103. 女性の生活を体験しましょう。(1)
「ヴラーデがどのくらいに帰ってくるか分かる?」
ヴラーデに対し悪戯を仕掛けようと立案したロティアはまずそのように聞いてきた。
やるとは言ってない……なんて言っても無駄だよな。
「……一応こっちに向かってきてるな。あと十分もかからないと思う」
「それだけあれば大丈夫ね。サヤちゃん!」
「はい」
うおっ、小夜、お前どこに潜んでたんだ。
「脱がせるわよ」
「分かりました」
「は?」
今なんつった? 脱がせる?
その一瞬の呆然の隙に、小夜に後ろからホールドされてしまう。
「ちょっ、小夜、放せ!」
「ダメです、陽太さんは、今から、も~っと、可愛く、なるんです」
「そうよ、折角可愛い顔になったんだから、ちゃんとコーディネートしないと」
何を言ってるんだこいつら、正気か!?
「やめろ! 可愛くなんてならなくていいから!!」
「大丈夫です、ルオさんの、魔導具の服、ですから、サイズや、防御面は、問題ありません」
「そこを嫌がってるんじゃねえよ!?」
「諦めなさいな、どの道そんな服装じゃ外に出られないでしょ?」
「……た、確かにそうかもだが、だからって無理に可愛くなる必要なんてないだろ!?」
さっき鏡で確認した時のことを思い出し、今の服装はサイズ調整があるとはいえ男用のデザインなので正直今の顔には合わない、と思ってしまい反論が一瞬遅れた。
「あ、サヤちゃん、そういえば服は?」
しめた、二人は今手に何も持っていない! 服を取りに行ってる間に逃げ――
「大丈夫です。さっき、部屋に、戻った時に、ポーチの中に、入れておきました」
そうだったポーチがあったー! チクショーー!!
抵抗も空しく、小夜に体を押さえられたままロティアに服を脱がされ全裸にされた。
あまりの手際の良さに泣きたいを通り越して無の境地に至り、もうどうにでもしてくれという気持ちである。
「よし、まずは下着ね。それにしてもよく今までブラもなしでいられ……あら、心を閉ざしちゃってるわね。まあ着替えさせやすいし良いか」
「ロティアさん、さりげなく、際どいものを、選ばないでください」
「良いじゃない、面白いし」
「ダメです。清楚な路線で、行くんです」
仲間の女子が性転換した俺を過激にするか清楚にするか言い合ってる件について。
……もう何でもいいから早く着せてくれ、秋だし寒い。
その後たった数分間で意気投合したり言い合ったりを繰り返した二人によるコーディネートが終わった。
細かいところは覚える気もないが、一番上には袖なしの白いワンピース。長いストレートな黒髪と対照的で似合っているが、下が膝にも達してないので股間が心許ない。
これが俺自身でなければ素直に可愛いと褒めれるのだが……正直複雑な気持ちである。
「おお、これは予想以上ね……逆に外に出せないわ」
「男女問わず、振り向きますね……」
自分たちで着せといてよく言うわ。
「じゃあ最後これ着けて。魔力隠蔽の効果があるからヨータの要素は九割なくなるわ」
「もう俺じゃねえじゃん。……いやその方が良いっちゃ良いんだけども」
受け取った十字架のアクセサリー付きのチョーカーを着けると僅かだが体に違和感。
魔力隠蔽の効果が発動しただけじゃなくて俺も【感知】が使いづらくなったようだ。
「さて、あとはヴラーデを……ちょうど帰ってきたわね。ヨータ、しばらく喋らないでいてね」
「ただいま~。あれ、サヤにロティアもどうしたの?」
「いえ、あなたに紹介したい娘がいてね。……ほら、笑顔笑顔」
背中を押してきながら笑顔を強要するが無理だっつの。アイドルじゃあるまいし引きつった感じにしかならねえよ。
「え? ……いや、でも……えぇ?」
「ど、どうしたの?」
俺を見て、信じられない現象でも目の当たりにしたかのような反応を見せるヴラーデに、ロティアも困惑して尋ねる。
「えっと……どうして自分でもそう思ったか分からないんだけど、もしかして……ヨータ?」
「「え?」」
「ヴラーデさん、流石です」
いやちょっと待て、正直自分でもこの姿が未だに受け入れきれてないのに、どうして分かったんだ?
そしてこれまたどうして小夜はヴラーデが一目で見抜くことが分かっていたかのような対応なんだ?
「陽太さんは、かくかくしかじかで、女の子に、なってしまったんです」
「へえ、女の子にね……えぇ~~!?!?」
今驚くんかい。
混乱状態となったヴラーデを落ち着けた後、どうして分かったのか改めて聞いてみたが……
「う~ん……なんとなく?」
「……ホント無駄に勘が鋭い時あるわよね、ヴラーデって」
本人もよく分かっていないらしく、呆れることしかできなかった。
「え、俺これで大会出るの? マジで?」
その後、ルオさんと色々話したらしいニルルさんが俺が泊まっている部屋まで来て闘技大会の出場勧告を言い渡してきた。
「あ、すみません、ヒトナリ様とは関係ない、一般に紛れて偽名でお願いします」
「じゃあ出なくて良くない?」
勇者に関係ないなら出る必要ないと思うんだが。俺もこれで出たくないし。
「実はこの大会の裏で賭け事が行われているらしいのです」
「……それと俺が出ることに何の関係が?」
と言いつつも、正直嫌な予感がしてきた。
「ヨータ様の実力と今の美貌があれば闘技大会は大いに盛り上がり、その分賭けも盛大に行われることになるでしょう。そうなれば我々が一斉に取り締まりやすくなるのです」
「……つまり利用されろと?」
「そういうことになりますね」
淡々と言うな、この人は。
「人為さんがいれば十分盛り上がるんじゃないか?」
「大会は盛り上がるでしょうが、恐らく『勇者』という立場のせいで逆に賭けの対象にはされないでしょう」
……言い返せない。確かに希望を背負う勇者が負ける方に賭ける人は少ないだろう。
「当然、教会からの依頼扱いとして報酬は別途ご用意させていただきます。ヨータ様、大会に出場していただけませんか?」
「……少し考えさせてくれ」
「エントリー開始までまだ期間もあります。ゆっくりご検討ください」
ニルルさんがそのまま丁寧に一礼して去っていくのを見送り、ベッドに倒れる。
「はぁ、どうすっかな……」
頼まれたからには承諾しても良いのだが、やはり今の状態で出るのは恥ずかしいというかなんというか……
などと考えていると部屋のドアがノックされた。……小夜か、どうしたのだろうか。
まだ慣れていない声で適当に返事をし、ドアを開ける。
「小夜、どうした?」
「陽太さん、明日、ショッピングに、行きましょう」
「……何で?」
唐突過ぎて意味が分からない。
「元々、ヴラーデさんと、約束して、いたのですが、女の子に、なったことですし、陽太さんも、どうかなって」
「『どうかな』じゃねえよ、中身は男のままだっつの」
「……来てくれないん、ですか? 楽しみに、してたのに」
「うっ」
そんな泣きそうな顔しないでくれ、罪悪感が湧き出るから。
「わ、分かったよ、行ってやるよ」
「ありがとう、ございます……! ヴラーデさんに、伝えてきますね」
「……おう」
小夜はさっきのは何だったのかと思うくらい明るい表情で去っていった。
……もしかして演技だった? だとしたらチョロすぎるだろ俺。
確かめようのない真実はさておき、夕食の時間。
「……髪が邪魔」
顔を少し下に傾けるだけで長い髪が前にやってくるから、視界にも映って鬱陶しいし料理に付いてしまいそうにもなっている。
「なあ、バッサリいって良いかこれ?」
「え!? だ、ダメです!」
食事の時点でこうだし、戦闘とかで激しい動きをすればもっと邪魔だろうと思って言ったんだが、小夜に止められてしまった。
「あ、でもショートの陽太さんも見てみたいかも……」
「どっちだよ」
「あのヨータさん、解除の時にどんな影響があるか分からないので、できればそのままにしておいてほしいのですが……」
悩み始めた小夜はともかく、ルオさんにそう言われては諦めるしかない。曰く、身長が少し低くなり体型も変わった分が髪の長さにも影響してる可能性があるとのこと。
仕方ない、後ろで結ぶか。誰か何か貸してくれと言ったらヴラーデがシンプルなヘアゴムをくれた。今更だがこの世界ゴムも普通にあるんだよな。
適当に髪を束ねてゴムに通……
「陽太さん、もう少し上で、お願いします」
「ん? いいけど」
髪を束ね直してゴムに通すと、小夜が熱のこもった視線で見つめてきた。
「ポニテ……はう」
「さ、小夜!?」
そのまま何故か椅子から落ちて倒れたので、慌ててその体を少し持ち上げて呼び掛ける。
「大丈夫か!?」
「私は……ポニテ萌え、だったん、ですね……がくっ」
「あ、大丈夫だなこれ」
少なくとも『がくっ』って口で言う奴は大丈夫だろ。
小夜に良い様にされてる気がするが、結び直すのも面倒だししばらくこのままでいるか。
しかし困難は食事だけではなかった。
「トイレ、どうすんだ……」
この世界は過去の勇者が色々とやってくれていて、下水道まではないが洋式トイレはある。
今俺はそのトイレの部屋の前でどうすればいいか分からず突っ立っている。
男と女では体の構造が違うわけで、いきなり女の体にされた俺がトイレでどうすればいいかなんて当然分かるわけもない。
しかしこのまま立ち尽くしていても限界が来てしまう、一体どうすれば……!
「あれ? 陽太さん、どうしたん、ですか?」
神は我を見捨てなかった!
「小夜、すまんがトイレを教えてくれ!」
「え? ……あぁ、なるほど」
後で思い返して『何言ってんだ俺』となったが、この時は我慢の限界が近くて気にすることなんてできなかったんだよ。
小夜もすぐに理解してくれたおかげで事無きを得たのだが……
「陽太さん、お風呂も、教えた方が、良いですよね?」
「ん? ……確かにそうか?」
体を洗うのに男女で違いがあるのか、とも思ったが、長い髪や少し膨らんだ胸など女性にしか分からない洗い方もあるかもしれないと小夜の提案に乗る。
「そうと決まれば、時間も丁度良いですし、早速行きましょう」
「わ、分かったから腕引っ張んな」
……小夜の企みに気付かずに。
「では……一緒に、入りましょうか」
「おいちょっと待て、何故脱ぐ」
俺を女湯に連れてきて鮮やかに服を脱がしてタオルを巻き髪まで丁寧にまとめてくれた小夜だが、続いて普通にその服を脱ぎだした。
「何故って……私も、入るから、ですけど?」
「そりゃそうか、俺の聞き方が悪かった。じゃあ、どうして躊躇いなく一緒に入ろうとしてるんだ?」
「女性同士、じゃないですか。何を躊躇う、必要が、あるんですか」
「中身男だって分かってるよなお前!?」
小夜の返答が自然すぎる……俺がおかしいのか、俺がおかしいのか!?
「大丈夫です、私は、気にしません」
「俺が気にすんの!」
何を良い笑顔でさらっと言ってんだ、ベタな漫才させんじゃねえよ!
「もう、仕方ないですね……向こう、向いててください」
「なんで俺が我が儘言ったみたいになってんの」
しばらく待つと小夜もタオルを巻いた姿を見せる。髪留めがない分、前髪は後ろに流してまとめているようでおでこが見えているのが珍しく思えた。
「さ、行きましょうか」
「ああ」
……ってちょっと待て。
「他の奴が入ってねえだろうな?」
「……今、気付いたんですか?」
仕方ねえだろ、お前との茶番で頭から抜けてたんだよ。
「さっきの件で、時間が少し、ずれましたから、他の方々は、既に済ませていると、思います」
「そうか、良かった」
女になったとはいえ中身は男、女と一緒に風呂に入るのは気が引けるからな。
改めて脱衣所から風呂に繋がるドアを開けると、銭湯としても使えそうな大きい湯船にこちらに背を向けた人影が一つ。
こちらもまたいつもの長い髪を二つの団子にまとめているがあの赤い髪は……
「ヴラーデさん」
「ん? ……サヤにヨータじゃない。あんたたちも今お風呂?」
そう、ヴラーデが一人で気持ち良さそうに入浴していた。
お前も俺がここにいることに違和感を抱かないのかよ、こっちは今逃げ出したい一心だというのに。
「はい。陽太さんに、色々教えているんです」
「そっか~、急に女性になっちゃって大変みた、い……ね……?」
とろけそうな顔をしていたヴラーデだったが、だんだん真顔になり、やがて険しくなっていった。
「な、なんでヨータがここにいるのよっ!!」
遅っ!
こちらを指差して叫ぶヴラーデの顔が赤いのは体が温まっているからか、羞恥の感情故か。
「だから、陽太さんに、女性の、お風呂の入り方を、教えるんです」
「そ、そうだけど! そうだけど~っ!!」
ヴラーデは何も言い返せず、両腕をバタバタさせて水飛沫を上げる。
……うん、この反応が普通だよな。小夜がどうかしてるんだよな。
「あ、あんたはどうなの! やましい気持ちとかないでしょうね!?」
「あったらこんな遅くに来てねえよ。今だってさっさと部屋に戻りたいくらいだ」
「……なんかそこまで無欲だと逆に腹立つわね」
急に冷静になるのやめろ。というかどうしろと。
あと無欲じゃねえよ、人並みにはあるが言えるわけねえだろうが。
「ヴラーデも一人でどうしたんだ?」
「私もいつもの時間に入るつもりだったんだけど、どういうわけかロティアに妨害されてね……」
「ロティアさん……まさか……?」
あいつの奇行は今に始まったことじゃないからな、どうしてかなんて考えるだけ無駄だと思うんだが、小夜は何を慄いているのだろうか。
「ま、仕方ないわね。あんまりジロジロ見るんじゃないわよ?」
「分かってるっつの」
そんな度胸があれば今頃俺は自分の体を堪能しているだろう。
さて、小夜による風呂レクチャーは何故かヴラーデも参加し、入浴後には二人にゆっくり体を洗われることとなった。
女ってこんなに丁寧に体を洗うものなのか。これは教わってよかったかもな。
なお、寝間着が可愛いものしかないことに文句を言ったが小夜に却下された。
遅めに風呂に入ったこともあって、もう寝ようと思っていたのだが……
「ごめん、まだその姿に慣れてないんだ、今日は違う部屋で過ごしてくれないかな」
「……すまん」
「ホントふざけんなよお前ら」
同じ部屋だったはずの男どもから立ち退き勧告された。フェツニさんだけ何も言ってこなかったが。
仕方ない、ニルルさんとかに教会内で空いてる部屋がないか聞いて……
「話は、聞きました」
「ちょっと待て、どうして部屋の前にいる」
「さあ、行きましょう」
「聞けよ、引っ張んじゃねえ」
部屋を出たら何故か目の前にいた小夜に連行されたのは、小夜たちが泊まっている部屋。
「……ここで寝ろと?」
「はい」
「なあ、お前中身が男だって本当に分かってる?」
「当然じゃ、ないですか。でも、今は、女の子、なんです……私は、気にしません」
「そのくだりさっきもやった」
結局、ヴラーデは流石に否定してくれたものの、ロティアが面白そう、カルーカも不機嫌そうだったがご主人だからと、賛成多数により強制的にその部屋で寝ることとなってしまった。
色々と気にして寝れるわけねえだろ、なんて思ってた時期もあったが、最終的には眠気が限界になって寝てしまうのだから人間不思議なものである。
次回予告
小夜「うふふ……陽太さんの寝顔可愛い……ほっぺつんつん」
陽太「んん……どうした小夜……?」
小夜「いえ、何でもないです、ゆっくり寝ててください」
陽太「おう……すー……」
小夜「ああ、寝惚けたところも可愛い……明日のショッピングも楽しみだしどうしよう……!」




