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婚約破棄の行方  作者: 彩戸ゆめ


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神罰の行方 前篇

 王太子が一方的にエリザベータ嬢との婚約を破棄したという一報は、王宮を震撼させた。

 国王はただちに重臣を徴集し、エリザベータ以外の関係者を王宮へ呼んだ。


 それは、学園の中庭で王太子がエリザベータを糾弾してより三刻の後という迅速さであった。


 玉座に座る国王は、眉間に皺を寄せながらも、来るべき未曽有の事態に対応せねばと威厳を保ちながら眼下の者たちに声をかけた。


「して、いかようにして、これなる事態にあいなった」


 国王の厳しいまなざしは、ひたと王太子へと向けられている。

 王太子は、かつてないその視線に怯む心を叱咤する。

 正直、彼にはなぜ国王がこれほどまでに厳しい姿を見せるのか分かってはいなかった。確かにエリザベータは神の娘だと言われている。だが、果たしてそれは事実なのであろうかと、常々疑問に思っていたからだ。


 王宮でのエリザベータに対する風聞は、確かに神の娘であるというものと、もう一つ。実は神の娘などではなく、不義の子なのではないかというものであった。

 その理由はエリザベータの容姿にある。大公も、その妻である国王の末妹も、輝くような金髪と海のごとく青い瞳を持っている。だがエリザベータの黒い髪と黒い瞳は、両親のどちらにも似ていないのである。


 エリザベータを王妹の不義の子であるとする王宮人は、あの娘の父は王妹の護衛騎士で、王妹と通じた罪で既にこの世を去っているのだとうそぶいた。だが類い稀なる神気を持っているが故に、秘密裏に始末する事をせず、神の娘とたばかるようにしたのではないか、と。


 王太子も最初はその話を一笑に付した。そのような娘を未来の王妃に据えるわけがない。


 だが、もしも……と、考える。


 もしもそれが事実だとしたら。

 昨今の王族にはないその膨大な神気を王家に取り込むためだけに、不義の娘と明らかにできず神の娘と称されるようになったのだとしたら。

 では、その娘を娶る自分は、王家に神気を取り込むだけの贄に過ぎぬのか、と思った。


 そんな時に出会ったのが、平民のアンジュだ。


 もちろん王太子も、最初はただの平民に過ぎないアンジュに一かけらの興味も持たなかった。ただ側近であるジェラールが好意を持っているので、その姿を見る事があったにすぎない。


 それが変わったきっかけは、学園の中庭でその柔らかな金の髪を茨に取られて困っているのを見かけてからだ。ジェラールの好いた女であるから、と、親切心を出してその髪をほどいてやった。その時に偶然触れた手の柔らかさが……いつまでたっても忘れられなかった。


 思い切って声をかければ、喜びを満面に表して破顔した。その貴族の娘には見られない素直な感情を好ましく思い……

 気がつけば、ひどく魅かれていた。


 だが平民を妻にする事など許されるはずもない。愛妾として王宮に留めるくらいだ。

 けれど、と、思う。

 不義の子であるエリザベータと、平民の娘であるアンジュと。

 人として、どちらが上などと甲乙つけられるものであろうか。


 思いがけない恋情に思い悩む王太子に、アンジュが相談を持ち掛ける。それはアンジュがエリザベータからひどい嫌がらせを受けているという相談である。


 王太子から見たエリザベータは感情の起伏のない、人形のような女だ。いつもその、闇色の瞳でじっと見透かすようなまなざしをしている。その瞳には感情が籠っているようでもあり、空虚なようでもあり、得体の知れぬ恐ろしさがあった。

 婚約者として定期的に会ってはいるが、その得体の知れなさに慣れることはなかった。


 だがそんな女でも、婚約者を奪われるとなれば悋気を見せるのか、と、王太子はほの暗い喜びを感じた。

 では平民の娘を取りエリザベータを捨ててやれば、あの冷たく取り繕った仮面をはずし、取り乱して泣き喚くのだろうか。


 それは今までエリザベータに対して畏れを感じていた自分を恥じる感情の裏返しであると、王太子は気がつかなかった。

 そして気づかなかったがゆえに、破滅を招いた。


 王太子は語る。

 エリザベータがいかに不当にアンジュを扱ったのかを。

 そして哀れなアンジュが遂には階段から落とされ死ぬところであった事を。


 それを聞いた国王は、しばし考え、横に控える神官長に手を挙げた。


「全てを明らかにせよ」


 頷いた神官長は、黒い瞳をアンジュに向けた。


『アンジュよ。真実を述べよ』


 『力ある言葉』にアンジュは支配された。これ以降、神の力をもって、いかなる嘘もつくことはできない。


「では、アンジュとやらに問う。エリザベータに何を言われた」

「下賤な身の上で殿下にはべるとはおこがましいと言われました」

「更に問う。エリザベータはお前を階段から突き落としたのか?」

「……いい、え。突き落とされてはいません」


 アンジュはその言葉を止めようとしたが、止まらなかった。目の端に驚愕に目を見開く王太子たちの姿が見える。


「ではなぜ、そのような嘘をついた」

「そう……すれば……殿下の妃になれると思った……から、です」


 なぜ、なぜ。

 アンジュは混乱していた。

 今までうまく行っていたのに、なぜ私はその全てを無にするような言葉を口にしているの、と。


 アンジュは平民ではあったが、裕福な商家の生まれで野心溢れる女であった。幼い頃から美貌を謳われ、その美貌と賢さで周囲の者を魅了していった。大人しい娘が好きな大人には従順な振りで。活発な娘が好きな大人には明るい笑顔を見せて。

 そうして周囲の大人も子供も虜にしていったが、そこで終わるつもりはなかった。

 私は特別だ。

 特別に神に愛され、人に愛される。

 それがこんな市井の片隅で終わるはずがないと思っていた。


 だから学力の高さを見いだされ学園に通う事になった時、その同じ学び舎に王太子がいる事を知り、歓喜に震えた。

 これだ。

 私の欲しかったものはこれだ。

 王太子が欲しい。王太子妃の地位が欲しい。未来の王妃の椅子が欲しい。いずれ得られる国母の称号が欲しい。


 だが王太子には当然のごとく婚約者がいる。神の娘と名高いエリザベータが。

 しかも彼の周りは高位貴族の側近に固められ、平民である自分が取りつく島もない。だがそれならば最初から王太子を狙うのではなく、その周りから落としていけばいい。


 そしてその策は思いのほかうまくいった。

 最初は王太子の側近の侍従に近づいた。そこをきっかけに、側近であるジェラールを陥落する事ができた。

 そしてついに、王太子その人に近づく事ができたのだ。

 これで自分は平民出身の初の王妃となるのだと思った。


 それなのに、なぜ、この唇は私の意思に反して、隠していた事実を明らかにするのか。


 アンジュは唇から血が出るほど強くかみしめ、『力ある言葉』に対抗しようとした。だがその努力も空しく、その場を凍らせる言葉が紡がれる。


「お前は王太子がその地位から追われても添い遂げるつもりがあるか?」

「いいえ。王太子でない者に用はありません」

「ではお前に愛する者はいるのか」


 神官長のその問いに、アンジュはかなり長い間抵抗していた。

 その様子に、王太子以外のアンジュの取り巻きであった男たちは、自分の名前こそがその桜色の唇からもれるのであろうと期待した。

 だが。


「おりません」


 その女は多くの男に真実の愛をささやいたが、誰一人として真に愛してはいなかった。

王母を国母に修正いたしました。

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