64. 敗者復活戦:フィギュア化しないように逃げましょう。(1)
というわけで翌朝。
早く寝たおかげか早く起きた俺たちは早く朝食を済ませ、早くコロシアムに到着した。……今何回『早く』使ったんだ俺。
中はまだ数チームしかおらず、スタッフたちも準備しているようだった。
「よう、坊主に嬢ちゃん共」
「あ、どうも」
暇することになった俺たちに正志さんが話しかけてきたので軽く挨拶をする。一応初めて会話するヴラーデたちは自己紹介も一緒だ。
「昨日は惜しかったな、結構接戦だったんだぞ?」
それについては悔しい限りである。敗者復活戦をなくして八チーム生き残りだったらとも思うが、そこを恨んでも仕方がない。
その後は各種目の感想を正志さんが語っていく一方的な会話になり、それが終わると、
「あの、ユニークスキルを見せてもらっていいですか?」
「ん? おう、いいぞ。何がいいとか希望はあるか?」
ロティアの希望で変身ショーが始まることになった。
「ではまず、そこにいるヨータから」
「おう」
何故に俺?
疑問を挟む余裕もなく正志さんの体が光ると俺に変身した。
「これでいいか?」
「うわぁ、ホント瓜二つね……ヴラーデ、見分ける自信ある?」
「う~ん、ちょっと厳しいわね……」
半年以上ほぼ毎日一緒に行動してた二人だが、自信なさげというよりは感心しているようにそう言った。
「サヤちゃんは?」
「ちょっと、見ただけだと、難しいですが……よく見ると、細かい、仕草が、違いますね」
「「えっ」」
対して小夜は平然とそう言い放ち二人が驚く。最初正志さんに会った時見分けられてなかった気がするんだが。
「嬢ちゃん成長したな……凄い観察眼だ。俺も長年このスキルに付き合って観察力と模倣は磨いてきたつもりだったが、まだまだ甘いみてえだな」
正志さんも最初は驚いていたが、俺の姿のままだんだん意気揚々とした表情に変わった。今が大会中でなければ鍛えに行ってしまいそうなほどだ。
次に正志さんは小夜に変身する。
「ど、どう、ですか……?」
口調も真似た正志さんが問い掛ける。今は変身するところを見ていたからどっちがどっちだか分かるが、二人同時に現れたら見分ける自信が全くない。
まあ普段なら【繋がる魂】のおかげで分かるんだが、今はルオさんに封印されているので変な企みをしてほしくないな。
しかしさっきの小夜の凄さを改めて理解できる。ホントなんで細かい仕草とか分かるんだ。
次にヴラーデに変身した正志さんだったが、
「ん?」
何を感じたのか首を傾げる。
「どうしました?」
「いや、このスキルで変身すると身体構造に基づく一部の能力とか感覚もコピーできるんだが……ああ、例えば獣人の嗅覚とか聴覚のことな」
そうだったのか、知らなかった。よく考えてみれば当然なのかもしれないが。
「この赤い嬢ちゃん、なんか違和感があるっつーか、ん~……ダメだ分かんねえ、なんだこりゃ」
真似するのを忘れているのかヴラーデの姿と声のまま独り言のようにそう言う。
思い出すのはヴラーデに憑依したキュエレのこと。本人も知らない何かが隠されていると言っていたが……
「すみませ~ん! オーナーそろそろステージの方までお願いしま~す!」
思考を遮るように魔導具を使ったスタッフの声が響く。
「おっともうそんな時間か」
正志さんはそう言って元の姿に戻り、
「じゃあな、今日は頑張れよ!」
そのまま走り去っていった。
「……ロティア」
「ごめんね、今はまだ『その時』じゃないの」
「……そう」
それ以上ヴラーデは深く追究することはなかった。
「さあ、今日は敗者復活戦、題して『ランフォーサヴァイヴ』だ!」
待て待て待て、展開が早いぞ。今まで変化してから説明だったのに今回はいきなりなのか?
あとどうでもいいんだが、どうして『ヴ』の発音を強調するんだ。何のこだわりがあるというのか。
「ルール説明の前にこちらをご覧ください」
そう言いながらルオさんが茶色い丸い板を取り出す。直径は一メートルないくらい、厚さは十センチくらいだろうか。片手じゃ持てなさそうだな。
「こちらは今回使用するプレートです。この敗者復活戦に参加する人物が触れると……そうですね、どなたにしましょうか」
ルオさんが参加者側をゆっくり見回す。……あ、目が合った。
「ヨータさんとサヤさん、ちょっとこちらに上がってきていただけますか?」
『そこの二人』だったならまだしも名指しされて行かないわけにはいかないので、大人しくステージの方へ。
「ではヨータさん、このプレートに触れてください」
指示に従い右手で軽くプレートに触ると、
「いっ!?」
プレートが眩しく発光する……って俺の体も光ってる!?
光が収まる頃には身動きが取れなくなっていた。固める罠だったかチクショウ。あとなんか体勢がいつの間にか変わってる気がする。
「敗者復活戦に参加する人物が触れると、このように等身大フィギュアになってしまいます。ついでにプレートが台座になっています」
フィギュア!?
「ホントだ、完全に硬いものじゃない、フィギュアならではの見た目とムダ毛のないスベスベな手触り……髪もまとまって簡略化されてる……目や服も塗装っぽくなって……あっ、ここのホクロもなくなってる、ここは残してくれても良かったのに……」
ご丁寧な独り言リポートありがとうございます。ただ周りをウロチョロしたりペタペタと触るのはやめてもらっていいですかね小夜さん。
しかし身動きが取れず喋れもしない今の状況では小夜の好きなようにされる他ない。
あと、そんなところにホクロあったの? 俺自身も知らなかったのになんで知ってるの?
「後で八分の一スケールにして一つもらえないかな……」
小夜さん!?
「あ、ヨータさんには自分の姿が見えないですよね。誰か鏡をお願いします」
持ってきてもらった鏡には、確かに小夜が言ってた通りのフィギュアな俺が映っている。
片手で下段に構える剣には魔力の刃……ではなく模しただけの少し透明なフィギュアのそれが付いている。
しかしいつの間に剣を持って……いや、この姿勢は見覚えが……
「因みにポーズは第一種目のカード封印の時のものになっていますが、ちゃんと台座もそれに合わせて大きさが変わるので安心ですよ」
あ、そうそうそれだ。保存してたのか、っていうかできるのか。あと動けない時点で安心も何もない。
「このフィギュアですが、同じチームの人が台座に触れると元に戻ります。ではサヤさん、台座に触れてみてください」
台座を触りながら説明するルオさんに続いて小夜が台座に触ると……またかよ!
俺の体と台座が発光し、光が収まると同時に俺は元に戻っていた。剣もなくなっていて、台座は少し離れた位置にある。
「こんな感じですね。この台座は再利用できるので、ヨータさんもサヤさんも触れればまたフィギュアになります」
今度は逆に小夜がフィギュアになり、俺が元に戻す。さっきの俺と同じような感じなので詳細はいいとして、髪留めが完全に髪にくっついてたり、銃もフィギュアっぽく銃口が黒で塞がれてるくらいか。
「今回はこれを利用した生き残りゲームです。フィールドは『変化の遊戯場』内の成人向けコーナーを除く全域、建物は基本的に立ち入り禁止です」
それはまた規模が大きいゲームだな。
「フィギュアにされると自動でここに戻ってきますので、定期的にここを訪れて仲間がフィギュアになっていたら解放してあげてください」
なるほど、しかしフィールドも広いしそれだと一日で終わるかどうか不安だな。
「チーム全員がフィギュアになった場合元に戻す人がいなくなるので失格になります。誰かが勝手に建物に入ったり危険な行為をしてもチームごと失格になるのでご注意ください」
「ちゃんとスタッフが見張ってるからな、隠れても無駄だぞ!」
スタッフの数は多いから十分見張れるだろうが、そうすると誰が俺たちに迫るのだろうか。
「最終的に残った一チーム、もしくは制限時間時点でもっとも多くの方が生き残っているチームが敗者復活、次からのトーナメントに参加できます」
まあ形式が少し違うだけで予選と一緒だよな。確かに『サヴァイヴ』するために『ラン』、『走る』というより『逃げる』だろうが、タイトル通りだ。
「そしてここからが肝心なところだ! 追っかけてフィギュアにする側を観客全員、そう、お前らにやってもらう!」
……おいおい、マジかよ。
一斉に盛り上がる観客は数える気にもならない人数だ。大してこちらは二百人もいない、圧倒的な戦力差。いくらフィールドを広く設定したとはいえ厳しい戦いになるのではないだろうか。
「この後『変化の遊戯場』内各地で台座の受け渡しを開始します。魔力の登録をするので他の人が触ると自分が触るまで効果を失い、なくしても手元に戻ってくるようになっています」
俺と小夜が持ってるポーチみたいなものか。
「一人一つだけですが誰かをフィギュアにした後は新しく台座を受け取れるようになります。この機能で誰がフィギュアにしたかを管理し、その成績に応じて『変化の遊戯場』内で使用できるクーポンなどを差し上げますので、是非頑張ってくださいね」
再び歓声が起こり、やる気に満ちる観客の様子は逃げる側の俺たちに多大なプレッシャーを与える。
「また台座に触れていれば対象者を視認した時に【感覚魔法】で分かるようになっていますのでご活用ください」
しかも目立つ特徴がない人や変装などへの対策もバッチリと来た。今日一日は周囲に気を張り続けて疲れそうだな。
「当然こちらも危険な行為は禁止ですので、欲に目がくらんでも変なことはしないでくださいね。……え~と、このくらいでしたっけ」
「そうだな。とりあえず一日使ってるんだ、すぐに終わらないよう頑張って逃げ回ってくれよ! じゃあまず敗者復活戦に臨むお前らから好きなところに移動してくれ! 十分後に台座の受け渡しを始めて競技開始だ!」
正志さんがそう言うとほぼ一斉に動き出し、俺たちも一緒にコロシアムを出た。
「どうする?」
「そうね、台座が一人一つだからチームで固まって動いた方がいいでしょうね。バラバラになっちゃうと誰かがフィギュアにされても分からないでしょうし」
最低限の方針を決めようと話を振るとロティアがそう提案する。そう思うのは俺たちも一緒なので五人揃って動くことにする。
「ただ、そう簡単にいけばの話だけど……」
そうロティアが呟くが、俺も嫌な予感はしている。あの正志さんのことだ、ただ追いかけっこをさせるだけでは終わらないと思う。
きっとチームをバラバラにさせる何かを仕込んでるはずだ、と確信に近いものを感じながら競技開始の時を待った。
次回予告
陽太「ところでこれって……Xだよな?」
小夜「Xですね」
陽太「そしてあのテレビ番組だよな?」
小夜「そうですね」
陽太「あの人結構やりたい放題だな……」