19. 魔女は誰と話しているのでしょうか。
打ち上げを始めてある程度時間が経ち、そろそろ更新もいいだろうとギルドに向かう。
案の定更新が終わっていたカードを受け取り、今日は三人と別れて家に帰る。
その途中、見知った人物が歩いているのを見かける。それだけなら問題もないが、おかしいのは無表情でぼーっとしていることで、それがギルドマスターであるイキュイさんなら尚更だ。
「イキュイさーん」
近寄って声を掛けるが反応せずに歩き続ける。
「おーい、イキュイさーん?」
流石に目の前に立てば歩くのは止まったが、顔の前で手を振っても反応はなし。
こうなったらイチかバチかで耳元で大声を出す。
「イキュイさん!!」
「はっ!」
「おっ、復活した。えーと、大丈夫ですか? なんというか、ぼーっとしてましたけど」
「え、ええ、大丈夫よ。ありがとう」
どうにか復活を果たしてくれたイキュイさんだが、何かを考えるように黙り込み、時々悔しそうな表情も浮かべている。
「あの、ホントに大丈夫ですか?」
心配して声を掛けると真剣な視線を向けられた。
「ヨータ」
「はい」
少しの沈黙の後に急に名前を呼ばれてびっくりした。
それで何を言われるのかと思ったが、イキュイさんは口をパクパクとし、上手く言葉にできないという感じで、さっき以上の悔しさを浮かべていたが、やがて、
「今日、命の奪い合いをしていたということ、それをじっくりと考え直しなさい」
「? は、はい」
そんなことを言われて思わず拍子抜けしてしまう。あまりに真剣な雰囲気だったからこれから何か起こる、もしくは起きているのかと思ったんだが。
そのままギルドに向かうイキュイさんとも別れ、それ以降は誰にも会うことなく家に帰ってきた。
……さて。『命の奪い合い』についてと言われても、何をどう考えればいいのかが分からない。
今日は盗賊の首を絞めたり、腕や足を斬り飛ばしたり、最後にボスの首をはねたりと、まあそのくらいか。そういえばあのボスって結局なんだったんだろうな。
少し遡ると鏡写しの自分とも戦った。……うーん、イキュイさんは何が言いたかったんだろうか。
自分のことを考えるのに飽きて他三人のあの時の様子を思い出す。
ロティアとヨルトスは……一見いつも通りだが少し無理してるようにも見えた。まああの二人なら逆にそう見せることもできそうで分かんなくなりそうだしいいか。
ヴラーデは……『鏡の洞窟』でも今日の昇格試験でも緊張を見せていた。普段から魔物の時は大丈夫そうなだけにちょっと意外だな。俺がいた世界なら動物は良くても人間はダメって人は……って普通どっちもダメか。犬や猫にだってナイフや包丁なんて向けたくないだろ。
……
……?
……普通ってなんだ? 俺も普通じゃないのか? 別にどっかの主人公みたいに武術家の生まれでもないし、日夜何かと戦っていたわけでもない、一般家庭に生まれた普通の男子高校生だったはずだ。
それなのに、俺は何をした? 人の首を絞めて、腕や足を斬り飛ばして、首をはねて、それをやったのが普通の男子高校生? そんなのどう考えても普通じゃない。
じゃあ俺は一体何だ? 人に危害を与えて喜ぶような殺人鬼だったのか? いやそれも違う、忌避感もなかったが快楽も別に感じていなかった。じゃあなんなん……
急にめまいがしてベッドに座っていた体がふらつき、眠気に襲われて意識が遠くなるのを感じる。
ああ……考えるのは……また今度にして……もう寝よう……
そしてそのまま眠気に身を任せて、ベッドに倒れ――
――てたまるか!!
なんとか両手で体を支えて倒れるのを防ぐが、意識が朦朧としていて気を抜けば落ちてしまいそうだ。
体が寝ようとすることに抗っているからか息が荒くなっていく。
……思い出したぞ。討伐演習の時も同じようなことを考えていたら眠くなって、あの時は素直に従ったが翌日にはその記憶がなかった。あの魔女、一体何しやがった……!
必死に体を起こすが立っていられず、なんとか壁を伝って部屋から出てルナの部屋に向かう。隣の部屋だというのにこの重い体では遠くに感じる。
やっとの思いでルナの部屋に辿り着きそうな時、
「これでいいかしら? ……そりゃそうね。……わかったわ」
ルナの声が中から聞こえてきた。誰かと会話しているようだが相手の声が全く聞こえない。【察知】を使いたいが眠気に対抗している今の状況じゃ使った瞬間に倒れるだろう。
「え? 私の言ってたことをなぞればいいんじゃないの? ……そっちの声は聞こえなかったの?」
言ってたことをなぞる? 何かを教えててその復習? ……違う気がする。
「そう。じゃあ……私があんたの知らないとこで何をしてたか、とかは?」
ルナが何をしてたかだって? 少しでも言葉を拾おうと耳をより傾ける。もしかしたら俺に何をしたかも喋ってくれるかもしれない。
「意外と当たるものね。いえ、これも必然かしら……」
必然? 何の話だ? まあいい、大事なのはそこじゃない。
「そこから? まあいいわ、答えはイエスともノーとも言えないわね。……一応私が、ってのは聞いてたからそのつもりでいたけど、もっと完成させてからにしたかったわ。そのせいで余計な苦労を強いちゃったわね」
何かを作ってたのか? 肝心なところが曖昧なせいで分からない。
「ああ、それね。ホントは連れてこようと思ってたんだけど、まさか入れ違いになってたとは思わなかったわ」
入れ違い? 誰と?
「そうよ。早いうちに知っといて損はないからね。……多分そう。既にそっちと繋がってたから新しくはできなかったってところね。私もそうなるとは思ってなかったし、まだ繋がってるって分かったらつい……」
嬉しそうな声で話すルナ。繋がってる? くそっ、もっと目的語をはっきりしてくれ。
「その通りよ。その日の夜にルオに加工をお願いしたわ。この前確認しに行ったらほとんどできてたわよ」
ルオさん? ルオさんが何か関係してるのか?
「あれは私の……」
何故かここで急に声が聞こえなくなる。いや……物音すらない。何が起きたんだ?
「いいわよ」
その声と同時に物音も聞こえるようになる。なんだったんだ?
「一刻も早く強くなってもらいたかったもの」
強くなってほしい? 俺か? 勇者か? それとももっと別の人?
「私は私を見てないし、私にとってあんたは最初から強かった……で理解できる?」
ルナがルナを見てない? どういうなぞなぞだこれは。
「そういうこと」
ヒントが欲しいところだったが話し相手は理解したらしい。
「あれは私じゃないわ。多分偶然の結果。勇者の召喚の時にもう一つ召喚が重なった影響ね」
……勇者と同時にこの世界に召喚された人がいる? でもそんな話は聞いたことがない。
「ええ。……私だってまさか同時なんて思いもしなかったわよ。でも教会を離れるわけにもいかないから陽太を助けにも行けないし、勇者は案の定あいつだったし。……っと、ごめん」
文句を言い始めたと思ったら相手に止められたのか謝るルナ。
討伐演習での魔物大量発生のことか? 確かにルナは来なかったが……
しかし『あいつ』って誰のことだ? 嫌いな人を召喚した……っつっても世界が違うから知り合いなわけないし……
「あら、いいの? ……変身? ……ああ、あれね。あれも私よ。緊急回避用の魔導具に【魔獣化】のスキル付与を組み込んだものを数日前にその盗賊に渡したわ。さっきの後回しにした話に絡むから詳しくはまた今度ね」
『変身』と『盗賊』という言葉に今日のあのボスの姿が浮かんでくる。
あれルナの仕業だったってのか……運よく油断してくれたからよかったが一歩間違えてたら……
「イキュイならさっきここに来たけど、ちょっとやばそうなとこまで気付いてたから少し記憶を操作して帰ってもらったわ」
イキュイさんまで……それでさっき……って、記憶を操作? ……まさか……俺も? その可能性に体が震え始める。
「もういいの?」
……話が終わりを迎えてしまう。グレーじゃなくて、白か黒かはっきりしてくれ……!
「というと? ……聞かれないとは思ってたけどそういうことね。……そんなのすぐに目を覚まさせてあげるわ。ってなんでそんなことに? ……う……ごめんなさい。怒ってる? ……ほっ」
何かを謝ってたみたいだが、ダメだ、もう考えてる余裕がない。
「……は? ……何言ってんの?」
急にルナがびっくりしたような声を出すが、もうどうでもいい。
「はあ、仕方ないわね。それだけ? ……ええ。……えー……どうしろって言うのよ。……何それ……まあいいわ。じゃ、また明日ね」
くそっ、結局俺に何をしたのかは不明のままか……!
直接話そうとルナの部屋に入ろうとするが、足音がこちらに近付き――
……いつの間にか眠ってしまったようだ。だが今回は昨日考えていたこともはっきり覚えている。
体調も悪くないし今度こそルナに……
……待て。もしかしてそういう風に記憶を変えられてるんじゃないか?
そうだよ。前回がそうだったんだ。今回もそうだと考えるのが当たり前じゃないか。
だとしたら、ルナに話を聞いたところで昨日来てたらしいイキュイさんと同じようにその記憶を消されておしまいだ。
だから……まずやるのは物的証拠を見つけること。あのチート魔女がそんなものを残すとは思いがたいが、何もしないよりはマシだ。
とりあえず朝食のためリビングへ。
「おはよう。ランク6になったんだってね、おめでとう」
「あ、ああ。ありがとう」
「……どうしたの? ちょっと元気なさそうだけど」
「えーと……その、体調が悪くてな。今日は休ませてくれないか?」
「ふーん……」
やば、疑われたか?
「ま、そんなこともあるわよね。いいわ、今日はゆっくりしなさい」
えっ? 思わずそんな声を出しそうになったがなんとか止めとくことに成功した。
「お、おう。悪いな」
「勇者の訓練がなければ看病してあげたいとこだけど……」
「あ、いや、いい。構わず行ってきてくれ」
「ごめんね。とりあえず体にいいもので朝食作るわね」
その朝食はやはり美味でルナを疑う気持ちが薄れかけたが、昨日のことを思い出して首を振った。
ルナが出発した後、俺はルナの部屋に入る。ってあれ? 鍵がかかってないな……まあ忘れることもあるだろうし、何より好都合だ。
ルナの部屋は整理整頓がされているが、趣味だと分かるものがなくどちらかといえば作業部屋のような……そんな感じだ。
中身もその通りで、本などは魔法や魔法陣の研究ノートばかり。理解するのは数秒で諦めた。
それでも文字には目を通していき俺に対して、もしくは俺を使って何をしようとしているかを書いてないか探っていく。
途中でその作業に飽きて、一度本棚から机にターゲットを変更。しかし内容は似たものばかり。これは諦めた方がいいかもと考え始めた頃、引き出しの中から一冊の本を見つけて驚愕する。
見つけたのはルーズリーフ。この世界に来て初めて見た。いやまあ俺が知らなかっただけっていう可能性もあるが、表紙は俺のいた世界なら皆お世話になったことがあるであろう有名メーカーの商品と同じものだった。
だがその驚愕もすぐに消えていく。よく考えれば異世界人は俺だけではないのだ。ルナは勇者と頻繁に会うだろうし持っていても不思議ではない。
その中身を覗こうとその本を……開けない。表紙から裏表紙まで全ての紙がくっついたかのようだ。
その後、どれだけ力を入れようと、剣で切ろうと、刃に火属性を加えようとその本は開かず、傷一つ付くことなかった。完敗。
途中から自棄になったせいか疲れを感じ、そういえばとやや遅めの昼食にしようとルナの家を出たところで、家の扉をノックする音が聞こえる。誰だろうか。
……あ。ヴラーデたちに今日行かないこと言ってなかった。心配して来てくれたのなら申し訳ないな。
どう言い訳しようか考えながら扉を開けると、そこにいたのは――
「こんにちは、こちら『月の魔女』さんのお宅で間違いないでしょうか?」
――そう言って丁寧に頭を下げる、こげ茶色の髪で同い年くらいの優しそうで爽やかなイケメンだった。
次回予告
? 「やっと僕の出番……」
陽太「おーそうかーよかったなー」
? 「(他人事……一応シリアスパートな筈なんだけど……)あ、僕が誰だか分からない人はもう一度読み直してくれると嬉しいかな」
陽太「おー露骨な宣伝ありがとー」
? 「……」