37. 覚悟を決めましょう。
「さて、答えを聞かせてもらいましょうか」
もう出発の時間だからとロティアが小夜に尋ねる。
「私も、行きます」
「……そう」
小夜の力強い回答にロティアは短く返すのみだった。
「皆準備はいいわね!? 目的は冒険者ヨータの救出と犯人の捕縛もしくは討伐! それじゃあ行くわよ!」
数十人の冒険者たちを率いるギルドマスターイキュイの言葉に雄叫びを上げたり静かに頷いたりと様々な反応をし、ラーサムを出た。
目指すのは町を出て北東に見える塔。道中魔物が何度か出てきたがランク6以上の彼らの敵とはならなかった。
また小夜も魔物との戦いには参加し、周りの冒険者たちを驚かせていた。
その中、小夜は少し疑問に思う所があった。
(あんな所に塔なんてあったっけ……?)
少なくとも今は目立って見えるが、それほどなら自分がラーサムから帰る時に見えるはず。この世界で暮らしている家はラーサムから見て北にあるのだからそう考えてもおかしくはない。
しかしこんな世界だから何があってもおかしくはないし、たまたま気付かなかっただけかもしれないと考えるのを止めることにする。
特に問題なく塔に辿り着き、一度イキュイが全員を集める。
「何があるか分からないから、ここからは慎重にね。まずは――」
その瞬間、冒険者たちを囲むように地面が光り輝く。
イキュイは当然、小夜もスピード特化の訓練を受けていたために素早く脱出できた。他にヨルトスがロティアの腕を引いたり、他にも数名が脱出。
しかし残りは光ごと地面を失った穴に落ちていった。落ちた衝撃なのか苦悶の声が聞こえてくる。
「もうここも敵の領域内、ということね……!」
イキュイが悔しそうに呟く。落下を免れたのは十名足らず。既に戦力が半分削られてしまった。
穴はそこそこ深く、落とし穴としての効果が残っているのか中で魔法を使うことができないらしいため、重傷者はいないが登るには時間を要するだろうことが予想される。
「こっちはこっちで何とかするんであんたらは先に行ってくれー!」
「分かったわ!」
落ちた冒険者の男の声にイキュイが返す。小夜も覗き込むと何か作っているように見えた。ロープなどもあるため登るための道具を作っているのだろう。
「さ、行くわよ。今みたいな罠があるかもしれないから気を付けてね」
中は二階分くらいの高さの天井を支える柱と、奥に上に行くための階段があるのみで何もないように見えるが、さっきの落とし穴の件もあり警戒して進む。
先頭のイキュイに続いて小夜とロティアたちが中央を過ぎた時、何か低く重い音が響いて周りを見渡すと柱に縦に切れ目が走り板のようなものが出てくるのが見えた。
「これは……! 皆走って!」
イキュイの声に従い全員で階段に向かって走る。よく見れば柱から伸びた板は別の柱に向かっていて戸が閉められようとしているように見える。
重低音が止んだ時、階段の前にいたのはイキュイと小夜、ヨルトスとロティアのみだった。後ろを見れば一面の壁。端から端まで伸びた壁に小夜が一度銃で攻撃するものの傷すら付く様子がなかった。
「そっちは大丈夫!?」
「はい、無事です! ですが、戻ることはできてもそっちには行けそうにないです!」
イキュイが壁の向こうに問いかけると、籠った女性の声が返ってきた。
「じゃあ入口の彼らと合流して他に入口がないか探って頂戴!」
「分かりました!」
そして微かに聞こえる足音も遠くなっていった。
「こっちはこっちでこのまま進むわよ」
退路を断たれた以上は仕方ないと四人で階段から上の階に進むと、そこは下の階と同様の空間だった。
「……意外と早かったわね」
黒ローブに身を包み変声機を使っているためどのような人物かは不明だがその独り言から女性であることが予想できた。
「ヨータを返してもらうわよ」
「……」
イキュイの言葉に黒ずくめは何も返さなかったが、少し時間が経つと背を向け顔を俯かせる。
「……?」
「……敵の罠かもしれないからまだ行っちゃダメよ」
どうして無言が続いているのか分からない小夜が首を傾げ、そこにロティアが一言忠告をする。
しばらく待ってから黒ずくめがこちらを向き直した。
「彼はこの上にいるが……当然ここを通すわけにはいかない。……えーと、彼を助けたくばここを突破することだな!」
「え?」
急に口調が変わり言葉も少し歯切れが悪くなった黒ずくめを小夜が疑問に思うが、すぐにさっきの独り言が素だったのだろうと疑問を捨てる。
「だったら……私とヨルトスがあの人を引き付けますから二人でヨータのところへ!」
ロティアの言葉にイキュイと心配そうな表情の小夜が走る。黒ずくめが剣で襲いかかるがヨルトスが短剣で防いでいる間に二人は階段を上がっていった。
「サヤ、ちょっといいかしら」
「?」
もう下の階は見えないが上の階にも着かない中間地点で、一度立ち止まったイキュイが小夜に言う。
「恐らく、この上に今回の首謀者がいるはず。私が戦うつもりだけれど、もし苦戦するようなら隙を狙って、その……銃、だったかしら、それで援護してほしいの」
「え……?」
「つらいのは分かってる。でも、あなたにしかできないの」
「……」
真っ直ぐ見つめられて言われるが、小夜は何も返せない。
一度は戦うと決めても、その戦いを前に覚悟が揺らいでしまう。
「……お願いね」
頷くことすらできず、再び歩き始めたイキュイの後をついて行くだけになってしまった。
最上階は天井はなく壁も低い……つまり屋上だった。その中央に十字架に磔にされた陽太と黒ずくめがいる。
「陽太さん!」
「ほう。ここまで辿り着くものがいるとはな」
「小夜……イキュイさん……」
思わず叫んでしまう小夜に、黒ずくめは追い詰められた状況にも関わらず余裕そうに、陽太は苦しそうに返す。
「あなた、状況は分かってるのかしら? 階段の前には私たちが、飛び降りたところで外にいる冒険者がいるのよ? 抵抗は無駄だから大人しく捕まりなさい」
イキュイがそう勧告するが、黒ずくめには無駄だったようだ。
「抵抗は無駄、と。そんなものやってみなきゃ分からないだろう?」
「え?」
話しながら黒ずくめが何かを投げる。小夜がそれは自分を狙っていると気付いた時には遅かった。
バチィッ!
「あぁっ!」
「ほら、油断した」
急に小夜の目の前にイキュイが現れたかと思うと電気が流れる音と共に仰け反り、そこに黒ずくめがもう一つ何かを投げる。
黒く細長いそれはイキュイの体に巻き付き、頭と靴しか見えなくなるまでになるとその体が倒れる。
「ぐっ……こんなもの……な、魔法が……」
「どうかな? スキルと魔法を封じられて縛られる気分は」
「……まさか、捕縛用の……?」
「ご名答。手に入れるのは大変だったぞ? しかしこれがないとこの坊主を捕まえても逃げられてしまうからな」
あっという間に無力化されたイキュイを前に唖然とするしかできない小夜。
「どうやらそこの小娘は何が起こったか分からない様子だな。何、簡単なことよ。小娘にはナイフを投げたが、それに【雷魔法】を付与してあっただけだ。故にそれを愚かにも素手で受け止めたそこのギルドマスターに電撃が走り、怯んだ一瞬に縄を巻き付けた。ほら、簡単だろう?」
その説明を聞いて小夜は自分のせいだということに気付き、泣きそうな視線をイキュイに向ける。
「サヤ! 私はいいから、戦って!」
「ダメだ……小夜……逃げろ……」
「黙れ」
「がっ!?」
「陽太さん!」
黒ずくめが無防備な陽太の腹を殴り、気絶する陽太を心配する言葉を叫ぶ小夜を見ると、
「ふはははは!! そこの小娘はどうやら役立たずだったようだな! 無様に泣いて見ていることしかできない弱者が! まあいい、私の目的はこいつだ、さっさと退散させてもらうことにしようじゃないか。外の冒険者も一網打尽にすれば良いだけのこと」
嘲笑しながら陽太ごと十字架を肩に担ぐとそのまま歩き出す。
「サヤ! 早く! 取り返しがつかなくなる前に! ヨータが連れてかれる前に!」
(陽太さんが連れてかれる……?)
そう考え始めた途端、急に小夜には世界が音のない白黒のスローモーションになったように見えた。
しかし本人はそれに気にせず、このままだと陽太がいなくなるということに思考を巡らす。
(どこに? 私の知らない場所? もう会えないの? 私が弱いせいで? 私が、戦えない、せいで……)
『戦わない方がもっと怖いから、かしら』
『その幼馴染ってね、私を庇ったせいで、私が弱かったせいで……死んでしまったの』
『だから私が弱いせいで、私が戦えないせいで何かを失うのはもう嫌なの』
『サヤも、失いたくないものがあるなら戦いなさい』
絶望に染まりそうになる小夜の頭を、ヴラーデの言葉が蘇って塗り替えていく。
(私が弱いせいで……私が戦えないせいで……何かを失うなんて……陽太さんがいなくなるなんて……そんなの……そんなの……)
「いやぁっ!!」
「なっ……ぐぁっ!」
銃を持ったことに驚く黒ずくめに小夜の銃撃が当たり少し後ろに吹き飛ぶ。
「あれ、私……」
「サヤ、ぼーっとしないで! まだよ!」
「チィッ!」
自分の手で人を撃ったことにフリーズしていた小夜だったがイキュイの言葉と黒ずくめの舌打ちでハッとなり、
(そうだ、この人を倒さないと……)
「小娘があぁぁっ!」
素早く弾倉を威力が高い特大弾のものに入れ替えて、陽太を置いて自身に迫る黒ずくめを撃つ。
「ぐあぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁっ!!」
クリーンヒットした黒ずくめは塔の外まで吹き飛び、落下していく。
「やった……私、戦えた……」
しばらく気分が高揚していた小夜だったが、
「あれ、でも、人を撃った……魔物も、たくさん、撃ってきた……」
その事実に背筋が震える。やってはいけないことをやってしまった、という認識が重くのしかかり、そこに魔物を撃っていたことも重なり、心が潰れそうになる。
(でも……)
しかし小夜はそれを払うように首を振る。
(あの時は陽太さんがいなくなるのが嫌な一心で撃った。けど、今も陽太さんやヴラーデさんのためなら、撃てる気がする……戦うのは嫌だけど、陽太さんたちに何かある方が嫌だから)
「サヤ、よくやったわね」
その決意を秘めた表情を見てもう大丈夫と思ったのか、イキュイが声をかける。
「イキュイさん……あ、縄解かなきゃ」
「大丈夫よ」
「え?」
イキュイを縛っていた黒い縄が音を立てて千切れていく。
「え?」
「うわ、流石イキュイさん」
「このくらい破れないようじゃギルドマスターは務まらないわよ」
「ギルドマスターすげえ……」
「え?」
さっき苦戦していたはずの縄をあっさりと千切り、気絶していたはずの陽太の声が隣から聞こえたかと思えばいつの間にか十字架から解放されている。
そんな光景を前に小夜の頭がクエスチョンマークでいっぱいになる。
「さて、小夜。ちょっとだけ目瞑っててくれ」
「?」
訳が分からないまま陽太の言葉に従って目を閉じる。
ゴソゴソと物を取り出すような音が聞こえるがそれが何かを考える余裕は今の小夜にはなかった。
「よし、いいぞ。目開けろ」
小夜がゆっくりと目を開く。
「……?」
申し訳なさそうな苦笑を浮かべる二人。陽太の手には日本語で『ドッキリ大成功』と書かれたプラカードのようなもの。
「……え?」
しかし小夜のリアクションはその小さい声のみ。
「……あり? もしかしてどっかでバレてた?」
「……いえ、ただのキャパオーバーね」
「そうですか、じゃあ復活するまで待ちますかね」
陽太とイキュイの会話も、
「あれ、サヤどうしたの?」
「ネタばらししたら状況についてけずに固まってしまわれた」
「……大丈夫なのか?」
「まあ戻ってくるだろ、多分」
ヴラーデとヨルトスの心配の言葉も、
「お待たせー……って、サヤちゃんどうしたの? もしかして……」
「ああ、完全に停止状態だ」
「あら、やり過ぎたかしら」
ロティアが目を逸らしながら出した後悔の言葉も、ロティアに続いてやってきた冒険者たちの言葉も一切小夜の頭には入ってこなかった。
「……全員揃っちゃったわね」
ふとロティアが呟き、どうしようかと全員が静かになった途端、
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?」
小夜の人生最大の声が響き、その勢いは思わず塔から落ちそうになる人がいるほどだった。
次回予告
陽太 「というわけで前回前々回の次回予告は俺とロティアだったわけだが」
ロティア「ラスボス演じるの楽しかったわ~」
陽太 「それはさておき」
ロティア「さておかれた……」
陽太 「第2章も次回でラスト。ドッキリの解説とエピローグだな」
ロティア「シナリオ見せて。……あらあらまあまあ」
陽太 「え、何?」
ロティア「秘密♪」
陽太 (気になる……)




