63. 第七種目:立方体や球体になるのを立体化と呼称するのはどうでしょうか。
「ん~~っ、やっぱり人間の体が一番ね~!」
ロティアが体を解しながら言う。
あの後すぐに二人を発見し、ある程度のチームが五人ずつ同じところに集まったらしくようやく元に戻ることとなった。
やっぱり動物としての習性は動物になってる時だけだったらしく、今となると犬っぽい行動はとりたくない。だからって後悔の念が湧いてこないあたりは『変化の遊戯場』ならではか。
「さあ元に戻ってすぐで悪いが、第七種目やるぞー!」
……元に戻ったのが遅くなったのは昼食を用意したそっちでは?
そんなことをツッコむ余裕もなく、二番目に呼ばれてしまった俺たちが『1』の小屋に入る。先に待っていたチームとは軽く挨拶するだけだった。
「皆……」
珍しくヴラーデが低い声で、
「……やるわよ」
本気を通り越した険しい顔で言った。『やる』が『殺る』でないことを祈るばかりである。
しかし先程の第六種目、僅差といえど負けは負け。勝利ボーナスポイントがない分、ここで大差で勝利する勢いじゃないと脱落してしまう可能性が高い。ヴラーデがそうなるのも納得ではある。
しばらくして、箱のような、台のような……直方体の何かが運ばれてきた。二つあるから一つのチームに一台だろうか。五人で乗れそうなくらいには大きい。
続いていつものくじ箱と……なんだあれ。鉄の四角い塊から上の面を丸くくりぬいたようなものが入ってきた。
それが一つではなく、スタッフがくりぬかれた面を上下に向かい合わせ二メートルくらい離す。支えがあるので落ちてきたりはしない。
これまたワンセットでは終わらず、穴が四角かったり、違う形がセットになったものもある。
「今度は何かしら?」
ヴラーデは分かってないようだが、まあ『変化の遊戯場』でそれを見れば察せる。
『さあ準備が終わったところで第七種目だ! だが俺から言うことは唯一つ! ……高く積め、以上だ』
急にハイテンションから渋い声に切り替えるが……それだけ?
『そうですね、ルールとしても高く積んだ方の勝利、高さでポイントが変わるだけとなっています。一応魔法やスキルの使用は禁止となっております。以上ですかね』
いや、もうちょっと詳細はないんですかね、あの。
しかし本当にこれ以上俺たちに言うことはないらしく二人の声は聞こえなくなった。
スタッフからも開始の指示があったのでこっちのチームは俺からくじを引く。そこには赤く塗りつぶされた丸だけ。
それをスタッフに見せるとたこ焼き器にしか見えない丸くくりぬかれたところに立つ。丸いせいで少し立ちづらい。
スタッフが何か操作すると上から同じ形にくりぬかれた天井が迫ってきた。体育座りでもすれば無事に済みそうだが直立したまま動けないため潰されるのを受け入れるしかない。
頭に触れると俺の体が縦に潰されていく。しかし今までと違うのは潰された体が広がっているのが分かるところだ。今までは明らかに体積とか変わっていたんだが……まあこの穴の大きさ的に広がらないと満たせないのだろう。
強く押されて潰され広がっていくのも気持ち良いと身を任せていると、終わったのか天井が上がっていった。
「あ~なるほど」
「陽太さんが、ボールに……ちょっと大きいけど」
ヴラーデもようやく理解したのか頷きながら、小夜は驚きながら呟く。
鏡を見せてもらえば俺は立派な球体と化していた。髪から手足まで全てが模様と化し一切の凹凸がない綺麗な曲面である。
表情は動かせるパターン、顔は例によって鼻がないデフォルメ。綺麗に球体になった体に出来る影は球体によってできる影のみで平面化と一緒。
当然模様となった手足は動かせないが、本能が転がって移動できることを示してくるので前に転がってみる。
「……動けるん、ですか?」
「ご覧の通り」
不思議と目も回らないので助かる。
「じゃあ誰か台に乗せてくれ」
転がるだけでなく微妙に弾むこともできるっぽいんだが、それだけでは台に乗れそうではない。
何故か小夜に堪能するかのような目で見られながら持ち上げられ台に乗った。
その間にヴラーデが引いたくじには立方体が描かれていて、手を後ろで組んで四角い穴の中で正座させられる。
そのまま上から潰され、変化している様子が外から分からないものの結果的にヴラーデは立方体となって出てきた。
上一面に平面と化した顔、前は胸と膝だろうか。横は頭から足までが折り畳まれたように見える。後ろと下はここからじゃ見えない。
あれだな、正座したまま腕を後ろに回し、上半身は前に倒して顔は上を向いた状態を無理矢理その形にした感じだ。
「私動けないんだけど」
球体な俺とは違い立方体なヴラーデは全く動けないらしくロティアが運んで俺の隣に乗せる。その時に見えたが後ろは長かった髪がほとんどで、下の方に靴の裏が見える。手抜きか。
続いて小夜が引いたのは俺と同じく丸。ただし今度は青く塗りつぶされている。
何が違うのかと考えながら小夜が潰されていくのを見守る。しばらくして出てきたのは、
「ゆっく――」
「言わせねーぞ!?」
生首が球体となった小夜だった。本人曰く体が頭に飲み込まれる不思議な感覚だったらしい。
俺とは違い髪が巻き込まれずに残っている。そのせいでより実況動画に出てきそうな生首に見えて仕方がない……というかその顔やめろ小夜。
一応転がれはするみたいだが、台にはロティアに乗せてもらった。
ヨルトスは円柱になった。上の面に顔、側面は直立姿勢のままだ。マフラーは上の面の口元と側面の一番上に位置している。
ここでようやく残っていたロティアが俺たちを積み始める。しかし球体が二つあり、高く積むには難易度が高すぎる。
「ねえ、さっき自分から転がってたけど、逆に上に何か乗ってる状態で転がらないようにすることは可能かしら?」
しばらく悩んでいたロティアに質問されるが、そんなことはやってみないと分からない。
そう伝えたら一度試すことになった。まず俺の頭の上にヴラーデを乗せられる。その途端にバランスが崩れるような、例えるなら今まで立っていた地面が急に直径十センチもない円になってしまったかのようで、球体の体ではバランスを整えることもできずに転がってしまい、ヴラーデも落としてしまう。
「……悪い、こりゃ無理だ」
「そう、仕方ないわね。次やってみましょう」
今度はヨルトスの顔に俺が乗る。思いっ切り顔を踏んづけてる形なんだが、ヨルトス曰く重さは感じないし問題ないとのこと。そういえばさっきもヴラーデが乗った時バランスは崩したものの重さはなかった気がする。
そしてこっちは大丈夫そうだ。上に乗られなければ転がらずにいられる。考えてみればそうでなければ自由に転がれないわな。坂になってたら自信ないけど。
その様子見たロティアはまずヨルトスの上にヴラーデを乗せた。面積的にはヴラーデの方が大きいので不安な形だが、次に俺たち二人がその上に乗ると納得した。四角い面の角同士なら二人でギリギリ乗れるが、丸い面にはどう考えても無理だ。
「あとは私の形次第ね……!」
そう言いながらロティアが引いたくじには、
「四角錘……?」
ピラミッドの形が描かれていた。ロティアが立ったのはここからじゃよく分からないが上下で穴の形が違う奴だったような気がする。
当然ロティアはピラミッド型になって出てきたのだが、ピラミッドはピラミッドでも逆さまだった。唯一の四角い面に顔、残りの三角形な側面に直立姿勢の模様だった。
「どうするんだこれ」
というかそもそも並大抵の形じゃ俺たちの上に乗るのは困難な気はするが。
「……二人共、私を挟むことはできるかしら?」
「「え?」」
最後の一人はスタッフに乗せてもらえるらしく、並んでいる俺と小夜の間にロティアの尖った足が差し込まれる。
「どう?」
「……ちょっときついが、なんとか耐えられるかもしれない」
「私も、頑張って、みます」
さっきヴラーデを乗せた時とは違って、押されているのを押し返している感覚だ。
まだスタッフの手が完全には放れておらず、更にきつくなると思うと厳しいが、高さを少しでも稼ぐにはこうするしかない以上耐えるしかない。
ロティアがスタッフにこのまま手を放すよう伝えると、手を放してから十秒経った時に倒れず残っている分の高さが成績になると説明をもらった。
「行くわよ」
「おう」
「はい」
「では……お願いします」
スタッフの手が放れると同時、
「いっ……!」
「ん……!」
押し転がそうとする力が強まり、負けないように小夜と二人で耐える。
「一、二、三」
こういう時に限って十秒は無駄に長く感じ、早く終われと焦りが募っていく。
「四、五、六」
だんだん体がプルプルと震えている気がしてきた。早く、早く……!
「七、八、九」
くそ、限界が……いや、まだだ、あと少し……!
「十!」
もう無理!
「うぉっ!」
「わっ!」
「ちょっ……にゃっ!」
「え? きゃっ!」
ヴラーデの上から転げ落ちる。小夜も反対側に落ちていくのが見えた。尖った方が下になっているロティアも着地できずに落ち、その衝撃かヨルトスの狭い面に乗っていたヴラーデもバランスが崩れて落ちてしまった。
結果として二段以上に積まれてる箇所がないまでに崩れてしまったが、十秒経ったのは聞こえたしセーフだと信じたい。
相手は相手で正四面体に三角柱、正八面体、星形の板、ラグビーボールみたいな形と俺たち以上に酷い組み合わせで、目を逸らして『ご想像にお任せします』で誤魔化したくなった。
試合はこちらの勝利。もうポイントが足りていることを祈るだけだ。
「さあ、お待ちかねの結果発表だ! まずは残れるチーム数の発表から! ルオよろしくぅ!」
「はい、次の種目からはトーナメント形式となりますので、ここで残留しトーナメントに参加できるのは……」
ここで無駄に間を持たせるルオさん。
さらっと次がトーナメントという発表があったが、それなら見合った数にするはずだ。十六だと四チームしか落ちないし、四だと少ない気がするから八チームが妥当だろうか。
「七チームです!」
……あれ? そうすると一チームはシードとかか?
「色々言いてえこともあんだろうが、詳細はちゃんと話すからちょっと待ってろよ! 先に結果発表から行くぞ!」
「今回は第二十位から発表していきますね。まず、第二十位は……」
今回は時間をかけて発表するつもりらしい。一戦負けてて確実に残れるとは限らないからハラハラする。
ルオさんが一つずつ発表していく度に、そのチームのものと思われる残念そうな声が聞こえる。泣いている人もいるようで一部から葬式のような雰囲気が流れてくるのを感じる。
そして残り十チームまで減っても俺たちはまだ残っているが、トップテンだからと安心することはできない。
十位の発表……別チーム。九位の発表……も違う。次も呼ばれなければ生き残り、呼ばれてしまえば脱落だ。
「そして第八位……」
「運命の瞬間だな!」
うっさい入り込んでくんな先代勇者。
そしてここが境界線になるからか、さっきまでよりも明らかに間が長い。
ヴラーデが顔の前で両手を組み必死に祈っている。……っと、小夜もか。
「……『秘密の魔術師達』です!」
ドサリ。
音の方を見ればヴラーデと小夜が崩れ落ちていた。俯いていてよく見えないがその表情は想像に難くない。
すぐに周りから歓喜の声と結果発表が続けられる声、観客が盛り上がっているのも聞こえて……
……
……負けた、のか。
ロティアがヴラーデたちを慰めているのが視界に映るが、どこか違う世界の出来事に見える。
ロティアが続けてこっちを見て何か話しかけてくるが全く頭に入ってこない。
ただ、呆然とそこに立っていることしかできなかった。
ようやく脱落を受け入れる頃には、結果発表はとっくのとうに終わっていた。今は正志さんとルオさんがトークをしているが、結構前かららしい。全く気付かなかった。
ヴラーデたちも立ち直ったようだ。二人共顔も目も赤く、ロティアに苦労させてしまったんだろうと思って視線を向けると『気にしないで』とアイコンタクトが返ってきた。
「さて、そろそろ落ちたチームは立ち直ってくれたか?」
適当にトークを締めた後、正志さんがそう言った。
「ここでそんなお前らに朗報だ! 明日は一日使って敗者復活戦を行う!」
その瞬間、コロシアムが歓声で埋まった。俺やヴラーデも大声で叫んだし、小夜も珍しく一緒に叫んだ。
……これがあるから七チームだったんだろうな。そういえば以前もほのめかす発言してたし。
「第四種目と第七種目で脱落した三十三チームが対象だ! 詳細は明日話すが、観客も別の形で参加してもらうから寝坊せずにここに来いよ!」
「それでは皆さん、また明日!」
いつも通りの解散の流れだが、どのチームも意気込みながら帰っていき、それは俺たちも例外ではなかった。
今日はロティアもふざけたことを仕出かさず、明日へ向けて英気を養うため夕食も少し多めで早めに寝ることになった。
次回予告
陽太 「今日は大人しいのな」
ロティア「そりゃあの娘があんな感じじゃあね~……」
陽太 「ん?」
ヴラーデ「絶対優勝……絶対優勝……絶対優勝……絶対優勝……」
陽太 「うわっ怖っ」
ロティア「ところで賞品の無料チケットって入場料だけらしいわよ」
陽太 「マジか」
ロティア「各アトラクション自体はお金取られないからいいけど、お土産とか食事代、宿泊費は結構馬鹿にならないのよ?」
陽太 「なんかどっかで聞いたことあるシステムだな」