117. あの時の伏線を覚えてた人はどのくらい居るのでしょうか。
あ、あれ、体が動く……やった、生きてる、俺生きてるぞ!
……などと喜ぶ暇はなく、人間の体など灰も残してくれなさそうな火柱に新たな命の危機を感じるのみ。
体が動くのはロフダムがヴラーデの『覚醒』という目的を達成し、俺のことがどうでもよくなり支配を放棄したからだろう。
そこまで深く考える前に逃げるようにロティアの元に転移、倒れてる仲間も全員回収してロティアを叩き起こす。
「ん、あれ、私……」
「おい、あれは何だ」
「ヨータ? あれって……まさか、ヴラーデ!? ダメ、まだ早すぎる……!」
恐れていたことが起きてしまったかのような反応を見せるロティア。
「おい、俺はどうすればいい?」
「もう、どうしようもないわ……どうしようもないのよ……」
「はあ?」
「あぁ、もう、どうしてこうなったのよ……」
「……チッ」
まともな返答が期待できなさそうなので、無駄かもしれないが周囲への被害を抑えるため火柱とロフダムの四方をまとめて【空間魔法】で大きめに囲う。
幸い魔力はまだ余裕があるので威力が大きいものを連発されなければ十分保てるはずだが……と考えていると火柱が不意に消えた。
火柱の中に居たはずのヴラーデはその体どころか服にも燃えた形跡はなく、ロフダムと同じように炎の翼を背に生やして立っていた。
ロフダムを見据えるその目は赤……いや、元から赤かったが、赤みが増してどこか輝いているようにも見える。離れたはずなのに分かるくらいだから、もしかしたら本当に虹彩が少し光っているのかもしれない。
そして……表情がない。どう見ても正気を失っていて、まさかと思った時には遅かった。
「がっ!?」
急にロフダムが吹き飛んで【空間魔法】の壁に背中から激突。
さっきまで居た場所でヴラーデの拳が炎を纏っているの見てようやく殴り飛ばしたのだと理解した。
「……とんだじゃじゃ馬だこと♪」
「……」
「おっと、二度目はねえ……くっ!」
ロフダムが炎の拳を雷の手で掴み、直後にやってきた炎の蹴りを雷の盾で防ぐ。
それからもヴラーデは炎の猛攻を、ロフダムは雷の防御を繰り返す。
その様子が指し示すものに気付かないほど俺もバカではない。
「ヴラーデ……お前、本当に人間じゃなかったのか……!」
以前ヴラーデに憑依したキュエレも、変身した正志さんも普通の人間ではないと感じていた。
その正体がまさか……ロフダムと同じ、しかもこの世界に来てさっきその存在を知ったばかりの精霊だなんて、こんな状況でもなければ簡単には信じなかっただろう。
「あれは……!」
なかなか攻撃が通らないことに痺れを切らしたのか、ヴラーデはロフダムから一旦距離を置き、両手に光を溜め始めた。
まるで大技でも放つかのような状態に嫌な予感がし、慌てて【空間魔法】の壁に光すら通さないよう魔力を込め直す。
「ぐぅ、きっつ……!」
【空間魔法】で塞いでいない上方向に噴火と見違えるほどの爆風が吹き荒れる。
当然四方の壁にかかる負荷も相当であり、壁に魔力を全力で込めてようやく破られない程度だ。
魔力が底を尽きそうだが、どの道壁が壊れれば町ごと吹っ飛ぶんだ、節約など考えていられない。
「でも、もう……限界……!」
若干気が遠くなってきた頃、ようやく噴火が収まった。
【空間魔法】を維持するのもつらいので壁を消す。もう一度今の爆発が来たらこの町がなくなってしまうだろう。
「ヴラーデ!」
消した壁の向こう、ヴラーデは怪我こそないようだが倒れており、ロフダムは体や服のあちこちを焦がし膝を着いていた。双方翼は消えている。
……あんな何もかも焼き尽くしそうなのを喰らって焦げるで済むのか。
「すみません、遅くなりました!」
「ちょっと、今の火柱は何?」
そこに人為さんとニルルさん、そしてもう一人が姿を現した。
「あれ、イキュイさん……?」
「あんな火柱二回も見せられて、この町のギルドマスターとして黙ってるわけがないじゃない」
更には実はロフダム飛来の時点で避難誘導を始めていたらしい。
人為さんたちは避難の際に怪我した人を治しながら来たから遅れたとのこと。今もハルカが多彩な魔法で守りながら避難を続けているそうだ。
「ヨータ様たちも回復致します!」
「あ、ありがとう……」
魔力が尽きかけ、人為さんたちが来た安心感で腰が抜ける。
イキュイさんも【氷魔法】の使い手としてとんでもなく強いし、人為さんはダメージを反射する。そりゃ安心もするわ。
「はー、はー……まだ増えんのか……こりゃちょっと、今の俺っちには荷が重いな……もっと準備しなきゃだったか……」
「逃がすと思って?」
つらそうに立ち上がったロフダムが雷の翼を出したところでイキュイさんが氷漬けにする。
「捕まると思って?」
「な!? ならこれで!」
しかしロフダムの体が黄色く光ったかと思うと氷をすり抜けて脱出してしまった。
流石のイキュイさんも驚くが、すぐに氷柱のような氷の円錐を大量に生み出して発射、しかし自由に飛び回るロフダムには当たらない。
「チッ、流れることはできても流すことはできないからやめてほしいんだけど……まあいいや。今日のところは退くが、今度は姫さんを貰ってくぜ、じゃあな!」
そのまま氷の弾幕を掻い潜りながらどこかに飛び去ってしまった。
その後、転移も使って全員で教会に戻り、気絶していた仲間たちも目を覚ましていった。
「ヴラーデ……」
たった一人を除いて。
自身の怪我を治されてからロティアがずっと側にいたが、ヴラーデだけは目を覚ますことがない。
呼吸はしているし、俺の【繋がる魂】……もといキュエレも正常を訴えている。
であれば、あの『覚醒』とかいうのが関わっているのは確定事項だ。
「ロティア、いい加減話を聞かせてもらうぞ……!」
「分かってる、分かってるから……せめてこの娘が起きるまで待って……」
「……チッ。ヨルトス」
「……すまないが、俺もヴラーデが目を覚ましてからの方が良いと思う」
「このままだと起きねえから聞いてんだろうが!」
「……だから、そのためにシクエスに行こうと思う」
「ちょっと、ヨルトス本気!?」
行ってどうするのか、という問いの前にロティアが割り込んできた。
まだ『行きたくない』と駄々をこねるのかとも思ったが、それにしては過剰な反応な気もする。
「……ああ、あの親たちなら何か知ってるはずだ」
「それがどういうことか分かってるの!?」
「……そうだな、良くても二度とヴラーデの近くにはいれないだろう。……悪ければ――」
「おい……それ、どういうことだよ」
「黙ってて。これはウチの問題よ」
聞き捨てならない言葉につい詰め寄ろうとしたが、ロティアの全てを拒絶するかのような冷たい瞳に何も言えなくなってしまった。
「ヨルトス、それが分かってるならどうして!」
「……ヴラーデのためだ」
「言い方を変えるわ、私たちの誓いはどうするって言うのよ!」
「……この状態ではそんなもの意味がない」
「~~! あんた――」
「はいはいそこまで」
ついにロティアがヨルトスに掴みかかったところで、手を鳴らして止めに入ったのはイキュイさんだった。
ここにはイキュイさんを除いて俺たち六人しか居なかったはずなのだが……
「全く、避難者を家に送る手配が終わったからこっちに来てみれば……珍しいじゃない、あなたたちが喧嘩なんて」
「何の用? ……ですか」
「いえ、これの出番かしら、と思って」
一応ロティアにも小さく丁寧語を足すほどの冷静さはあるようだ。
その一方、イキュイさんが懐から取り出したのは一枚の紙。字が小さくて何が書いてあるかは読めない。
「それは……! 嘘、ここで使うなんて、何を考えてるの……?」
「何って……この町の冒険者ヴラーデのために決まってるじゃない。こんな契約書一枚で済むなら安いものよ」
「これだから私利私欲のない奴は……!」
「え~と、イキュイさん、それは……?」
ロティアが愕然とする状況についていきなくてつい尋ねてしまう。
「サヤの対人試験は覚えてるわよね?」
「ああ、あの大型ドッキリ」
「私が全面的に協力する対価がこれよ」
「それが……?」
まさか金でも物でもないとは。契約書と言ってたが……?
「詳しくは私も言えないけど、ロティアとヨルトスには家業があって……まあ、裏ではちょっと名の知れてるところなのよ」
「はあ……え?」
「で、この契約書は一回だけ使える優待券みたいなものかしら。他の依頼をキャンセルしてでも対価なしで遂行してくれるんですって」
「ちょっと待ってください、それはそれでついていけないんですけど!?」
初耳の情報が多すぎる! 家業って何、ってところからスタートなんだけど!?
「ロティアさん、そんなものを、私のために……?」
「ヴラーデの友達でもあるし……仲間じゃない」
「ロティアさん……!」
そっぽ向いて頬を赤く染め口を尖らせるというロティアの珍しい照れシーンはさておき。
「で、そこで珍しく照れてるロティアが駄々をこねてるから、いっそこれで『ヴラーデを目覚めさせること』を頼もうかと」
「そんなの、卑怯よ……」
「じゃあ、私は正式に依頼するために一旦――」
「分かったわよ! 行くわよ行きますよ! 行けばいいんでしょ!?」
「そう」
そしてまだ仕事があるからと、イキュイさんは満足そうに戻っていった。
「と、いうわけで、シクエスに寄らなきゃいけないんだけど」
ロティアが一通りの説明をすると、まず口を開いたのは人為さんだった。
「僕は構いませんよ。仲間が倒れては無視できませんから」
「相変わらず胡散臭いけど……その、今回はよろしく」
「はい」
ロティアも相変わらず……ってそう思う俺も相変わらずか。
「というか、無理して来なくてもこの町で待っててくれてれば良いのよ?」
「いえ、その精霊というのはかなり強者の様子。戦力が多いに越したことはありません」
「というか、行きたくないんだったらそっちが待ってれば良かったんじゃないの?」
ハルカの言い分ももっともだ。あれだけ嫌がってたのに行くと決まったら自分も行くつもりでいるのは確かに気になる。
「その選択肢はないわ、ヴラーデの側に居たいもの。それに、行きたくなかったのはこの件が露呈するからなの。バレると決まった以上逃げるわけにはいかないわ」
「まあその家業ってのもかなり怪しいし、そういうのって大体地の果てまでも追ってくるパターンよね~」
「どんなパターンよそれ。でもまあそんな感じね」
ますますその家業が気になってきたが……知り過ぎたら消されそうだな。
「で、なんだけど」
「まだあるの?」
「そういうのって、大体もうバレてるわよ?」
「……いやいやいくらウチでも距離的に早すぎ――」
「あの、お客様だそうです」
「え?」
あ、これフラグ回収だ。
フリーズしたロティアをそのままに、シスターが連れてきたのは……少女?
パッと見……十代前半くらい? その子は目的の人物を見つけたのか表情を明るくすると……
「会いたかったよ~! ヨルトスちゃ~~ん!!」
そのクリーム色のストレートな髪を靡かせて、なんとヨルトスに抱きついた。
次回予告
少女?「さあ、あたしは誰でしょーか?」
ハルカ「『?』付いてるけど」
少女?「あっずるい! 消して消して!」




