59. 第四種目:液体はともかく気体って見かけない気がします。
第四種目、今回は二十七番目に呼ばれ、次のチームを待ったが今回は普通のチームだった。というか前回のが濃すぎ。
今回は五人で一枚ずつくじを引く。俺とヨルトスのには『ガス』、小夜とヴラーデのには『リキッド』、ロティアのには『セパレーター』と書かれている。
「どういうこと?」
ヴラーデの呟きに答える者はない。
リキッドは液体、ガスもそのままガスというよりは気体という意味だろう。そしてセパレーターは分ける人。何を分けるのか。
「それではまず『セパレーター』のカードをお持ちのお二人は一度外でお待ちください」
と思っていたら分ける方が先に分けられた。
「次に『リキッド』のカードをお持ちの方はこの中の指定する位置に立ってください」
指定された大きい桶の中に壁を隔てて小夜とヴラーデが立つ。向こうのチームも同じように別の桶に立つ。
そしてスタッフの操作で小夜たちが融け始めた。第二種目でロティアがスライムなった時みたいで、融けたところから小夜は白く、ヴラーデは赤く染まっている。
ただあの時と違ってかなり透き通っているしスライムのようなぷるぷる感はない。むしろ粘性など全くなく桶に広がっていく。
「気分はどうだー?」
一応どんな感じなのか問い掛けてみる。
「んー……なんていうか……こう……なんだっけ……」
「温泉……ですかね……」
「そう……それ……」
二人の言葉はかなりゆっくりで聞いているだけでとろけているんだと分かる。しかし温泉の使い回し多くねえか。
二人が融け切ると桶の中は仕切りで白と赤の液体が分けられた状態になり、どういう原理かそれぞれ顔が浮いている。頭ではなく顔、具体的には若干の前髪と眉、目、口、ついでに小夜の髪留めが浮いている。
表面でゆらゆらと揺れているのにバランスが一切崩れないのはホントどうなってるんだ。裏からも見てみたいが残念なことに桶は透明ではない。
次にスタッフが仕切りを取ると二色の液体が混ざり始める。それでも顔はゆらゆらと崩れずに揺れ続ける。
「サヤ……」
「ヴラーデさん……」
「お前ら混ざってるけど大丈夫か……?」
文字通り一つになりつつある二人に尋ねてみる。
「サヤが……なかにはいってくる……? わたしがはいっていく……?」
「だきあって……そのままひとつになる……?」
つまり本人もよく分かってないと。二人の口調もさっきより拙くなっている。
最初はマーブル模様だった二色の液体はやがてピンク一色になり、二人の顔は崩れることのない虚ろな表情で浮いたまま。
「おーい、生きてるかー?」
「「……」」
あ、ダメだこりゃ。
ピンクの液体を放置して俺とヨルトスは透明な隣同士の部屋に入る。
スタッフが何かを操作すると、最初に部屋の中だけ無重力になったかのように体が浮く。
やがて足先から黒に近いグレーの煙が出始め、そこから体がなくなっていっている。ヨルトスは茶色のようだ。煙は完全に霧散することはなく透き通った色を保っている。
最初は無重力空間で体がなくなっていく感覚を楽しんでいたんだが、足が完全になくなり手からも煙が出始めたところで意識も薄くなってきた。
気が付くとぼーっとしてるんだがふと気付いた一瞬の感覚がなんだか楽しい。
……あ、またぼーっとしてた。体が動かない。というか感覚すらない。完全に煙となってしまったのだろうか。
向こうの部屋には前髪、眉、目、そしてマフラーの一部が浮いているだけで、他は茶色一色。
しばらくぼーっと眺めていると向こうの部屋との壁が取り除かれ、茶色とグレーが混ざり始め……意識も、さらに、うすく……
……いやもう少しだけがまん……まざるって、こんなんなのか……たしかに、中に入って、入られ、くっついて、一つになる……
……もう……だめ……
―――――
(はっ! 何か違う次元から見られてる気がする!)
四人が変化する前、外に出た直後のロティアが急に謎の電波を受信する。きょろきょろと首を動かしているため周りから多少変な目で見られるが全く気にしない。
「さて、現在『リキッド』と『ガス』の奴らが変化してる最中だが、今回種目に挑戦するのは『セパレーター』の諸君だけだ!」
司会の声が聞こえたので電波などなかったかのように話に耳を傾ける。
(私だけ? どうせならヴラーデかサヤちゃん、ヨータにそういう役はやってほしかったんだけど……まあ仕方ないわね)
「つーわけで第四種目は液体化と気体化、ゲームは『ちゃんと分離でっきるっかな~?』だ!」
(そういえば種目名は誰が決めてるのかしら? やっぱりオーナーでもあるあの先代勇者?)
ふとした疑問だったがそんなことはどうでもいいとルール説明に集中し直す。
「『リキッド』のカードを引いた二人は液体に、『ガス』のカードを引いた二人は気体になって、それぞれ完全に混ざり合っていますのでそれを分離していただきます」
(……混ざる、ね。やっぱり三人に任せたかったわ。ベストはヨータがヴラーデとサヤちゃんを分けるパターンかしら)
そう考えながら混ざった二人が悶えるのを陽太がヘラか何かで気不味そうに分離しようとするところを妄想し始める。
「分離したらちゃんと仕切り用の板や壁で混ざらないようにしてくださいね。液体と気体両方の分離を先に終わらせたチームの勝利です。今回は負けても最後まで挑戦してください」
(今回はそういうパターンなのね。ここまでの三つが対戦型だったから斬新さを感じるわ)
「一応制限時間もありますので気を付けてください。勝利時も敗北時もタイムによってポイントが加算されますが、制限時間に達してしまった場合でも片方の分離が終了していれば少しだけ加算されます」
そこまで話したところでスタッフが司会の方に何か合図出しているのが見えた。
「全チームの変化と混合が終了しましたので、各部屋のスタッフの指示に従い開始してください」
「流石にノーヒントじゃキツいだろうから一つだけ教えてやる。変化した奴らに意識はほとんど残っちゃねえが、無意識や本能で動くことはあるかもしれねえぞ!」
(……それじゃあヴラーデたちの反応確認できないじゃない)
少しずれた感想を抱きながら部屋の中に入っていった。
(これはこれでありね)
四人の虚ろな表情を見たロティアの最初の感想はそれだった。しばらく見ていたい衝動もあるが今は競技中だと首を振る。
(まあ、顔だけ浮いてるのも含めて、意識まで混ざっちゃわないための処置でしょうね)
適当な考察だけして考える素振りを見せずに手をピンクの液体の近くにかざし、
「[水操作]」
水を操る魔法を使うが反応はなし。詠唱を加えても全く動かせなかった。
(魔法使いが有利になるから直接操作は不可、ってところかしらね)
次に魔法がダメなら物理と、手を軽く入れてみる。
「あぁ……」
「ん……」
(あら、声は出せるのね)
軽くかき混ぜると再び声が漏れる。混ぜ方を変えると声も少し変わる。目や口もすり抜けるが動かせば他のパーツがついてくる。それがだんだん楽しく――
(って違うわね。温度は人肌くらいで……そうじゃなくて、手で分けるのは無理そうね)
煩悩を捨てるのではなく隠すことにしたロティアはかき混ぜて発される声を楽しみながら思考を始める。
(濾過や蒸留はちょっと違うし、分留……そもそも道具がないわね)
陽太がその思考を読み取っていれば『この世界にも化学的思考があるのか』と思っただろうが、声に出ていないので気付くはずもなく、そもそも気体となっていて思考力など残っていない。
(とするとさっきのヒントね。無意識や本能に働きかけて自分から離れさせればいいのよね)
「ヴラーデ、サヤちゃん、あなたたちは混ざった状態から離れたくなる」
試しに適当に言ってみるが動く気配はなし。
(まあ暗示っぽく言って離れてくれれば苦労はないわよね。次は……)
「『射撃姫』」
小夜の二つ名を呟くと、今度はその顔の周辺が少しだけ不自然に揺れ少しだけピンクが赤と白に分かれたが、すぐに戻ってしまう。
(なるほど、こんな感じね。それにしてもサヤちゃん、やっぱり他人にはこの二つ名で呼ばれたくないのね~。でもあんまりサヤちゃんの黒歴史とか知らないし……)
「ヴラーデ?」
呼び掛けただけなのに今度はヴラーデの顔周辺が揺れる。意識がなくても嫌な予感がしてしまったのだろう。
「早くサヤちゃんから離れないとあなたの恥ずかしい話をどんどんバラしてくわよ?」
その言葉にヴラーデの顔がロティアの方に動き、逆に小夜の顔が反対側に動く。色も赤から白へのフェードに見えるようになった。
(もう一息ね)
「あれはあなたが十歳の時だったかしら。普段は一緒に行動していたけど、時々私たちに隠れて一人で何かやっていたわよね?」
ピクリ。
より大きく揺れたのを見ていけると確信する。
「ある日、偶然だけど見ちゃったのよ。あなたが憧れの『月の魔女』に似た格好をして――」
パシャッ。
桶から飛び出しそうな勢いでヴラーデが動くと赤と白が完全に分かれ、すぐにロティアが仕切り版を桶の中に立てる。
(よし、まずはオーケー。あちらの様子は……)
相手チームも液体の分離が終わったところだった。聞こえてきた言葉はロティアのような黒歴史の暴露ではなく、餌で片方を釣り上げるような内容だった。
(まあ、そっちもありよね)
そしてそのまま気体の方の分離に取り掛かったの見て、こっそり相手チームの液体の仕切り版を抜く。
(スタッフが何も言ってこないってことはやっぱり妨害ありだったのね。ルール説明の時に禁止してなかったし試して正解ね)
次に相手チームのセパレーターに杖を向けたらスタッフが動いた。
それを見てセパレーターへの妨害はやめた方が良いと判断し陽太とヨルトスの方に向かう。妨害されないよう桶は自分の近くに置いておく。
(さて、この二人はどう突っつこうかしら?)
嗜虐的な微笑みを浮かべるロティアに二人の顔が動いた気がした。
(でも、先に試せるだけ試しておきましょう)
「ヨルトス、命令よ。今すぐヨータから離れなさい」
冷たい声で言うとあっさりと期待は濃い灰色と茶色に分かれた。
(いつも通り命令に従ってくれるのはいいんだけど……つまんないわね。今日も終わったら思いっきり遊んであげないとね)
気体を分ける可動式の壁を差し込みながら迷惑な決意を固める。
その後、四人が元に戻るのを見ていると、
(はっ! 違う次元の何かが私から離れていく!)
再び電波を受信した。
―――――
気が付いたら元の姿に戻ってたし競技も終わっていた。
何故か何かを探すように首を振っていたロティアに話を聞くと、混ざった俺たちを元の二つに分離するという競技だったらしい。
ところで相手チームが液体の側で崩れ落ちてるのが見える、どうしたんだろうか。
「ねえ、私変な夢を見たんだけど」
不意にヴラーデが話し始める。
「なんというか、その時まで気持ちいいところにいたのに、急に寒くなったと思ったら雪崩が来たから[火球]を撃とうとしたところまでは覚えてるわ」
「私も、同じく、気持ちいい、ところに、いたんですけど、急に恥ずかしくなって、逃げようと、する夢を、見ました」
俺も気持ちいいところにいた記憶はあるが、特に変化はなかった気がする。
「ロティア、なんか知らないか?」
「さ~ね~」
あ、これ知ってるけど答える気がない奴だ。
相手チームの分離が終わるのを見届けて外に出る。しばらく実況を聞いていると制限時間になったとルオさんが連絡していた。
「つーわけで第四種目が終わったわけだが、今回妨害ありだと気付いたのは割と少なかったんじゃねえか?」
「そうですね、十人もいなかったのではないでしょうか」
妨害ありって……単純に早さを競うだけじゃなかったのかよ。
「さて、ドキドキの途中結果発表だ! まずはここで通過できるチーム数の発表だ!」
「発表しますね。通過チーム数は四十チーム中……」
正志さんがドラムロールの真似を始める。なんだその演出。
「二十チームです!」
「つまり半分以上に入ってねえと脱落だぞ!」
なるほど。だがここまで三勝一敗、普通に考えて脱落はないと思う。
「それでは一斉に……オープン!」
幕を取り払うと巨大な得点板が現れる。
俺たちは……十一位か。ここは突破できたが、次の通過チーム数次第では厳しいところだな。
「二十一位以下の人は残念だがここで脱落だ! だがここで帰ろうだなんて思うなよ! いいことがあるかもしれねえぞ!」
予選始める時に言ってたなそれ。
「第五種目ですが昨日までと同様お昼休憩の後に開始します。また今回の液体化・気体化ですが、取り扱いが難しいので商品にはできませんがアトラクションのお土産品を本日限り値下げ致します。是非ご利用ください」
「じゃあまた後でな!」
「第一関門突破イエーイ!」
予選の時とほぼ同じノリである。
「でも、今回はそんなに喜んでもいられないぞ」
「そうなの?」
俺の言葉にヴラーデが首を傾げる。
「普通に考えて次の通過ラインは十位だろうな」
「そう、考えると、そこまでの、三戦は、負けたくない、ですよね」
「でも勝てばいいんでしょ?」
いやヴラーデ、その通りっちゃその通りだが簡単に実行できたら苦労はねえからな?
「種目をその場で決める以上対策が立てられないのが難点よね~……」
「それもそうなんだよな……」
「だから、勝てばいいんでしょ?」
その自信はどこから来るんだ。少し分けてくれ。
「そうよね、勝てばいいのよ。前向きに行きましょ?」
「はい、勝てば、いいんです」
おおう、まさかの感染。
……でも確かに何もできないならせめて前向きに行った方がいいか。
「それじゃあ気合い入れていくわよ! 目指せ優勝!」
「「「「おー!!」」」」
……ヨルトス、たまには乗ってくれてもいいんだぞ?
あと、風呂上りに何故か混ざってしまった小夜とヴラーデを分けることになってしまったのだがそれはまた別の話。
次回予告
陽太 「全く……どうしたらこんなことに……」
ロティア「遊びたかったのに商品がなかったことにムシャクシャして色々やったらこうなった。後悔はしていない」
陽太 「おい。……ヨルトス~、こいつ好きにしていいぞ~」
ロティア「えっちょっと待ってその手に持ってるものは何……ぎにゃあ~~!」