49. ギルドマスターがやる気に満ちています。
ロティアのランクポイントは順調に溜まっていき、ついに五人揃って実力試験を受けられるようになった。
因みに魔人退治のボーナスポイントは俺たち四人には十分すぎるほどで報酬もたっぷり。キュエレの件はなるべく他人に教えないようイキュイさんに言われた。
一度大雪になったのだがその後に教会の子供たちと雪合戦をやったのは楽しかったな。小夜は投擲の命中率も流石だった。あとロティアが子供たちから集中砲火受けてた。
そんなことより、ついに今日は実力試験の日。ギルドに入り三人と合流して受付に行くと訓練場に行くように言われた。
地味に訓練場に行くの初めてなんだが、どんな試験をするのだろうか。毎回変わるらしくてまだ教えてもらってないんだよな。
「来たわね」
「……イキュイさん?」
他に人がいないところを見るにどうやら今回も試験官はイキュイさんらしい。
「今回の試験内容は……私との模擬戦よ」
「……は?」
俺たち五人の目が点になるのも仕方ないと思う。ランク10の中でも実力者として知られる人を相手に戦えと言われて驚かない方が無理だ。
「いえ、丁度いい依頼もなくて、ダンジョンに挑ませるにはスケジュールの余裕もない。でもこれなら手っ取り早いでしょう? 何も勝利することが合格条件だとは言わないわ。ランク9に相応しい実力を見せてくれればいいだけよ」
言葉だけなら挑発に聞こえなくもないが、それを言うのがギルドマスターなら話は別だ。五人でも勝てる気がしない。
「それに……あなたたちなら私を楽しませられるかもしれないしね」
小さく呟かれたそれは聞かなきゃよかった。それが本音だろ。でも戦闘狂だったっけこの人。
……あーでもそういえば昔はルナに挑戦し続けてたって聞いたな。ついでに全敗だったとも。
「ハンデとして極力あなたたちに魔法は使わないから頑張ってね」
助かるっちゃ助かるんですけど極力ってなんですかねちょっと。
「先手はどうぞ。殺す気でどこからでもかかってきなさい」
……マジで?
「仕方ない、か。最初から全力で行くぞ」
俺がまず【空間魔法】でイキュイさんを密閉し、小夜は銃を構えてチャージ、後の三人は詠唱を始める。
イキュイさんは壁を破るつもりはないらしい。閉じ込めだけなら先手にカウントしなかったようだ。中で暴れられないのは正直助かる。
「チャージ、完了」
小夜が小さく呟く。三人も詠唱を終えたようだ。
「[炎塔]!」
「[水光線]!」
「……[金の処女]」
小夜の銃からは大きさに見合わない図太いビーム。大量の魔力をチャージしたものを一気に放つ。
ヴラーデの魔法はまずイキュイさんの周りに火で円形に線が引かれ、その範囲に炎の塔が生まれる。
ロティアの魔法は一見細い水の線が杖の先の魔石から出ているだけだが、大量の水が詰め込まれていてその水圧は元の世界にもあるウォーターカッターを凌駕する。
ヨルトスの魔法は金の棘をイキュイさんを囲むように発生させ、鉄の処女を閉じるように一斉に襲いかかる。
どれも攻撃までに時間がかかるためこの前のキュエレ戦では使えなかったものだ。正直いきなり強くなったように見えなくもないがそれだけ出番がなかっただけで俺たちもちゃんと成長しているということだ。
【空間魔法】の壁に流す魔力を最少にしていたため、それらの攻撃はイキュイさんを閉じ込める壁を容易く破壊する。
【空間魔法】で閉じ込めた相手をビームと炎で飲み込み水と金で貫く必殺コンボ。オーバーキルもいいとこだ。
ただし、それも並大抵の相手ならの話だ。
攻撃が止んで中にあったのは、跪いた体勢で氷漬けになったイキュイさんの姿。両腕を顔の前で交差させているのでその表情は分からない。
俺たちは氷関係の攻撃はしていない。つまり自分で出した氷に閉じこもることで防ぎ切ったのだ。
試しに剣で攻撃したら魔力の刃が折れて消えていった。すぐに復活できるからいいが……初めて折れたな。
「嘘でしょ……」
ヴラーデが呆然と呟く。正直倒せないまでも多少のダメージは期待していたんだが、氷の中のイキュイさんに外傷はない。自分の魔法だし凍傷もないだろう。
しかしその氷もピシピシと罅が入っていくと粉々に砕ける。キラキラと光を反射する細かい氷の粒の中でイキュイさんが立ち上がりながら一回転する様子は綺麗で、思わず目が奪われてしまう。
「さあ、今度はこっちの番……」
不味い!
急いで壁を作るが、
「ねっ!」
魔力が集中した拳が叩きつけられ、簡単に壊される。……結構魔力流したんだけどなあ。
次に五人での遠距離攻撃だが、小夜の火属性付きの銃撃は小さい氷の盾で防ぎ、他は全て避けられている。ヨルトスの死角からの攻撃でさえ当たらない。その動きはまるでダンスだが、見惚れて攻撃を忘れる真似はしない。
だんだんこちらに近付いてきたので一度攻撃を止め、俺とヨルトスが接近戦を挑み、三人は下がる。
しかしいくら攻撃しようと避けたり流されたりし、たまに拳や蹴りで反撃が来る。一撃がとてつもなく重い。どんだけ【身体強化】のレベル高いんだ。
俺が【空間魔法】での足場を利用した空中戦を始めるが、やはりイキュイさんに一撃を与えることは叶わない。結構練習したんだが初見で適応されるの悔しいな。
「……[粘土]」
ヨルトスが地面を軟らかくする魔法を使ったが、イキュイさんは足を取られる気配がない。
「……?」
「不思議かしら?」
少しだけ【察知】での魔力感知に集中すると、
「足元の地面だけ凍ってる?」
「正解。でも気を逸らすのはよくないわね」
「ぐっ!」
回し蹴りが俺の脇腹にヒット。吹っ飛びはしなかったが痛い。服の性能か骨まではいってなさそうだが。
結構イキュイさんの周りを跳び回っているので小夜たちの様子も見えるのだが、準備が終わったようだ。
「[炎塔]!」
「[水光線]!」
さっきとは違い空中に火の輪ができたのが見える。
「……あなたたちごと私を巻き込むつもり?」
やや怒りに傾いた質問には何も返さない。
白いビームと横向きの炎の塔と超高圧水流が当たりそうな絶妙なタイミングで転移で避難、イキュイさんが飲み込まれる。
少しでもダメージがあればいいが……
「なるほど、転移があったわね。完全に油断してたわ」
まだまだ余裕そうな口調だが、肌にも服にも多少の火傷や擦過傷が見える。なんでそれで済んでるんですか。
「次、四人で行くぞ」
イキュイさんに聞こえないよう小声で伝えてから、
「小夜!」
わざと大声を出す。小夜がイキュイさんに銃で攻撃するがさっきと同じく小さい氷の盾で防がれている。
次に俺が飛び出してイキュイさんに接近戦を仕掛ける。小夜の腕なら俺に当たることはないので安心だ。
「その連係プレーは流石ね。実力も信頼関係もある良い証拠だわ。でも、さっきと同じ戦法が通じるとでも思っているのかしら?」
イキュイさんには三人が魔法の詠唱をしているように見えているのだろうが、今回はふりだけ。
【空間魔法】の足場でイキュイさんの頭上に行った瞬間、三人を転移させる。俺自身の位置も調整し四方斜め上からイキュイさんに襲いかかる形になる。
「なっ……!」
小夜の銃撃の中、俺の剣とヴラーデの[火剣]にロティアとヨルトスの短剣。
この初見殺しは流石にかわせまい、いけるぞ……!
「「はああああっ!」」
俺とヴラーデは掛け声を出しながら、他二人は静かに武器を振り下ろ――
パキンッ……!
急に体が動かなくなり、全身に冷たさが走る。
反射的に、本能のままに小夜のところに転移、続けて三人も回収。
「大丈夫ですか!?」
小夜の声がするが目を開けていられず姿を確認できない。
「ごめんなさい、うっかり魔法を使ってしまったわ……」
イキュイさんの申し訳なさそうな声も聞こえてきたが、うっかりで済まされては堪らない。死ぬかと思った。
「だだだだ大丈夫じゃななななぶえっくしっ!」
声が震えるが体も震えている。くしゃみも出る。
ヴラーデになんとか火を出してもらって四人で囲い体を温め、ついでにポーションも飲んでおく。
「続行は無理そうね……本当にごめんなさい」
イキュイさんに謝られるが、正直返す余裕もない。
あの瞬間、俺たち四人は氷漬けにされた。
体は動かせず、全身に直接の冷たさがあったから肌と服の僅かな隙間にも氷があったのだろう。
しかも口を開けてたせいで中に結構入ってきてたし、耳や鼻にも少し入ってきてて気持ち悪い。当然息もできない。
更に目にも直接氷が当たるので痛いし脱出してからも目を開けていられないしで最悪だ。
体温も奪われて体がしばらく震える羽目になっている。しかも感覚まで少し麻痺してしまったのかまともに動ける気がしない。
漫画やアニメで氷漬けの描写は多々あるが、どうして皆平気そうなんだと本気で思ってしまった。
時間が短かったからこの程度で済んだが、凍傷になりかねないし下手すると凍死や窒息死するぞこれ。
しかもイキュイさん曰くもっと強力な魔法なら一瞬で俺たちの体そのものまで凍っていたそうで、そうなったら最後、融けたら復活とかもないらしい。生命活動が停止するんだから当然だと言われた。地味に厳しい世界である。コールドスリープとかないのか。
「でも、魔法への耐性が上がれば少し氷漬けにされるくらいは平気になるし凍結死とかも防げるようになるから、これからも頑張ってね」
何を言ってるんだこの人は、とも思ったが、さっきイキュイさんが炎とかに包まれても少しのダメージしかなかったことから間違いでもないことに気が付いてしまった。
これからはそういう訓練もしていかないとか。ちょっと氷漬けになっただけで体が冷えてまともに動けないとか危ないどころではない。氷に限った話じゃないけど。
「ところで、試験は、どうなるん、ですか?」
まだ満足に喋れない俺たちに代わり小夜がイキュイさんに尋ねる。
正直あそこで氷漬けにされなくてもイキュイさんにダメージを与えられたかと聞かれると不安がある。
でも別に勝利が合格条件ではないしギルドマスターのイキュイさんが認めてくれればオーケー、ただ模擬戦を中断しちゃってるし改めてって可能性は否定できない。
「それなら――」
カーンカーンカーン!!
イキュイさんの言葉を遮って急に甲高い音が鳴る。この町の警鐘、小夜へのドッキリの時にも使われたものだが、今回はマジの奴だろう。
すぐに職員が訓練場に入ってきて叫んだ。
「ギルドマスター、ドラゴンが出現しました!」
次回予告
陽太「描写されてないだけで四人ともくしゃみしまくってるからなこれ。話が進まなくなるからカットされてるだけだからこれ」
小夜「陽太さんが勇ましいまま氷漬けにされた姿……ふふ……」
陽太「どうした小夜?」
小夜「なんでも、ないです」
陽太「?」