46. レイスの魔人との戦闘です。(後)
『ユルサナイ!』
廃墟が材料の鎧は高さ十メートル以上の人間の上半身の形をとり、そこから聞こえる声は元のキュエレの声に低いものが混ざっていて完全にホラーだ。
当然振るわれる腕の太さも半端なく、あんなものが直撃すれば一撃必殺だろう。
「あんなのどうすればいいのよ!」
「俺が聞きたいわ!」
バラバラに攻撃を避けながら近くにいたヴラーデと叫ぶ。
こっちの攻撃は鎧の表面だけにしか届かないのでキリがないし、何故か燃やせもしない。逃げようとすれば木材が飛んできては戻っていく。
【空間魔法】での防御は移動できない以上飲み込まれそうで怖い。
転移するにしても今の行き先はルオさんや善一がいるシサール一択。そんな遠いところに行けば戻ってくるまでにこいつが暴れて大惨事だ。
……詰んでね?
「とりあえず本体に貫通できるのないか!」
「そもそも本体どこよ!」
「ごもっとも!」
大抵こういうのは頭か胸なイメージだが、中で移動できないという保証はない。
「そうだ! あれだ、[大爆発]は!?」
「詠唱してる余裕あると思う!?」
「じゃあ稼ぐ! 小夜、ヨルトス! 一度転移使うぞ!」
巨人の後ろにいたヨルトスのところに転移で集合し、急に標的を見失った巨人が困惑してる間に作戦を伝える。
「よし、じゃあ散れ!」
俺と小夜とヨルトスが巨人の前に進み、三方向に分かれ逃走を試みる。
当然色々飛んでくるが、俺とヨルトスは回避しながら邪魔なものにのみ反撃し、小夜は全て撃ち落としている。走りながら後ろに撃ってなんで全部に当てられるんだ。
そして俺たちが囮となっている間にヴラーデが詠唱し、
「[大爆発]!!」
魔法名が聞こえた瞬間に一番ヴラーデから遠い小夜のところに転移で三人固まり周りを【空間魔法】で光すら通さないように固定。
直後その壁を壊さんと衝撃が来たので魔力を注いで耐える。やっぱ威力凄いなこれ。
衝撃が収まったらヴラーデを転移させてポーションを渡し固定も解除する。
「さてどうだ……?」
巨人がいたところに目を向ける。そこには大きさこそ半分以下になったが人間の上半身の形がしっかりと残っていた。
「倒しきれないか……!」
だがあそこまで削れれば希望が見え――
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
「「「「!?」」」」
キュエレが今度はオクターブ高くなった音を混ぜて叫び、思わず目を瞑って耳を塞いでしまう。
ビュオッ!
それが何の音か気付く前に、
「がっ!」
「あぁっ!」
「くっ、うぅぅ!」
「……っ!」
横から強い衝撃を受け吹っ飛び、反応が遅れていたために受け身を取れず地面を転がる。
「な、何が……」
痛みに耐えながら体を起こして目を開けると、地面から生えているように見えた太い腕が気持ち悪く変形し人間の上半身の鎧になるところだった。
「くそ、器用な奴だな……」
周りを見れば三人とも気絶している。体力ゲージは全員半分以下。生きてはいるが絶望的な状況だ。叩き潰されなかっただけマシか……
この服の防御性能を突き破るほどだ、もう一度食らったら四人仲良くデッドエンド。しかも今気付いたが転がる拍子に外れたのかポーチが少し離れたところにある。体が痛くてあそこまでポーションを取りに行ける気がしない。
他にも小夜の銃や回収した魂を入れた袋も落ちている。これらを手放すのは惜しいが一度転移で逃げ――
『ニガサナイ』
低い声混じりに呟き鎧がバラけたかと思うと俺たち四人を囲み始めた。元の廃墟になるには足りないが、一部屋だけなら十分だったらしい。転移ができなくなったことからやはり廃墟そのものに結界のような効果があったのだろう。
『ふふふ……さあ、ピカピカをもらおうかな』
少女のみの声と共にキュエレが入ってきた。
まずヴラーデから大きく強く燃える深紅の炎、小夜から月の光のような優しい白い炎、ヨルトスから静かに燃える茶色い炎を抜き取る。頭に鳴り響く警報音が鬱陶しい。
瓶がないからか左の掌の上にその炎を浮かばせた状態で俺の側へ。
「ぐっ」
キュエレの右腕が俺の胸を貫くと苦しくなってくる。
『おやすみ、おにいちゃん』
「ああ、おやすみ」
だが、ただでやられるわけにはいかないな。
トスッ。
『え?』
俺が右手に持つ剣から刃を出しキュエレの胸を貫き、はさみが開くように形状を変化させて縦に真っ二つにする。血こそ出てないが見せちゃいけない奴だなこれ。
しかしぶっつけ本番だが刃の形状変化が上手くいって良かった。今まで長さは調整したが形は変えなかったからな。それに今やった感じだと結構集中しなきゃいけないから動き回りながらだとできそうにない。戦闘時にはあまり使えなさそうだな。
もうこれでダメなら悔しいがキュエレの魂コレクションに加わることになるだろう。自分の魂は何色なのか見られないのを残念に思ってしまった。
「……あれ?」
しかし真っ二つになったキュエレは宙に浮かんだまま動く気配はなく、三つの炎がキュエレの元を離れるとそれぞれの体に吸い込まれた。
状態異常の表示が消えているか確認するためにスマホの画面を視界に表示させると、
『レイスの魔人キュエレをインストール可能です。
インストールしますか?
(目を覚ましてインストール不可になるまで 42秒)』
そんなメッセージと『はい』『いいえ』のボタンが表示されていた。
「なんだこれ? インストール?」
というか目を覚ますってことは倒せてないのか。ぶっちゃけもう手詰まりだしこのインストールに賭けるしかない。
頭の中で『はい』を選択するとキュエレの体が光って外に出ていった。
……ああ、スマホはポーチの中でこの部屋の外にあるからか。
『インストール中です……』の表示の奥に光が現れ、人の形になるとキュエレになった。
「何これ意味わかんない」
『インストールが完了しました。』の表示を消すとキュエレが目を覚ました。
《んん……ん? 何ここ!? どこ!?》
画面の中でキュエレが慌てふためいている。その姿は半透明ではなく髪と目に光の反射が少しあるようになっていた。
なんだこれ? 幽霊インスマホ? 幽霊ゲットだぜ的な? とにかくルオさんに話を聞かなきゃいけないな。
「……キュエレ、聞こえるか?」
《え!? おにいちゃんどこ!?》
聞こえてはいるのか。あ、こういうのって大体……
(お前のことは拘束させてもらった)
《え? うそ!? どうやって!?》
あーやっぱり声に出さなくてもいいパターンか。
《あれ? 何か頭の中に、流れ込んでくる……?》
ん? どうしたんだろうか。キュエレが頭を押さえている。
(というかアンインストールしたらどうなるんだろ……)
《ひっ!?》
ん? どうやら心の呟きがキュエレに漏れてしまったようだ。というか何その反応。
(『アンインストール』って言葉知ってるのか?)
《い、意味は分からないけどなんか怖いの!》
……ほう。
(よし、アンインストールされたくなければ言うことを聞くが良い)
《わ、わかった。というか、おにいちゃんには逆らえない気がしてるんだけど、何したの?》
(へ? そうなのか?)
《う、うん》
しかしキュエレをインストールして何ができるようになったんだろうか。
(なあ、その状態で何ができるんだ? 教えてくれ)
《えーと、おにいちゃんが意識しなくてもわたしが代わりにスマホを動かせるみたい》
(よーし勝手に触るなよ)
《む、無理だよ! 許可がないと触れないもん!》
あ、そうなの。
《つまりね? 例えば演算処理って実はおにいちゃんの頭を使ってたんだけどわたしが優先になる、とか。……さっきまで知らなかった言葉が出てくるの不思議だなあ》
そんな仕組みだったの怖っ。
《わたしに任せた分他のことに集中できるし、二人合わせればもっと複雑なこともできるようになるよ。おにいちゃんがやろうとしてたあれも今ならできるかもね》
(マジか!)
《うん》
いやあれどうしても途中で失敗しちゃってできなかったんだよな……実践の場を用意しないと。
(ん? なんでそれ知ってんの?)
《履歴が残ってたよ?》
履歴とかあったのか。
《あとレイスとしての力も制御されちゃってるみたい。今もおにいちゃんがいる部屋の維持しかできないし》
(えーと……つまりもう危険はないし、魂、キュエレの言うピカピカを取るとかもできないわけだ)
《うん。というかもうピカピカが欲しいって思えないんだ。むしろどうしてあんなに欲しがってたのかわかんないくらい》
インストールついでに思考も書き換えてしまったようだ。恐ろしや。
(なんでこの部屋の維持はできてるんだ?)
《だって今解除したらおにいちゃんたち生き埋めになっちゃうよ?》
(あ、そっか。じゃあ、俺たちに被害がないように少し離れたところに崩してくれ)
《おっけー》
部屋を構成していた木材が分解され、少し移動すると山を作る。
《これでもうあれは動かせないよ》
(サンキュ)
そして痛む体でなんとかポーチのところまで這い、安定のルナ印ポーションを飲んで怪我を治す。
小夜の銃やヴラーデたちの杖を回収しつつ三人にもポーションを飲ませるが、ダメージのせいか目を覚まさないので大人しく待つことにした。
暇つぶしにスマホをポーチから取り出すと当然キュエレが画面いっぱいに映っている。
(他の画面にはどうやっていくんだ?)
《わたしの画面のサイズや縦横の比を変更すれば残りの部分に表示されるよ》
その言葉通り動かせたので小さくして角に設置する。
(ところで、キュエレって外をどうやって見てるんだ?)
《カメラ二つとおにいちゃんの視覚がわたしの前にモニターとして表示されてるよ。聴覚もマイクとおにいちゃんの耳の両方だね。ついでにわたしの声は今はおにいちゃんの聴覚に直接話してる感じかな。スピーカーからも出せるよ》
(つまり今は俺にしか聞こえてないけど、他の人とも会話は可能、と)
《そういうことだね》
「んん……」
お、ヴラーデが目を覚ました。
「凄い、ですね」
「ホントどうなってんのよ……」
『よろしくねっ!』
ヴラーデに続いてすぐに小夜とヨルトスも目を覚まし、三人にキュエレがスマホに入ったことを伝えた。
当然さっきまで敵だったキュエレに対し一悶着はあったが、役に立ちそうだし何かあったら即アンインストールするという話にまとまった。俺としては少女姿のものを殺したくはないし、悪意はなさそうだから害がなければいい。
俺以外と会話する時はスピーカーから声を出すみたいだ。
「とりあえず……帰るか」
「そうね」
「あれは、どうするん、ですか?」
「あれ?」
小夜が示した方を見ると木材の山が。しかしこれ廃墟の壁とかの時は全くダメージ入れられなかったんだがどうすればいいんだ。
「キュエレ、あれはどう処分すればいいんだ?」
『もうわたしの力が抜けてるから普通にできるよ』
詳しく聞くと、廃墟全体にキュエレの力が染み込んでいたらしく、それでポルターガイストを引き起こしたり、形を変えたり、結界のような機能を持たせていたんだそうだ。【空間魔法】が一度不発したのはそのせいかもな。
ついでに壁埋めができなかったのは【空間魔法】が生き物に作用できないのと同じだと思う。あの時はそんなこと考える余裕なかったけど。
残った木材はヴラーデに焼却してもらい、今度こそラーサムに戻る。アンデッド系の魔物は現れなくなっていて、昼食を挟みつつも行きよりは早く帰れそうだ。
それにしても今回は危なかった。一つ間違えれば死んでたか魂を抜かれるかの場面がいくつもあった。
キュエレの魂を取ることへの執着や、スマホの謎機能に救われたが、それがなければ今こんな風に無事に帰ることはできなかっただろう。
……もっと強くならないとな。
次回予告
陽太「あとは魂を抜かれた人たちに戻すだけだが……入れ替わったりしないのかな」
小夜「それは……フィクションだから、面白いので、あって、実際に、なったら、大パニック、ですよ?」
陽太「まあ現状だとロティアと知らない人の交換しかできないしやらなくていいか……」
小夜「え……もう一人、いたら、無理矢理、やるつもり、だったん、ですか?」
陽太「……」
小夜「ちょっと? 陽太さん?」