18. ギルドマスターは魔女を問い詰めに行きました。
陽太たちが夕食をとっている頃、イキュイはルナの家に向かっていた。
彼女はギルドマスターとして、全ての依頼や試験等の詳細には目を通している。
陽太に対して初めて疑問を抱いたのは討伐演習の時。強力な魔物が出現したり死人が出たりしても一切うろたえずに魔物を倒し続けていたという。
だがこの時はそこまで気にかけていなかった。別にそういう人が今までいなかったわけではないし、ルナに鍛えられているなら不思議でもないと思ったからだ。
次に教会からの指名依頼。まだランク4である陽太をわざわざ指名したのだ。
だがそれについてはルナの弟子の噂を聞いて教会として会ってみたいと言われていて、彼女もルナが教会に協力しているのは知っていたため快諾。
ただ何故か指名依頼であることは伏せるように言われて気になったがそうしないと依頼は取り消しとまで言われて結局承諾した。
また陽太たちがその依頼を受けた日の夜に突然ルナに襲われたのも未だに謎だ。
そして『鏡の洞窟』での一件。ランク6になっていない者の大半が自分と戦うことに怯えて帰ってくるあの最後の試練を難なく突破してしまった。
それに関しては陽太と行動を共にしている三人も一緒だが、その三人には精神的疲労が少なからずあった。それなのに陽太だけは全然平気でむしろ調子がいいのかと勘違いするほどだった。
はっきり言って異常。どのような人生を送ってきたらそうなるというのか。彼が殺人鬼の思考の持ち主でないとも限らない。
普段から冒険者たちが危険人物でないか確認するための情報収集は欠かさないのだが、ヨータ・アサクラという人物について冒険者になる前の情報が一切手に入らない。
だから今回の試験官となり、彼と少し会話もした。その結果、命を軽んじるどころかなんとも思っていないようで、採集依頼にでも行くような感じだった。
ロティア・ヨルトスとも話したところ、やはり彼のその部分には疑問を感じているらしい。
盗賊の四肢すら易々と切断し、そろそろ危険人物として排除しなければいけないかと考えていたが、最後にボスの首をはねた時、本当に微弱だったが感じたあれは――
(……っと、見えてきたわね)
これからルナと話をし場合によっては彼女を排除しなければいけない。
自分では勝てないことは分かっている。人数がいても足手まといにしかならないため一人だが、例えここで死んだとしてもルナは道連れにするつもりでいる。
気を引き締め直してその扉をノックしようとし、その手が空振る。
「いらっしゃい、イキュイ」
「ルナ……!」
ここで思わぬ先手を取られたことに歯噛みする。
「そんなに怖い顔して、一体何の用かしら」
「……ヨータのことよ」
「……そう」
ルナの体がほんの少し反応したのを見てイキュイは確信する。
「さあ、何を企んでるのか話してもらおうかしら」
「……何の話かしら」
「とぼけないで。彼は明らかに異常よ、命をなんとも思ってないなんて」
「それで?」
「だから今日の昇格試験、私が試験官を務めたわ。元々予定してた人には悪かったけどね」
「……」
ルナが眉をひそめる。
「そこで最後、彼がボスの首をはねた時に【精神魔法】と思われる魔力を感じたわ。本当に弱いものだったから発生源までは分からなかったけど、私じゃなかったら魔力にすら気付かなかったでしょうね。つまり彼は命をなんとも思わないんじゃなくて思えない。そんなことができるのは私が知る限りあなただけよ」
「……!」
さっきとは逆にルナが歯噛みする。
「まだあるわ。今まで彼について情報を集めようとしても冒険者になる前のものが一切手に入らない。これは一体どういうことかしら」
「……」
「改めて、何を企んでるのか話してもらおうかしら」
黙秘を続けるルナに問い詰める。
「例えば、今日のボスのあの変貌。あれも関係があったりするのかしら」
しかし、ルナは相変わらず黙ったまま。
「……じゃあ、『サヤ』という名前に――」
ゴウッ!
「!?」
突如ルナから吹き出した大量の魔力に怯んでしまう。
だがそれも徐々に小さくなる。
「どこでそれを……!」
「私がギルドマスターとして冒険者たちの情報収集くらいするのは知ってると思うけど……」
「そうよ。だから不要な情報は全部消したつもりだったのに……!」
「それはそれで問題ある発言だけど、まあ今は関係ないわね。勿論、あなたについても調べさせてもらったわよ。生まれも育ちも不明だし、大半が勇者がらみのことだったけどね」
「そりゃそうでしょうね」
「でも古い情報の中にたった一度だけ、その『サヤ』という名前を見かけたの。何の名前かすら不明だったけど、その反応からしてこの件に無関係ではなさそうね」
墓穴を掘ったからかルナは悔しそうにしていたが、
「陽太はどうしたの?」
「彼なら無事よ。カードの更新に時間がかかるってことにしてきたからまだお友達の家で楽しくやってるんじゃないかしら」
「そう。それで、私の企みとやらを知ってどうするつもり?」
「そうね、場合によっては今ここで……あなたを止めさせてもらうわ」
「一応聞くけど、本気?」
「勿論よ」
「違うわ、本気でできると思ってるのかって聞いてるのよ。今まで私に勝ったことがないあなたが」
「……! ええ、勿論よ。死ぬつもりで来たんだもの、あなたくらい道連れにしてあげるわ」
「そう。ならやってみなさい」
「言われなくとも……」
最初から自身の奥の手である魔法を使おうとし、
「……!?」
魔力を全く扱えなくなってしまっていることに気付く。
(嘘……こんなことが……)
「どうしたの? やってみなさいよ」
(……なら!)
魔法が使えないなら物理。エルフとしては珍しいが体術も心得ているイキュイがルナに近付こうとして、
「ぐっ!?」
その体が床に叩きつけられる。体を起こそうとしてもそれより強い力で邪魔される。
(これは……【重力魔法】……!)
結局ルナが微動だにしてないというのに無力化されてしまい、その実力差に美しい顔を歪める。
「あなたは知りすぎた。だから消えてもらうわ」
「……!!」
「と、言いたいとこだけど。あなたには生きていてもらわないと困るの」
「またそれ? あなた、いつもそう言って私を助け――」
「私はね、私が知ってる陽太になってもらいたいだけよ」
「は……?」
「その為に色々やって来たわ。例えば……陽太はランクストップ制度を知ってるのかしら?」
ランクストップ制度。それは試験を受けたくない、もしくは受けても昇格できなかった冒険者の為の制度で、ランクポイントは貰えないがそのままのランクで依頼を受け続けることが可能というもの。ただし、当然失敗が続けばランクは落ちる。
ギルドで討伐演習を受ける前に説明を受けるもので、冒険者にとっては常識だ。
イキュイにとってもそうであり、重力に耐えながら辛うじてルナを睨みつけて反論する。
「……そのくらい……説明してるに決まって……まさか!?」
「ええ、陽太の前でその話をしないようにラーサムの町全体に【精神魔法】をかけてあるわ」
「……嘘、私が気付かないわけが……」
「ええ、あなたなら気付いたでしょうね。でも、その記憶さえ残ってなければ問題ないのよ」
「……あなた、そんなことして……!」
「知ってる? 犯罪はバレなきゃ犯罪じゃないのよ。ま、そもそもそんな法律ないけど」
「……!」
言葉を遮って告げられた言葉に説得は通じないと理解してしまい言葉が出なくなる。
「私が知ってる陽太は、カッコいいところもあって、可愛いところもあって、強くて素敵でね? 苦労も悩みもあったけどちゃんと乗り越えて、私も何度助けられたことか。あの輝きがあったからこそ今の私がいると言っても過言ではないわ!」
うっとりとした笑顔でそう言うルナはまるで恋する乙女のそれだが、イキュイには何を言ってるのか理解ができない。
年齢的にもおかしいうえに、どう考えても陽太より強いこの魔女が陽太の助けを必要とするなんて想像もつかない。
ルナが突然真剣な表情になって続ける。
「でもね? 陽太を召喚した日にドラゴンに怯えたのを見て気付いたの。陽太だって普通の日本人だし当然強くもなければ、命の奪い合いなんてできっこない。だから、私がフォローしよう、フォローしなくちゃいけない、輝かせてあげよう、ってね」
「そんな狂ってる表情で言われてもね……!」
言ってる意味こそ理解できないが最後に表れた笑顔が気持ち悪く見えたイキュイが思わずそう言い返す。同時に『召喚した』『ニホン人』という言葉から彼についての情報が集まらなかったことに合点がいく。この世界に存在していなかった人物の情報など集まるわけがない。
「なんとでも言いなさい。何しろ時間がなかったの。手段なんて選んじゃいられないわ」
(時間がなかった……?)
目の前の魔女はどういうわけか既に三百年は生きている。恐らくこれからも何百年と生き続けるのだろうと思っていたがためにその言葉に疑問を持つ。
「まあできる限りのことはしたから大丈夫だとは思うし、後は……ってちょっと喋り過ぎちゃったわね、そろそろ帰ってもらいましょうか」
「……ヨータに、今あなたが話していたことを――」
「話してもいいわよ?」
「え?」
思わぬ返答に思考が止まってしまう。
「憶えてられたら、の話だけどね」
そしてそのまま意識が遠くなっていく。
(しまった……)
「じゃあねイキュイ。またいつか会えるといいわね」
(え……?)
疑問に思ったのも一瞬、意識を完全に手放した。
「イキュイさん!!」
「はっ!」
「おっ、復活した。えーと、大丈夫ですか? なんというか、ぼーっとしてましたけど」
「え、ええ、大丈夫よ。ありがとう」
耳元で大声を出されたことで目を覚ましてさりげなく周りを見ると、そこはラーサムの町、目の前には陽太。一人であることから今から帰るのだろう。
どうしてこんなことになっているのか思い出そうとしても、憶えているのは、今日の昇格試験の後、ルナの家に向かったところまで。
つまり自分は何もできずに帰されたということであり悔しい気持ちで満たされるが、恐らく何回行ったところで同じ結果にしかならないと予想しルナを問い詰めるのは無理だと判断する。
「あの、ホントに大丈夫ですか?」
しばらく黙っていたからか心配そうに声を掛けてくる。
(……多分この子はただの被害者。悪い魔女に気に入られて人生を狂わせられた哀れな被害者。だけど……)
何故か彼を保護してルナと離れさせようとは思えない。根拠はないがこのままルナの元にいるのが一番だという考えの方が強く出てきてしまう。
「ヨータ」
「はい」
ルナは危険だ、あの魔女から離れろ、そんな言葉が出てこない。言いたくても出せない。それをもどかしく感じるが逆らうことができない。
実力行使をしようとしても、彼に触れようとする腕だけが動かない。魔法という考えに至っても彼を巻き込むものだけが発動しないという理解が先に生まれてしまった。
結局できるのは、
「今日、命の奪い合いをしていたということ、それをじっくりと考え直しなさい」
「? は、はい」
彼自身に気付いてもらうしかない、その可能性に賭けることだけだった。
次回予告
ルナ「ええ、私には時間がないの。あの日が迫ってきた以上、多分、私はもうすぐ……あれ? 何か聞こえ……まさか、この声は……やっと……この時が……!」
? 「おっ、繋がった。よお、ルナ。いや……」