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ハーレム禁止の最強剣士!  作者: 青葉台旭
アハトグレイヴ編
29/57

スュン、月下に小青霊を見る。

1、スュン


 真夜中、突然、眠りから()めた。

 クラスィーヴァヤの森、エルフ外交官オリーヴィアの住居、その敷地内にある「訓練小屋」と呼ばれる()()の中。

 ベッドから起き上がり、蝋燭に火を()けた。室内がぼんやりと照らされる。部屋を横切り、庭に面した窓際に歩いて行く。

 カーテンを少しだけ開け、その間から芝生を敷き詰めた庭を(のぞ)いてみた。

 青白い光に照らされ、意外に遠くまで見通せた。

 空を見上げる。

 本当の満月ではないが、ほとんどそれに近い大きさの月が輝いていた。

「ううっ」

 床から上がってきた冷気に、思わず(うめ)いてしまった。

 昼間は汗ばむほどだったが、森の夜はまだまだ冷え込む。

 スュンは胸の前で腕を交差させ、自分で自分の肩をさすった。

 何か上に着るものは無いかと、持ってきたスーツケースの中を(さぐ)る。

 冬もののマントなどは嵩張(かさば)ると思って手荷物の中には入れていない。

 引っ越し用の木箱の中に仕舞(しま)って来た。

「しょうがない」

 これでも無いよりは()()か、と、寝間着の上からブラウスを羽織(はお)る。

 戸を開け、芝生が敷き詰められただけの真っ平らな庭に出た。

 冷たい月光の照らす夜の森は、スュンを不思議な気持ちにさせた。

 不安なのに、安心する……

 早くベッドに潜りこんで寝てしまいたいのに、いつまでもこうして青白い光の中に立っていたい……

 ふと見上げると、森の(こずえ)の向こうから、空中に浮かんだ四角形の何かが、ふわり、ふわりとこちらに向かって来るのが見えた。

 スュンは、すぐにその正体に思い当たった。

 ……木箱だ。

 今朝、家を出るとき玄関わきに置いた、引っ越しの荷物を詰めた十個の木箱。

 それらが、空中でゆらゆら揺れながら、こちらに向かってくる。

 よく見ると、木箱は単独で空中に浮かんでいる訳ではなかった。

 人型(ひとがた)の小さな生き物に(かつ)がれている。

 身長は、大きく見積もってもスュンの(ひざ)くらいまでしかない。

 幼児、というより、赤ん坊に近い体形。

 青色とも銀色ともつかない、つるんとした感じの金属光沢で、全身が(おお)われている。

 青白い月光を反射して輝くその滑らかな質感の体表が、いったい(ふく)なのか、それとも彼ら自身の体の一部……皮膚なのか、スュンには判断がつかない。

 その、全身を青白く輝かせた赤ん坊のような「何か」が、六人一組になって、スュンの荷物が入った木箱を担ぎ、夜の空を泳いでこちらへ向かってくる。

 やがて母屋(おもや)の真上に到着した生き物たちは、順番に一組ずつ一組ずつ降下して、玄関の脇に木箱を積み上げていった。

 スュンは、その生き物を知っていた。

 ……いや、知識としては知っていたが、実体(じったい)を見るのは生まれて初めてだ。

 エルフと魔法の契約を結び、様々な作業をエルフが寝ている間に代行してくれる存在。

小青霊(しょうせいれい)

 今朝スュンが木箱に焼き付けた魔法の文様(もんよう)を見て、真夜中に、このオリーヴィアの家まで荷物を運んできてくれたというわけだ。

 近づいてみると、小青霊(しょうせいれい)には目鼻が無かった。

 頭部は、ほぼ完全な球体。良く磨かれた金属のような表面が月の光を反射して輝いている。

 小青霊しょうせいれいを見ているうち、ふと、ライヒスタークの洞窟の近くにある、エルフの地底図書館で見た書物を思い出した。

 書物には、何万年も前に滅びた古代文明の伝説が書かれていた。

 はるか昔、「科学(カガク)」とかいう不思議な力を使って世界を支配した文明があった。

 彼らは、火を噴く巨大な「()」に乗って、はるか遠く星々の世界にまで飛んでいくことが出来たという。

 書物には、その星々へ飛んで行った「火を噴く矢」に乗った、銀色の戦士の姿が描かれていた。

 もちろん後世の者が描いた「想像図」だろうが……

 継ぎ目のない銀の(よろい)を身に(まと)い、やはり銀色に輝く球体型の(かぶと)で頭部全体を(おお)った戦士。

 その銀色の戦士の想像図をそのまま赤ん坊の大きさに縮小すると、目の前の小青霊(しょうせいれい)にそっくりだ。

 スュンが物思いに(ふけ)っている間に、小青霊(しょうせいれい)たちは手際よく作業を進め、あっという間に玄関の脇に木箱を十個、五列二段に並べ終えた。

そして、やってきた時と同じように、ふわりふわりと空へ浮かび上がり、高度を上げ、青白く輝く月の向こうに消えてしまった。

 何だか、起きていながら夢でも見るような、不思議な真夜中の一時(ひととき)だったな……目の前に積まれた木箱を見ながら、スュンは、ほっ、と息を()く。

 そのスュンに、()()が、()()後ろから声を()けた。


2、エリク


「……スュン……」

 後ろを振り返る。

 エリクが立っていた。

 夕暮れ、あの巨大な穴の底で見たそのままの姿で立っていた。

 あの大陥没から、ここまで歩いてきたのか? などと一瞬思ってしまった。

 オリーヴィアの言う通り、目の前のエリク……エリクの形をしたもの……が純粋な魔力の凝固体だとすれば、物理的距離など意味が無いかも知れないというのに。

 少年の顔の下半分は、目玉の無い眼窩(がんか)から(あふ)れる血で真っ赤に染まっている。

「……エリク……」

 不思議と、今度は冷静になれた。

「……スュン……助けて……痛いんだ……嫌らしい(くだ)が、頭の中を()い回るんだ……目玉を……目玉を、頭の内側から……ぬらぬら()めまわすんだ……ああ……いやだ、いやだ……やめて、やめて……」

「エリク」

 ゆっくり、一歩一歩、エリクに近づく。

「エリク、それは(まぼろし)よ」

 言いながら、一歩一歩、近づいていく。

「その痛み、その悲しみ、全て(まぼろし)なのよ」

 スュンは、エリクの目の前まで歩いて行くと、少年の細い体をギュっと胸に抱きしめた。

「全て(まぼろし)……あなた自身……あなたの存在そのものが……魔力が生み出した……幻影(げんえい)なの……エリク」

「え?」

 スュンの胸の中で、エリクが(うめ)く。

 この胸に伝わる体の温もり、着ている服の肌触(はだざわ)り、抱きしめた腕を押し返す肉体の弾力、悲しみに満ちた声。

 それらは、あまりに現実的だった。

 ほんとうに自分は「(まぼろし)」を抱きしめているのだろうか?

 今、自分の腕の中に居るのは、()()()()()()()エルフの少年なのではないか?

 自分は、オリーヴィアのような透視(とうし)魔力を持っていない。

 目の前の少年が、本物か、あるいは魔力が生み出した偽物(にせもの)なのかを判断することが出来ない。

 ……でも……

 精神を研ぎ澄まし、三角に(とが)った自分の両耳に意識を集中させる。聴覚拡大魔法、発動。

 ……やはり。

「エリク、よく聞きなさい」

 スュンは、少年の体をさらに力強く抱きしめる。

「エリク……いいえ、あなたは『エリク』ではない。本物のエリクは死んでしまった。私がこの目で確かめた。あなたは『エリクの偽物(にせもの)』。エリクの体から出た魔力が、その姿形(すがたかたち)模写(コピー)しているだけ……気づいて……()()()()()()()()()()()

「エリクは、死んでしまった? 僕は……僕は……エリクでは、ない?」

「そう。気づいて」

「僕は、エリクじゃない……僕は、エリクじゃない……僕は、エリクじゃない……ああ、そうだ。僕は死んだんだ。怪物に殺されたんだ……じゃあ、僕は……僕は、いったい……」

 突然、抱きしめていた少年の体から手ごたえが消えた。

 輪郭が、見る見る()()()()いく。

 やがて、少年の体は黄金色に輝く微粒子に還元され、粒子は拡散し、薄まり、夜の空間に()けて消えた。

 気が付くと、スュンは、自分自身の胸を両腕で抱きしめていた。

 青白い月の光に満ちた空を見上げる。

「なるほど、ね」

 その声に、驚いて振り向く。

 母屋(おもや)の玄関口に、オリーヴィアが立っていた。

 あの時と同じように、瞳が黄金色に光っている。

 透視(とうし)魔法が発動しているのだ。

「……魔力の凝固体に複写(コピー)されたエリクの精神……その精神の複写(コピー)に『本体は既に死んでいる』と納得させられれば、偽物(にせもの)の自我は崩壊し、よりどころを失った魔力は拡散し、消滅する……良くやったな、スュン」

「オリーヴィア様」

 スュンが尋ねる。

「教えてください。死んだエリクの体から放出された魔力が、その生前の精神を()()()()()()()()()()()()()、それは、もう、エリクそのものではないのでしょうか? その魔力を拡散させ、消滅させたということは……私は……私は、エリクを『完全に殺してしまった』という事では、ないのですか?」

「さあ? どうだろう」

「エリクを抱きしめたとき、確かな実感がこの両腕にありました。体温も、声も……ただ……」

 目を()せて、自分自身の耳に、そっと指をあてる。

「ただ……心臓の鼓動だけが、聞こえなかった」

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