120. 相棒が人でない作品は擬人化を見たくなります。
「いらっしゃいませ。本日はどのような――」
「愛してる。結婚してくれ」
「お帰りくださいませコレム様」
「今日もつれないなぁ」
……またこの人ですか。
街中で一目惚れしたと言われてどのくらいの月日が経ったでしょうか。
それ以来暇があればこのように告白してくるのだから堪ったものではありません。
一応情報は集めてみましたが、急成長中で将来有望株の普通の冒険者です。
……そう、普通の。私のような存在とは本来関わってはいけない存在です。
それなのにこの人は……ああ、やはりお買い物も誰かに頼んだ方が良かったのでしょうか、などと思ってももう遅いのですよね。
「はいはい。ここはあなたのような人が来て良い場所ではございませんので、早急にお帰りになられた方が身のためですよ」
「……ところが今日はそういうわけにもいかないんだ」
「と仰いますと?」
「ハールク! 入ってきてくれ!」
その声に入ってきたのは一人の青年。コレム様も気の良さそうな方ですが、もっと……というか、はっきり言って女々しそうな方ですね。
それでも名前には聞き覚えがあります。コレム様と同様に急成長中の魔法使いで、純人にしては珍しく様々な魔法をお使いになるようですね。
「ハールクです。シーラさんですよね、お話はいつもコレムから聞いてます」
「……コレム様、あまり他人に私のことを吹聴してほしくないのですが?」
「他人じゃないさ、親友であり仲間だよ」
「そういう問題ではございません。ここが表立った組織でないことくらいはご存知ですよね?」
「僕と君の仲じゃないか」
「そのような仲になった覚えはございません」
「これは手厳しい」
……便利屋か何かと勘違いされてませんよね? ここは冒険者ギルドや兵士など真っ当な方法では対処できない案件を請け負うところなのですが。
「コレム。表立った組織じゃないってどういうこと?」
「あっ。ま、待て! 落ち着け!」
「大丈夫、頭だけは出しておいてあげるから」
しかも伝えていなかったのですか。
ハールク様が詠唱もなしに【氷魔法】を使うと、コレム様の首から下が氷に覆われました。
見ているだけで寒くなりそうですが、冷気がこちらには来ませんね。それほど制御に長けているのでしょう。
「冷たい……寒い……」
「コレムがすみません」
「いえ、多少うんざりしていたのでスッキリしました。それでご用件の方は?」
「……いいんですか?」
「はい。コレム様も馬鹿ではないでしょうから、ギルド等に任せられないことなのでしょう」
「ありがとうございます。それで用件ですが……僕は一匹の猫と暮らしているのですが、今朝起きたら人間になっていたんです」
「……はい?」
猫が人間に? 普通ならばあり得ませんが……
真っ先に思い浮かぶのは勇者様。お持ちのユニークスキルが変身なので、他に似たようなスキルがあっても不思議ではありませんね。
その勇者様はちょうどシサール王国の王都で行事に参加している最中なので可能性は薄いでしょう。
「それは確かに軽々しく相談できることではないですね。かしこまりました、実際に確認しにまいりましょう」
「ありがとうございます」
場合によっては然るべき場所に預けることになりますが……まだ言うことではないですね。
このお二人もかなりの強者ですが、念の為もう一人連れていきましょう。
「レギルト、あなたも一緒にお願いします」
「……」
一瞬だけ姿を認識できた彼は頷き、また私には認識できなくなりました。流石『隠密』ですね。
「「怖っ!」」
「あ、初めてでしたね。今のはレギルト、今回彼にもついて来てもらいます」
異様に強面なので初対面の相手は必ず驚くんですよね。
「何か居るとは思ってたけど……凄いね、そこに居るって分かってても居ないって思い込まされてしまうよ」
「そうだね……ところでそろそろ出してくれないかい?」
「ダメ」
「そろそろ手足が麻痺――」
「ダメ」
お二人はかろうじてその気配を感じ取れるようですね。『窓口』と『交渉』の私には何も感じないのですけど。
「いえ、ここに置いていかれても困りますので出してあげてください」
「……そうでした。つい、いつもの癖で」
……普段の二人の関係性がよく分かりますね。
「ありがとうシーラさん! 結婚してください!!」
「では、ご案内いただけますか?」
「分かりました」
「無視!?」
氷から解放されたコレム様ですが、体を冷やされたことで歩くのがやっとのようですね。
普通なら立つどころか全身凍傷だらけで動けなくなるでしょうから十分だと思います。
ハールク様が滞在する宿に向かう途中。一人の少女……いえ、女性がこちらに走り寄ってきました。
「レギルトさん、こんにちは!」
「……」
「相変わらず照れ屋さんだね!」
一見何もない方へ挨拶したように見えましたが、レギルトが姿を現しました。
照れ屋……なのでしょうか?
「シーラさんもこんにちは!」
「こんにちは、ツォージュ様」
「えっと、この子は?」
どうやらハールク様はツォージュ様とは初対面のようですね。
ツォージュ様はレギルトと会話を……いえ、一方的に話しかけ始めたので私が答えることにします。
「ツォージュ様はこの近くの料理店の一人娘、のはずです」
「その割には最初にレギルトさんに話しかけましたけど……?」
「私にもよく分かりません。あ、あと私と同い年です」
「え!?」
本当に不思議なんですよね。いくら調べても普通の女性なのですが、ことあるごとにレギルトを見つけてしまうのです。
それにあの容姿。どう見ても十代後半の女性ではなく、十歳前後の少女です。
後で聞けばこの時点で既にレギルトは惹かれていたようですね。全く気付きませんでした。
「あのツォージュ様、私たちこれから仕事に向かいますので……」
「そうなの? ……あたしも買い出しの途中だった! じゃあねレギルトさーん!」
ツォージュ様と別れ、改めて私たちはハールク様の宿へと向かいました。
「……確かに見た目は人間ですね」
ハールク様のお部屋では真っ赤な髪に真っ赤なワンピースの女性がソファーで眠っていました。
獣人のように猫の耳や尻尾が生えているわけでもなく、これが猫だったとはにわかには信じがたいですが……魔力の流れが異なるといいますか、まるで魔力そのもののような……魔物、もしくは魔人でしょうか?
「失礼ですが、この方とはどちらで?」
「そういえば『拾ってきた』とは言ってたけど、詳しくは聞いてなかったね」
「あの時コレムとは別の依頼だったからね。覚えてる?」
「ああ、なんか既に盗賊が炭になってたんだっけ」
「そうそう、その犯人が多分この猫」
「……それはギルドに報告しようね?」
全くです。その件については私も伺いましたが『正体不明・痕跡なし』と報告されたそうです。
それがまさか隠蔽されていたとは……いえ、今はそうではないですね。
「だって猫だよ!? あんな愛くるしい生き物を証拠もなしにギルドに提出なんて僕にはできない!」
「猫好きはいいから、続きを話してくれ」
「む~……盗賊がアジトごと燃え尽きてて、その中に火傷一つない赤い猫がいたんだよ。多分売りさばこうとしてたんだろうね」
「まあ、赤い猫なんて見たことないですからね」
人間の髪は色とりどりですが、犬や猫といった生き物は明るい毛色になることはないんだそうです。
とある研究者は魔力が関係しているとみていますが、真相は定かではありません。
「で、可愛いから持って帰ろうとしたんだけど――」
「待って、そこは一匹だけ生きてることを疑問に思おうか」
「気が立ってたのか僕も攻撃されちゃってさ。凄い炎だったよ」
「ほぼ確定だよねそれ?」
「でも一発で倒れちゃったから持って帰ってきたんだ」
「それ盗賊燃やして消耗してただけだよね?」
状況証拠が完全に揃いました。ギルドの方に報告しないといけなくなりましたね。
万一犯人でなかったとしても、どう考えても普通の猫ではないのでどの道ギルドへの報告が必要のはずです。
「分かってる? 軽く法を犯してるよ?」
「可愛い猫に罪はない!」
「あるよ!?」
「大丈夫だよ、あれ以来一回も攻撃してきてないから」
「ここまでの話で十分アウトだよ。僕はそうと知らずに連れ回すのを眺めてたのか……」
コレム様の言葉に首を傾げます。ハールク様が猫を連れているとは聞いたことがありません。
「連れ回していたのですか?」
「魔法で緻密に隠してね。赤くて珍しいからだと思ってたら……はあ」
「好奇心旺盛なのかね、僕が外に出ようとするとついて来ようとするんだ。それがまた可愛くて可愛くて!」
「あーはいはいわかったわかった」
「それが今朝、僕が目を覚ました頃にはこうなってたんです。それをコレムに伝えたら『良いところがある』と言いまして……」
つまり私に会うこともでき親友の相談も解決して一石二鳥でも狙っていたと。
それは置いといて、炎を操る赤い猫という時点でかなり異常事態ですが、更にそれが人の姿をとったんですよね。
……これは私の一存でどうにかなるものではありませんね。
「ん……」
聞き慣れない女性の声。どうやら目が覚めたようですね。
報告を持ち帰る前にこの方にもお話を伺いましょう。言葉が通じてくれれば、ですが。
「……んん? ん? え?」
辺りを見回し、続いて自分の体のあちらこちらを確認し始めました。慣れない体に戸惑っているように見えますね。
「ねえ、私の言葉、届いてる……?」
「……うん、届いてるよ」
「ああ……!」
少しの驚きの後ハールク様が応えると、赤い女性は嬉しそうにハールク様に飛び掛かり、押し倒してしまいました。
「やっと……やっと言葉を交わせる日が来たのね! うふふ、あはははは!」
「僕も……僕も、猫と話せる日が来て嬉しいよ!」
猫ではないと思いますが……本人たちが納得してそうなので指摘はやめておきましょう。
「シーラさん、ここは二人に任せてどこかにデートでも――」
「しませんよ?」
「はい」
隙あらば誘おうとしないでいただきたいですね。
「それで、あなたはどういう存在なのでしょうか?」
ある程度落ち着くのを待ち、床に座るハールク様の後ろから背負われるように覆い被さっている女性に問います。
「私? 私はサイスプ、炎を司るモノよ」
次回予告
陽太 「待って、ツォージュさんってこの頃から見た目変わってないんですか?」
ツォージュ「えへ☆」
シーラ 「本当に不思議ですよね。では続いてサイスプさんから伺った彼女自身の話をしましょう」




