62. 第六種目:一度動物になってみたいと思ったことはありませんか?(後)
スタートと同時、俺は近くの地面を掘る。普段なら素手で掘ったりなどしないだろうが、今はやりたくてやってる感じがしてる。さっきのヴラーデ程じゃないが俺も影響を受けているのだろうか。
早速一つ見つけた。かなり小さいから一度に何個も持てそうだな。しかし手を伸ばして気付く。
「この手でどうやって持てばいいんだ!?」
思わず声に出してしまったがそれは置いといて、犬だか狼だか知らんが四足歩行のこの体は物を持てるようになどできていない。
だったらどうすれば……って口しかねえよな。その前に匂いを覚えておこう。
これまた普段なら掘った地面に顔から突っ込むなんて絶対しないだろうが、今はこの行為を自然に受け入れている自分がいる。
何故か微妙に甘い匂いを記憶し、口の中に含む。味はしないな。
そのまま指定の容器に持って行って中に入れる。入れるところは高さが低いので困る人はいないだろう。……人?
小さい疑問は放り投げ、匂いを辿って少しでも宝が多そうなところに向かう。
やっぱり普段なら地面に顔を……もういいか。認めよう、今の俺は完全に犬だ。実はさっきロティアのお手に従いそうになったのを必死に堪えていた。
宝を求めて岩場に着くと、赤い猫が見えた。岩を軽やかに跳び回りながら隙間などから宝を回収しているようだ。
一つ高いところに飛び乗ると周りを見渡し、何か見つけたのかその向こうに下りていった。
俺はヴラーデが取り損ねた宝を回収していく。意外と多かったので一度戻って容器に入れた。
今度は森のように木々が生える中を進むと、黒髪の白い兎が見えた。耳を動かして周りの音を確認しているようだ。
俺が歩いて出た音に驚いたのか、体を縮こまらせて耳を倒す。その姿に罪悪感が出たので姿を見せると安堵してこちらに近付いてくる。
「陽太さん、びっくり、したじゃ、ないですか」
「悪い。あんな驚くとは思わなくて」
「兎に、なって、臆病、というか、神経質に、なってしまった、気がします」
兎が臆病な動物だったかは知らないが小夜も影響を受けているらしい。
小夜曰く宝は小さい音――俺には何も聞こえないんだが――を発しているらしく、その方向に向かうということで一度俺と別れた。
青い狐が高く遠くへジャンプしては落ち葉の中から宝を集めたりモモンガが華麗に滑空しながら宙に浮かぶ宝をキャッチしているのを……っておい、あれ浮かんでるのもあるのかよ。
ともかくそんな姿を見ながら俺は池にやってきた。広さもそこそこ、深さもありそうだ。
そんな透明な池の中を緑色のペンギンが猛スピードで泳いでいる。よく見ると水中の宝を口に含んでいるようだ。
続いて蛙の姿も見つけ……これやばくねえか。こっちのチーム水中対応してねえぞ。
一瞬影が差した空を見れば緑色の鷲が飛んでいる。くそっ、空も取られてる。一応モモンガが滑空できるが何もないところを飛ぶのは無理だろう。
今回こっちのチームが圧倒的に不利じゃねえか、と考えているとペンギンが頭に蛙を乗せて出てきた。水中は速かったが陸上は遅いから効率が良いわけでもないだろう。少しでも宝を取られないよう祈るばかりである。
またある程度集まったので容器に入れに戻る。透明じゃないから中は見えず、何か加工してあるのか匂いも感じないのでどのくらい集まってるかは分からない。
ここで容器について考察してる暇はないのでまた宝を求めて走り出すことにした。
もう誰かを見かけても構ってる余裕はなく、ひたすら宝を拾っては入れに行くの繰り返し。もう深く考えずに本能で動いてる気がしてきた。
しかしそんな時間もいつまでも続くわけではない。体が光ったと思ったら容器の近くにいた。どうやら制限時間のようだ。
スタッフの指示で最後に持ってる宝を入れて競技終了。今回はまだ元の姿には戻してくれないらしい。
全員が集まったのを指で数えたスタッフがそれぞれの容器から一回り小さい容器を取り出す。二重構造だったのか。
取り出された方は透明でどのくらい宝が入っているか一目瞭然。相手チームの方が少しだけ高いところまで入っている。
「『緑の小悪魔』の勝利です」
「やったー!」
スタッフの言葉にナビさんたちが喜ぶ。
意外と僅差だったことに悔しがる俺たちのところにナビさんがペンギンの短い足でゆっくりやってきた。
「ありがとうございました。そちらのチームは移動速度に長けてそうだったのでヒヤヒヤしましたよ」
こっちとしては陸も水も空も探索範囲に出来るそっちが羨ましいところだったんだが。
しかしナビさん曰くペンギンはさっき見た通り地上では遅く、蛙や鼠は体が小さいから距離を稼げない。蛇も足がないので思うように動けず、かろうじて鷲が少し速いくらいだったとのこと。
その点こちらは陸でしか動けない代わりにとんでもない速度で駆け回っているように見えたそうだ。
なるほど、実はいい勝負だったわけか。
「戦闘だと間違いなく勝てないですからね。勝てて嬉しかったです」
そう言われて何と返せばいいのか。というか流石にどの勝負でも勝てるとは思ってない。
「またお会いしましたら……」
なんだその間は。
「いえ、やっぱり遠くから見守ってますね」
「せめて挨拶くらいしてくださいよ!」
「ふふっ」
予想外の言葉に少しよろけ、強めに返したら笑われた。
「やっぱり面白いです。これからも期待してますね♪」
……最後までしてやられたな。小悪魔は伊達じゃない。
小屋の中――そういえば空があるが屋内だったなここ――が元に戻り、外に出ても動物化は解除してもらえてない。
制限時間制だったからかほぼ同じタイミングで次々と動物が出てくる。
「第六種目お疲れさん! 第七種目も昼休み後にやるぞ!」
「今回の動物化ではイベント専用のカードを使用致しましたが、物販エリアでは動物ごとに色や模様を付けた飴を販売しております。一個単位のものからたくさん入ったパーティー用まで各種揃えておりますので是非お買い求めください」
いや宣伝はいいから戻さない理由をだな。
「さてそろそろ動物になったまま戻されないことに不安になってきたことだろうが、競技中に動物化のとこから昼飯を持ってきてやったぞ! まだまだ動物化を堪能してくれ!」
……このまま飯を食えと?
「一応他の動物用の飯は食うなよ? 流石にどの動物が何食えねえかなんて把握しきれねえからな」
しばらくして正志さんたちの前に食事が並ぶ。どの動物用なのかちゃんと書かれているが、物が物なのでなんかシュールだ。
例えば肉食動物用にはシンプルに肉、草食動物には野菜といった感じなので、間違っても人間用のラインナップではない。
しかしそんな光景を目にしても気は全く引けない。むしろ肉が魅力的に見えて早く食い付きたいとすら考えている。
「待たせたな! 食べてよし!」
その言葉で体が勝手に動くかのように肉を食らうために走り出した。
……はっ。あれ、いつの間にか肉がない。
他にも色々なくなっていて、覚えのない満腹感と幸福感が……ホントに記憶がないだけだなこれ。
体も少し重いと思ったら少し怪我をしている。変化時の苦痛カットのせいで気付かなかった。
少しだけ帰ってきた記憶から察するに、俺は理性も捨ててひたすらに肉を食べ、時々他の動物とも争っていたらしい。
記憶と同時に両前足で肉を押さえ、思いっ切りかぶりつく開放感もよみが……っていかんいかん、また染まりかけてた、危ない危ない。
他はどうしてるだろうかと歩き始める。色んな動物がいるだけなら動物園だが、それがカラフルだと凄い光景だ。
まあこの世界なら不思議でもなんでもない。人間の髪だってカラフルだし、見たことはないが二色以上の地毛を持つ人も稀に存在するっていうから流石ファンタジーだ。
お、あの赤い猫はヴラーデか。髪型が残ってなかったら分かんなかったかもしれない。
缶詰め――というか模したものっぽいが正志さんの仕業だろうか――の中の魚の切り身を食べているが、味覚が残っているのか少し不満そうだ。俺は完全に味覚が変わっていたのか大満足だった……気がする。
あそこの髪だけ黒い白兎は小夜だな。人参を小さく噛み砕きながら食べているようだ。
元の姿で両手で持って小さく食べる図が容易に連想できるから結構ピッタリだったんじゃなかろうか。
今度は緑と白のペンギン、恐らくさっき相手だったナビさんだろう。小魚を一匹ずつ丸飲みしている。時々嘴で器用に上に放り投げて丸飲みキャッチもしている。
そんな食事姿を見ていたら何か感じたのかこちらに振り向き、目が合った。
「どうもヨータさん、さっきぶりですね」
「ど、どうも」
ずっと良い様にからかわれたからか正直苦手意識が生まれてしまっている。
「もう昼食はお済みで?」
「あ、はい」
「……ごめんなさいね?」
「え?」
両羽を伸ばしたまま前に持ってきて丁寧に頭を下げるナビさんに驚く。
「ヨータさんと話してると楽しくて……」
そう言われると苦手意識を抱いてしまったのが悪く思え――
「反応が面白くて、つい」
「おい」
「あっ! ごめんなさい……」
一瞬でも悪いと思った時間を返せ。
「飯は食い終わったか~?」
ナビさんを睨んでいると正志さんの声が響き渡り、
「ヨータ~!」
ヴラーデと小夜がこちらに走ってくるのが見えた。
「今の聞こえた? 私たちも集まらないと……って」
純粋に俺を探していたようだがナビさんに目が行ったようで、そのままナビさんを睨みつけながら小夜と一緒に俺との間に入り込んだ。
「どうした?」
「ちょっと黙ってて」
「静かに、してて、ください」
「あ、はい」
逆らってはいけない雰囲気を感じて大人しくせざるを得ない。正直怖い。
そんな二人に睨まれているナビさんだが、余裕そうに俺たちを見守るような優しい微笑みを浮かべている。ペンギンなのに。
しばらくお互いに見つめ合っていたが、
「ふふっ、そんな怖い顔しなくても奪っていくつもりはありませんよ?」
奪う?
「勘違いしているみたいですが、私はあなたたち全員が好きなんです。一人だけ奪っていくようなことはしませんよ」
……ああ、仲間である俺がナビさんのところに引き抜かれるんじゃないかと思ったのか。そんなわけないんだがな。
「……本当ですか?」
「はい。口約束が嫌なら後で契約の魔導具でも持ってきましょうか?」
「「……」」
ここで黙る三人。
「ここは、信じましょう」
最初に口を開いたのは小夜だった。
「いいの、サヤ?」
「ヨータさんに、向ける、視線と、私たちに、向ける、視線に、差が、ありません」
いつの間にそんな人の視線に敏感になったのでしょうか小夜さん。
「敵や、ライバルは、もちろん、三人目に、なることも、ないでしょう」
敵とか三人目とか何の話だろう。
「そう、分かったわ」
「誤解が解けたようで何よりです」
女性の話に全くついていけない件について。
「じゃあ行きましょ。ロティアたちも捜さないと」
「はい。ほら、陽太さんも」
「ん? あ、あぁ」
小夜の小さな前足が俺の前足に触れる。もしかしたら引っ張ろうとしていたのかもしれないが大きさ的に難しいだろう。
「じゃあまた」
「はい、さようなら」
ナビさんと簡単に挨拶を交わして俺たちはロティアとヨルトスを捜し始めた。
次回予告
小夜「そういえば、どうして、『緑の小悪魔』、なんですか?」
陽太「アイコンが緑色のカー○ィだかららしい」
小夜「あぁ……」
陽太「そこから性格もあんな感じにしたんだそうで」
小夜「小悪魔……とも、違う気が、しますが」
陽太「まあそこは言ってやるな」