125. 明晰夢を見てみたいです。
何もないはずの空間を進むこと数分、俺たちの前に現れたのは一枚のドア。
「この向こうに赤いおねえちゃんがいるの?」
「ああ、どうやらそうらしい」
裏に回れることから何かの部屋があるわけではなさそうだが、こんな空間でまともな物理法則が適用されるとは限らない。
きっと、かの有名などこにでも行けるドアのようにヴラーデの元へ導いてくれるはずだ。
「じゃあ、行くぞ……」
どのような場所に繋がるのか……
ドアをゆっくりと開けると、隙間から白い光が零れてきて目を瞑る。
「眩しっ!」
「うきゃっ!」
「ここは……?」
目が慣れてくると、どうやら何かの建物の中であることが分かった。
カウンターや依頼板があることからギルドだろうか、俺は適当な壁の近くに突っ立っている形になっていた。
そのギルド内の配置は見覚えがある、というか完全にラーサムのものである。
「あれ、ドアがない……?」
後ろには壁。俺たちが通ってきたドアがあった形跡などまるでない。
「で、お前は一体どうしたんだ」
「う~、とべない……」
そしてキュエレは床に倒れていた。さっきの声は眩しかったんじゃなくて落ちたのか。
「大丈夫? 立てるか?」
「な、なんとか……」
「良かった……もし、普段浮いてるから立てない歩けない、なんて言われてたら置いてくとこだった」
「練習してて良かった!」
練習してたのか。……いやまあ普段暇だろうけども。
冗談はさて置き、今の茶番に対してギルドの中にいる人は誰もこっちを見なかった。冒険者も職員もだ。
それどころか俺たちの会話が聞こえた素振りすらなく、試しに壁を叩いてみても音が鳴らなかった。そういえばキュエレが落ちた時もそれらしい音はしてなかったな。
ラーサムに飛ばされた、という簡単な話ではなさそうだな。
「しかし何か叩いても音が出ないのって気持ち悪いな……」
「すり抜けてるんじゃなくて?」
「いや、ちゃんと叩いてる感触はある」
「ホントだ、よく分かんないけど面白いね!」
「……面白いか? まあ良いや、次は誰かに触ってみるか」
ヴラーデの元まで辿り着いて実は全く干渉できませんでした、なんてのも嫌だからな。
あらかじめ知っておいて損はないだろう。
「では失礼して……硬っ!?」
「かたい?」
「ああ。何と言うか……う~ん、よく分からん。実際にやってみた方が早いと思う」
「じゃあわたしも……ホントだ、かった~い!」
服や肌が手に合わせて多少なりとも凹むはずが、全くその様子がない。
続けてキュエレが背の高い男性の肩に掴まってぶら下がるが、男性は気付くどころか後ろに重心も持ってかれてない。
嫌な予感がして、俺は歩いている人を正面から受け止めてみたが……
「ダメだ、全く歯が立たない……」
抵抗など無視されたかのように押されてしまい、すぐに諦めて横に逃げる。
他にも試してみたところ、物を動かしたり持ち上げたりすらできなかったが、紙を多少ひらひらさせる程度のことはできた。
「まとめると、認識されない物凄く非力な存在、ってところか」
というか認識される行動が制限されるって感じだな。
触られたり物が勝手に動いたら気付かれるだろうが、紙が揺れるくらいなら風だと思われるとか。
どっちにしろ、かなり面倒な状況であることに変わりはない。
「ん? 今日はまだあいつら来てねえのか」
「そうみたい、ですね。少し、待って、みましょう」
検証も終わったところでこの後どうしようか、と考えていたところに、聞き覚えのある……むしろ聞き覚えしかない声が聞こえてきた。
「……そう来たか」
「おにいちゃんが、二人……!?」
現れたのは、小夜とカルーカ、そして俺だった。
「こっちにいるのもおにいちゃんで、あっちにいるのもおにいちゃん……? 何がどうなってるの~!?」
「落ち着け、多分この世界の俺たちだ」
「ほへ?」
俺の方はともかく、あの小夜やカルーカとは魂の繋がりを感じなかった。
偽物とその存在を否定するのも簡単だが、ここはキュエレに言った通りこの世界の俺たちと考える方が妥当だろう。その手の作品も少なくないし。
「ま、正体がどうであれ俺たちに気付いてる様子はないし、放っといても構わないだろ」
「う~、でもやっぱり変な感じ~……」
「……俺もだよ」
どうしてこんなところで自分自身を見せられなきゃいけないんだっつーの。
それよりも『今』はいつなんだ? 少なくとも小夜やカルーカと出会った後なのは分かるが……
「おっはよ~♪」
「おう、いきなりどうしたお前」
「えーと、何か、良いことでも?」
「ないけど」
「ねえのかよ」
あの俺がカルーカを撫でているとロティアが謎のハイテンションで入ってきた。
隣にいるヨルトス含めやはりこの世界の住人のようだ。
「突然どうしたのよ……」
「ま、まあ、ロティアらしいとは思うけどね」
ロティアたちに続いて入ってきた二人は……
「……は?」
「どうしたの、おにいちゃん?」
「……ありえない」
どうなってんだ、だって小夜と出会う頃にはもう……
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いや、俺たちもさっき来たとこだ」
「おはよう、ございます。ヴラーデさん、エラウさん」
「う、うん、おはようございます、ヨータ、サヤ」
どうして、エラウがここにいるんだ……!
「ん? あの緑のおにいちゃん誰?」
「あれはエラウ……小夜と出会う前に死んだ人間だ、って言えばお前にも分かるか?」
「銃のおねえちゃんより? じゃあ一緒にいるのって変じゃない?」
「ああ、だからありえないはずなんだ……!」
となると、ここは過去でも未来でもない、平行世界かもっと別の世界?
「おにいちゃん、赤いおねえちゃんはどうなの?」
「へ? ……ああ」
そっか。エラウの衝撃が強すぎてヴラーデのことを忘れていた。
まあ、こっちの俺たちと話してるし、この世界の……
「……あれ、俺たちのところのヴラーデだ」
「ホント!? じゃあ早速――」
「待て。もし本当にそうならどうして周りと会話できているんだ。この世界に居たはずのヴラーデはどこに行った?」
「あ……」
嫌な予感がし、ヴラーデの前で手を振ってみるも反応はなし。
「やっぱ無理か。というか俺たちはこの世界からヴラーデを取り戻せば良いのか?」
「ん~、そうなるの、かな?」
合ってるかは分からないが、最終目的ができたのは良いことだ。
……そのためにどうすれば良いのかは、まるで分からないんだけどな。
こっちの世界のヴラーデでも捜すか?
一方、俺たちを無視してこっちの俺たちの会話も進んでいた。
「今日はどうしたんだ?」
「いつもなら、私たちが、着く頃には、四人で、待っていましたけど……」
「ヴラーデが変な夢見てたみたいで、大変だったのよ?」
「ちょっ、もう良いでしょその話は!」
「「夢?」」
……俺同士でハモってどうする。向こうには聞こえてないんだろうけど。
「そ。この町が襲われたことになってて、ヨータが死にそうになってたとこで目が覚めたんだって」
「……なんで俺?」
「さあ? それで一番大変だったのがエラウを見た時よ。『死んだはずじゃ……』なんて言い出して」
「お、落ち着かせたら今度は……ね」
「涙ボロッボロ流しちゃって、一体どんな夢見てたんだか」
「ロティア!!」
「いひゃいひゃい」
「せ、折角濁したのに……」
「……うん、とりあえず大変だったのは分かった」
ヴラーデが顔を赤くしてロティアの頬を引っ張っているが、その中に気になるものがあった。
「夢……か」
「どしたの?」
「この世界がどういう世界か、もう一つ仮説が生まれてな」
「仮説?」
「ヴラーデが見せられている夢ってことだ」
「……うん?」
それなら小夜たちと契約状態にないのも、エラウがいるのも、ヴラーデ本人が紛れ込んでいるのも、この世界のヴラーデが存在しないのも同時に理由が付く。
俺たちが周りに干渉できないのは外部から入り込んだイレギュラーだから、と考えるのが妥当だろうか。
「つまり、今のヴラーデは胡蝶の夢の状態にあるわけだ」
「……何それ?」
「……」
……無駄にカッコつけるもんじゃないですね、はい。
ハルカあたりなら分かってくれると思うんだが。
「現実と夢の区別がつかないことを指す言葉だ。現に今、ヴラーデはロフダムによる襲撃を夢と思い込み、この夢の世界を現実だと思い込んでるだろ?」
「おぉ~?」
「……うん、もういいや。とりあえず、どうにかしてヴラーデの目を覚まさせた方が良いだろうってことだな」
「それなら分かるけど……どうやって?」
「そこなんだよなぁ……」
干渉できない気付いてもらえないでは目を覚まさせるどころではないが、どうにかできる手段は今のところ何も思い付かない。
ラノベとかだとどうやってたっけかな……
「とりあえず様子を見てみて、何かできないか考えてみよう」
気が付けば七人で何かの依頼を受けようとしているところだった。
横から覗き込んだところ普通の魔物討伐だな。
ロティアが受付を済ませ、そのまま七人でギルドを出ようとしているところで、キュエレがこんなことを言いだした。
「ねえおにいちゃん、ドアが閉まっちゃったらまずくない?」
「へ? 何言って……あ!」
ドア開けられねえじゃん!
っつーかここの入口ってドアだったっけ、西部劇でよく見る奴じゃなかったっけ!?
「間に合ええええぇぇぇぇぇ!!」
キュエレの手を引くのも忘れてダッシュで駆け込もうとするも、最後尾のエラウによって閉じられてしまう。
案の定ドアは押しても引いても全く動かない。というか内開きだから引く以外に開かないのは当然だが。
「くそ、完全に油断した……仕方ない、次に誰か開けるのを待って――」
突然ですがここで問題です。
俺の目の前に内開きのドアがあります。俺たちはこの世界の物体にほぼ干渉できず、押し負けてしまいます。
その状態でドアが開けられたら俺は一体どうなってしまうでしょうか?
「あはははっ! おにいちゃんペッラペラ~!!」
……などと現実逃避しているうちにドアは閉められ、続いてキュエレの爆笑が聞こえてきた。
同時に俺は壁から剥がれ、落ちる前にキュエレに頭を抓まれる。
というわけで、正解は『ギャグアニメのように平たくなってしまう』でした……って何、思念体ってそういう感じなの、ねえ? 確かにドアと壁に挟まれるとこうなるのよく見かけるけども。
「うわぁたっのし~♪」
「やめろ、ひらひらと舞わせるんじゃない!」
「あっそうだ! これで外に出ようよ!」
「……は?」
あのキュエレさん? ドアの近くにそっと置いて何を始めるんですかね?
……ドアの近く? まさか!
「しんちょーに、しんちょーに……」
キュエレは俺の頭に手を添え、ゆっくりとドアの下の隙間に通し始めた。
色々と文句は付けたいが、いつ開くか分からないドアを待つよりは確実なので我慢することにする。
「本当に出れた……」
「ふふん、ど~よ」
「ドヤるなドヤるな」
俺を最後まで押し出した後、自ら平たくなったらしいキュエレが手だけを出してきたので元に戻った俺が引っ張ることで、めでたく二人で脱出できたわけだ。
俺が元に戻ったのもキュエレが自分から平たくなったのもイメージによるもの。『変化の遊戯場』での経験がこんなところに活きるとは思わなかったよ。
つまり今の俺たちはイメージ次第でどんな形にもなれるわけだ。ヴラーデの目を覚まさせるために何か活用できないだろうか。
「でもお前は結局飛べないんだな」
「う~ん、飛ぼうとすると周りが変な感じになるの」
「……それはそういうもんだと思うしかなさそうだな」
無理矢理に理由を付けるなら周りの空間に干渉しすぎ、ってところか。まあ、今は細かいところはどうでもいいな。
「よし、とりあえずヴラーデたちを追うぞ」
「おー!」
二人で【繋がる魂】が指し示す位置に向かって走り始めることにした。
次回予告
陽太 「まさか平べったくなることで活路を見出すとは……」
キュエレ「『変化の遊戯場』みたいだね~」
陽太 「ああ嫌な予感する。これは無理矢理形状を変化させられまくるパターンだろ……!」




