10. 採集依頼に行きましょう。
翌朝。なんか頭がぼーっとする…… 昨日寝るときに何を考えていたんだっけ……
……そうだ、魔物を倒しても平気だったなーとか考えていた気がする。うーん……まあいいや、できて良くないことは少ないだろう。
まだ若干ぼーっとするが、そのうち晴れるだろう。そのまま一人で朝食を食べてラーサムに向かう。
ラーサムに着く頃には頭もスッキリしていた。今日も依頼を受けようとギルドに入る。昨日大変だったはずなのにいつも通りの賑やかさだ。少しは休むやつとかいないのか、人のこと言えないけど。
ランク3以上には討伐や魔物が出現する場所での採集などの依頼があり、その中には常時依頼というものがあったので受付で説明をお願いした。因みにランク2以下の採集は通常依頼のみである。
常時依頼はその名の通り常に出ている依頼で、受けるときの手続きが必要ない。依頼達成条件のものを持って来ればいいだけで、依頼失敗もないし、複数の依頼を同時にこなしても大丈夫だ。
しかしランクごとに設定されているポイントや報酬は通常の依頼に比べて少なく、上に行くほどもっと少なくなる。最低ランクより下の場合は通常依頼と違い一つ下でも何も貰えず、報酬とは別扱いの素材などの売却金だけになる。信用に欠けるからだろうな。ランク3なのにランク10が討伐すべき魔物を倒しましたと言っても信じる者は少ない。
人数もランクごとに設定されているが違うランクで組んだ場合はそれぞれのポイント計算の際にランクに応じて高ランクは二人分など人数の調整をする。まあ簡単な魔物の討伐とか採集は全部一人だが。
というかもうめんどくさいなこれ。でも覚えておかないと万が一間違ってたときに気付けないしな…… ただ当事者じゃない人は覚えておかなくていい情報だと思う、って当たり前か。
ん? あれは……
「よう」
「うひゃあ!?」
「うぉっ、ヴラーデ、そんな驚かなくても……」
後ろから声を掛けただけなんだが…… 対面のロティアがニヤニヤしていて、その隣のヨルトスも無表情のようで少し楽しそうだ。
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでもないわよ? ね、ヴラーデ」
「えっ!? ソ、ソソソ、ソウヨナニモナカッタワ」
それで信じろという方が無理だろう。ヴラーデが赤面状態で続ける。
「……聞いてた?」
「何を?」
正直ギルド内は賑やかだから聴力が上がってても特定の会話など聞こえないし、近寄ったときは丁度喋ってなかった。
「……ならいいわ」
気になるが聞かれたくないことなんだろうしこれ以上はやめておこう。
「そうだ、ヨータは今日はどうするの?」
ロティアが何か思い付いたのか、俺に聞いてくる。
「いや、これから決めるとこ」
「じゃあ私たちと一緒に採集に行かない?」
採集か。スキルの練習にならないから受けてこなかったけど、これからは魔物に遭遇する可能性もあるしいいか。……それに昨日あんなに戦ったんだ、今日は違うことをしてもいいだろう。
「いいぞ、よろしくな」
「決まりね、それじゃあ行きましょうか」
早いな。せめて何を採集するのかくらい聞かせてくれ。
というか、立ち直り早いな……って言おうと思ったが、ちょっと震えてんな。やっぱりやめとくか。
ラーサムから東に行けば、すぐに森林地帯にぶつかる。その森の中でお目当ての薬草を採集する。
この薬草は市販のポーションの材料で、既に特徴を教えてもらい絵も見せてもらっている。
そういえばなんでポーションの材料がこの薬草なんだろうか。後日ルナに聞いたら、この薬草が生えている地帯は魔力が少し濃く、それに適応するために魔力を多く持っていてそれを抽出すると魔力回復用のポーションができる。その薬草を大量に採集した結果、薬草自体が回復能力を持つようになり、治療効果も持つポーションが作れるようになった説が有力だとか。五百年前には既にここまでになってたらしい。
まずは四人で一緒に確認しながらの作業。毎回これがそうかどうか確認しながら丁寧に集めて均等に分ける。慣れてきたところで一旦昼食。昨日と同じく俺のは適当に買っておいたもので三人はお弁当。
雑談しながら楽しくやっている。大半はロティアのからかいとその被害者ヴラーデのオーバーリアクションで、俺が相槌を打ちヨルトスがたまに一言添えてもう一度ヴラーデが焦る。漫才を見ている気分だ。
「でね、それでヴラーデが」
「ちょっと! その話はやめてって言ったじゃない!」
「しっ、静かに!」
ずっと使用していた【察知】で何かが近付いてくるのがわかったので二人を止める。二人もすぐに真剣な顔で頷く。ヨルトスは既に俺が感知した方向を向いている。こいつも【察知】を習得してるんじゃなかろうか。
四人でそちらを注意深く見つめ、すぐ戦えるように剣や杖を構えて準備をする。
木々の間から出てきたのは――
「お、君たちお昼ご飯かい? 僕も混ぜてもらっていいかな?」
――同い年くらいの男性だった。身なりからして冒険者だろう。四人で安堵して一息つく。
再び昼食に戻り雑談。
「あなたも昨日の演習にいたのね」
「ああ、一応じゃんけんにも参加していたんだけど……まあ覚えてないよね」
「そうね、ごめんなさい」
「スマン、正直俺も覚えてない」
「じゃんけんしただけだし仕方ないよ」
あの場にいたロティアと俺が謝る。
その後も雑談は続き、昼食を食べ終えたところでラーサムに戻るというその冒険者と別れることにする。
しかし、俺はその手を掴んで止める。
「ちょっと待て、そこに隠し持ってるものを見せてもらおうか」
身体検査の結果、ロティアとヴラーデの採集用の袋が出てきた。【察知】による魔力感知で二人の薬草の魔力が動くのがわかったからな。俺が止めなかったらヨルトスが止めていただろう。
ヨルトスは警戒を怠ってなかったし俺のはポーチの中だしで盗まれなかったわけだ。
そして今。
「ん~~~!!」
ヨルトスの【土魔法】で手足は土壁の中、口も封じておいてどうしようかと会議中である。こいつもランク3なりたてだし、口を封じられれば詠唱できず力任せに拘束を破ることもできないだろう。
俺的には未遂に終わったしギルドに報告してそっちで罰してもらおうかとも思ってたんだが他はそうは思ってないらしい。
「焼いちゃいましょうよ、不慮の事故ってことにしとけばばれないわよ」
「!?」
ヴラーデさんは焼殺をご所望のようです。窃盗未遂の代償が命とは厳しいですね。
「……放置」
「ん~~、ん~~!!」
ヨルトスさん、それ拷問同然ですよ。しかも誰にも見つからないと死亡ルート。彼も完全に泣き始めてるじゃないですか。
「ダメよ殺しちゃ」
良かった、ロティアさんはまともな思考の持ち主のようです。彼も安心した表情です。
「こういうときは肉体に傷を与えずに私たちのことが話せなくなるくらいまで追い詰めないと」
「!?!?」
やっぱりこの人が一番黒かったです。敵に回したくないですね。何をする気なんでしょうか。彼も再び泣き出しました。
そして刑が執行される。
「~~~!」
「うふふ……まだよ……もっと悶えなさい……」
「~~~~~~!!」
ロティアがただひたすらくすぐっていた。土壁を前から覆うように直し、上半身の服も脱がせて首、脇、背中、脇腹と、それはもう凄かった。
くすぐりなら誰かに見つかっても問題はないね! ……いやないだろうけどさ。
「ロティアのくすぐりって凄いのよ……しばらく体に力が入らなくなるんだから……」
と震えながら遠い目で語ったのはヴラーデ。ヨルトスも青い顔で震えている。くすぐりってそんな恐ろしいものだったっけ。
「ほら、あなたたちも手伝いなさい!」
そして土壁を削って足先を出し、靴などを脱がせてくすぐり対象の追加である。上半身をロティア、右足をヨルトス、左足をヴラーデという布陣である。あれ、俺入るとこねえじゃん……ま、いいか。
そのままロティアの気が済むまで続いた。服を着せて荷物を持たせてから解放した瞬間に全速力で逃げ……あ、転んだ。
「あのくすぐりを受けて走れるなんて……凄いわね……」
真剣な顔でどこに感心してるんですかヴラーデさん。ヨルトスさんも頷いてないで。
その後どうにか逃げ帰った彼は家に引きこもり、何を聞いてもまともな返答をせずただ独り言を繰り返していたと後日演習で一緒のグループだったという冒険者に聞いた。おそろしや。
「さあ、次はペアで採集をしましょう!」
つやつやした顔でロティアが言う。二人ずつになり効率化しようというわけだ。もし危険が迫ったときは真上に魔法を一発撃つことになった。
ヨルトスが【土魔法】で用意した棒を一本ずつ取り、印があるもの同士ないもの同士でペアを組む。
そして俺と組んだのは――
「じゃ、行こうか」
「え、ええ」
――なぜかキョドり気味のヴラーデ。どうした、今更緊張することなどないだろうに。
ペアが決まったときロティアが『よくやった』と言わんばかりにヨルトスと握手をしていたがなんだったんだろうか。
そして二人で単純作業。さっきから思っていたが手際が良い。曰く、
「ルナ様が目標なんだからこのくらいできないと」
とのこと。他にもロティアが『ルナ様なら――』と色々仕込んでいったらしい。多少の近接戦ができるのもそのおかげで、【料理】や【裁縫】といった家事スキルまで仕込まれたとか。お弁当も三人分作っているらしい。
「って、三人分?」
「そうよ、同じ家だもの」
そうだったのか。曰くある村から冒険者になるためにギルドがあって一番近いラーサムに四人で引っ越してきたそうだ。……四人ね。
「お前はつらくないのか? ……その、エラウのこと」
「……ホントにそう思う?」
だよな。
「でも、下を向いてばかりでもいられないじゃない。ルナ様だって三百年生きてるっていうし、それなら別れだってたくさん経験して、それでも立ち止まらなかったから今のあの人がいるんでしょ? 他の二人はどう思ってるか知らないけど」
それもそうかもしれないが、そう簡単に割り切れるものでもないはずだ。
「……やっぱりお前は強いよ」
「ふぇ!? ……と、当然よ!」
顔が真っ赤ですよヴラーデさん。褒められ慣れてないのだろうか。
ここからは小声で話す。近くにいる人物に聞こえないように。
「ところでさ」
「?」
「あの二人……特にロティアっていつもあんなんなのか?」
「あんなんって?」
普通の声の大きさで返ってきたのでジェスチャーで声を落とすように指示する。
「人をからかったりとか、ちょっと調子に乗ったりとか」
「そうね、昔からあんな感じよ。……エラウに向けられることが多かったけど」
少し悲しそうな表情になる。だが今はそういう話をしたいわけではないので置いておく。
「やられっぱなしは悔しくないか?」
「?」
「実は今――ゴニョゴニョ」
「えっ!?」
このときの俺はさぞ悪い笑みを浮かべていたことだろう。
さて、少し打ち合わせをしたら後は実行するのみである。
「あーあそこから怪しい気配がするぞー撃てー」
「何その棒読み……[火球]」
小さい火の球が標的に向かって……着弾。おー逃げてる逃げてる。
「次はあそこだー」
再び着弾。
簡単な話だ。さっきから二人がこっそりと尾行してきているので【察知】でわかっている場所に敵と勘違いしたふりをして魔法を撃ってもらうだけ。もちろん少しずらして教えているので当たらないだろうし当たっても軽い火傷程度だろう。火事にもならないよう配慮してもらっている。
最初は二人の位置が近くても偶然かなとか思ったものだが、こうも長時間距離が変わらないんじゃ察しがつくというもの。尾行されてると教えたらヴラーデは結構乗ってくれた。
というかヨルトスの気配は油断すると見失いそうだ。あいつ【隠蔽】まで習得してやがるな。
十発くらい撃ったところで二人が出てきた。
「ストップストップストーップ!」
「おーロティアにヨルトスじゃないかーどうしたー?」
「はあ……はあ……『どうしたー?』じゃ……ないでしょ……はあ……」
ロティアは息を切らしている。お疲れ様です。ヨルトスもポーカーフェイスだが息は荒いし汗も凄い。
「だって狙ってるかのように距離を保ってる怪しい気配があったら攻撃するじゃん?」
「はあ……それは……悪かったけど……すー……はー……」
深呼吸で息を整えると少し落ち着いてきたようだ。
「ヨータ……ヴラーデ……後で覚えときなさいよ……」
ぞくっ。
確かに小声だったその言葉だが俺たちを震え上がらせるには十分だった。さっき敵に回したくないって思ったのはフラグだったのか……
その後もう少しだけ採集を続けた。ロティアたちも今度はちゃんとやっているようだ。
そして空が赤くなった頃ラーサムに戻ってギルドで薬草を提出。さて、帰るか。今日はルナも帰ってくると言ってたし。
「今日はありがとな、それじゃ」
「ちょっと待って」
今日はロティアに止められた。なんだろうか。
「ちょっと両手を出してくれる?」
「ん」
ガシャン。
「……え?」
手錠ですね、この世界にもあるんですね。ってそうじゃなくて。
「あのー、ロティアさん?」
「罪には罰を。そうよね?」
「ひっ!」
その笑顔の怖さに後ずさ……れない。腕が引っ張られた。
その後俺を人質にヴラーデも逮捕、家まで連行されていきましたとさ。
コンコン。……ガチャ。
「……はい」
「あの、ギルドで陽太がここにいるって聞いてきたんだけど……」
「……どうぞ」
スタスタ。コンコン。
「……ロティア……お迎えだ」
「あらもう? 残念。ちょっと待っててくださいねー」
んー? ……だれかきたの?
ガチャ。
「はじめま――」
「うわっ! 陽太大丈夫!?」
「……大丈夫ですよ、しばらく戻ってこないと思いますけど無事なので。帰ったらそのまま寝かせてあげてください」
「そ、そう。良かった……」
ふわっ。
ういた? んー、だっこ?
「あーえー?」
うまくはなせない……まーいーや。
「なんか体が痙攣してて持ちにくいし、ロクに話せそうにないんだけどホントに大丈夫なの?」
「だ、大丈夫ですって」
「そう? じゃあ、陽太をこれからもよろしくね」
「はい」
「これはちょっとやり過ぎじゃないかしら……」
……あれ? いつのまにそと?
「これじゃ今日はもう何もできないわね……」
うー、ねむい……おやすみ……
次回予告
ロティア「ヨータもお持ち帰りされたし私たちも寝ましょうか」
ヨルトス「……そうだな」
ロティア「今日は採集だったから明日は討伐かしらね~」
ヴラーデ「うー?」
ヨルトス「……(運ぶのは手伝ってくれないのか?)」