118. 家族だって薄いとは限りません。
え~っと……どういう状況、これ?
「あ~ん、二年ぶりのヨルトスちゃ~ん! すりすり~」
「……やめてくれ」
驚きを隠せない俺たちを置いて、謎の少女はヨルトスに意外とある胸を押し付けるように抱きついたまま頬擦りしまくっている。
当の本人は珍しく困惑、ロティアは何か知ってそうだが我関せずといった感じで気配を消している。
「まさか……彼女!?」
最初にそう予想したのはハルカ。
いや彼女にしては若い、というか幼い。ヨルトスが実はそういう好みだというなら別だが。
「……いや、ちが――」
「こんな可愛らしい彼女がいるなら教えてくれればいいのに!」
「……だから――」
「可愛らしいですって! ありがと~っ!!」
「……」
話を連続で遮られたヨルトスが、そろ~りそろりと逃げ出そうとしていたロティアを視線で射抜く。
そのロティアは逃げるのを諦めてこちらに戻ってきて溜息を一つ。
「……はあ。ツォージュさん、何やってるんですか」
「あ、ロティアちゃんも久し振り~。二年ぶりだもん、愛でさせてくれたっていいじゃん!」
「『いいじゃん!』じゃないですよ、いい歳して」
これは、どういうことだ?
ロティアが少女に向かって丁寧口調になったと思ったら……『いい歳して』?
「ほら、皆見てますし、ヨルトスも困ってますから」
「え~……もう少しだけ、ダメ?」
「うるうるした上目遣いしてもダメです」
「ちぇ~」
ロティアに冷たい視線を向けられた少女(?)がかなり渋々といった様子でヨルトスから離れる。
「全く……皆、この人はツォージュさん。こう見えて四十近い、ヨルトスの母親よ」
「ロティアちゃん、人の年齢を勝手にバラすの良くないと思うなぁ~」
「ヨルトスの母親がその見た目の通りの年齢だったらおかしいでしょうに」
「ぶーぶー」
え、母親? 母親って、あの?
「あ、やっぱり皆固まってるわね」
「ロティアちゃん、耳栓ある?」
「……どうぞ」
さあ、それでは皆さんご一緒に、せーの。
『ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~!?』
「わお、ナイスハーモニー」
「いやー驚いた、まさか……」
「生の合法ロリに出会えるなんて」
「え、そこ?」
ハルカさんや、少女だと思ったら母親だったこととか、親子なのにそんなに似てないことに驚きましょうよ。
「というか、ドワーフとかは違うのか?」
「甘いわ……よっちゃん、あたし的にそんなのはノーカンよノーカン。この世界なら何もおかしくないから違法も何もないじゃない」
「……そういうもんか?」
「そういうもんよ。だがしかぁし! この人は純人ながら年齢と容姿が矛盾している! しかも不老不死とか呪いとかなさそう! 完ッ璧な合法ロリよ!!」
「ロティアちゃんロティアちゃん、あたし褒められてるの? けなされてるの?」
「私に聞かれても……」
けなされてるでいいんじゃないですかね。
「ていうか、マジで母親なの?」
「……ああ。……少なくなくとも俺が小さい時から母上はこうだった」
「『月の魔女』関係?」
「……そういう話は聞いたことがない」
三百年生きてなお二十前後の見た目である自称純人のルナと何かあったのかと思ったが……
ということは少なくとも十何年も特に何もなしに姿が変わってないと。人間って不思議。
「それでツォージュさん、今日はどうしてここに?」
「そうそうロティアちゃん忘れるところだった! 最初はね、もうすぐ愛しのヨルトスちゃんたちがラーサムに戻ってくるって聞いて、たまたま手が空いてたあたしが迎えに来てたの!」
「……迎えに? 一人で?」
「うん!」
「その、大丈夫でした?」
うん? 家業とかいうのがヤバそうだったから強いのかと思ってたが、ロティアの様子だとそうでもないのか?
「もー、自衛くらいできるよー! それに皆優しかったもん!」
「ということは一度は何かに遭遇したんですね……」
「遭遇って……そんな悪い人たちじゃなかったのは本当だよ? 皆『これからは真っ当に生きる』なんて言ってたけど」
ちょっと待て、何があったんだそれ。
「もういいです……それで、ラーサムに来てどうしたんですか?」
「あたしもさっき着いたばかりなんだけど、まず三人の家に向かおうって思ってたら空に黄色い光が見えて、駆け付けようと思ったら火柱も現れたから急いだんだけど……避難する人たちに流されちゃって……」
「なるほど、そのまま子供を出すわけにはいかないとかで避難所で足止めを喰らっていた、と」
「その通りでございます……」
まあ『実は大人なんです』なんて言っても避難指示出してる側がそう簡単に信じるわけにもいかんわな。
「ここへはどうやって?」
「避難が終わった時、たまたまギルドマスターの人と会えてね~、連れてきてもらっちゃった!」
「……え? それってつまり……」
「全部聞いちゃった! てへ☆」
「終わった……」
あ、ロティアが崩れ落ちた。
「というわけで、ヴラーデちゃんのためにシクエスにしゅっぱーつ!」
「あの、もう日が暮れるので今日はちょっと……」
「じゃあ明日朝一でしゅっぱーつ!」
ニルルさんの言葉に平然と言い直した。急を要する事態ではないということか。
「精霊とか『覚醒』とか聞きたいことが山ほどあるんですが……」
「ごめんね、あたしでもそこまでの独断はできなくてね~。シクエスで説明することになると思うよ!」
なおツォージュさん、風呂・トイレ以外は就寝前に無理矢理引き剥がされるまでヨルトスにべったりだった。
翌朝。俺たち六人、人為さんたち、フェツニさんたち、ツォージュさんの十三人でラーサムを出発。
イキュイさんはギルドマスターとして残るらしく、ルオさんたちは別件で魔導具の開発中。
ヴラーデは俺が背負っているが、相変わらず目覚める気配はない。
「あーヤダホントヤダ絶対ヤダ……」
ロティアが絶望を身に纏って壊れたように何か呟き続けているので、ヨルトスの左腕を両手で抱いているツォージュさんに尋ねてみる。
「えっと、ツォージュさん」
「な~に、ヨータちゃん?」
……俺も『ちゃん』付けなのね。まあいいや。
「ロティアの母親ってどんな人なんですか?」
「うん? 仕事の傍らに村の子供たちに無償で勉強を教えてくれたり、授業もちゃんと個人個人のペースに合わせてくれるような人で、村の人たちからはかなり好かれてるかな」
「じゃあロティアのあの怯えようは?」
「あはは……あの人、ロティアちゃんに対してはちょーっと、ね。行けば分かるよ」
「はあ……」
果たしてそれは、この人以上に愛情を向けているのか、それとも逆に娘には厳しいのか。
多少の弱い魔物こそ遭遇したがそれ以外には特に何もなく、昼を通り越して数時間後にシクエスに着いた。
「げっ、お母様……」
「皆様ようこそおいでくださいました、私、シーラと申します」
入口で迎えてくれたシーラさんもツォージュさん程ではないが若く見える。ロティアの母親というより姉って感じだ。
一言で表すなら、常にニコニコ細目のおっとり美人、というところか。
そして……でかい。その抜群なスタイルは本当に親子なのかを疑わせる。他はまあまあ似てるんだが。
「ねえ、何か失礼なこと考えてない?」
「別に」
ロティアに鋭い視線を突き付けられてしまった。
一方シーラさんは片手を頬に当てて溜息。
「もう……母親に向かって『げっ』だなんて……寂しいではありませんか」
「全く、よく言うわ」
「ほら、再会のハグはないんですか?」
「露骨に怪しいわよお母様」
いや、俺には普通に娘を求める母親に見える。
「そんなこと言わないで、おいで『ロティア』」
「嫌、よっ!?」
否定の言葉を出したロティアだったが、何かに引っ張られるようにシーラさんの元へ。
「ちょっとお母様!? 何を使ったの!?」
「おおよしよし」
「お母様ってば!」
質問には答えずロティアを抱いて頭を撫でるシーラさんだったが、背中に回している手に突然何かが現れた。
片方の先端に輪が二つ付いた棒状のそれは……結構大きいがゼンマイに見える。
シーラさんはゼンマイの棒の部分を持って、輪が付いてない方の先端をロティアに刺した。
「え? ……は!? ロティア!」
「あー、抑えて抑えて、いつものことだから」
少し唖然としてしまった後、背を刺され黙り込んだロティアを助けようとしてツォージュさんに止められた。
シーラさんがロティアから離れ後ろに回るが、ロティアが微動だにしない。
「よいしょ、よいしょ……」
ゼンマイが固かったのか一生懸命に三回転、その手を放すとゼンマイが回り始め……
「あれ、お母様どこへ……後ろ!?」
同時にロティアが背中を刺されていることに気付いてないかのように動き出した。
……うん、なんとなく分かった。
「何を言ってるんですか。ゆっくり後ろに移動しましたよ?」
「はあ? 急に消えて……はっ、まさか私止められて……?」
流石にロティアも何かされたと気付いてシーラさんに向き直る。
「お母様! また私を実験台にして! いつもやめてって言ってるでしょ!?」
「でも、あなたが一番適任なんですもの」
「適任とかそれっぽいこと言って、本当は私が、困ってるところを、見たいだけ、でしょ!?」
「適任なのは本当ですよ?」
ん? だんだん言葉が途切れ途切れに……ああ、ゼンマイが止まりかけてるのか。
「今日と、いう、きょう、は、ゆ、る……」
「……こちらの方は一回転につき十秒程度、停止は意識ごと、石の方の引き寄せは名前を呼ばれたら否定の言葉でも発動、と」
そしてゼンマイが止まると同時にロティアも表情そのままに静止。
シーラさんは何かメモを取ると、今度はバッグが現れると同時にロティアの腰を抱く。
「ん~~! ……はあ、すみませんヨルトス、手伝ってくださる?」
「……分かった。……母上、放してくれ」
「はーい」
どうやらシーラさんは非力らしく、ロティアを持ち上げることができなかったようだ。
ヨルトスがスッとロティアを持ち上げるが止まった時の姿勢のまま動かない。
「では、この中にお願いします」
そしてシーラさんの促すままロティアの足先がバッグに入れられる。
礼を告げられてロティアを放したヨルトスにすぐさまツォージュさんが引っ付いた。
それでどうするのかと思っていたが、シーラさんはロティアの頭を下に押し始めた。
「え!?」
なんと、ロティアの体がバッグの中に少しずつ沈んでいくではないか。
あれが仮に【空間魔法】の魔導具だったとしても、生きているものは収納できないはずだが……?
「また面白いもの持ってきたねー」
「でしょう? 元々こういうものって物を出し入れするために手を入れますけど、もう少し入るのではないかと開発されたんですって」
ツォージュさんの言葉に反応しシーラさんが嬉しそうに語る。
その間もロティアの体は押されるままに沈んでいき、最終的に肩まで入ってしまった。
バッグから頭だけ出てきているこの状態は、突然出くわしたら驚くこと間違いなしである。
「しかも、入れた分軽くなるんですよ~!」
「お~! 凄いね~!」
先程ロティアの体を持ち上げられなかったはずのシーラさんがバッグを持ち上げる。
今みたいに動けなくなった人を運ぶにはうってつけだが、誘拐とかにも使われそうだな。
因みに頭はどうしても無理らしく、頭から入れようとしてもダメだったらしい。
「では、屋敷に参りましょうか」
バッグを提げたまま歩き始めたシーラさんについていく中、ツォージュさんに尋ねる。
「で、いつものことって何ですか?」
「ウチね、魔導具や魔法道具の効果を詳細に調べるようなこともやってるの」
「ああ、それでさっきメモを」
「そゆこと。それで……シーラさんの声聞いてみて」
そう言われてこちらに背を向け先頭を歩くシーラさんに注意を向ける。
「ああ、徐々に遅くなって止まるロティア最高でした……! 今の頭だけの状態もこのまま置物にして飾ってしまいたいです……!」
「ええ……」
「あんな感じで、娘を可愛がるあまり反応見たさにいっつもターゲットにしちゃうんだよね~」
「なるほど……」
毎度実験台にされればそりゃ怯えもするか。
だがロティアも時々俺たちで遊んでくるからな、そこは流石親子といったところか。
「気が合いそう……」
「どした、小夜?」
「なんでも、ないです」
なんか怪しかったが、流石にそれを突っ込んでる余裕はないので流すことにする。
因みにシーラさんの手元に物が現れるのも魔導具の効果。爪に貼るタイプのもので、収納量はかなり少ないが直接出し入れする必要がないんだとか。
「惜しい、それが腕輪で収納量も膨大だったら完全に伝説――」
「やめれハルカ」
勝手に他作品をネタにするんじゃありません、というか形も収納量も変えるのは無理矢理すぎだろ。
次回予告
陽太 「母親が出たら今度は父親だよな。ロティアのは冒険者やってたんだっけ」
ヨルトス「……ああ」
陽太 「じゃあお前のは?」
ヨルトス「……驚くと思う」
陽太 「父親の最初のイメージがそれで大丈夫か?」




