23. 自分の想いにすら気付かないことだってあります。
リビングの天井をぼーっと眺める。
あいつを見て何とも言えない感情に支配されて暴れた記憶がある。……どうでもいい。
最初に顔を殴り、その後は逃げてくあいつに色々と投げつけた記憶がある。……どうでもいい。
あいつが出て行った後は物を手当たり次第壊した記憶がある。……どうでもいい。
壊すものがなくなって、体の力が抜けた記憶がある。……どうでもいい。
自分が嫌になって時々何かの欠片で首を切ろうとしたが結局できずにそれを更に壊した記憶がある。……どうでもいい。
誰かの声が聞こえ、ドアが開く音がする。……どうでもいい。
何か話しかけられてる気がする。……どうでもいい。
……もう、どうでもいい。
考えるのをやめれば楽になれるのだろうか。
ああもう、このまま――
「ヨータっ!!」
流石に大声で名前を呼ばれればびっくりし、そこで目の前にヴラーデの顔があることに気が付く。だからといって会話する気にはなれない。
「全部聞いたわよ」
こっちが喋らなくとも向こうは勝手に喋るつもりらしい。
「異世界人だって」
「……」
「ピアスの効果で戦えてたって」
「……」
「それでルナ様を刺したって」
表情こそ辛そうだがさらっと言われたことに少し腹が立つ。
「……だったらなんだよ。もう放っといてくれよ」
「放っとけるわけないでしょうが!」
胸倉を掴まれ体が起こされるが、その手を払い、勢いで立ち上がる。
「うるせぇんだよ! 大体なんだ! いきなり訳分からん世界に連れてこられて! 気が付けば戦いの日々に身を置いて! 何でもないと思ったらピアスを外すだけでこのザマで! もう自分がなんだか分からなくて! そもそも最初は言葉だって通じ……て……? ……おい、待てよ……なんで言葉が……」
気が付けば涙を流していたヴラーデが髪をかき上げると、右耳に見覚えのあるピアス。
「なんで……いいんだよ……そんなの着けてたら、お前までこうな――」
ぱんっ。
その音が頬を叩いたものだと気付くのにどれだけの時間を費やしただろうか。
「……こんなの着けたくらいでどうなるっていうの! ヨータはヨータで、私は私でしょ!? それとも何? 私がこれを着けて何か変わったように見える!?」
そのヴラーデの様子に俺は――
「……そうだな、俺が間違ってた」
「ヨータ……」
希望が見えたような表情を浮かべるヴラーデ。
「俺は俺でヴラーデはヴラーデ。確かにそうかもな」
だが……
「じゃあ、『これ』が俺なんだよ」
勘違いもいいとこだ。
「戦うのは怖いし、命を奪えばそのことでウジウジと悩み、自分が嫌になったからって自殺する度胸もない、弱い弱い奴なんだよ……」
ヴラーデが顔を伏せる。同時に前髪がかかるせいでその表情は見えない。
俺はどんな表情をしてるんだろうか。声が震えていることしか分からない。
「だから、もう――ぐっ!?」
急に腹を蹴られ、床に倒れる。服のおかげか散らばった様々な破片が刺さることはなかった。
「ってぇな! 何す――」
「違うでしょ!?」
「あ!?」
「あんたがそんなになってるのは、そんなことが理由じゃないでしょ!?」
「そんなこと? そんなことってなん――」
「戦うのが怖い? そんなの私だって怖いわよ! 特に鏡写しのヨータを倒した時なんかそれだけじゃなくてあんたに見損なわれるって思って生きた心地がしなかった! でも、そうじゃないでしょ!?」
ヴラーデがこちらに一歩踏み出す。
「そんなに悩んでるのは、」
もう一歩。
「そんなに苦しんでるのは、」
もう一歩。そして、上半身を起こした俺を見下ろして、
「ルナ様がいなくなったからじゃないの!?」
「え……?」
その瞬間、何かが綺麗にはまった。
そうか。
俺を召喚した責任とは言ったものの、しっかりと面倒を見てくれた。
この世界で生きれるようにと、力を付けてくれた。
途中から勇者の訓練もあるせいで夜だけになったが、それでもほぼ毎日付き合ってくれた。
いつの間にか、ルナは俺にとってそこにいて当たり前の存在となっていたのだ。
きっと、ヴラーデにロティア、ヨルトスもそう。
そんな人を刺して目の前から消えたことで、その後悔や喪失感、悲しみに囚われていただけだったんだ。もしかしたらエラウが死んだ時のヴラーデもこんな気持ちだったのかもしれない。
それを俺は刺したことに重きを置いて命を奪ってきたことが耐えられないと勘違いして自分で沈んでいたのだ。……まあ、戦いが怖いのは変わらないが、それはゆっくり克服していけばいい。
ルナへの疑念は残ってるし、本当に悪い奴だったのかもしれないが、それがどうした。精神操作がなんだ、記憶操作がなんだ、俺はルナが大事だって思ってる、それでいいじゃないか。
それに、ルナは死んだわけじゃない。俺が刺した傷だってあっという間に治した。『また会いましょう』とも言ってたし、きっとまた会えるはずだ。その時にでも問い詰めてやればいい。
……なんか異様に前向きになりすぎて自分でも違和感はあるが……悪くない。
「……ヨータ?」
しばらく呆然と黙っていたことに耐えられなくなったのかヴラーデが口を開く。
……なんか可笑しくなってきた。今まで勘違いで悩んでたことになのか、目の前の真剣な表情になのかは分からない。でも、笑いたくて仕方がない。
「ぷっ、ふふっ、あーはっはっはっはっはっ!」
「ヨータ? ……どうしよう、ヨータが壊れた……」
「あははっ、大丈夫だヴラーデ、くくっ!」
親指を立ててそう言うとしばらくしてからヴラーデも安堵したように微笑む。
「……もう、心配したんだから」
「ふふっ、悪かった。ひひっ」
そして、笑い疲れて収まってきた頃には、二人とも涙は乾いていた。
「ふー。なんか久々に笑ったわ……」
「ホントに大丈夫?」
「ああ、ありがとな」
「ど、どういたしまして」
感謝してもしきれないな。
「ところで、鏡写しの俺を倒した時俺に見損なわれるって思ったってどういうことだ?」
「へ?」
それを言うなら他の三人はヨルトスが倒してるんだが。っていうかあの時ロティアと何か話してたのってそのことだったのかね。
「えーと……あれ? なんでだろ……でも確かにそう思って不安になったんだけど……あれぇ?」
……まあ理由のない感情だってあるよな。……あるよな?
「そういえば、ロティアとかはいないのか?」
「外で待ってるわ」
「そうか。じゃあ行くか!」
家から出ると、ロティアたちが安堵の表情を見せる。……のだが、
「……ごめん、何言ってるか分かんない。ヴラーデ、ピアス返してくれ」
ヴラーデがピアスを外し、回復魔法を使う。……無理矢理着けてたんじゃないだろうな。
受け取ったピアスを左耳に着ける。
「それ着けちゃっていいの?」
ロティアがそう尋ねてくる。
「ああ。これないと不便だしな。これ外した時は超気持ち悪かったが、ずっと着けてたからってのもあるかもしれないし、しばらくは時々外すことにして様子を見るつもりだ」
今思うとなんで風呂とか寝る時まで着けてたのかが分からない。
ついでに記憶操作についてはキリがないし今の前向きな俺はそういう疑いを持つのをやめた。
「お前らも心配してくれてありがとな」
「いいのよ。というかヨータがちゃんと人間してるようで安心したわ」
失敬な。いやしょうがないけども。
「今日はどうするの?」
「あー、まずはリビングの中を片付けるつもりだ」
「手伝う?」
「いや、いい」
荒れてた自分を見られるようで恥ずかしいからな。
「そう。じゃあ……」
そこで俺たち全員で善一を見て、
「この人は、どうする?」
善一の顔が笑顔のまま青褪めていくが、逃げるつもりはないらしい。
「……お手柔らかに頼むよ」
それが彼の最期の言葉だった。
「それじゃあね。また明日」
「あう、じゃあな」
そう言ってヴラーデたちが帰っていく。ヴラーデにはとんでもなくでかい恩ができてしまった。返しきれるかなこれ。
煙を出して死んでいる――いや生きてるけど――善一を引きずって家の中に入り、玄関に放置してリビングに向かう。
……なんか色々直ってるんだが。家の掃除が必要ないってそういうことなのか?
することがなくなったので善一をリビングまで運ぼうと玄関に向かうと、その男が土下座していた。
「陽太の心を守るため……いや、これは言い訳だね。君を操って『月の魔女』を刺させて、本当にすまなかった」
……やりづらい。
「あー、その、もういいぞ? さっきのですっきりしたし」
「それでも僕が満足できないんだ」
「えー……」
面倒くさいやつだこれ。どうしよう。
「ていうかなんでそこまで……」
「もしかしたら『月の魔女』、いやルナさんは悪い人じゃなかったのかもしれない」
「どういうことだ?」
「あの人の心は常に陽太を心配していたんだ」
善一から詳しく聞くと、どういうわけかルナは魔法を使わずに善一と操られた俺を相手していたらしいが、その際俺を見た時のルナの心は心配の色をしていたという。
ていうかそれよりも魔王のところで召喚されたって方が驚きなんだが。しかもよくしてもらったってホントに悪役ポジションか?
「そして陽太が今回のことを乗り越えると自信を持って言っていた。かなり濃い信頼の色だったよ」
……なんだかニヤケが止まらないんだが。
「だから、そうだね……例えば試練のようなものだったのかもしれない。でも、それを僕は人の心を操る悪い魔女だと決めつけ、結果こうなってしまった。本当にすまない」
改めて土下座されてもな。
「……で、どうすれば満足、っていうか何しても満足しないだろ」
「……」
「だったらそのまま悩み続けてろ。んで自分でどうしたらいいか考えてくれ」
正直こういうのはまともに相手するのがだるいので丸投げする。
「……分かった」
「ところで、善一はこれからどうするんだ?」
「いや、特に決めてないよ」
「だったらしばらくここに泊まっていけばいい。案外あっさり数日でルナが帰ってくるかもしれないし」
「……そういえばルナさんは?」
ルナが魔法陣と共に消えたことを話し、
「だから、どこなのかは分からないがどっかにはいるはずなんだ」
「そう、なんだ。よかった」
「それで――」
唐突に腹の虫が鳴る。……そういえば俺いつから食べてないんだ。時間なんて気にしてなかったからいつ起きたかも定かじゃないが、少なくとも起きてからは何も食べてない。
手早く昼食を済まし、善一の希望で模擬戦をする。魔王に鍛えられただけあってなかなかの腕だ。ていうか【闇魔法】羨ましいんだけど。俺も魔法使いたいんだけど。
しばらくすると眠くなってきた。俺そんなに早くから起きてたっけかな。まだ夕食には早いので善一に少し寝ると伝えて自分の部屋に戻ると、
「あー……そんなことも言ってたような言ってなかったような……」
俺の机に『ルナより』と書かれた封筒が置いてあった。……後でじゃダメかな、いやダメだよな。
次回予告
陽太「結局ルナって何者だったんだろうな。……まあいいか、探すついでにそういう情報も入ってくるだろ。とりあえず手紙読まないと」