66. 敗者復活戦:フィギュア化しないように逃げましょう。(3)
未だ晴れない表情のヴラーデはさておき、再び俺たちは適当な屋根の上で様子を見る。時々どこかの屋根を見る人も出てきたのでさっきとは違い身を隠している。
周りから電子音も聞こえてくるが、まだ解除できていない人のものだろう。
「そういえば、ですが……」
「ん? どした小夜」
「昼食って、どうなってるん、でしょうか」
「……確かに」
この敗者復活戦の時間は長く設定されているが、当然昼食の時間がそれに含まれる。今気付いたがもうすぐそんな時間だ。
しかしどこに台座を持つ人がいるか分からない以上、気軽に買いに行くこともできない。建物も立ち入り禁止だし。
「でも俺たちには関係ないだろ」
「そう、ですね」
俺たちは魔導具であるポーチの中に買い溜めしてあるので何の問題もないし、他のチームなど知ったことではない。むしろ早く脱落してくれ。
「とりあえず食べちゃいましょう」
「そうだな」
ロティアにも言われ、ポーチに手を伸ばし……
「ストップです!」
「!?」
後ろから俺たちのものではない声が聞こえたかと思うと体が動かなくなる。何が起こった!?
動かない視界に映る自分の体もポーチに伸ばしていた手も全てが灰色。これは……
「え……?」
「陽太さんが、石に……」
やっぱり俺は石像にされてしま……なんでだ!?
「ちょっと、何すんのよ!」
ヴラーデが俺の後ろを見て声を荒げる。
「すいません、これ以上は反則行為になるので緊急に止めさせていただきました。今戻しますね」
反則行為? 疑問に思っている間に体の自由が戻る。
声の主はスタッフで、妖精の姿だがさっきの人とは違うな。
「それで、どういうことでしょうか?」
改めてロティアが問うとスタッフは答え始めた。
「はい、今回は指定した以外の飲食は禁止というルールがありまして、この後のためにその情報をあえて出していなかったのですが……」
なるほど、昼食でも何か仕込んだからそれを回避されないようにしたわけだ。で、仕込みは隠しておきたいからそれに関する禁止事項も隠してたけどそれが明らかになる前に手を出してしまったわけか。
そっちの不備だから納得できるかと言われれば正直微妙なところである。
「……丁度時間ですね。こちらをどうぞ」
受け取った紙に書かれたメッセージを読む。
『どうだ? チョーカーはどうにか外せたか?
そんなことよりもうすぐ昼食の時間だ!
今から下の地図の場所に昼食エリアを開放する!
その中は安全地帯だからゆっくり休んでくれ!
ただ、禁止事項を追加させてもらうぞ!
既に持っているものの飲食を禁止とする!
ついでに魔法で水とか出すのも禁止だ!
つまり昼を食いたきゃ昼食エリアに来いってことだ!
一食抜いても構わねえ奴は来なくてもいいが、
まだまだ体力を使わせるからちゃんと食った方がいいぞ!
判断はお前らに任せる! 以上、諸君の健闘を祈る!
『変化の遊戯場』オーナー マサシ・センザキ』
……これは見事にタイミングが悪かったとしか言えない。
「本当にすいませんでした。では失礼しますね」
最後にもう一度頭を下げてスタッフは飛び去っていった。
因みに関係ないが俺を石にしたのは本来は事件が起きた時に犯人を拘束するためのものらしい。
慎重に屋根を渡ったおかげか他の誰に会うこともなく昼食エリアに辿り着けた。
屋台が並んでいるので建物には入れないままなのだろう。しかしラインアップは豊富だから困ることはないな。
各々が好きなものを買いに行き、俺も肉やサンドイッチなどを適当に買って、決めておいた集合場所に移動する。
既にいた小夜と一緒に水も買い溜めしてポーチに入れておく。普段ならロティアの【水魔法】で出しているんだが禁止されてしまったしな。
五人集まって和気藹々と雑談をし、時々交換もしながら昼食。当然周囲の警戒は怠らない。
「……何もないわね」
食べ終わってからしばらくしてロティアが呟く。
俺も安全地帯と言いつつ何かしらあるんだろうと思っていたので意外に感じている。
「でも昼食と同時に安全地帯の時間が終わる、と思っておいた方がいいわね」
周りを見ると他の人たちも昼食が終わっているみたいだし、その可能性も大いにあるな。
「とりあえず何かある前にここを出――」
「よーっす! お前ら元気か~?」
ロティアの言葉を遮って正志さんの声が昼食エリアに響く。
「もう昼は食い終わったか~? まあまだでも次行くんだけどな」
なら聞くなよ、とはツッコまない。
「突然で悪いが、この昼食エリア全域を封鎖することにした。封鎖する瞬間に中に居る奴は仲良くフィギュアになってコロシアム行きだ」
……は?
あまりの内容に一瞬思考が停止する。
「ついでに門を作ってそこからしか出れねえようにしておいた。まあ五箇所あるから好きなところから脱出してくれ」
周りを見てもそんなものは見えない。つまり高さはないからまた屋根を渡れば――
「ああ、言っとくが屋根を渡ろうとか空を飛ぼうとか地中に潜ろうなんてする奴は俺が直々に始末してやるから覚悟しとけよ」
……マジかよ、先代勇者に追われるとかなんて無理ゲーだ。大人しく門を目指した方が身のためだな。
「そんじゃ今から五分後に封鎖するぞ。スタート!」
開始の合図をきっかけに誰もが走り出す。五分という短い時間に一部はパニック状態になってしまっているようだ。
俺たちも五人揃って走り出す。一応見た限りで一番少ない方向だから渋滞になる可能性は低い。
そして一分と経たずに向かっているのとは別の方向から騒がしい音が聞こえてきた。恐らくは戦闘音、どこかで蹴落とし合いでもしているのかもしれない。危険な行為禁止じゃなかったっけ?
しかしその予想以上に事態は悪い方向に進んでいた。
「うわっ! なんだあんたら!」
「嘘でしょ!? 入ってこれないんじゃなかったの!?」
「しまっ――」
前の方から叫び声が聞こえたかと思うと見覚えのある光もちらほらと見え始めた。
「まさか……」
嫌な予感がしたので目に魔力を集中させ視力を強化する。
最近は【身体強化】を全身に使うのが当たり前すぎて忘れていたが、【魔力操作】に長けると【身体強化】の応用で体の一部分のみに魔力を流して更なる強化ができる。
当然他の強化は疎かになるが、まあ元々召喚補正があるこの体だ、大した問題ではない。これやるとちょっと疲れることの方が問題だ。
そんなどうでもいい情報はさておき、前を走る他チームが向かった先にいたのは、
「やっぱり……」
「何か見えたの?」
「ああ」
台座を持った人、人、人。結構な人数がこの昼食エリアに入り込んでいる。出口となる門から逆に入ってきたってところが妥当だろう。
その旨を伝えると四人共表情に焦りが浮かぶ。俺も同じ顔をしてるんじゃないだろうか。
また周囲にも聞こえてしまったのか速く走り始める人、逆に遅くなる人、別方向に走る人、と様々な反応が見えた。
「どうするの!?」
「そうね……恐らく他の門からも入ってきてるでしょうし、掻い潜って門に辿り着くしかないわね」
ヴラーデの焦った問いにロティアが冷静を装って答える。
状況は絶望的だ。あと三分くらいで脱出しないといけないのにその出口から追手が入ってきている。先代勇者がいるからズル抜けもできない。
結局良い案など出ずに正面突破するしかないところまで来てしまった。
「とりあえず俺が数を減らす! 後は頑張れ!」
「無茶言わないで!」
珍しくヴラーデにツッコまれるが、もう他に思い付くことない。
目の前にいる集団を少しでも多く閉じ込め、かつ俺たちがその横を抜けられるように、頭の中で走れる体力と魔力が残るだろうギリギリまで【空間魔法】の使用範囲を広げ、形も調整してイメージを作る。
「おおおおおあああああああっ!!」
雄叫びも上げてイメージ通りに【空間魔法】を発動……よし、邪魔なく固定できた。
「今だっ!」
急に現れた透明な壁を叩く横を通り抜ける。時々閉じ込め損ねた人も襲ってくるが一人二人なら触られないようにするのは難しくない。
時々邪魔が入るせいで少し手間取ったが、なんとか門が見えてきた。隣で二人のスタッフがそれを閉めようと準備を始めている。
「間に合え……!」
五人でラストスパート。このまま一人も欠けずに脱出したい。
しかしそう思ったのがいけなかったのか、完全に油断していた。
「しまった!」
目の前でスタッフが門の裏から取り出したのは台座。門が見えて脱出しか頭になかった俺は罠の可能性を完全に放棄していた。門は自動で閉まり始めている。
もうこのまま走って抜けるしかない。スタッフの対処をしていては門が閉まってゲームオーバーだ。
スタッフの手元の動きに集中してその間を走ろうと――
トンッ。
「えっ?」
急に背中を押され、前に転ぶが手を着いて前転、受け身を取る。
後ろを振り返れば門が目に入り、そこがもう門の外であることに気付くと同時、俺と同じように小夜とヴラーデが後ろから押されたように加速、転びながらも門の外に出る。
その後ろには閉じる門の向こうで何かを押した姿勢のロティアとヨルトス。
何か言おうとする前に、非情にも門は閉じられ……直後、昼食エリアだったところが眩しい光を放った。
「二人を助けに行くわよ!」
「待て、ヴラーデ」
状況を理解したヴラーデの第一声。しかし俺がそれを止める。
「どうして!?」
「いや、俺も助けに、行きたいんだが……ちょっと、休ませてくれ」
「へ? ……あっ」
何せ特大規模で【空間魔法】を使用し全力疾走したのだ。ちゃんとセーブしたので動けない程ではないが正直きつい。
ルナ印のポーションを飲んでもいいんだが、唯一作成できる人物が行方不明な以上余計な消費は抑えたい。他のだと魔力は回復できても疲労にはあまり効かないし。
「ご、ごめんね? あ~でもどうしようかしら……早く助けに行ってあげたいけど、一人じゃあれはちょっと……」
まあさっきヴラーデを助けた時も結構な包囲網だったし、一人で行けばフィギュア取りがフィギュアになってしまうだろう。それをすぐ近くで見てたからか、そこら辺はちゃんと理解してるらしい。
「決めた! サヤ、ちょっと手伝って」
「?」
首を傾げる小夜にヴラーデが耳打ちをする。なんだ、俺には聞かせられない話なのか?
「分かり、ました」
小夜の頷きの後、二人が俺に迫る。
俺は座り込んでいて二人はそれを見下ろす形になっているからか、目元に影が差してるように見えて思わず唾を飲み込む。
「あの、お二人さん? せめて何をするかだけでも教えてくれるとありがたいんですが?」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
「私たちに、任せて、ください」
「だから何を!? ってうわっ!」
まず小夜が俺の両足を下から持ち上げる。俺と同じく召喚補正がある小夜の力強さに弱った俺では敵わない。
両足を持ち上げられれば上半身は後ろに倒れる。しかしヴラーデが両腕で背中を受け止めた。
「まさか、お前ら……」
「行くわよ! せーのっ!」
「っ!?」
二人が立ち上がり、俺の身には一瞬の浮遊感。
ヴラーデが俺の背中を、小夜が俺の両足をそれぞれ下から持ち上げて、そのまま走り始めた。
「これなら移動もできるしヨータもゆっくり休めるわよね!」
「いや心が休まらねえよ!?」
一見二人で一人を運んでいるだけなのだが、二人三脚のように二人で息を合わせないと悲劇が起こるのは運ばれてる俺の身だ。
スピードを出しつつも綺麗に並んで走れる二人のチームプレイは凄いが、だからって安心しきれない俺の心情を誰か分かってくれないだろうか。
「どう? もう大丈夫かしら?」
無事にコロシアムまで着き、魔力も少しは回復、体の疲れも取れたはずだが……さっきより疲れた気がする。
「ああ、まあ動けるようにはなった」
「そ。じゃあ行くわよ」
「待てい」
再び動き出そうとするヴラーデを止める。別に動きたくないからではない。
「今度は何よ」
「いや、おかしいだろ。なんでここに来るまで追手がほとんどなかったんだよ」
「……確かに」
そう、追手の人数はかなりのものだった。昼食エリアからコロシアムもそこそこの距離があるし、一人も見かけなかったわけではないがその数は少なく、そいつらに気付かれることなくここまで無事に来れたのだ。
「さっきの、昼食エリアに、閉じ込められてるん、じゃない、でしょうか」
「……それはあるな」
封鎖したならフィギュアにならない追手たちはそこに閉じ込められてても不思議ではない。だが確証もない。
「ここは最悪のパターンを考慮しとこう」
「と言うと?」
「あの人数がフィギュアの周りにいる可能性だ」
あの封鎖に巻き込まれてフィギュアにされたチームメイトを助けに来ると読んで一網打尽にしようとしている可能性。もしそうであれば二人を助ける難易度は跳ね上がる。
「でも、行くんでしょ?」
「まあな。つまり、なるべく多くの人が待ち構えてると思って突撃しようってことだ」
「分かったわ。じゃ行きましょうか」
「おう」
こうして、決死のロティア・ヨルトス救出作戦が開始された。
次回予告
ヴラーデ「大丈夫かしら……」
陽太 「なんとかなるだろ」
ヴラーデ「そうじゃなくて、ロティアって倒れそうなポーズしてたじゃない?」
陽太 「そこ!?」
小夜 「……でも、確かに、前屈み、でしたね」
ヴラーデ「でしょ?」
陽太 「まあ行けば分かるだろ」
ヴラーデ「それもそうね」