147. 戦闘狂な魔族と戦いましょう。(前)
「ん~? ……どこだここ? アンタら、何か知んね?」
「……ここは、崖の上の屋敷ですよ」
「崖の上ぇ? ん~……あぁ、変なとこに屋敷建てたとか言ってた変な奴が居たっけ」
赤髪の女魔族を刺激しないよう人為さんが丁寧に返答すると、そいつは時間をかけて自分の記憶を探ってようやく答えを得たようだ。
魔族のセンスじゃなくて個人のセンスだったか、崖の上の屋敷。
「どう思う?」
「まず、隙がないですね。眠そうにしながらも周囲への警戒を怠っていません。陽太君は?」
「同じく。凄く戦い慣れてそうな感じ」
人為さんとの密談の結果、あいつはヤバイという結論が出た。
ヴラーデとかがまだ目を覚ましてないし、ドールマスターと操り人形集団からの連戦は厳しい人もいるだろう。
「で? アンタらは……よく見たら純人じゃねーか、敵意を向けたくなんのはそのせーか。……ん? ってことは、勇者一行!? やべっ、アタシ超ラッキーじゃん!!」
何に興奮したのか、急に覚醒して目を輝かせ始めた。
この魔族は勇者を探していた? となると、戦闘は避けられないか……!
「いえ、人違いですよ」
「えっ?」
人為さん、この大陸にわざわざ来る人なんていませんよ? いくらなんでも無理が――
「ん、そーなのか? そりゃ悪かったな」
通じた!? もしかしてこいつバカか!?
「はい、ですのでここは失礼しても?」
「それはダメだ」
「……何故でしょうか?」
「だってアンタら強そーだし、バトらずに帰れっかよ。よっ、と」
バカはバカでも戦闘バカだった……! 勇者かどうか関係なかったんじゃねえのかこれ。
女魔族がこっちまで跳んできたが、身のこなしも軽そうだな。
「アタシはデュルツェ。ちょいと一戦、やらせてくれや」
「「お断りします」」
「あっれぇ!?」
やる気満々のところ悪いが、どうして戦闘狂に付き合わなきゃならんのだ。
断ったら帰ってくんねえかな、と思って人為さんと一緒に断ってみたが意外と効果覿面っぽいか?
「ここは乗ってくれる流れだろ!?」
「僕たちも急いでますので……」
「そんなことゆーなよ~! ちょっとだけ! ちょっとだけでいーからさ~!」
……しつこいな。このままだと子供のように駄々をこね始めない、実際の年齢は知らんが少なくとも見た目は子供じゃないのに。
「勇者がいつか魔王サマんとこに来ると思ってたけど、それまで退屈なんだよ~!」
「魔族の方々とは戦わないのですか?」
「魔王サマは戦ってくれねーし、他のつえー奴とは何度もやってるから飽きた」
「……それで勇者ですか」
「おう! 魔王サマに挑みに来る奴らだからな、きっとつえーんだろーな!」
うん、やっぱり勇者かどうかじゃなくて強い人と戦いたいだけだ。面倒なことこの上ない。
「だけどいつまで待っても来ねーからさ、こっちから行こーと思ったんだけど……気付いたらここにいて、目の前にはご馳走がある。こんなの、ガマンできねーだろ!?」
「もっと我慢した方が美味しくなるかもしれませんよ?」
「知らん、アタシは今やりたいんだ! いーからやらせろ!!」
うん、これはダメだ、何を言っても納得してくれそうにない。
「どうしましょうかね……」
「無視しても絶対付きまとってくるよな……」
今からドールマスターに操られてた人を帰さないといけないので、こいつには是非とも帰っていただきたいところである。
「仕方ありません、僕が出ましょう」
「おっ、よーやくやる気になってくれたか!」
「……良いのか?」
「その代わり、他の方には手を出さないでくださいね?」
なるほど。一対一にして被害を最小限にし、こいつにも満足して帰ってもらうわけか。
それに、人為さんには自分へのダメージを相手に返すユニークスキル【的確な反撃】がある。百パー余裕で勝つはずだ。
「おう、アタシはつえー奴とやれりゃ満足だからな。ただ……」
「ただ?」
「やるのはアンタじゃねえ。黒いの、アンタだ」
「……はぁ!?」
か、完全に気を抜いてたから反応が遅れた。
俺じゃなくても良いだろうよ……!
「理由をお伺いしても?」
「アンタは……んー、殴れそーにねーっつーか、殴っちゃいけねー感じがすんだよな。カンだけど」
「勘、ですか」
「そーそー。いくら強くてもそんな奴とじゃアタシの欲は満たせねーよ」
こいつ、勘で人為さんのユニークスキルを見抜いたのか……!?
漫画やアニメだととんでもなく強いパターンじゃん、そんな奴となんか絶対やりたくない。やらなきゃいけないなら別だが、今はそうじゃないはずだ。
頼む人為さん、どうにか回避してくれ……!
「陽太君、行けますか?」
「……逝けそうです」
「やった!!」
気分がな。
まあ、逆の立場だったら俺も多分諦めてたから文句は言えないのだが。
というか他の人も助けてくれて良いのよ? ……と周りを見てみたら小夜がヨルトスに押さえつけられていた。ヨルトスの野郎裏切りやがった、後で覚えてろよ。
あと見守るならともかく善一とか何故か隠れてるし。
「では、陽太君とデュルツェさんには外に出てもらって、僕たちはこの屋敷の中から観戦しましょう」
そしてちゃっかり追い出された。
いやまあ崩壊の危険がある以上屋敷の中は嫌だけども。
そういえばこの屋敷の主はどうしたんだ。目覚めない魔族の山に埋まってるのか?
「んじゃ改めて。アタシはデュルツェ、アンタは?」
「……陽太」
「ヨータだな! お互い楽しんでいこーぜ!」
「……」
楽しむ気などないので、返事はせずにいつもの魔導剣から刃を出す。
「うぉっ、なんだその剣! かっけー!」
あれだな、子供用のおもちゃの変身ベルトとか見せた時の興奮のしかただ。
剣といえば……
「そういえば、そっちの武器は?」
「ん? いらねーよ、普段から使ってねーからな」
チッ、ドールマスターに操られるついでに武器を失くして戦力ダウンとか期待してたのに。
戦闘バカなうえに拳で語るタイプかよ。
「んなこたいーから始めよーぜ。ほら、来な」
「お言葉に甘えて。ふっ!」
構えるデュルツェに様子見で斬撃を飛ばす。
「何だそれ!? おら!」
「は!?」
驚いたようではあったが、あいつ生身の拳で防ぎやがったぞ!
「いーなそれ! アタシもやる!」
「いやあんた剣持ってねえだろ!」
「せいっ!」
「マジ!?」
思わずツッコんでしまったが、直後本当に拳が飛んできたので頭を傾けて避ける。
拳っていうか、魔力の塊だこれ。拳で魔力飛ばしてやがる。しかも相当な密度だったぞ。
「うおー、できたできた。なんとかなるもんだな」
「魔族ってのは拳を飛ばせる種族だったのか……?」
「いや、そんなん見たことねーぞ? 他のヤツは普通に魔法使うし」
ねえのかよ。じゃあ本当に斬撃飛ばすのを見ただけで実行したのか。
戦闘センスが突出してるパターンじゃねえか、そんなのが相手とかマジ勘弁なんだけど。
「んー、でも遠くから当てるだけじゃつまんねーな、こりゃなしだ。やっぱり直接殴らねーと!」
勝手に始めといて勝手に終わらせたデュルツェが、何も考えてなさそうに真っ直ぐ突進してくる。
あんなタイプと拳を交えたくなどないので、【空間魔法】で空間を固定し壁を用意してやる。
「ジャマだ!!」
見えない壁に気付かない相手ではなく、拳をぶつけるとたった一撃で壁が消滅してしまう。
本来は防いだところを自分で消そうと思ってたので驚いたが、壁を消すのがデュルツェに変わっただけ。予定通り剣を連続で振り魔力の刃を多く飛ばす。
「その程度じゃアタシは止めらんねーぜ!」
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとは言うが、下手な鉄砲ではなくそれなりな精度の刃ですらデュルツェには一つも当たらない。
というかこいつ、ただ避けるだけじゃなくてしっかり前進してきている。
チッ、流石に想定外だ。一回受け止めるしかないな。
「簡単にくたばんじゃねーぞ! おらぁ!!」
それが拳を向ける相手への言葉か、とは思うが口には出さず剣で受け止める。
拳は予想以上に重く受け止めきれそうにないので、その力を利用して自分から後ろに跳ぶ。
着地は地面ではなく、途中で固定した空間。足を着いてデュルツェの方へ跳び直す。
「うぉっ!?」
デュルツェの目には俺が空中で突然方向転換したように見えただろう。
驚いている隙にデュルツェの元に戻り剣を振り下ろすが、意外と早く我に返られて拳で防がれる。
拮抗した力は周りに衝撃波を散らし、それに乗ってデュルツェから距離を取る。
……一対一だと仲間頼りの転移が使えなくて面倒だな。
「うっは~、驚いた。アタシと似たことするヤツ他にもいんだな」
「……何?」
「じゃ、アタシも使っていーよな!」
何が似てるって……?
その答えは、次のデュルツェの行動で明らかになった。
今度は突進ではなく飛びかかってきたデュルツェ、その予測着地点から俺がずれた時……
「ほっ」
唐突に左手を出してパーからグーの形にしたかと思うと、そこを起点に俺の方に曲がってきた。
「はぁ!?」
ちょっと待て、空中で曲がりやがったぞ!
偶然かと思い再度避ければ、デュルツェも再度空中で軌道調整。明らかに何かしている。
俺とは違って固定した空間を足場にしてるわけじゃなさそうだし、そもそも魔法を使ってる様子がない。
「じゃあ、これはどう避ける……!」
軌道調整の際に再度浮いてるので、異様に滞空時間が長くなっているデュルツェに魔力の刃を飛ばす。
さっきみたいに拳で相殺されたらそこに追撃、同じように避けるなら今度こそ種を見抜く……!
「またそれか、しつこい!」
しかしデュルツェはそのどちらも選ばなかった。
あいつは飛んできた刃を右手で掴むと、勢いを殺さず受け流すように上に放り投げた。その刃は何に当たることもなく、ただ空の彼方へ……
あれ、魔力って掴めるものだっけ……?
「ぼーっとしてんじゃ……」
「しま――」
「ねえっ!!」
完全に予想外の現象に呆然としていた俺の左側から強烈な蹴りがクリーンヒット。
蹴り飛ばされて崖から落ちる軌道を【空間魔法】で防ぐ。固定した空間は硬いので衝撃が更なるダメージを与えてくれたが、落ちるよりはマシだ。転移したところで吹っ飛んでる状態には変わらないから屋敷の壁とかにぶつかっただろうし。
「がふっ……完全に油断したけど、これで骨も折れてないのはメトーニ姫に感謝だな……」
「ん~? 思ってたより頑丈だなアンタ」
というかあの人に色々されてなかったら良くて重傷、最悪死んでたかもしれない。そう思うとゾッとするものがあるな。
さっきは突然の展開に頭が追い付かなかったが、落ち着くとあのトンデモ現象を起こせるものに心当たりがあるのが分かる。むしろそれしかない。
「デュルツェ……、あんた、ユニークスキル持ちだな?」
「あん? 何だそれ?」
違うんかい! ちょっとカッコつけた俺がバカみたいじゃん!
……いや違う。こいつのことだ、そうと知らないだけかもしれない。
「形ないものを掴むことができる、そう思って良いんだな?」
言い換えて尋ね直すと、にぃっと、デュルツェが笑みを浮かべた。
次回予告
ハルカ「掴む能力ね……。一見地味だけど、かなり厄介なパターンと見たわ」
小夜 「そうなんですか?」
ハルカ「いやいや見てたでしょ、遠距離攻撃無効よ? それだけで十分厄介じゃない」
小夜 「うっ、確かに……」
ハルカ「それに……、何かそれだけじゃない気がするのよね~……」




