114. 逆に元に戻って苦労するパターンってあまり見かけない気がします。
「それでは準備は良いですか?」
ルオさんの言葉に軽く頷く。
あの後、抽選で相手を決めた準決勝でサリーさんに呆気なく敗北し、更に人為さんがサリーさんを倒して優勝。
三位決定戦はないらしく、優勝と準優勝の二人を表彰して大会は幕を閉じた。
そして当初の予定通り、俺が男に戻る時が来た。
「では……起動」
発射された温かい光に包まれ、体が変化する。
最初に性転換した時の痛みはなく、形が変わるのがちょっとくすぐったいけどそれが気持ち良い。
髪は短くなり、あったものがなくなってなかったものが生まれる。
「あーあー」
光が収まったら発声確認しながら自分の体を触る。
「どうですか?」
「うん、ちゃんと戻れてる」
「陽太さん、良かった……」
「なんか久々に会う気がするわね」
「小夜、ヴラーデ、いつの間に」
万一のことがないように今回も立ち入り禁止だったはずなんだが。
因みにそれを聞いてハルカが『暴発して今度は皆がTSするオチを期待してたのに』などとぼやいていた。
無事元に戻ったことは全員に報告。
「大丈夫? 今度は精神が女性になってたりしない?」
「あって堪るか」
「チッ」
舌打ちすんなハルカ。
「えぇー!? じゃあ性転換で遊べないじゃない!」
「契約がありますので……」
ロティアはいつでも性転換できるようにと魔導具の開発をルオさんに頼んでいたが断られていた。
まあ俺のが事故だっただけで本来は『変化の遊戯場』のみだから仕方ない。
「では、陽太さん。一度、散歩しましょう」
「ん? いきなりどうした」
「元に戻ったことが、どれくらい、影響があるのか、気になりまして」
「それもそうだな」
というわけで、小夜とヴラーデと共に少しぶらつくことにする。
その結果、多少薄まってはいるがファッションやスイーツに対する興味は残っていた。
「……どうしよっか」
「以前言ったように、私も一緒に、行きますから」
「え? そんな約束してたの!?」
そういえばあの時ヴラーデはレシピ貰いに行ってたっけ。
「小夜でもヴラーデでも、別に二人共でも良いぞ。改めてその時は頼む」
「ええ、任せておきなさい!」
「まあ、そうなりますよね」
そしてまた暫く歩いていると、何やら騒がしい声が聞こえてきたので三人で向かうと……
「お姉様、もといソルル様の捜索にご協力をお願いしますわ~!」
『お願いしま~す!』
つい先日戦った、ソルルを『お姉様』と慕っていた狂人と謎の集団が写真と見違えるほど精巧な絵が描かれた看板を持って捜索活動をしていた。
「……なあ、あんな絵に描いたような美人だったっけ?」
「むしろ足りないわね」
「ソルルさんの、美しさを、真に理解していないのに、絵に描こうなど……烏滸がましいにも、程があります」
なんでお前らまで崇拝してんの。
小夜とヴラーデは状況についていけない俺を置いて集団に向かっていった。
「何を、しているのですか?」
「はい、お姉様にもう一度会うべくファンクラブ全員でこうして情報を集め……って、サヤ様!? ヴラーデ様も!?」
……『様』?
「もう一度、聞きます。何を、しているの、ですか?」
「あ、いや、そのですね、何と言いますか……」
先日の狂人ぶりはどこに行ったのか、小夜たちに異様に怯えていて言葉がまともに出てこないようだ。
「今すぐ、やめて……立ち去れ」
「ご、ごめんなさ~~~~~~い!!」
集団はまとめて俺の横を走って逃げていった、というか小夜が怖い。あんな冷たい表情と声初めてな気がする。
「全く、そこにいるのに、気付かないなんて……本当に、ファンクラブの、メンバーなんでしょうか?」
「本当よね」
いや、顔とか全然違うからな? 気付けるお前らの方が凄いんだからな?
あと本当にあったのかファンクラブ。あの狂人も入ってるみたいだし。
「ていうか知り合いだったの?」
「あの試合の後に、自称妹と、彼女が率いる、ファンクラブとは、少しお話させていただきました」
あ、これ絶対普通のお話じゃない奴だ、深く突っ込まないでおこう。
「む? 集団などいないではないか」
集団が逃げたのとは別の方向から、今度はツグアさん率いる騎士の方々が現れた。
俺は初対面の体なので、代わりに小夜が声をかける。
「ツグアさん、どうかしたんですか?」
「ここで認可が下りていない活動が行われているという通報があってな。それより君たちこそどうしてここに?」
「たまたま、居合わせたので、追い払って、しまいました」
「そうか、できれば確保しておきたかったんだが……で、こちらの彼は?」
「この人も、私たちの、仲間です。別件で、外には、出てませんでしたけど」
俺に関してはニルルさんがいつの間にかルオさんの手伝いをしていたことにしてくれていた。
おかげで勇者パーティが来てるのに一人足りず、そこからソルルの正体が暴かれる、なんてことにはならなかった。
「……」
「あの、何か?」
何故かツグアさんは俺の顔を凝視。視線が突き刺さって痛い。
「……いや、知人に似ているような気がしてな」
「は、はあ……」
ここで曖昧にしか返せない俺の心情を誰か分かってほしい。
と、ツグアさんの右手が腰に携えられた剣に触れるのが見えた瞬間――
「ふっ!」
「!?」
キィン、と剣同士が衝突する音が響く。
咄嗟に久々の魔力の剣で流せたが、流せずに腹を横に斬られてたらと思うと血が引ける。
「お見事」
「……な、何するんですか!」
「そうですよ! 陽太さんを殺す気ですか!?」
「安心しろ、浅く斬るつもりだったからな」
「それ安心できないわよ!?」
というか騎士がこんなことしていいのか。
騎士といえば、ツグアさんと一緒に来た騎士たちは既にいない。ファンクラブを追ったか帰ったかは知らん。
「そろそろ私も行くとするよ。……約束通り、貴方がここに戻ってくるのを待っているよ。ソルル」
「はいはい。……はい?」
「「えっ?」」
「では、また会おう!」
自棄になって返事してしまったが、その内容に思考が停止する。
小夜たちも驚いているようで、ツグアさんが走り去った後、三人で顔を見合わせる。
「「「ええ~~~~~~!?」」」
「おい、正体バレてるじゃねーか!」
「そんな、まさか……」
「陽太さんに現地妻ができるなんて……」
「ちょっと小夜さん?」
現地妻言うな。
ところで、三人で軽くパニクっている途中、誰かが『どなたかは存じ上げませんが、ツグア様の一撃を防いだ程度で良い気になってはいけませんよ!』と言いながらツグアさんを追うように走っていった気がする。
「とりあえず、あの人ならそうそう言いふらしたりはしねえだろ」
「そうですね。もし、そんなことがあったら、約束を、なかったことに、しちゃえば、良いんですから」
結局、半ば諦め気味にそう結論付けるのであった。
なんか疲れてしまったので教会に戻ると、明日にはここを出発することを告げられた。
急な気もするが、ツグアさんに顔を合わせづらいことを考えると丁度良かった。
「なあ、俺たちもいつかここに戻ってくるのかな」
「ん~、どうでしょう。今までの例から、全員で、各王国は、行くと、思うんですけど」
「だよな~……」
以前過去の勇者について調べた時、勇者パーティは全て、魔王の封印後故郷の場所に関わらず一旦トーフェ、スギア、シサールの各王都を訪れているが分かっている。
当然俺たちもそうなるのだろうが……あ~、その時にツグアさんにまた会うのを考えると憂鬱だ。
別にツグアさんを貶したいわけではない。凛々しい美人で実力も並外れた騎士だし、ファンクラブができるほど人気なのも頷ける。
でも、女として会っていて告白までされたのに実は俺は男だった、と知られた相手に俺はどう接すれば良いんだ。
「あ~、う~ん……」
「もう気にしても仕方ないじゃない」
「そうですよ。所詮、現地妻、なんですから」
「え、それ引っ張んの?」
小夜の謎発言はさておき……あ~、やっぱりあの時に正直に白状しとけば良かったかな。
暫くして、どうせここで悩んでも実際戻ってくるまでどうにもならないことに気付き、悶々としながらも深く考えるのはやめにした。
「ところでヨータ、男子部屋はあっちよ?」
「え? ……うわっ、すまん!」
悶々としているせいでソルルとしての習慣を直す方に意識が向かず、何度か間違いかけたのは別の話。
で、翌日。
「大丈夫だよな? こっそりツグアさん来てたりしないよな?」
「もう……心配しすぎ、ですよ」
「門番の騎士も、大会中に溜まった書類を片付けるために今日は籠りっきりって言ってたじゃない」
王都を出て数時間経つが、未だに後ろが気になって仕方がない。
ツグアさんとは【繋がる魂】による契約も行っていないので、その所在が分からなくて不安になってしまう。
「分かってる、分かってはいるんだけど……」
「なら物理的に忘れさせてあげた方が良いかしら?」
「それは勘弁してくれ」
いつの間にかロティアが魔法で氷の球を浮かべていたが、お前がやるとシャレにならなさそうだ。
「ま、そんなことしなくても暫くすればいないって分かって気にならなくなるわよ。それまで放っておきましょ? それに、どうせ勇者の冒険譚に載るんだし」
「……あ」
「え、今思い出したの?」
「のおおおおおおおおおお!!」
そうだそうだった! 今までの勇者の冒険譚も読んでるのになんで自分もいずれ書かれるのを忘れてたかな~!
もーやだ恥ずかしい……顔を押さえた手に熱さがすっごい伝わってくる。
「あ、そうだ、ヨルトス……【土魔法】で穴作ってくれ、んで入ったら埋めてくれ」
「ちょっ陽太さん早まらないで!?」
「うっさい! 俺は『穴があったら入りたい』を体現するんだ!」
「何言ってんのアンタ!?」
「久し振りに陽太さんが壊れた!」
そこから何故か更に数人巻き込んでの大乱闘に発展、俺がふと我を取り戻すと悪ノリしたらしいロティアとハルカが首から下を地面に埋めていた。
「う、動けにゃい……」
「助けて人為様……」
一見普通のカチューシャっぽいのを着けさせられているが、どうやら魔力を発散させて魔法を使えなくするものらしい。
だから二人共自力で脱出できてないのか。
なお、抵抗の甲斐あってかソルルのことは曖昧に記述するようにニルルさんが約束してくれた。
かくして、ある意味で俺の最大のピンチとなった性転換事件は幕を閉じた。
次章予告
? 「姫さん見ーつけたっ♪」
ヴラーデ「……?」
ロティア「どうしたの?」
ヴラーデ「……ううん、なんでもない。で、折角の故郷だし私は一回寄っていきたいんだけど、ロティアたちは?」
ロティア「うぇえ~? 私は嫌~、ルートからも少し外れるしスルーしましょうよ~」
ヴラーデ「そんなこと言って、おばさんたちが悲しむわよ?」
ロティア「だから嫌なのよ~……」