4. ドワーフとの邂逅です。
翌日。俺は自室でテーブルの上のランタンに手を置き、うんうんと唸っていた。
何をしているのかと聞かれれば、【魔力操作】の練習である。
朝食後、この世界で俺の服は目立つから調達してくるというルナは、身体能力の確認とこの練習をするように言った。
身体能力の確認とか何をすればいいのかわからなかったので適当に体を動かしてみた。
魔法陣に身体能力上昇を付与したと言っていたが、確かに走れば速く、跳べば高く、バランス感覚も良くなっており、石を投げれば遠くまで飛び、重いものも持てて、なかなか疲れない。
痛いのは嫌なので何かを殴ってみたりはしてないがおそらくこれも同様だろう。
その後自室に戻り、ルナに渡されたランタンで【魔力操作】の練習。魔力を与えれば火が付くというこの魔導具で、魔力を操作し魔導具に与える練習だ。
しかし体内の何かを操るなんてこととは無縁の生活を送ってきた俺にそんな芸当がすぐできるわけでもなく、唸ってばかりで難航しているわけである。
せめてコツとか教えてほしかったが、そこに気付かなかった以上仕方ない。
コンコン。
しばらく苦戦していると、玄関の方からノックの音が聞こえる。常に様々な音が聞こえる元の世界なら聞き逃していただろうな。
「~~、~~?」
少女の声も聞こえるが何を言っているかさっぱりだ。
ノックするということはこの家を訪ねてきているのだろうが、言葉が通じない俺が出たところで応対できる自信はない。
さてどうしようかと悩んでいると、
バキィ!!
「~!」
何か壊れる音と悲鳴が聞こえたので慌てて玄関に向かう。
そこには外れて倒れている扉と、尻もちをついたのかお尻をさすりながら立ち上がる少女。よかった、大変なことにはなってなさそうだ。
扉を強く引きすぎて壊しその勢いで倒れてしまったように見える。目の前の少女がそれをやったと思うとアレだがここは異世界だし。
そんな少女の跳ねた短髪は茶色で目は緑、動きやすそうな軽装だ。俺やルナより背はかなり低いし十歳くらいじゃないかと思う。耳が少し尖っているが……なんだっけ。
そんな少女が一人でこの家に何の用だろうか。
「~~?」
俺に気付いた少女が何か言うが、上がる語尾から質問であろうことしかわからない。
俺の首を傾げる様子に少女は少しきょとんとしていたが何か閃いたみたいで、右肩から斜めにかけていたポーチから小さい巾着袋を取り出す。
その中から出てきたのは……白くて丸い小さな球体。それを勢いよく口に放り込む。
なんかの錠剤だったのか? と思うのも束の間、少女が喉を抑えて苦しみ出す。っておい、大丈夫か!? 詰まらせたんじゃないか!?
急いで駆け寄り背中を叩く。数回叩いたところで少女がむせ出す。原因のものもちゃんと飲み込めたらしく、大事には至らなかったようで何よりである。
少女はしばらく早い呼吸を繰り返し、やがてふうと長く吐きだす。どうやら落ち着いたようだ。
「死ぬかと思いました……ありがとうございます」
ん? さっきと違う意味で首を傾げると少女は慌てて、
「え、えーと、私の言ってることわかりますか?」
訳のわからぬまま頷く。
「よかった、これで効果なかったらどうしようかと……今飲んだのは一時的に【自動翻訳】を発動する魔導具です」
かの有名な漫画のこんにゃくを思い出すんだが。というか食べる系統の魔導具もあるんだな。
「では改めて……私はドワーフのルオ・シフスです。ルナさんはいらっしゃいますか?」
ドワーフ。そうだった、耳が少し尖っているのはそれだ。しかし聞いていた通り他は普通の子供に見える。ドワーフと気付かずに子供相手の対応をするところだった、危ない。
「すいません、今は出掛けてます。よかったら中で待ってますか?」
「ではお言葉に甘えて。……あ、でもその前に」
ルオさんが扉を拾って元の位置に置く。
「何してるんですか?」
「この家には自動修復機能も付いてますから、このくらいならしばらくこうしておけば直るはずです」
俺よりこの家に詳しいとか……いや俺も昨日来たばっかだけどさ。
もう片方の扉を開け中に入るが、
「きゃっ!」
「うおっ!」
悲鳴と共にすぐ横にルオさんが倒れてくる。少しずれてたら押し倒されてただろう。後ろを見ても押される要因はないし、躓いたのだろうか。段差はそんなにないはずだが。
「……大丈夫ですか?」
「す、すみません……」
所謂ドジっ娘というやつだろうか。小説や漫画で見るのはよくても実際に近くでやられるとたまったもんじゃないな、今も危なかったし。
そして二人でリビングに向かう。一度躓いたからか足元を警戒していて再び転ぶことはなかった。
……リビングに来たのはいいが、しまった。お茶とかが出せない。コップも場所を知らないどころか最悪ルナのアイテムボックスの可能性もある。厨房を見ても食器棚はないし、蛇口はもちろん井戸などから水を引いてる様子もなく水の出し方までわからない状態だ。
おとなしく戻って席に着き、黙ってるのも気不味いので話すことにする。
「お茶も出せなくてすいません。昨日ここに来たもので……」
「いえいえ、お構いなく。えーと、お名前は……」
完全に名乗るのを忘れていた。どうせだしこの世界に合わせるか。
「ヨウタ・アサクラです」
「ヨータさんですね。それでどうしてヨータさんはこちらに?」
発音は正しく聞こえたのになんか違う気がするな。まあ翻訳のせいかもしれないしいいか。
それよりもここは正直に話すべきか。……ルナだけでなくこの家のことも知ってるくらいだし大丈夫だろう。
「昨日ルナに召喚されまして」
「え!?」
やっぱりまずかっただろうか。
「ということは、魔力の適応に成功させてさらに人を召喚できるようになったんですね!」
……あれ?
「すごいなー……あれ、でも魔力の不適応がわかったのはつい最近でまだ人は召喚できないって言ってたのに一体どうやったんでしょう?」
「おーい、ルオさーん」
予想外の反応に驚いていたらルオさんがブツブツと独り言を始めて自分の世界に入っていきそうになったので声をかける。
「はっ、すみません! つい魔法の話になると熱中しちゃって……」
「……魔法好きなんですか?」
「はいっ!!」
とってもいいお返事です。
「幼い頃魔法を見たときに感動しまして……ドワーフにしては珍しいって言われるんですけどね」
「あ、ドワーフって確か魔法が……」
「はい、もちろん私も使えません。でも、少しでも魔法を使ってみたくて……」
その気持ちは非常によくわかる。俺だって使ってみたいよ。
ガチャリ。
玄関から扉が開閉音がした。ルナが帰ってきたのだろう。
話が終わっていないがルナに用があるみたいだし切り上げるか。
「ルナが帰ってきたみたいですね、行きましょうか」
「はい」
そしてリビングのドアに向かうとき、ルオさんがまた転ぶ。見てなかったが部屋の中に段差はないし、椅子やテーブルの脚とか? まさか漫画みたいに自分の足にってことはないだろ。
「えーと、大丈夫ですか?」
「すみません……」
そのままルオさんが起き上がったタイミングでドアが開く。
「あーーーーーーーーーー!!」
なんだようるさいな。
その声の主はやはりルナだったがその指が俺ではなくルオさんに向けられている。
「ルオ、ここにいたのね!」
どうやらすれ違いがあったらしい。なんでも俺の服を調達するついでにルオさんのところにも寄ったらしいが留守だったとか。
「いつここに?」
「ついさっきです、帰りはいつも通り送ってもらおうと思ったので馬車には帰っていただきましたが」
馬車とかもあるんだな。そしていつも通りということはよくここに来るのだろう。
「点検に向かっていたのに昨日巨大雷が見えたから急いでもらったんですよ? 私の魔導具になにかあったらどうするんですか」
「『私の』?」
「「え?」」
思わず口に出てしまった。二人がこちらを向いていたが、ルナがルオさんの方を向き、
「なに、まだ自己紹介もしてないの? ……どうせまた魔法の話を始めて熱中でもしたんでしょ」
「う……で、でも、名前は言いました!」
威張って言うことだろうかそれ。ルナも同じように思ったのか呆れたように、
「名前だけじゃないの……」
そのまま俺の方を向き、
「陽太、この人はシサール王国の魔導具研究員よ」
詳しく聞くところによるとさっきの話に続きがあり、魔法を使いたいと思ったルオさんはトーフェ王国に引っ越してそこの魔法研究所で魔法と魔導具についての研究を始めた。そしてそれまで一つの魔法しか使えなかった魔導具を、複数の魔法を使えるように改良したらしい。
しかし、魔導具の完成には【付与】スキルによる魔法の付与が必要であるのだが、魔法の研究がメインで魔導具は二の次だったその魔法研究所に【付与】のスキルを持っている人がいなかったため冒険者ギルドに依頼を出した。それを受けたのがルナで、受けるついでに当時全く進んでいなかった異世界召喚魔法の研究への協力をお願いしたところ、魔法大好きなルオさんは即了承。
そして無事魔導具が完成し、その実績から施設が充実しているシサール王国に迎えられたという。ただその魔導具は現在、魔法の知識とドワーフの技術を兼ね備えたルオさんにしか作れず、その研究所の研究員は彼女一人で後は身の回りのお世話だとか。
色々と魔導具の新情報があった気がするんだが軽く流してしまっていいのだろうか。
ついでにこの家そのものや中の魔導具もほとんどルオさんが作ったもので、他にもルオさんのポーチは【空間魔法】の魔導具だし、ルオさんが乗ってきた馬車は迎撃が可能な魔導具でもあるそうだ。
まあこの家やその馬車など一部はコストが半端なくて二つとなく、他のもコストは高くあまり流通はしてないらしい。
「そういえばルナさん、ヨータさんを召喚したってホントですか!?」
「……そうよ。ただ――」
かくかくしかじか。
「――なるほど、それでその魔法陣を実際に見てほしいというわけですね」
「ええ。でも先にお昼ね、ちょっと待ってなさい」
とルナが厨房に入っていく。
「……そうだルオさん」
「なんでしょう?」
「【魔力操作】のコツとかってありますかね?」
「それでしたら――」
「――なるほど、後で試してみますね。ありがとうございます」
「どういたしまして」
教えてもらったコツだが、学校とかでも教えるものだそうだ。ルナの奴、そこ抜かしてやがったな。
昼食後、二人が例の召喚魔法陣を見に行った。ルオさんを抱えてとんでもないスピードを出していたんだが、俺もあんな感じで運ばれていたのだろうか……
自室に戻り再び【魔力操作】の練習だが、あっさりランタンに火が付いた。俺の苦労は何だったのか……
次回予告
陽太「どうせ俺は魔法使えないんだ……」
ルナ「安心しなさい、まだユニークスキルがあるわ!」
陽太「新たなチートの予感!」
ルナ「チートとは言ってないわよ」
陽太「えっ」




