていますが、視界は、ちゃんと、前を、向いています」
「どういうこと?」
「こういうことよ。サヤちゃん、私は今何本の指を立ててるでしょうか?」
首を傾げるヴラーデの近くに寄り、小夜の白い方の面に向けて片手で指を立てる。
「三本、ですね」
「あったり~」
「なるほど」
今のやり取りでヴラーデも理解してくれたようだ。
「それでサヤちゃん」
「?」
「もっと開いてもい――」
「やめい」
「んにゃっ」
ロティアが変なことを言い出したので手刀で止めたが少し遅く、
「開く……なるほど、ありね」
「じゃあ、潰れてくるから開いてね! 絶対よ!」
「折り目を増やす以外にも楽しみがあるなんて……」
「チッ、羨ましい」
「あはは……」
向こうチームに着いてはいけない火が着いてしまった。
そして潰された際には開くどころか裏返されて凄い姿になっていた。因みに獣人の尻尾は背中と一体化していた。
「最後の勝負は……トントン相撲でございます」
まああの形の時点で予想はできたし今の小夜に合うであろうサイズの土俵を見せられたら確信していた。
だが、最後がこれでいいのか? くじだから仕方ないんだけども。
「今から『1』の方がトントン相撲を行い、紙人形となった『5』の方が倒れるか土俵から出た方の負けとなります」
そういえばトントン相撲って凄い久々に聞いたな。土俵が描かれた台を叩き、その振動で紙人形を動かす奴。
ただ、あれは数センチの紙人形でやるイメージだが、今の小夜たちは少なくとも十センチ以上ある。大丈夫かこれ。
「皆、勝ってくるわ」
ヴラーデは勇ましくその一言のみを発し、小夜を土俵に置いた。
相手も同じく……ってあれ、なんか違和感が。
「あ、逆じゃないこれ」
あー、裏返ったままだったのかーっておい。ところで裏返った時視界がどうなるか地味に気になる。
開始の合図と共に二人が台を叩くと、
「んっ!?」
「ふあっ……」
紙人形の二人がそんな声を上げるが、叩く方は無視して黙々と叩き続けている。サイズ的にトントンよりはバンバンだけど。
「何、これ……んっ、全身が、くすぐったい……」
「んん~~いいわ~~!」
小夜の言葉に試合を観察する。
二つの紙人形が中央に向かい、そろそろ触れるかといったところで、
バンッ!
「ひゃ!」
ヴラーデが台を強めに叩くと小夜も大きく反応する。
「台を叩くのと関係があるのは分かるが……?」
「あー、それね、台の振動が全身に伝わるのがくすぐったいんだと思うわ」
「……なるほど」
つい呟いた声に返してくれたロティアの言葉で納得がいく。……ちょっと待て。
「てことは終わるまでずっと続くのか?」
「最後に相応しい良い拷問だと思うわ」
「拷問言うなよ」
しかも笑っちゃう方じゃなくて悶えてる方だぞあれ。
土俵の上の二人は押しつ押されつしているが、小夜は顔を赤くして必死に耐えていて相手はもう心ここにあらずだ。
しかしそれを動かすのは黙って台を叩く二人。どちらも目元に影が差していてなんとなく怖い。
その真剣さを表すかのように勝負は互角のようで中央からほとんど動かず倒れる気配もないが、早く終わらせて小夜を解放してあげてほしい。
「ひっく……うぅ……」
ついには小夜が泣いてしまった。紙の体だからか涙は流れないが。
しかし勝負は勢いを増し、バンバンからドドドドに音が変わる。容赦ねえなお前ら。
「もう……げんかい……」
その言葉を最後に小夜の表情が動かなくなった。目を瞑ったままだから一瞬分かんなかったが気絶してしまったらしい。
「ふん、その娘も中々粘ったけどこれまでね! 決めるわよ!」
と相手が今までで一番強く叩くと、二つの紙人形が一瞬宙に浮き、
「あ」
「え?」
「……やば」
なんと相手の紙人形が倒れてしまった。そういう時あるよなこれ。
ヴラーデも真剣さを抜かれてきょとんとしている。
こうして呆気ない勝ち方で決勝進出を果たしたのだった。
「くぅ~、憂さ晴らしに今から回るわよ!」
「あ、最後にやらかしたあんたは罰として変化お預けね」
「そ、そんなぁ~……」
「ほら、テーアも行くわよ」
「え!? この服のままですか!? ……って待ってくださ~い!」
違和感なさ過ぎて忘れてたけど男だったなそういえば。
そんな会話をしてスタッフの制止も聞かずに外に出ていってしまった。
「で、小夜は大丈夫か?」
「……」
小夜は目を覚ましはしたが、まだ赤い顔で虚空を見つめている。
「小夜?」
「えっ? あっ……まだ、頭が、ぼーっとしますが、大丈夫、です」
そのついでにさっきの件も流れてくれればいいのだが。
俺たちも外に出ると会場が盛り上がっていて、正志さんの言葉から察するに敗者復活して決勝まで勝ち進んだことで盛り上げたらしい。
その後は決勝は明日行うといういつも通りの連絡と、ルオさんによる平面化の宣伝が入って今日はお開きとなった。
……で。
「陽太さん、どうするか、決めて、くれましたか?」
忘れてなかったかチクショウ。
「陽太さんと、同じように、破裂させるでも……紙にして、切り刻んだり、燃やしたり、するでも……食材にして、調理するでも……お好きにどうぞ」
重い重い!
「さっきのトントン相撲でお腹いっぱいなんですが小夜さん」
「ダメです」
いやなんでだよ。
これがロティアだったら日頃の恨みを込めるところだというのに。
「あら?」
ゾクッ。
「ヨータ、今、変なことを考えなかったかしら?」
なんで分かるんだよ、怖えよ。
「き、気のせいじゃないですかね」
「大丈夫よ、ちゃんと覚えてるから」
「ホントすいません」
「それで、私を、どうして、くれますか?」
小夜は諦める気はなさそうだが、どうしたものか。
「小夜はどうしてほしいんだよ」
「陽太さんの、お好きに、どうぞ」
「何もしたくないんですが」
「ダメです」
理不尽だ。
「仕方ないわね、私が手伝うわ」
ロティアがやれやれと言わんばかりのポーズをするが、不安しかない。
「まずサヤちゃんをこの携帯用ローラーで潰します」
「はうっ」
いつの間にそんなもん買ってきたんだ。
ロティアが仰向けになった小夜をローラーを転がすことで平面化させる。何度見ても面積が変わらないの意味が分からない。
「ヨータ、本当に何もないの?」
「何が?」
「身体的苦痛を与えたくないなら精神的……つまり恥ずかしいような変な姿にされた、とかはない?」
「いやそんなの……あ」
一つあった。
「小夜、ついでにヴラーデ」
「え、私も!?」
完全に蚊帳の外だったヴラーデが驚く。
「福笑いの時はよくもやってくれたな……」
「「……あ」」
あの時は生命体かどうかも怪しい謎の物体にされたっけ。完全に忘れていたがこれなら苦痛はないし復讐もできる。
「わ、私先にご飯とお風呂行ってくるわね!」
「逃がさないわよ」
「きゃあっ!」
ロティアが大きな板を投げるとヴラーデを巻き込んで壁に激突する。
小さくなりながら倒れた板の向こうで平面化したヴラーデが壁に貼り付いていた。
ロティアがそれをペリペリと剥がすと床に置く。雑に置いたせいでところどころ裏返っていたり皺になっていたりしている。
「なんで私まで……」
「皺になってるけど大丈夫か?」
「変な感覚だけど嫌な感じはしないわ」
「じゃーん! 福笑い化キット!」
ロティアが何かゴソゴソと探してると思ったらそんなものが出てきた。ホント色々持ってるなこいつ。
「えーと、まず麻酔をかけます」
説明書を読みながらロティアが霧吹きで麻酔をかけると二人が眠りに就いた。
「特製のはさみを使って体をパーツごとに切り分けます」
「なんで二人同時?」
「後で分かるわ。えーと、塗り薬で顔のパーツを剥がします」
刷毛で薬を塗ると目と鼻と口が少しだけ浮かび上がり、シールのように剥がれて二人がのっぺらぼうになった。
目が開いて起きたかとも思ったが、どうやら福笑いをやるために眠ったまま開けさせているらしい。
「ヨータ、目は隠さなくていいから好きに組み立てちゃって」
「え、福笑いは?」
「二人だって目を隠してた保証はないわよ」
「そりゃそうかもしれんが……」
こんな感じで最初は乗り気じゃなかったのだが、
「こうしてみるか」
「あ、それいいわね。じゃあ、ここをこうして……」
「おお!」
次第に楽しくなってきて珍しくロティアと意気投合した。
そして。
「で、できた……くく……」
「いい感じに面白くなったわね。じゃあ最後にこれを、っと」
ロティアが最初のとは違う霧吹きで薬をかけると二人が立体感を取り戻しながら目を覚まし、
「ん……え?」
「ふあ……何!?」
お、慣れない感覚に戸惑ってるな、分かる分かる。
俺たちが作ったのは二人で一人になった新しい人間。顔のベースはヴラーデ、右目が小夜の黒で左目がヴラーデの赤とオッドアイ風味。目付きが違うので違和感はあるが。
鼻がヴラーデで口が小夜。なのでヴラーデの声は違うところから発されているが、まあ後で。
胴体はヴラーデ、右肩に小夜の左腕、左肩にヴラーデの右腕、足に該当する部分は右がヴラーデの左足で左が小夜の右足。服の繋ぎ目はハッキリしている。
人間じゃねえなこれ。腕を曲げれば後ろに動くだろうし、足は逆のまま前を向いているので特に膝下の違和感が半端ない。
「何よこれぇ! ……あれ? 自分の声が遠い?」
ヴラーデが叫ぶも、口が自分の顔に付いてないから声が遠く感じるのは当たり前だ。
「残りのパーツはどこに……」
小夜が目を動かして探すが、ヴラーデの目が動いてないせいで両目で違う動きをすることになってしまっている。ダメだ、超面白い。
この体でパーツの半分を使っているので、もう半分で同じようなものを……作るわけがない。
中央にヴラーデのもう片方の目だけを付けた小夜の頭の下にヴラーデの右足が生えたものと、小夜の体の首の部分に小夜の右腕が付いたものと、ヴラーデの左腕と小夜の左足を繋げて残りの顔パーツを適当に貼り付けたものに分かれている。
「ちょっと、これ本当に目隠してやったんでしょうね!?」
「さてな」
適当なところを突っつきながら答える。
どうやら二人の体を一つにまとめても感覚の共有はされないらしく、小夜の部分に触れれば小夜しか反応しないしヴラーデの部分に触れればヴラーデしか反応しなかった。
二人が元に戻った後は、明日は決勝ということもありこれ以上は遊ばないようにした。
次回予告
陽太「というわけで、ゲスト回が全て終了だ」
小夜「人が、集まらなかったのに、またやったり、するんでしょうか?」
陽太「そりゃ作者の気分次第だろ」
小夜「ですよね……」