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婚約破棄の行方

気軽に読んでください……

「エリザベータ・ヴァントリー。私はお前のような女とは結婚できぬ。婚約破棄を申し渡す!」


 学園の中庭に怒声が響き渡った。

 中庭でくつろいでいた生徒たちは、何事かと声のする方を伺い見る。

 そこにはこの国の王太子と、その婚約者である黒髪の令嬢がいた。そしてその声は王太子のものであるらしい。


 いきなりの怒声を受けた令嬢は、動じる事なく片眉を上げて閉じた扇を艶やかな口元に当てた。


「いきなり何をおっしゃいますの?理由をお伺いしても?」


 突然の事に驚いたが、エリザベータは一応自分の婚約者である男の言葉に耳を傾けてみる。


「お前がアンジュにひどい嫌がらせをしていたのは分かっているんだぞ」

「アンジュというのは、殿下の後ろにいる平民の事ですの?」


 エリザベータは王太子の後ろにいる娘を扇で指し示した。黒い瞳には何の感情も浮かんでいないが、赤く染まった唇は笑みの形に作られている。

 その視線を受けて、王太子の後ろにいる娘がびくっと体を震わせた。柔らかな金の髪に青い瞳の娘は、華奢で愛らしく、庇護欲を誘う容姿の持ち主だった。その青い瞳にうっすらと涙を浮かべ、王太子の背の陰からエリザベータの姿をうかがう。


「何を白々しい。お前はいつもアンジュにひどい言葉を投げつけていただろう。覚えがないとは言わせぬぞ」


 ひどい言葉、と言われて、エリザベータは首を傾げる。


「下賤な身の上で殿下の側にはべるなどおこがましいとは申しましたが、それが何か?」


 エリザベータは王が決めた、王太子の婚約者である。その婚約者のそばに平民がまとわりついているのだ。苦言を呈して平民の娘を排除するのが婚約者の務めというものだろう。


「下賤だなどと、よくも言えたものだな!」

「では何と言えばよろしいのですか?神の血も引かぬのに」


 この国の王族や貴族は、神族とも呼ばれている。今ではその血もかなり薄れてきてはいるが、神の血を引き、その血に宿った魔法を使うのだ。そしてその魔力でもって国を守り、繁栄させている。

 対して平民は神の血を引かぬ別の種族だ。神の系譜から見れば、ただの人は動物と同じ存在である。


 中でもエリザベータは大公家の娘で、特別高貴な血を持つ。だからこそ、王太子の言う事が理解できなかった。


「そ、それでも。私も同じ人間ですっ」


 勇気を振り絞って言うアンジュの様子に、王太子は優しいまなざしを向ける。

 元々、王太子も最初は平民の娘になど興味はなかった。だが側近であるジェラールが親しくしているのを見て興味を持ったのがきっかけで、いつしかアンジュの素直で無垢な性格に魅かれていった。

 今では王太子妃にするならばアンジュしかいないと思うほど、この少女を愛していた。

 だからこそ、少女を傷つけたエリザベータが許せないのと同時に、この件をうまく使えばエリザベータを婚約者の地位から廃し、その代わりにアンジュをつけられるのではないかと思ったのだ。


「同じ?」


 そこでエリザベータは初めて少女の周りを見回した。よく見れば少女の周りを男たちが取り囲んでいる。王太子の側近と、そしてもう一人。


「テオドール。わたくしの従者であるあなたがなぜそこにいるのですか」


 少女を取り囲む男たちの中に自分の従者を認めて、エリザベータの顔が不快で歪む。


「私は……人を人とも思わぬあなたの側にいるのは、もう嫌なのです」


 テオドールと呼ばれた騎士の姿の男は、この学園に通う生徒でもある。王太子に請われて生徒会に入った彼は、元々はエリザベータの護衛としてこの学園に来たが、生徒会の仕事をするという事でその任から解かれていた。

 だからといって、雇い主であるエリザベータを非難できる立場にはない。


「なるほど。わたくしもそのような者を側に置いておきたくはありません。ただ今より護衛騎士を解雇いたします。すぐにこの学園から立ち去るように」

「え?」

「お前はわたくしの護衛としてこの学園に来たのを忘れていたようね。護衛でなくなった以上、お前がここにいる資格はありません。追って、沙汰を待ちなさい」


 この学園は貴族の子弟の為に作られたもので、最高の教育を受けられる代わりに学費も高額になる。平民が入学する際はアンジュのように学費を免除される特待生という制度もあるが、テオドールは大公家の計らいにより、ただの護衛としてではなく生徒としてエリザベータと同じ授業を取り、側で守る役目を担っていた。

 本来であれば護衛対象であるエリザベータのそばを離れて生徒会の仕事をすることなど許されないが、テオドールがいなくても身を守るすべのあるエリザベータがそれを許したのだ。


 だがそれもエリザベータの側にいるならば、の話だ。

 元々は護衛騎士として学園に来たのだから、その役目を全うできないのであれば、大公家がテオドールの面倒を見る謂れはない。むしろ、護衛の役を途中放棄したテオドールは、ここまでにかかった費用を返還するべきであろう。

 それによってテオドールの家は莫大な借金を負うだろうが、解雇した後の事はエリザベータには関係ない。


 というより、既にエリザベータはテオドールに何の関心も持たなかった。


「それで、わたくしのその言葉だけで婚約破棄なさるのですか?」


 エリザベータは手にした扇を左手で受け止めた。ピシャリ、と鋭い音が響く。


「むろん、それだけではない。お前はアンジュの教科書やノートを引き裂いただろう」

「……そうしたとして、何か不都合が?」


 身に覚えはないが、それの何がいけないのか分からない。


「そのような物がなくとも、授業など一度聞けば十分ではございませんか?」


 神族であるならば、授業など一度聞けば頭に入る。そもそもエリザベータは授業でノートを取るという事すら理解していなかった。


「他の理由はありますの?」

「アンジュを階段から突き落としたであろう。幸い、かすり傷で済んだが、下手をすると死んでいたところだぞ!」

「そのような事をした覚えはありませんが、どこの階段ですか?」

「白々しい嘘をつくな。目の前の階段だ!」


 確かに目の前には校舎から中庭に降りる階段がある。滅多に使われないそれは、校舎の天井が高いせいもあって、2階分の高さなのに3階分と変わらないほどの段数がある。


「階段のどこから?」

「最上段に決まっているだろう」

「まあ」


 エリザベータは扇を広げると口元を隠した。


「その娘は、平民とはいえ、素晴らしく頑丈な体をお持ちなのね。では鍛錬されている騎士ならば、同じように落としたとしても怪我一つ負わないのでしょうね」


 そう言うと『見えざる手』で王太子の側近であるジェラールの体を階段の上に動かし、王太子の言ったように突き飛ばす。

 いくら鍛錬している騎士とはいえ、不意打ちのそれに抗う間もなく階段から転がり落ちる。

 エリザベータが落ちた先へ向かえば、手と足をあらぬ方向に曲げたジェラールがうめき声を上げていた。


「あらあら、騎士ともあろう者が、平民の娘よりもひどい怪我をしているようね。鍛錬が足りないのではなくて?」


 あまりにもひどい惨状に、周囲から悲鳴が漏れる。

 王太子も側近の変わり果てた姿に顔色を青くしている。


「嫌がらせ、というのであれば」


 エリザベータはゆっくりと周囲を見回す。その唇が弧を描いて言葉を発した。


「そのような事をせずとも、一言言えばいいのですわ。『アンジュを不幸に』と」


 『力ある言葉』が唇から漏れる。周りで見ていた者は、ひっと小さな悲鳴を上げた。


「ああ、ついでに『王家の衰退』も願っておきましょう。王家の神気をもってすれば、衰退を免れるかもしれませんけれど」


 ほほほ、と笑うエリザベータは人の姿をしているが、神と王家の姫との間に生まれた娘で、その性は人でなく、神に近い。


 そもそも最初の王も神と人の間の子であった。その子の子孫が王家であり、貴族たちなのだ。


 神の血を引く王族と神の間に生まれた娘は、最初の王よりも神に近い。

 それゆえに王太子との婚約が結ばれていたのだ。

 薄まった神の血を、再び王家に取り戻す為に。


 王太子もそれを知ってはいたけれど、神の力を見せる事もなかったエリザベータをいつのまにか侮っていたのだ。ただの貴族の娘のように思って。

 

 だがエリザベータは人ではない。

 それを決して忘れてはならなかったのに……


 紡ぎだされた『力ある言葉』は、もう取り返しがつかない。


 王太子たちに待つ運命は、すでに決められてしまっていた。










神から見たら、人間って取るに足らない存在かなぁと思いました。

続きはその後、かな?

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