132. まだ明らかになっていないことがありましたよね。
「う……ん?」
あー、えーと……あ、そうだ、魔力使い切ってぶっ倒れたんだっけ。
ロフダムを無事倒せたのは覚えてるから、あの後にここに運ばれたんだろう。
まだ少しだるいが、上半身を起こして周囲の確認。
「……目が覚めたか」
「ヨルトス……ここは?」
「……泊まる予定の男子部屋の一つだ」
見慣れない部屋だとは思ったが、そういえば案内される前だったっけ。
男子部屋という割に他のメンツ見かけないけど。他にも部屋あったり?
「皆は?」
「……今はヴラーデのとこだろう、交互に回っている」
「服が変わってるのは?」
「……地面に倒れていたからな、ニルルが【聖魔法】で綺麗にするついでだ」
「一応聞いとくが、誰が着替えさせた?」
「……」
「何故黙る」
「……お前の名誉の為に黙っておこう」
「それ名誉を損なう事態になったってことだよな!?」
そう、目覚めたらパジャマ姿だった。まさか気を失っている俺を風呂に連行とかはしないだろう、流石に……多分。
というか【聖魔法】便利だな、風呂要らずなのか。まあ温まりたいとかもあるから風呂には変わらず入るけど。
「ヨルトス~、ヴラーデが起きたわよ~……ってヨータも起きたみたいね」
ノックもなしにロティアが入ってきてヴラーデの目覚めを知らせる。
ヴラーデの第三の、っていい加減名称考えるか……精霊力ゲージも少し回復している。
ネーミングセンスがどうのこうの言う奴は代案寄越せ。
「調子はどうかしら?」
「特に問題ないな。ただの魔力切れだったわけだし」
「そう。じゃあちょっとヴラーデのとこまで一緒に来てくれる?」
「良いけど、何で?」
「もう隠すこともないし、今のうちに話せること話そうと思って」
「そうか、分かった」
ロティアに連れられて女子部屋へ、そこにはヴラーデ以外に小夜たちや人為さんたち、フェツニさんたちの姿もあった。
四人用の部屋らしいが、ホテルか何かかのように生活スペースもあるため十人以上が集まってもまだ余裕がある。
「あ、陽太さん。目が、覚めたん、ですね」
「ああ、すまないな。ヴラーデも無事に目が覚めたようで良かった」
「ううん、こっちこそごめんね、ロフダムを倒せなくて。……あの後どうなったのかは聞いたわ。ありがと、ヨータ」
「お、おう……そ、それでロティア、話って?」
「分かりやすい誤魔化しね~」
顔が熱くなってきたので話を逸らしたんだがニヤつかれてしまった。
「まあ今は乗ってあげるわ。私が話すのは、私たちの小さい頃の話よ。ヴラーデが精霊のハーフだって知った日と、その少し後に起きた事件の話」
「事件?」
「そ、事件。あなたは気付いてないかもだけど」
ヴラーデにも分かってないということは精霊絡みなんだろうか。
「そもそも私たちだって最初からあなたについて詳しく知ってたわけじゃないのよ。……そうね、あれは私が五歳の時だったわ」
「あ、回想入らないんだ」
「ハルカ、静かにしましょうか」
「は~い」
確かに入りそうな雰囲気だったけどもツッコまないでやれよ。
「その頃にはもう私たちって普段から一緒に遊ぶ仲だったじゃない?」
「そうね。ずっと一緒に育ってきた仲なわけだし」
「お母様たちからすれば、最初から精霊について知ってるよりも、仲良くなってから教えた方がヴラーデを想って行動できると思ったんでしょうね。実際その通りになったもの」
まあ確かに知ってからだと怯えるか下心が生まれるかして、純粋には仲良くなれないかもしれないとは思う。
「私もヨルトスも、ヴラーデを守るためなんて言われたら勉強や修行の苦痛も吹っ飛ぶほどチョロかったのよ」
「あの頃のロティアも可愛かったんですよ? 張り切って『ヴラーデはわたしがまもるの!』なんて言った時の愛らしさといったら……」
「お母様っ!!」
う~ん、ロティアの神出鬼没ぶりも母親譲りだったか。いつの間に現れたんだシーラさん。
「な、なんか恥ずかしいわね……あれ? でも、修行なんていつやってたのよ?」
「あなたがエラウや他の子と遊んでた時はほとんどよ」
「ウソ、全然気付かなかった」
「まあ、汚れたり怪我したりするようなことはあまりやってなかったもの」
「ただ守り通すのではなく、横で支えて一緒に成長してほしかったですからね。勉学に重きを置いていましたよ」
「お母様? 邪魔しないでくれる?」
「うぅ、娘が冷たいです……これが反抗期?」
「はいはい、嘘泣きはやめて戻った戻った」
こうしてシーラさんはロティアによって部屋から押し出された。
「今更なんだが、この家業だか組織だかの名前って何なの?」
「ヨータ、今それ聞く? 名が広まらないように決まった名称はないわ。お母様たちより上の存在についても知らないし、正直私もまだ知らないことばかりなのよね」
シーラさんが出てきたことでちょっと気になってしまったので聞いてみたが、どうやらロティアですら末端扱いらしい。
正式名称がないのに一部では名が知れてるとはこれ如何に。
「よくそれでイキュイさんに契約書渡したな」
「それくらいの権限は持ってるわよ。あんまりやり過ぎると消されるけど」
「何それ怖い」
優先券みたいなものらしいから多くの人に渡しちゃいけないのは分かるけども。
「話を戻すわね。それで修行を始めて数ヶ月くらいだったかしら。微笑みがトレードマークの商人が来たの覚えてる?」
「え? ん~……ああ! あのいつもニコニコしてた茶髪の商人さん?」
「そうよ。今思うと私たちに対して名乗らない時点で怪しかったわよね。お母様たちにはちゃんと紹介してるって嘘を簡単に信じちゃって」
「えぇっ!? あれ嘘だったの!? じゃあ、いつの間にか居なくなってたのって次のとこに行ったんじゃなくて……」
「お~い、いつの間にか二人の世界に入ってるぞ」
今のだけである程度予想はできるが、もうちょっと詳細に話してくれ。
「ああ、ごめん。ええと、ここも村ではあるから時々商人がやってきて物々交換したりとかしていくのよ。その商人もそれでやってきたの」
「優しいお兄さんだったわよね~。あの商人さんがどうかしたの?」
「やっぱり気付いてないのね……あなた、誘拐されかけてたのよ」
「へぇ~……え!?」
一度スルーしかけるとか、これまたベタな驚き方だこと。
「商人がやってきて数日、すっかり村に馴染んだ頃、あなたが商人と二人きりになったの覚えてる?」
「ええ、お菓子くれそうなところでシーラさんがやってきて連れてって、それを最後に見なくなったわね」
「あのお菓子、睡眠薬入り。あと少し遅かったら奴隷にでもされてたんじゃないかしら」
「え? ロティアたちだって普段から一緒にお菓子もらってたじゃない」
「餌付けだったんでしょうね。他にも施しを与えたり安値で取引したり……それでも、子供一人捕まえて売り払えば安いものよ」
「そんな、あの商人さんが……」
実際会ってない俺たちにはその商人がどんな人物か完全に把握することはできないが、ヴラーデの愕然とした表情から人を騙すことに長けてるのが良く分かる。
「気持ちは分かるわ、私たちだって最初は信じられなかったもの。でも、事実なの。ゆっくり飲み込んでちょうだい」
「え、ええ……」
「そしてそれを知った私とヨルトスはあなたを失いたくないって二人で勝手に誓ったのよ。あなたが将来幸せになるまで隣に居続けよう、ってね」
「じゃあ、あの時言ってた『誓い』って……」
「そうよヨータ。別に誓約でもなんでもない、ただの自己満足。がっかりした?」
「そんなことない!」
「ヴ、ヴラーデ?」
今までは大人しく受け答えしていたヴラーデが急に言葉を強く発したからかロティアも戸惑っている。
正直俺も何か言ってやりたいとこだったが、幼馴染同士に任せた方が良さそうだ。
「ロティア、ヨルトス、ごめんね! 私、何も知らなかった!」
「謝る必要はないわ。何もかも隠してたのはこっちなんだから」
「それでも! 十年以上もあんたたちに抱えさせて、精霊の力が暴走しないよう見ててくれて……それなのに、私、私……!」
「もう、あなたがそんな顔してどうするのよ。笑ってちょうだい? あなたの幸せは、私たちの幸せでもあるのだから」
「……うん。ありがとう、二人共」
十年以上の時を経てようやく全てを曝け出し合えた三人が体を寄せ合う。
「うぅ、こういうの弱いのよ……」
「くぅ……」
ハルカやフェツニさんも涙を流し、俺たちも三人を見守っていたが、落ち着いてきたところでロティアが話を再開する。
「ごめんね? 途中からこっちの世界に入っちゃって」
「いや、全然構わないさ」
「そうですね。ですが、僕たちも呼んだのはこれだけではないからでしょう?」
そういえば、確かに『誓い』という単語が出た時人為さんたちはいなかったし、この話をする必要があったかというと少し疑問には思ってた。
「流石勇者、その通りよ。と言っても、あの事件があってから私は他人を完全には信用しない、どこかで疑心を持ち続けるって決めた、ってだけなんだけどね」
「やけに人為さんに噛み付くと思ったら、そういうことだったのか」
「雰囲気も似てるんだもの。こんな笑顔を貼り付けたような人こそ何を考えてるのか分からないってね」
「まだ人為様のこと疑ってたの? いい加減にして……とはさっきの話の後じゃ言えないわ。今だけ許したげる」
「ヴラーデさんを想ってのことですし、僕は構いませんよ」
かくして、ロティアの人為さんへの疑念は本人公認となった。本人公認の疑念とは一体。
「はい、それじゃ解散! ほら、ヴラーデを早く寝かせてあげたいし散った散った!」
「え、切り替え早くない?」
戸惑いながらも人為さんたちとフェツニさんが部屋を出る。
因みにこの女子部屋はヴラーデ、ロティア、小夜、カルーカの四人で使うらしい。
「ヨータも、魔力切れしたばかりなんだしちゃんと休んで――」
「誓いが、どうなるって?」
「……はぁ、覚えてたのね」
どことなく焦っているように見えたところに一言尋ねるとロティアが溜め息を吐く。
シクエスに来るかで揉めた時、こいつは『誓いはどうするの!』と言った。
つまり、その誓いを果たせなくなる事態になりかねない、ということ。
「ヴラーデの側に居たのは私たちの要望でもあり、任務でもあったの。ヴラーデの精霊の力を『覚醒』させてはいけないっていうね」
「ロティア、まさか……!」
「残念だけどヴラーデ、そうじゃないの。任務が終わったからじゃないの」
ロティアが全てを悟って諦めたような微笑をこちらに向ける。
「ヴラーデが『覚醒』した時、ラーサムを守ってくれたあなたならもう分かったんじゃない?」
「……お前に責任はねえだろ」
「責任?」
「あの時、ヨータが咄嗟に【空間魔法】を使ってなかったら……今頃、ラーサムという町は灰と化していたでしょうね」
「なっ!?」
愕然とするヴラーデだが、俺もその通りだと思う。
全力で魔力を込め衝撃の逃げ口も作ったおかげで防ぎきれたから良いものの、あの時の火力は町を吹き飛ばしてもおかしくはないほどのものだった。
「一歩間違えれば町が一つなくなってたのよ? 本当ならあなたも捕まったっておかしくないの。だけど一度目は見逃すように手が回ってたみたいね」
「だったらロティアたちだって見逃してくれたって良いじゃない!」
「いいえ、私たちは違うの。任務を失敗して町が滅びかけたなんて、お咎めなしで済むと思う?」
「それが済んでしまうんですよ」
『えっ?』
雰囲気をぶち壊す入り方をされ、全員の視線がその犯人に向く。
「優しい方ですね、あのギルドマスターさん。『これからも三人が望む限り一緒に居られるように』ですって」
「……ほ、本当に? 私たち、これからもヴラーデと一緒に居て良いの?」
「はい。正式にその依頼を受理しました。当然罪を犯すのであればその限りではありませんが」
「……これだから私利私欲のない奴は……あぁ……良かった……」
目が潤んできたロティアを、今度はヴラーデが優しく抱きとめる。
「もう、私、あなたに会えなくなるんじゃないかって……! それで、それで……!」
「ふふ、私も嬉しいわ。これからもよろしくね? ロティア、ヨルトス」
「う、うぁ、あああぁぁぁぁん!」
「お前は行かなくて良いのか、ヨルトスってうぉ!?」
さっきと違って二人のとこに行かないと思ったら、こいついつも口までしか隠してないマフラーで顔全部覆ってやがる!
「……ほっといてやるか」
「そうですね、陽太さん」
「あぁ、ロティアの本気の嬉し泣き……! メモ帳を持ってくれば良かったですね、写生できないのが残念です……!」
シーラさん、そういうのは口に出さず思うだけにしといてくれ。台無しだから。
次回予告
陽太 「これで万事オッケーか」
ロティア「そうとも限らないわ」
陽太 「……まだ何かあったっけ?」
ロティア「あのお母様のことですもの、無事に明日を迎えられるのか心配でならないわ」
陽太 「あ~、うん……頑張れ」




