105. 女性の生活を体験しましょう。(3)
コスプレショーが体感以上に時間がかかっていたため、次は昼食をとることにした。
適当に歩いてヴラーデが気になったところに入ることになっているようだ。
「どこに行くか決めてなかったのか?」
「どうせなら初めてのところに行って、美味しかったらそこのレシピを貰いたいじゃない」
「……さいですか」
ここでもそれやってんのか。
既に人間を超えてる料理の腕前を持つヴラーデだが、その向上心は留まるところを知らず、様々な店でレシピを受け取っては吸収している。
……改めて思うが、よく店側もレシピ渡すなこれ。
「う~ん、今日はあそこのフレンチにしようかしら……それとも向こうのイタリアン……?」
昔の勇者が色々とやったおかげで元の世界に近い食生活ができるのは分かっているが、やはり異世界でフレンチとかイタリアンとか聞くのは違和感がある。
因みに勇者が正しい知識を持っていなかったのか独自の発展を遂げたのかは知らないが、ところどころ元の世界では見たことがないようなものも出てくる。まあそこら辺を深く掘り下げると料理系の物語が始まってしまうので関わる気はないが。
「どっちでもいいから早く決めてくれ」
「ちょっと待って、もう少しで決めるから!」
「はあ……」
そんな感じでゆっくり歩いていると、後ろから何か騒がしい声が聞こえてきた。
振り返ると、一人のごつい男がこちらに走ってきていて、その後ろには数名の騎士の姿も見える。
恐らくあの男が何かやって追われているのだろう。
「どうします?」
「あのくらいなら手を出さなくても追い付くだろ。ヴラーデも、ほら!」
「きゃっ!」
事実差は縮まってきているし、これから昼食って時に付き合う義理も正義感もないので道の端に避ける。
ヴラーデが未だ悩んでいるのか騒ぎに気付いてなかったので手を引っ張ったが、その拍子にフードが外れてしまった。
幸い、不思議なことに周りに逃走中の男と騎士以外は誰もいなかった。
「ちょっと、何すんのよ!」
「お前もうちょっと周り見ろ。誰か走ってきてんだろうが」
「え? あら、本当ね」
指を差した先、男がニヤリと笑うと進路を俺たちの方へ変えてきた。
なんでこっち来んだよ。さっさと通り過ぎて捕まっとけよ。
こっちに来るなら迎え撃つかと思った途端、男が何かを取り出すとそれが光を発した。
「まぶしっ!」
光は別に強烈でもなかったが一瞬視界を奪われ、その隙に男に後ろから組まれて首筋にナイフを当てられた。
「陽太さん!」
「ヨータ!」
「うるせえぞ!」
「……くっ」
小夜たちが叫ぶのを男が怒鳴って黙らせる。
仕方ないとは思うが元の名前で呼ばないでくれ……って、我ながら冷静だな。
ピアスのおかげもあるが、組み方が雑だから両手が自由だし、ナイフも普通で男もごつい割に強くなさそうだから魔力を首に集中すれば切られることもなくて危機感がないからかな。
「手練れと呼ばれるテメエらでも犠牲は出したくねえよなぁ! だから俺がここを離れるまでそこ動くんじゃねえぞ!」
「可憐な少女を人質にとるとは卑怯な……!」
などと考えているうちに騎士たちが追い付いたようだが、人質の存在のせいで手が出せず、先頭にいた唯一の女騎士が悔しそうに呟く。
小夜たちも心配させたくないし、ここはさっさと終わらせてしまおう。
まず半狂乱の男に見えないよう腕を前に出してから、肘を思い切り腹に打ち込む。
もっとしっかり組まれていれば後ろによろけた男に引っ張られただろうが、この男は俺を放してしまった。
続いて上半身を前に倒しながら軽くジャンプ、男の顔面に靴の裏で蹴りを入れる。
力の入れ方を調整して蹴ったことで前に一回転、着地と同時に男が倒れて騎士たちが感心の声を上げる。
……うん、体は普通に動くな。髪と胸に気を付ければどうにかなりそうだ。
確か男女で骨格とか違ったと思うんだが、そこら辺は反転の副作用か何かで誤魔化せてるのだろうか。
「ソルルさん、パンツ、見えてました」
「えっ? ……はっ!」
そうか、今スカートだから今みたいな動きすると見えるのか! もしかして今の感心の声も……?
小夜の小声でそのことに気付き、もう遅いと分かっていつつもスカートを押さえてしまう。
「ぐっ、このアマぁ……」
顔に熱を感じていると、騎士たちが動き出す前に男がナイフを拾ってゆっくり立ち上がる。
まだやるのか……仕方ない、剣を取り出して、ってルオさんの奴だと俺だとバレるから普通ので良いか。
そう考えると【空間魔法】もあまり使いたくないな。ポーチは小夜も持ってるし誤魔化しようあるだろ。
そう考えながら馬鹿正直にナイフを持って突っ込んでくるのを避け、横からその腕を斬り落とす。
切れ味を上げるために剣に魔力を纏わせてみたが甘い、普段魔導具の剣で戦ってるせいで纏わせるとかしないからな。
断末魔と血を勢いよく吐き出しながら膝を着く男はどうでもいいのでさっさと騎士に引き渡そう。
「あの、後はお願いしていいですか?」
そう言うと、男性の騎士が男の拘束を始める。
ただ一人、女騎士がこちらを見て呆けていたが、しばらくして急に頭を下げた。
「弟子にしてくれ!」
「……はあ?」
ちょっと待て、何がどうしてそうなった。
「ああすまない、名も知らぬ相手にいきなりは失礼だったな」
「え? そりゃまあ……」
「私はツグア・エトレだ。一応男爵令嬢ということになるが、今の私は一人の騎士。気兼ねなく接してほしい」
「は、はあ……」
別に名乗ってほしかったわけではなく、弟子入りの件について説明が欲しかったのだが。
爵位については……え~と、この世界では公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、准男爵、士爵の順番なんだっけ。
あまり貴族と関係を持つ機会が少ないから忘れかけていた。
「貴女はソルルと呼ばれていたな。改めて、私を弟子にしていただけないだろうか?」
良かった、元の名前は聞かれてなかったらしい。
じゃなくて、弟子をとるつもりはない。勇者一行なのでそんな余裕はないし、今は性転換の件もある。
「すいませんが弟子は――」
「そこをなんとか!」
早えよ。なんで最初の断りに食い気味で来るんだよ。
「というかどうしてそこまでして――」
「聞いてくれるのか、ありがとう!」
だから早いって。
「あの、すみません」
「私たちこれからお昼だったんですけど……」
「そうか、すまない。どの店だ? 迷惑料としてここは私が奢ろう」
小夜たちが割り込むとツグアさんがこれまた勝手に歩き出す。
別に奢られることを承諾してはないんだけどな。『奢るから弟子にして』なんて言うタイプではなさそうだけど。
「あの、良かったん、ですか? その、お仕事、とか」
「どうせあの男を連れ戻って昼休憩になるところさ。私一人戻らなかったところであの部下たちならちゃんとやってくれるよ」
果たしてそれは信頼か横暴か、前者であってほしいところである。
結局四人でイタリアンの店に入り、各々でパスタを注文した。
ヴラーデは現在進行形で審査中で、こっちの話を聞く様子がない。
「それで、何でまたいきなり弟子入りなんて――」
「私も昔は普通のお嬢様だったのだがな」
だから早えんだって。言い終わる前に自分語りに入らないでくれ。
「何かの会に行くために馬車に揺られている時、盗賊に遭遇してしまったんだ。その時に雇っていた冒険者にも逃げられ、絶体絶命だった」
「そこを騎士に助けられて憧れるようになった、と」
「何故分かった!?」
分かるわ、定番の流れだもの。
「まあ、よく見えなくて顔も分からなかったのだがな。それで、父上に駄々をこねて騎士団に入れてもらい、厳しい訓練や任務を続けてこの二十年で実力をつけ、部下も持った。だが……」
「だが?」
そこで初めてツグアさんが暗い表情を見せた。
「最近どうも伸び悩んでいてな、ここが私の限界なのかと思ってしまうのだ」
「スランプ、ですね」
「かもしれんな。私の中の理想が高すぎたのかもしれんが、もっと強くなってあの騎士のように皆を守りたい。そのためにも騎士団で行う訓練ではなく、誰かに師事をしたいと思っていたところに……貴女が現れた」
さっきまでの早とちりは、もしかしたら焦っていたのかもしれない。
そう思うほど表情は真剣そのもので、その想いに応えてあげたいという自分が生まれるの感じたが、さっきも思ったように受けられない理由も強い。
そんな葛藤をする無言はどう捉えられたのだろうか。
「私もその道を進んでいるからな、あの時の動きだけで貴女が私にはない強さを持っているのを一目で理解し、憧れてしまったんだ。だから、王都にいる間だけでいい、私に貴女の強さを分けてはもらえないだろうか?」
「……王都にいる間?」
そんな話したっけ?
「貴女ほどの美貌と実力を持つ者が前からいれば騎士団に噂が入っていただろうから最近ここに来たと思ったのだが、違ったか?」
「いや、違うってわけじゃないんですけど……」
「ん? 待てよ……」
あ、なんか嫌な予感する。
「そうか、王都に来たのは闘技大会のためか。であれば……良し」
一体何が『良し』なのか、全くもって聞きたくない。
「闘技大会に私も出るから、勝負してくれ! そして貴女が私を弟子として足ると思ってくれたならば、その時には私を弟子にしていただきたい」
「だから――」
「燃えてきた! 私は戻って訓練をすることにする! さらばだ!」
あの、勝手に決めて勝手に去らないでくれますかね?
……と、思ってたらすぐに戻ってきた。
「すまない、奢ると言ったのに出すのを忘れていた。では、貴女と戦える時を待っているぞ!」
そして俺たちが何か言う前にお金が入っているであろう袋を置いて去っていった。
中身を見てみたが余裕で余る。話も聞かないしバカなのかあの人。
「もうこれは出場しないわけにはいきませんね、ソルル様」
「げっ、ニルルさん、いつからそこに……」
「ツグア様は王都では人気なようで、その性格が周知のものでした。ソルル様と出会い、何かきっかけがあればこうなるだろうと思っていましたよ」
突然後ろから声をかけられ、振り向いてみれば聖女の姿。
このタイミングで俺を闘技大会に出そうとしていたニルルさんの登場、怪しむなという方が無理だ。
「まさかニルルさんの差し金で……?」
「いえ、私に騎士団を動かす権力などありません。私にできるのは……そうですね、教会のシスターたちに指定の場所へ行って人除けをお願いすることくらいでしょうか」
「……まさか、あの男は、誘導されて、私たちの方に……?」
「ご想像にお任せします」
いち早く察した小夜の言葉に微笑みしか返さない聖女。
もうこうなると俺が承諾しない限りこの人が何をしてくるか分からないな。
「分かったよ、乗ってやる」
「ソルルさん、良いんですか? 嫌がってたのに……」
「勝手に調えられたとはいえ、出来上がった舞台を壊す度胸は俺にはねえよ。それで良いんだろ?」
「ありがとうございます。では、私はこれで」
はあ、最悪だ。聖女って何だか分からなくなるよ、全く。
次回予告
ヴラーデ「じゃあショッピング午後の部ね!」
小夜 「まだまだ、楽しんで、いきましょう」
三人 「「「おー!」」」
ソルル (最初はそんなに乗り気じゃないのに楽しくなってくるの不思議だよな~……)