58. 第三種目:ぬいぐるみ化も細かく分けると色々ありますよね。(後)
まず小夜が銃を撃ち始める。狙いは拳闘士と斧使い。
「オラオラオラオラァ!!」
拳闘士は拳で打ち消し、斧使いは微動だにせずまともに受けているがダメージがなさそうだ。ぬいぐるみのくせに。
ロティアとヨルトスはエルフを狙うが、
「そう来るだろうと思ったよ」
魔法使いがその前に立って黒い壁を浮かべて防ぐ。何の魔法だ?
ヴラーデもそっちに魔法を飛ばすが同じく防がれる。
そして俺はノベボーさんと一騎打ち。無理ゲーじゃね?
様子を見られてるのか攻撃はしてこないが、【空間魔法】で縦横無尽に跳び回りながら攻撃しても避けられたり鎌で防がれている。
イキュイさんもそうだがなんで初見で防げるんだ全く。
「あ~も~うざってぇ!!」
急に拳闘士がキレ始めた。銃弾の雨の対処が面倒になったのだろう。
ノベボーさんを攻撃しつつそっちも気にすると斧使いの背中に回っている。
「よし進め!」
「ヴラーデ! こっちはいいからあっち行って!」
「分かった!」
拳闘士が斧使いを盾にして進み始める直前にロティアがヴラーデに指示を出す。
「はあぁぁっ!」
ヴラーデが斧使いを[火剣]で斬ると少しだけ綿が飛び散る。……穴はないんだがなあ。
「ほう、お前面白そうだな。あたしと――」
「もう一度……くっ、[火剣]!」
拳闘士の言葉を無視し再び斧使いに剣で攻撃するが、今度は斧で防がれ剣が消えるがもう一度出現させる。
「聞けよっ!」
「えっ? あぁっ!」
拳闘士が拳を前に突き出すと、離れているはずのヴラーデに何かが当たり綿が飛ぶ。
「ぐぅ、何が……」
「あたしが接近戦しかできないなんてナメられちゃあ困んだよ! いいからあたしとサシで戦え!」
拳闘士がヴラーデにタイマンを迫るが、小夜がそこにも銃を撃ち斧使いが防いでいることに気が付いているのだろうか。
「……これは飽きてきたな」
「え? ぐっ!」
急に目の前から低い声が聞こえたかと思うと腹を蹴られる。
距離が離れたノベボーさんが鎌を両手で回転させると、次々と色とりどりな丸い何かが生まれ周りに浮かぶ。……いや多い多い!
恐らくは魔力の弾であろうそれごとノベボーさんを閉じ込めようとするが、その前に鎌の回転を止めてこちらに向けると一斉に弾が飛んできて囲めなくなったので壁に切り替えて防ぐ。
「ふむ、これではダメか」
もう一度鎌を回転させると今度は赤黒い弾が出現する。さっきより大きくなった分、数は少なくなっている。
また壁で防ごうと思ったが、
ボンッ!
「なっ!?」
今度は小さく爆発し、一発で壁が壊れたので次に飛んできたのを避ける。
「甘い」
鎌が動くと赤黒い弾がこちらに曲がってきた。
「くそ……!」
斬撃を飛ばしてなんとか全て爆発させ――
ボンッ!
「っ!」
すぐ隣で爆発が発生し左腕に直撃、大量の綿が飛んだ。一つ残していたのか……!
綿がなくなった左腕は垂れ下がり力が入らない。
「終わったようだな」
「え?」
「[水の竜巻]!」
聞こえてきたのはエルフの声。黒い壁に隠れて詠唱していたのか。
俺、いや近くにいた小夜、ロティア、ヨルトスも一緒に囲うように水の線が円形に走ったかと思うと、
う、うおおおぉぉおおおおぉぉぉおおおっ!?
発生した激流が俺たちをぐるぐると流し始めた。
洗濯機に入れられたらこうなるのかと錯覚する勢いに目が回る。
この体は呼吸が必要ないので溺れはしないが……無理! 吐く! 吐けるか知らんけど吐く!
解放される頃には完全に目を回し頭は回らなくなっていた。
しかも水を吸ってしまったのか体が重く、五人揃って一歩も動けなくなっていた。
最後に見えたのはノベボーさんがカラフル弾を、魔法使いが白と黒の弾を出し、拳闘士がこちらに拳を突き出そうとしている姿だった。
「完敗だ……」
「ここまで一方的だと悔しくないわね……」
「むしろ清々しいわ……」
「向こうは、ほぼ無傷、ですしね……」
「……」
目が覚めたら元の姿に戻っていて、自然と反省会ムードになった。まあボロ負け過ぎて逆に反省することがないのだが。
「だーかーらー! なんであの時サシ勝負を邪魔したんだっつの!」
向こうでは拳闘士が斧使いに吠えている。
ヴラーデ曰く、小夜の銃撃がなくなってフリーになった斧使いが割り込み、ヴラーデを掴んで竜巻に投げ込んだそうだ。だから竜巻がなくなった時五人で倒れてたのか。
「たまには言葉の一つや二つ出しやがれ!」
全く動かずそもそも聞いてるのかどうかすら怪しい斧使いに吠え続けている。
魔法使いは我関せずを貫いていて、ノベボーさんはエルフのぬいぐるみを抱いている。……あれ?
「ちょっと、なんで私だけこのままなんですか~!? スタッフさ~ん!?」
何故か一人だけぬいぐるみのままなエルフがバタバタと暴れているが全く解放される気配がない。
あ、またノベボーさんと目が合……いやだから丁寧に置いてももう遅いんだって。しかも逃げられて元に戻してもらってるし。
「なかなかに手応えのある勝負だった。感謝する」
「え? でも――」
「最近一瞬で終わんのばっかだったしなー。つまんねえったらありゃしねえ」
近付いてきたノベボーさんの言葉に反論しようとしたら拳闘士がそう付け加えた。勝てる気しねえわ。
「ヴラーデだったか? 次はあたしとサシで勝負してもらうからなっ! 何なら今からでも――」
「やめろ」
「痛っ!」
「僕じゃ持てないから運んでくれ」
「何す……おわぁっ! 放せバカ! あいつと戦うんだ~!」
魔法使いが杖で叩いて斧使いが肩に担いで退場していき、気不味そうにエルフもついていった。
「……すまない」
「あはは……」
危うく戦うことになりそうだったヴラーデはノベボーさんの謝罪に苦笑い。
「でもそうだな。また機会があれば手合わせ願いたい」
「全力で断らさせていただきます」
「むぅ……」
少なくとも今のままでは無理だ。もっと強くならないとまた手も足も出ずに負けてしまうだろう。
「では別の試合で会えることを祈るとしよう」
「ホント勘弁してください」
「……フッ、冗談さ」
そう言い残してノベボーさんも出ていった。
……最後に少しだけ微笑むのはずるいて。俺が女だったら落ちてるぞ。
「まずは第三種目お疲れさん! 脱落チームが決まる第四種目は明日の午前の部だ!」
「今回のぬいぐるみ化の薬ですが、綿が出ないように調整したものや、他にも色々なパターンを増やして販売しております。是非皆さんもふわふわな感覚を味わってみてください」
今回はボロ負けだ、ポイントもほとんど入ってないだろう。
明日の試合はなんとか勝利を収めたいところである。
「……で。なんで俺はぬいぐるみにされているのでしょうかロティアさん?」
夕食と風呂の後、ぬいぐるみ化の薬を買ってきていたロティアに普通に飲まされた。
余談だがどこぞの『死神』が大量に薬を買っていったとの噂があり、そのせいか制限が付いて一つしか買えなかったらしい。
「結局ぬいぐるみ抱いてたの私だけだし、もっと体感してもらおうと思って。とっても抱き心地良いのよ?」
だったらその唯一抱いてたお前がなれば、とも思うがいつものことなので突っ込まない。
「というわけでヴラーデ、サヤちゃん。一晩ヨータを好きにしていいわよ」
「「はぁっ!?」」
「えぇっ!?」
俺・ヴラーデペアと小夜で驚きの言葉が違うのにニュアンスが俺と小夜・ヴラーデペアで分かれているように感じるのはきっと気のせいじゃないはずだ。
二人がじりじりと迫ってくる。大きく見えるから余計怖い。
しかも今回はパターンが違うのか、体に力が入らず多少動ける程度なので逃げれそうにはない。
「ぬ、ぬいぐるみが一つしかないなら仕方ないわね。抱かなきゃ勿体ないわよね。そうよね」
何か自分に言い聞かせているが別に無理しなくていいんだぞ? 元が異性だと分かってるから抵抗もあるだろうし。
「ふ、ふふふ、ぬいぐるみ……陽太さんの……ふふふ……」
小夜さん? 目が怖いですよ? 病んでますよ? あなたそういうキャラじゃなかったでしょう?
そして二人同時に手を伸ばし……その手が重なり二人がハッとなる。
ぬいぐるみを求めるのは二人、しかしぬいぐるみは俺一つ。薬はもうないし、『変化の遊戯場』でも流石に分身はできない。宿の部屋にいるしぬいぐるみをもう一つ用意するのは面倒だろう。
「サヤ、ここはまたじゃんけんで――」
「ダメです。この前、猫耳カチューシャを、先に譲った、じゃないですか。だから、今回は、私が先、です」
あったなそんなことも。
「うっ……で、でも……」
「じー」
「うぅ~……分かったわよ、お先にどうぞ」
「ありがとうございます」
一度抗議しようとしたヴラーデだったが、小夜の視線に負けたようで嫌そうに譲った。
「じゃあ、陽太さん、失礼、しますね」
「お、おう」
小夜がゆっくり両手を伸ばしてくる。緊張が伝わってきて俺も無駄にドキドキする。今心臓ないとかは関係ない。
そのままそーっと、俺の体が両手で掴まれる。
「んっ!」
くすぐったさに出してしまった声でパッと手を離される。
「ご、ごめんなさいっ!」
「あぁこっちこそ。ただ、掴むならちゃんと掴んでくれるとありがたい」
「わ、分かり、ました」
再び手が伸ばされ、今度はがっちりと掴まれて小夜の手が軟らかい体に沈む。
拘束感はあるがくすぐったくはなくなったし、体が凹むことに対する違和感とかは意外とないな。
「お、おぉ……」
そんな状況に小夜の目が輝き、揉むように手を沈ませたり緩めたりしている。
こっちとしては下手なマッサージをされている感じだが、悪くはない。
「……はっ、えと、大丈夫、ですか?」
「ん?」
「その、くすぐったかったり、とか」
「いや大丈夫だ」
「そう、ですか。嫌、だったら、言ってください、ね?」
「おう」
小夜の気遣いがありがたい。どっかの青髪にも見習ってほしいところだ。
しばらく体を揉んだりフェルト髪を弄ったりしていたが、その手が止まると顔が赤くなった。
「で、では、だ、だだだ、抱き、ます、ね?」
……緊張しすぎじゃないだろうか。
ゆっくりと体を引き寄せられ、片腕ずつ丁寧に回されてぎゅっと軽く力を入れられる。
人に抱かれるなんて滅多にないから正確には比べられないが抱擁感がかなり大きい。自分の体が小さくて小夜が大きく感じるからだろう。
ていうかですね、胸が思いっきり当たってるんですよ。この体にないはずの心臓がバクバクしてるんじゃないですかね。顔はこの体でも真っ赤なんじゃないですかね!?
肝心の小夜だが、微動だにしない。押さえられている腕を動かすと抵抗されるので起きてはいるんだろうが、自発的に動く気配がない。俺の顔ごと体に押さえつけられているため表情は見えない。
「……さ、小夜?」
「サヤ?」
声を掛けても反応がない。抱かれてるせいで狭い視界の端で、仕方なさそうに手を伸ばしてくるヴラーデが見えた。
サッ。
「え? ちょっとサヤ?」
小夜が体の向きを変えて俺が取られるのを防いだっぽい。
「ふ、ふふふ……陽太さんは私のもの……取られてなるもんですか……ふふふ……」
ヤンデレっぽく聞こえるが、求められるのは嬉しいものだ。それがあくまでぬいぐるみに対してのものだと考えるのは悲しくなってくるのでやめよう。
「ろ、ロティア? サヤが壊れちゃったんだけど?」
「う~ん、目がイっちゃってるわね。ヨルトス、お願い」
トン。
ロティアの指示で小さい打撃音がしたかと思うと、俺を抱く力が弱まり小夜の体が倒れる。開けた視界に映るヨルトスの手の位置的に後ろから首に一撃入れたのだろうか。
小夜はそのままヨルトスが受け止めてベッドに寝かせ、落下した俺はヴラーデにキャッチされた。そのままヴラーデはぬいぐるみを堪能し始めた。
「うわぁ軟らか~い!」
小夜とは違い大声を出して楽しんでいる。触り方も激しく、小夜が丁寧なマッサージならヴラーデは荒治療といえるくらいの差がある。
不意に腕に強い感触が生まれたと思ったら思いっきり引っ張ってやがる……ってそれ以上は不味い!
「ヴラーデ! 強く引っ張らないで千切れる!」
「え? あぁごめんね? つい」
『つい』で腕が体からさよならして堪るかこの野郎。
痛くはないし多分元に戻る時にくっつくんだろうけど怖いものは怖いんだよ。
もう何度か千切れそうになったり髪や服が剥がれそうになった後、一度その手が止まった。
「じゃあヨータ、抱くわよ」
「え? おう」
小夜ほどではないがヴラーデも緊張していた。
だがやっぱり抱く時はゆっくりではなく一瞬、力も強い。そしてやっぱり胸が当たる。
「う~ん最高! このまま抱き枕にして寝ちゃいたいくらいだわ!」
ヴラーデはご満悦のようだ。
「サヤが放したくなくなるのも分かるわね! もうこのまま貰っちゃいたいわ!」
それは相手がぬいぐるみになってなかったらプロポースだぞ?
「ええどうぞ貰っちゃって?」
おいロティア。
「させません……!」
小夜がいつの間にか起きてたようでヴラーデに抱かれる俺を無理矢理抱く。板挟みならぬ胸挟みであるって何を考えてるんだ俺は。
「陽太さんは私と寝るんです……!」
「いや私よ!」
これで俺が生身の体であればモテモテな構図だったんだが、今はぬいぐるみを取り合ってるだけだからなあ……
そういえばこの二人が喧嘩するの珍しいな。ただ引っ張り合いに発展するのはやめてほしい、今度こそ千切れるから!
「やめろ! 千切れる!」
「サヤ! 放しなさい!」
「ヴラーデさんが、放してください……!」
「いやホント待って! 争ってる場合じゃないから! 痛くはないけどつらくないわけじゃないから!」
「ほら、ヨータもこう言ってるし!」
「じゃあ『いっせーのせ』で放しましょう! 絶対ですよ!?」
なんでだろう、解決案が出たのに嫌な予感がする。
「「いっせーの……」」
「ああああああああああっ!!」
尚強くなる力に叫ばずにはいられない。
「「せっ!」」
直後、俺の視界が二つの方向に動いた。ふしぎなこともあるもんだー。
その二つの視界で分かったのは、二人が勢い余って尻餅をついたこと、その勢いで空に投げ出されたこと、何か白いふわふわが飛び散ってること、四人が顔を青褪めさせていることだけで、すぐに意識が落ちた。
「サヤがあの時放していれば……」
「ヴラーデさん、だって、放す気、なかったじゃ、ないですか……」
「うるさい。お前ら二人共俺にどうされても文句が言えない立場だって分かってんのか?」
「「ごめんなさい!」」
元に戻った俺が目が覚めた後、薬を一つしか買えなかったのは嘘だったというロティアの自供があり、隠し持っていた二つを小夜とヴラーデに罰として飲ませた。
まあ、ああ言ったが別に二人をどうこうするつもりはない。罪悪感に負ける程度の怒りしかないので不可抗力ならまだしも率先してやりたくはない。
「はあ。もう疲れたから寝る。丁度良く抱き枕もあるし気持ち良く寝れんだろ」
「「えっ?」」
どうせなら俺も抱き心地を味わってみたかったからそう言ったんだが、二人の顔が赤くなった。
……ああ、俺がさっき勘違いしそうになったみたいにこいつらも勘違いしてんのか。
「「きゃっ」」
「うっわ軟らかっ」
片腕で一つずつ抱えるとその感触に思わず感想が漏れる。
そして力を強くしたり弱くしたりして堪能した後ベッドで横になる。
両腕だけではなく、さりげなく二人が手足で俺の体にしがみ付いているため、正直かなり気持ち良い。
眠気もすぐにやってきたので素直に従い、極上の感触の中眠りに就いた。
目が覚めると二人が元に戻っていて、三人で一つのベッドで寝ていたという事実に揃って顔を赤くしたのは言うまでもないだろう。
次回予告
陽太「というわけでノベボーさんでしたー、拍手ー」
小夜「次の、ゲストも、お楽しみに」
陽太「まあ次回じゃないけどな」
小夜「……」