15. ダンジョンに挑みましょう。(後)
ドアを開けて目に入ったのは、地面に開いた大量の穴。近付いて覗いてみると下にはロティアたちが看板を読んでいる。
……なんでさっきまで横にいたはずが下にいるんだ?
まさかと思って穴に手を入れようとするも硬い感触。今度は上下というわけか。重力が逆にならないあたりが気になるが。
ロティアたちがこちらを見上げると、俺と目が合い軽く驚く。
「あれ? なんでそこにいるの? 上下逆なんでしょ?」
ロティアも同じ疑問を持ったようだ。あっちからすれば俺たちがいるのは天井のはずだしな。
今度は俺が上を見上げると逆さまに立った看板があるが高さ的に読めない。
「ロティアー、看板はなんて書いてあったー?」
「『↑にあるのは鏡です』だってー」
やや距離があるために自然と声を張ってしまう。しかし矢印か、上手く合わせやがったな……ってどうでもいいか。
そしてしばらく何もない道を歩くと、
「ねえーちょっといいかしらー?」
「なんだー?」
「こっち道がないんだけどー」
「え?」
そう言われてロティアたちの方を見ると確かに崖のように途切れていて、下は底が見えない闇。
ならばこっちも上が闇なんだろうなと思い見上げたが、
「あり?」
「どうしたのー?」
「すまん、ちょっとそこ歩いてみてくれー」
「はぁ? 何言ってるの?」
……そっか、説明しなきゃだよな。
「こっちはちゃんと続いてるから大丈夫だと思うぞー」
「え?」
そのままロティアが目を細め、
「……あぁ、そういうことね」
ちゃんと意図が伝わったようで何より。
ロティアたちが上を見上げながら丁寧に進み始めた。俺の目には空中を歩いているようにしか見えない。
「ねえ、ヨータ」
「ん、なんだ?」
「あれって相当怖いわよね?」
「……言うな」
ヴラーデの言った通り、透明な地面を歩くのは怖いと思う。こっち側は地面に鏡があるが、自分が映らない以上そこに立つと透明なガラスの上に乗ってる気分になりそうだから絶対に乗りたくない。
ロティアたちはこれをどう思ってるのだろうかと目をやると……
「ロティア、前、前!」
「え? がっ!」
柱に顎から思い切りぶつかってしまい、仰向けに倒れる。
まさかあんなのがあるとは……ていうか浮いて見えるんだが本当に立ってるのか? それにこっち側には見当たらない。
「いった~……」
「大丈夫かー?」
「なんとかー」
涙目で顎も少し赤くなっている気がするがあの様子なら大丈夫だろう。
……ここからはより気を付けていかないとだな、こっちとあっちで地形がバラバラだと把握しにくいから今みたいな事故がまた起きるかもしれないし。
しかし事故は続く。地面が見えない恐怖を我慢して前を見れば見えない段差に躓き、上を見て歩けば前にあるものにぶつかったりと散々な目に遭っていた。ロティアだけが。
まあこっち側はそういうのないし、あっちはロティアがヨルトスの前をさっさと行こうとしてるからなのだが。
気が付けばロティアは軽傷だらけ。ポーション等を使うまでもないくらいだが、せめて合流したら【回復魔法】を使ってあげようとヴラーデと話していると、次のドアが見えてきた。
向こうのドアの前は少し地面が続いて今ロティアたちが歩いている見えない道になっている。
そういえばドアの位置は鏡写しじゃないのな。……まあ鏡写しだったら俺たちの出入りが不便だから助かるんだけどさ。
下を見て結局こっち側は何もなかったなとか思いながら歩いていると、
「へ?」
ロティアの足が地面に沈み、
「にゃっ!?」
「「えっ!?」」
消えた!? 直後にどしんという音。一体どうなって……あ!
半ば癖になった動きで、上を見上げたらそこには……
「嘘でしょ……ロティア……?」
「も~なんなのよ~……」
「え? ロティア? どこにいるの?」
半ばパニックのヴラーデはともかく、下からロティアの声が聞こえる。
「大丈夫かー?」
「みんなどこ~? 暗くて何も見えないんだけど~?」
「ヨルトスー、多分その中にいるから助けてやってくれー」
「ヨータ? どういうこと?」
俺と同じくヴラーデを放置してこちらを、いやその上を見てから軽く頷いたヨルトスが慎重に地面の中に潜っていく。
「え? ヨルトスが、地面の中に?」
「えっ、何? きゃっ、ちょっ、どこ触っ……ひゃぁ!?」
一体何が起きているのか気になるが、真っ暗なら仕方ないな、うん。
「あっ、出てきた! よかった……」
しばらくしないうちに二人が飛び出てヴラーデも安堵したようだ。ヨルトスが涙目で顔が赤いロティアをお姫様抱っこしている。
外に出てようやく状態を把握できたらしいロティアの顔が更に赤くなる。
降ろしてもらうと誤魔化すように大きい声で、
「で、これは結局どういうことだったのー?」
「ああ、あれを見てくれー」
「あれ? ああ、そういうことね……」
流石、理解が早くて助かる。
今までは全て片方にあったものがもう片方では見えないが実在しているというパターンだった。
しかし今回だけは逆。こっち側に地面がない箇所はもう片方で地面があるように見えても存在しておらず実質落とし穴のようになっていて、ロティアは見事に引っ掛かってしまったのだ。
まあ今までの流れを完全にぶった切る罠だったし無理もない。ていうか俺もあっちだったら落ちてただろうな。
ボロボロではあるが大した怪我もなさそうなので次に進もうとドアを開けると中はとても広く、
「お、ついに戻れたか」
「みたいね」
横にはロティアたち、間に障害物はない。つまり鏡写しの空間から脱出したわけだ。
ヴラーデがロティアに【回復魔法】を使っている間に案の定立っていた看板を読み上げる。
「『最後の試練です。全員で奥の鏡の前に立ってください。』だとさ」
向こうは暗いが確かにそれらしきものが見える。
……そういえば制覇率は低いって聞いた割には簡単だった気もするが……最後の試練に何かあるんだろうか。
「さ、行きましょうか」
何故か服ごと綺麗になったロティアの先導で奥に向かう。
その大きい鏡は普通に俺たち四人を映している。なんかここに入って初めてまともな鏡を見たな。
とか思っていると、一瞬鏡が光る。
「嘘!?」
すると、鏡に映っていたはずの俺たちがこちらに向かって歩き、鏡から一人ずつ出てきた。その顔は無表情で、正直不気味だ。
……チッ、鏡ネタの定番の一つじゃねえか、なんで忘れてたんだ。
制覇率が低いのも頷ける。自分や仲間となんて戦いたくないのが普通だろうし戦う前に転移で逃げた人が多いんじゃないだろうか。
鏡の俺がポーチから剣を取り出し――魔導具までそのままかよ――属性を付けない刃を軽く振るう。他三人もそれぞれ構えていて、あちらさんはやる気満々らしい。
「ヴラーデ、行けるか!?」
「や、やるしかないならやるしかないじゃない……!」
やる気があるのはいいんだが帰れるの忘れてないか。戦力が減るのも嫌なので言わないでおくが。
「ヨルトスは!?」
頷きが返ってくる。まあお前なら大丈夫だろうよ、むしろ何がダメなんだ。
「ロティアは!?」
「自分を弄べるなんて最高だと思わない?」
何を言ってるんだこいつは。
全員行けそうなので俺も剣を取り出し同じように属性なしの刃を出す。
向こうが手を出してこなさそうなので先手を譲られてるとみていいのだろう。
全速力で鏡の俺に向かう……と見せかけて途中で進路を変え、近くにいた鏡ロティアに剣を振り下ろす。
ガキィン!
「……そう簡単にはやらせてくれないか」
鏡の俺に振り下ろした剣を止められる。定番ネタには定番の対策、自分以外を狙ったんだが、残念。
鏡の他三人がこちらに狙いを定めるのが見えたので後ろに跳んで元の位置へ。
「……何今の、速くてよく見えなかったんだけど」
ロティアが呟くが拾っている余裕はない。牽制に刃を飛ばすが同じように飛んできた刃と相殺する。
それに続きヴラーデ、ヨルトス、ロティアの順で魔法を撃つがやはり相殺され、土と水が砂煙と霧と化して視界を奪う。
それに乗じて攻撃が来る……と思って身構えていたが来ない。
しばらくして晴れると、相変わらず鏡写しな俺たちが立って……一人足りない!?
完全に忘れていた【察知】を使って地中を進む気配を見つけ、
「そこだぁ!!」
思い切り剣で刺すと、その近くから鏡ヨルトスが出てくる。【土魔法】で地中に潜っていたのだろう。
剣がかすったのか腕に傷ができている……が、血が出ていない。そこは鏡じゃないのかよ。
直後、向こうから刃と魔法が飛んできたので横に跳んで回避。お返しにこっちも三人で刃と魔法を飛ばす。
その隙に鏡ヨルトスが向こうに戻ろうとしたが、突如地面から現れたヨルトスに背中を刺される。こっちも【土魔法】で地中に潜っていたのは分かっていた。
致命傷を受けた鏡ヨルトスは傷口からピシピシとひびが広がっていくと、鏡が割れる音と共に砕け散った。結構欠片は細かくてグロい絵にはなっていない。
相手が鏡写しなら、一人倒せれば後は早い。
三人ずつで膠着状態にしたところを隙を狙ってヨルトスが鏡ヴラーデと鏡ロティアを倒す。
ロティアが鏡の自分が倒されたときに何か残念がってた気がするが、気のせいだと信じたい。
最後に残った鏡の俺だが、魔法も剣で防ぎ、ヨルトスが【隠蔽】を使って近付いても察知し、と防御に専念しているためになかなか厄介だったが、俺と剣で打ち合っているところにロティアが水を撒いてヨルトスが地面を軟らかくしたために、俺諸共沈んで動きづらくなったところをヴラーデの[火剣]で一突き。
鏡の自分たちに勝利したからかさっきの鏡が光り出し、ドアになった。
「さて行くか……って、どうしたヴラーデ」
地面から脱出し三人に話しかけたところ、ヴラーデが気不味そうな顔をしていた。
「え? いや、その、なんというか……」
「あー大丈夫、大丈夫だから! 私に任せてヨルトスと先に行ってて!」
言葉が出てこないヴラーデと俺の間に割り込んだロティアがぐいぐいと俺をドアの方へ押していく。
珍しくふざける雰囲気がないし任せてと言うならとりあえず任せるか。
中に入るとそこは狭く、箱が一つ置いてあるだけだった。
後ろの二人が何か話しているのが聞こえるが、小声なせいで内容までは聞き取れなかった。
それはともかく、箱の中身は……
「鏡だな」
直径三十センチくらいの円い鏡。持ちづらそうな鏡の裏はデザインがない単色。色的には青銅か?
一緒に入っていた紙には、
『制覇おめでとうございます。
今回の景品は『真実の鏡』です。
お帰りの際は後ろの魔法陣をご利用ください。』
とあり、確かに箱の後ろにはそれっぽい魔法陣がある。
それにしても『真実の鏡』か。魔法道具だろうか。
しばらく待つと女子二人も入ってきた。
「もう大丈夫なのか?」
「え、ええ……その……ごめんね?」
「あーいいっていいって、何か悩み事か心配事でもあったんだろ? 多少待たされるくらい構わねえよ」
「え? いや、そうじゃなくて……」
ん? じゃあなんだ?
「だから言ったでしょ? 気にしてないって」
「そ、そうね……」
ロティアと小声で話すのが聞こえるが、俺が何を気にすると思っていたのだろうか。
気にはなるがあまり突っ込まないでおこう。
「それよりも、その鏡が?」
「あぁ、そうだ。『真実の鏡』っていうらしい」
「何かありそうな名前ね……」
「まあとりあえず戻るか」
四人で乗った魔法陣が光ったと思ったら景色が変わった。転移が発動したのだろう。
なんか【繋がる魂】での転移に似た感覚がした。そういえばルナに他人の前で使っちゃダメと言われて久しいがいつ解禁されるのだろうか。
受付で制覇したことを伝えて制覇アイテムと転移カード、ギルドカードを出すと、
「えぇっ!?」
何故か驚かれた。詳しく聞くと、
「制覇率が低いことはお伝えしましたが、あれは最後の試練が難しいと帰ってくる人が多いからなんです。
更に今まで制覇してきた人もランク6以上がほとんどで……」
やっぱそれか。そこまでが簡単だったもんな。
「それでも罠などが比較的安全なため初心者向けとしてオススメしていましたので最後の試練に辿り着くことができれば問題ないレベルだったのですが……まさか制覇してしまわれるとは」
因みにここの転移カードは使用すると到達地点が記録されるらしく、ランク5以下の人は最後の試練に辿り着いていればポイントが貰えたそうだ。
ランク5以下の制覇者はポイントも割高でその結果、
「皆様、おめでとうございます。ランク6への昇格試験の挑戦権を獲得です。町のギルドでカードを提示し指示に従ってください」
一気に四人ともポイントが貯まったようだ。確か対人試験だっけか。
「制覇アイテムの鑑定結果ですが、【視覚幻覚無効】【視覚偽装無効】レベル2と【可視化】レベル3が確認できました」
なるほど、名前通り『真実を映し出す鏡』ということか。
一個しかないこれを誰が持つかだが、話し合いの結果ポーチにしまっておける俺が持っておくことになった。
ラーサムに戻る頃には空は暗く、ギルドでカードを出すと三日後の朝にここに来るように言われた。
残りの二日間は暇なので、明日は教会に遊びに行き、明後日は四人で町を適当に歩こうということになった。
……あれ、地味にこの町をぶらつくの初めてじゃね?
次回予告
ロティア「今度こそ子供たちと……ふふふ……」
陽太 「ともーじゃん? 恒例の全カットだ」
ロティア「え……てことは……」
陽太 「ああ、ないな」
ロティア「なんですって……」