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チート魔女に召喚されました。  作者: 熾悠
第1章 チート魔女に召喚されました。
22/165

22. チート魔女はいなくなりました。

 目を覚ますと、目の前にはこちらに背を向けるルナの姿。


「陽太……目が覚めたのね……」


 その声も、顔だけをこちらに振り向いて見えた微笑みも苦しそう。

 原因を探そうと視線を動かすと、その背中には見覚えのある剣が刺さっている。それを持っているのは――


「え……」


 ――俺の手。俺が、おれが……


 オレガルナヲサシタ……?


「うああああぁぁあああぁぁぁああぁっ!!! なんでおれがどうしてこうなっていやだやめてくれおれはおれはおれはああぁああああぁぁぁっ!!」

「落ち着きなさい」


 急に頭がすっきりしてくる。だがそれでもすぐに色々なものが頭を支配する。流れる涙などどうでもいい。


「ルナ……俺……俺……」

「大丈夫よ、このくらい。ほら、まずは剣の刃を消して?」


 素直に剣へ流す魔力を止める。一緒に感情も落ち着いてきた気がする。


「じゃあ……っとその前に動けるようにしないとね」


 その言葉で初めて自分の体が動かせないことに気付くが、すぐにそれもなくなる。

 次にルナの体が少し光ったかと思うと、剣で刺した痕が消えていく。


「これでよし、と。……ちょうどいいタイミングね」


 タイミング?


「ええ。刺されたとこは治したけどね。……む、なんか踊らされてる気がして嫌ね」


 また誰かと会話を? でも何の声もしないし近くに誰かもいない。今気付いたが善一(よしかず)も倒れている。

 こいつにも言いたいことはあるが……まあ後回しだ。


「ルナ、一体誰と――」


 手をこちらに突き出され、俺と話すつもりがないらしいと思い静かに見守るが、


「ええ、お願い」


 その言葉と共にルナを中心に何かが広がり、近くにいた俺と善一が弾き飛ばされる。

 体勢を整えて見直すと、ルナの周りの地面には魔法陣。魔法に詳しくない俺ではどういう用途のものなのか想像がつかないが、嫌な予感がする。


「わかったわ」


 ルナが俺に視線を向ける。


「……陽太、陽太は今私が強制的に感情を抑えている状態。だから、次起きた時にはそれが爆発すると思うけど、陽太ならちゃんと乗り越えてくれると信じてるわ」


 何を、何を言ってるんだ……?


「それが落ち着いたら、陽太の机に乗せといた手紙を読みなさい」


 そんな、いなくなるみたいなこと言わないでくれよ……


「それじゃあね、陽太」


 手をこちらに向けると、眠気と共に体の力が抜け、地面に倒れる。

 ダメだ、行かないでくれ……


「……また、会いましょう」


 突然魔法陣が強い光を放つ。しばらくしてそれがなくなると、そこには魔法陣も、ルナの姿もなかった。

 そこまで確認したところで、俺の意識が途絶えた。






 ……やめろ……


「私はルナ、あなたは?」


 そう言うルナが何かに切り裂かれ、黒く霧散する。


 やめろ……


「ああ、勇者にはよく『チート魔女』って呼ばれるわね」


 同じようにルナが何かに切り裂かれ、黒く霧散する。


 やめろ……!


「大丈夫、召喚の責任をとって私が面倒を見るわ。もちろん、訓練も行って、冒険者として生きていけるようにするわ」


 やはりそのルナも何かに切り裂かれ、黒く霧散する。


 やめてくれ……!


「そっか……あ、勘違いしないでね。別に嫌だったとかそういうんじゃないから」


 その後も次々とルナが何かに切り裂かれ、黒く霧散していく。


「やめろぉっ!」

「おいおい、何を言ってるんだ?」


 気が付くと、正面には黒い影。それが俺を指差して言う。


「お前がやったんじゃないか」


 そう言われて手元を見れば、血に塗れた手と刃を出した剣。


「え? おれ? あれ? あ、ああ……」

「それだけじゃないだろ?」


 後ろからの声に振り向くと、いつの間にか影がそっちにいる。


「これらも、」


 影の隣にはたくさんの魔物の死骸。


「こいつも、」


 反対側の隣には首が離れた盗賊のボスの死体。


「その剣でいくつもの命を奪ってきたじゃないか」

「ああぁ……」

「なあ?」


 ……うるさい、やめてくれ……


「そうだろ?」


 ……うるさいうるさいうるさい!


「認めろよ、朝倉陽太」

「黙れぇっ!!」


 うるさい影を剣で貫く。


「陽太……」


 しかし、そこに影はなく、剣で貫いていたのはルナ。


「え……あ……」

「それじゃあね、陽太」


 そう言ってルナが白い光となって消えていく。


「あ……ああ……ああああああああああ――」






「――ああああああああああっ!!!」


 ガバッ!


「あ、あれ……?」


 気が付くとそこはルナの家のリビング。


「夢……?」


 そうだ、夢だ。夢だったんだよ……


 そこにドアが開く音が響く。


「目が覚めたみたいだね」


 そこにいるのは一人の男。


「その……大丈夫かい?」


 その男を見た途端、記憶がフラッシュバックしてきて思わず片手で頭を支える。


 ピアスを外した時の気持ち悪さ、そこに手を差し伸べる男。その後気を失い、気が付いたらこの手でルナを――


 ピシリと、何かにひびが入る音が聞こえた気がした。




 ―――――




「ヨータ、どうしたのかしら……」

「そうね。昨日はルナさんの伝言があったけど、二日連続となると……」


 ギルドではヴラーデとロティアがそんな会話を交わす。

 昇格試験の翌日、いつものようにギルドで陽太を待とうと思ったのだが、ギルドの職員からルナの伝言で陽太が来れないということを聞いていた。

 体調不良かとも考えたが、あのルナが一緒にいるのだからそれはあり得ないと否定。何か用事でもあるのだろうと気にしなかった。

 だが、その翌日である今日も来ないとなると心配になってくる。別に一日だけ来ないと聞いたわけではないので杞憂かもしれないが、心配なものは心配だ。


「うぅ……ホントに大丈夫かしら……」

「うーん……私は一応様子を見に行くつもりだけど……ヴラーデはどうする?」

「えっ……仕方ないわね。ロティアが行くなら私も行くわ」

(素直に行きたいって言えばいいのに……)


 会話に全く参加してないヨルトスも賛成したところで三人でルナの家に向かう。


 しかし、そこで待っていた……否、ドアの前に立っていたのは見知らぬ男。困ったような表情で、時々うろうろしては立ち止まって溜め息の繰り返しをしているあたり怪しい人物だが、顔には多少の痣、体中は裂傷だらけとボロボロだ。

 何かあったのだろうかと思いロティアがその男に話しかける。


「あの、すいません」

「ん? あなたたちは?」

「ここの人に用があるんですが……何かあったんですか?」

「……誰に用か聞いても?」

「えーと、ヨータって人なんですけど」

「……彼は今ちょっと他の人には会えな――」

「何かあったの!?」


 ヴラーデが身を乗り出して強く尋ねる。男――善一は苦笑を浮かべてヴラーデの心に一際強い心配の色を見て聞き返す。


「陽太とはどういう関係でしょうか?」


 その問いにはロティアが返す。


「冒険者仲間です。普段一緒に依頼を受けているのですが、ここ二日ギルドに来ないので心配になって伺いました」

「……では、陽太に異変を感じたことはありますか?」

「ちょっと、そういう話をしたいんじゃ――」


 早く陽太に何があったのか聞きたいとヴラーデが声を荒げるが、それをロティアが制する。


「それは……」


 その先を話そうとしたところでヴラーデに少しだけ視線を向ける。

 その視線を善一に戻すと少ししゃがむようにとジェスチャーして耳打ちで、


「それは、ヨータが命に無関心なことと関係がありますか?」

「……いいでしょう。あなたたちは知っておいたほうが良いですね」


 パリンッ


「! ヨータ!」


 何かが割れる音が聞こえ、一番最初に動こうとしたのはヴラーデ。だがすぐにロティアが前を塞ぎ一瞬止まった隙にヨルトスが地面に押さえる。


「放して!」

「ダメよ。それに、彼の話を聞いてからでも遅くはない……違いますか?」

「いいえ、合っています。むしろ今彼に会っても間違いなく無駄でしょう。だから、まずは僕の話を聞いてください」




 話をする前に軽く自己紹介をする。そこで敬語の必要がないと気付き以降は普通に話すことにした。

 解放されたヴラーデはその間もずっとそわそわしている。そんなヴラーデはヨルトスが見張っている。


「さて、まず最初に陽太について。彼は……こっちから見たら異世界人、ということになるのかな」

「はぁっ!?」


 大きな声を出したのはヴラーデ。他の二人も驚きは大きいようで、ロティアが呟く。


「それって、勇者と同じ……」

「まあ、似たようなものかな。ついでに僕もそう。それぞれこの世界に召喚されたんだ」

「じゃあ、勇者って……」

「ああ、僕は違うよ。僕は勇者と同じ日に召喚されたみたいだけど、陽太はその時にはこっちにいたみたいだから彼も違う」

「……何か証拠はあるのかしら?」

「うーん、そう言われると困るんだけど……とりあえずそこは信じてくれないかな。でないと次に進めないんだ」


 苦笑気味の善一とロティアがしばらく見つめ合い……


「まあいいわ。後で本人に聞けばいいだけだから。それで、異世界人だから命に無関心、だと?」

「どういうこと?」


 ロティアの問いにヴラーデが口を挟む。


「ヴラーデ、あなたはおかしいと思わなかった?」

「何が?」

「ヨータが魔物や人を殺すことに躊躇しないことよ」

「そりゃまあ、変だとは思ったけど……ヨータはヨータじゃない」

「は?」


 予想外の返答に状況も忘れてギャグ顔で呆然としてしまうロティアだったが、すぐに我を取り戻し、


「はあ、あなたって娘は……」

「え? 何?」

「いいのよ、ヴラーデはそのままのあなたでいて」

「え? え??」

「……続き、いいかな?」

「ああ、ごめんなさいね、どうぞ」


 疲れたような表情で手で促しながら言う。


「それで、さっきの問いだけど、答えは真逆。命の奪い合いなんてない、平和な社会で彼も生きてきたはずだ。普通なら剣を持っただけで怯えてしまうような、ね」

「そんな世界があるのも信じがたいけど……そうだとしたら尚更説明が付かないわね」

「そこで、これを見てほしい」


 善一がポケットから何か小さいものを取り出す。


「何かしら、これ」


 ロティアはそれが何か分からないようだったが、


「ヨータのピアスじゃない」

「え? ……あー、確かにこんなの付けてたような……」


 ヴラーデがすぐに答えを導き出した。


「そう、陽太のピアス。でもただのピアスじゃない。これは魔導具で、効果は翻訳と――」

「待って、翻訳ってことは……」

「そう、彼にはこの世界の言葉は通じない。それを補うためだろうね」

「だから今会っても無駄、というわけね」


 善一が頷き、


「そしてこれのもう一つの効果は、精神制御」

「……そう、だから、なのね」

「具体的には価値観の操作、というより、戦闘・殺害行為への忌避感などの抑圧かな。今、陽太はピアスを外したことで今までこれで抑えられてたものが一気に爆発し、精神が今にも壊れそうな……危険な状態だ」


 善一は陽太の心が激しく変化し続け、その中に苦悩や後悔、絶望の色があるのを見ていたためそう判断していた。


「ねえ、今更なんだけど」


 口を開いたのはヴラーデ。


「ルナ様はどこに行ったの?」

「……分からない」

「え?」


 そこで善一がここに来てからのことを話す。陽太がピアスを外した時の様子に、それがルナのものと知ってルナは悪だと思ったこと。そこで一人じゃ敵わないからと陽太を操ることでその精神に負担をかけずにルナを倒そうとしたこと。

ルナと戦い陽太にルナを刺させたが、逆に自分は毒で眠らされ陽太をその場から離そうとしたがルナの魔法で失敗し本末転倒になってしまったこと。


「そして僕が気が付いた時、そこには陽太が倒れているだけだった。だから、『月の魔女』がどこに行ってしまったのかは分からない」

「……あなたも酷いことするのね」


 冷静なロティアだが、善一には怒りの色と化した心が見えている。隣には先程と同じくヨルトスに抑えられたヴラーデ。その二人の心も同じ色だが、やはりヴラーデのものが一番濃い。


「罰なら後で受けよう。それで陽太をリビングまで運んだんだけど……そこで目覚めた彼が半狂乱となって暴れ出してね……刺された傷がいつの間にかなくなってたのにこの有様さ。このくらいで済んでよかったのかもしれないけどね」

「自業自得ね」

「分かってるよ。それで今は暴れはしなくなったけど、まだ時々何かを壊す音が聞こえるし、かと言って原因の一つである僕が説得したところで効果はないだろうし、どうしようかと迷ってたところに君たちが来たんだ」

「……事情は分かったわ。それで私たちに何を求めるのかしら」


 怒りの色を浮かべながらも協力の姿勢を見せるロティアに善一が驚きながら返す。


「陽太の心が完全に壊れてしまう前に説得をしてほしい」

「言葉が通じないのにどうやって?」

「……僕が、通訳を――」

「無理ね。あなたがいる時点でヨータは誰の言葉にも耳を貸さないでしょうね。さっき自分で言ったじゃない」

「……」


 悔しそうに黙る善一にロティアがピアスを指差して言う。


「そのピアス。それの精神魔法は忌避感の抑圧だけかしら」

「……そうだね、それ以外の発動は見たことがないよ」

「保証は?」

「……命で」

「随分安い命なのね。自己犠牲も大概にしなさい」

「っ……!」

「まあいいわ」


 ロティアがピアスを奪い取り、ヨルトスから解放されたヴラーデに渡す。


「ヴラーデ。それを持ってヨータのところに行って、本当に言葉が通じなかったらそのピアスを付けなさい」

「分かったわ」


 ヴラーデはそれを受け取ると、家の中に入っていった。


「……いいの?」

「それを質問するということは……死にたいのかしら」

「……!!」


 善一の背筋が震えあがる。ロティアの何もかもがさっき以上に冷たく感じた。


「ヨルトス、やめなさい」


 自分の後ろから離れてロティアの元に戻るヨルトスを見て、それに戦慄する。自分の目の前にいたと思っていた人物が自分の後ろにいたことに全く気が付かなかった。


「君たちは一体……」


 ロティアはヴラーデが入っていった扉を見つめて言う。


「……私たちはあの娘に幸せになってほしいだけよ」

「え?」


 その言葉の真意は分からないが、これ以上聞いても答えてくれない気がした善一は静かにヴラーデの帰りを待つことにした。




 ヴラーデが家の中を走り、リビングのドアの前に立つ。


「ヨーター? 入るわよー?」


 しかし返事は来ない。ヴラーデは躊躇せずドアを開けて中に入り、部屋の様子に顔をしかめる。

 机や椅子は叩き折られ、皿は粉々。他のものも壊れてないものを探す方が難しいほど。何故か窓は無事だがそんなことはどうでもいい。

 部屋の中央に、陽太が仰向けに力なく倒れている。その表情は虚ろで、目の焦点も合っていない。呼吸で体が動いていなければ死んでいるかのようだ。


 そんな陽太に話しかけるべく、ヴラーデは歩き出した。

次回予告


ロティア(ヴラーデ……ちゃんとヨータを連れ戻してくるのよ。もう、あなたから何も奪わせるわけにはいかないのだから)

善一  (濃い心配の色……この人たちに何があったのかな……?)

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