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ハーレム禁止の最強剣士!  作者: 青葉台旭
アハトグレイヴ編
26/57

ニーナ・ヴァルティヤ、深夜に森を歩く。

1、ニーナ


 都市国家サミアから北東方向へ馬車で二日の場所に、アハトグレイヴという村がある。

 サミア平野と北の森の境界にある、寒くて寂しい村だ。

 ある春の夜、村はずれの森を歩く一人の女があった。

 右手に持った蝋燭(ろうそく)ランタンの光を頼りに、獣道(けものみち)を森の奥へ奥へと入っていく。

 年齢(とし)は二十をいくつか過ぎた(くらい)だろうか。

 ゆるくウェーブのかかった長い栗毛(くりげ)が歩調に合わせて(かす)かに揺れる。

 いかにも田舎育ちの金持ちの子女といった風情(ふぜい)の、優しそうな、内気な感じの顔立ちをした女だ。

 女は、名をニーナと言い、アハトグレイヴ村の大地主ヴァルティヤ家の娘だった。

 一時期、学業のために都市国家(まち)へ出ていたが、去年サミアのアカデメイアを無事卒業して家を継ぐためにこの村に帰って来た。

 その大地主の娘が、真夜中たった一人で森の中を歩いている……

 一体何のために、どこへ向かっているのか?

 やがて、若い女……ニーナ・ヴァルティヤは、低い丘の頂上にたどり着いた。

 ほっと一息ついて空を見上げる。

 ちょうどその時、月を(おお)う雲が風で流された。

 薄暗い月の光が降り注ぎ、森の木々が青白く浮かび上がる。

 これならば蝋燭(ろうそく)の明かりが無くても森の中を歩けるかも知れないと、一瞬、考える。

 大地主ヴァルティヤの当主が病に倒れ、余命いくばくも無いと診断されたこの時期、その後継者たる若い娘が夜な夜なベッドを抜け出し森を歩いていると村人たちに知られるのは(まず)い。

 特に、義母(あのおんな)にだけは知られたくない。

 ランタンの明かりを消すことで誰かに見られる可能性が少しでも減るなら……と、そこまで考えてニーナは首を振った。

(考えすぎだ。そんなことをするより、少しでも早く洞窟に着くほうが良い)

 低い丘を越え、なだらかな下り坂を森の奥へと再び歩き出す。

 一度も後ろを振り返ることなく、一心に目的地の洞窟を目指して歩く。

 ニーナは気づいていない。彼女が丘を越えたほんの少し(あと)、その同じ場所を通過した者があることに。

 フードを目深に(かぶ)り、男とも女とも若者とも老人とも見分けられないその人物に、森に入った時からずっと()けられていたということに。

 追跡者の存在に気づかないまま、ニーナは丘を越え、さらに一時間ほど森の獣道を進んだ。

 道は高さ五レテム程の崖の下に突き当たって終わった。

 根元の岩に、やっと人間ひとり(かが)んで通れるほどの裂け目がある。

 ニーナは迷わず蝋燭(ろうそく)ランタンをかざしてその裂け目に入った。

 入口こそぎりぎり大人が通れる大きさだったが、入ってしまえば中は意外に広い。

 高さ三レテム幅三レテム程ある。

 その天然のトンネルを、蝋燭(ろうそく)の明かりを頼りに奥へ進んだ。

 右に左に()()()ながら地中の奥へ奥へと続く一本道を歩いて行く。

 途中、燃え尽きた蝋燭(ろうそく)をポケットの予備と取り換えた。

 やがてトンネルは終わり、明らかに人工のものと分かる部屋に辿(たど)り着く。

 ニーナが部屋に入ると同時に、部屋の四隅にある()()()()台に、何もしていないのにボッと青白い火が灯る。

 ニーナは、ひとりでに点火した()()()()に驚くこともなければ、その煙が地底の小部屋に充満することを心配する様子(ようす)もなかった。

 実際、青白い光を放つ炎からは煙が出ていない。

 炎に手をかざしても(わず)かな熱量さえ感じられないことを、ニーナは知っている。

 自分が部屋に侵入すると同時に自動点灯したこの炎は、魔法が生み出したある種の「幻影」だ。

 その幻影の炎に照らされて、奥の壁に両開きの大きな扉が浮かび上がる。

 扉を守護するように、両脇に怪物(ガーゴイル)の像が安置されていた。

 必要なくなったランタンに息を吹きかけて火を消し、壁ぎわにある石の台の上に置いた。

 部屋の奥まで歩いて行って、左のガーゴイルの耳に口を当てる。子供が内緒話(ないしょばなし)をする時のように。

「ヴァルティヤ家の(むすめ)、ニーナ」

 怪物の耳元で(ささや)く。続いて、秘伝の呪文。

 突然、ガーゴイルの口から声が発せられた。

開錠の呪文(パスワード)、確認。認証完了。扉を開きます」

 どこか作り物めいた男の声が地底の部屋に響く。

 ゴゴゴ……という重い音を(ともな)って、奥の扉が両側に開いていく。

「開錠後、半時間で扉は自動的に閉まります。開いたままにする場合は、再度、認証手続きを行ってください」

 野太いガーゴイルの声を背中に聞きながら、ニーナは奥の部屋に入った。

「認証の部屋」とは桁違(けたちが)いの明るさに目を細める。まるで昼間のような明るさだった。

 広さも桁違いだ。都市国家サミアにある大神殿の聖堂と同じくらいか、ひょっとしたらそれ以上かもしれない。

 地底の奥深くに造られた大聖堂……その中央に安置されているのは、美しき女神でも猛き魔神でもない。

 (ドラゴン)だ。

 全身黄金(こがね)色に輝く、竜の像。

 像には台座が無かった。

 大理石を敷きつめた聖堂の(ゆか)に、直接、全身の力が抜けてしまったような格好で()せている。

 鋭い(とげ)()()()()(よう)に一列に並んだ長い首も、その先端の、凶悪な牙が()き出しになった(あご)も、どちらも力なく(ゆか)の上に横たわっていた。

 竜の顎と首の境目あたりに向かってニーナは歩いて行く。

 遠目には全身が金色(こんじき)に輝いているように見えた竜の像も、近づいて良く見れば、その黄金の相当部分が()()ちて地金(じがね)()()しになっていると分かる。

 つまり、竜の像は無垢(むく)の純金製ではなく、別の金属で出来た本体に金箔(きんぱく)が貼ってあるだけ、という事だ。

 金箔の()げた部分から(のぞ)いている本来の素材は、見たこともない様な不思議な光沢を持って光を反射していた。

 工学の専門家でも鉱物学の専門家でもない彼女でも、それが現代に生きるほとんどの人間にとって未知の金属である事だけは、直感的に分かった。

 ヴァルティヤ家に代々伝わる伝承が正しければ、この竜の像は三千年もの長い間、地中深くに眠っていた事になる。

 三千年うんぬんという伝承の信ぴょう性は別にしても、全身に金箔を貼られたこの竜の像や、像が安置されているこの地下大聖堂が造られてから、少なくとも百年以上は経過しているだろうという事は、ニーナにも想像できた。

 にもかかわらず、()げた金箔の下から(のぞ)くこの不思議な金属は、一点の(さび)(くもり)も無く、今でも怪しい輝きを放っている。

(これは一体、何という物質なのだろう……)

 竜の像を形成する本当の素材、その未知の金属が放つ不思議な輝きは、表面を薄く覆う黄金以上にニーナの心をざわつかせた。

 横たわる竜の首の横にしゃがみ込んで、彼女はその長い首に並ぶ鋭い(とげ)の一本を()でた。

 辺境の片田舎で育ったとはいえ、彼女は地元の予備塾でそれなりに優秀な成績を収め、十八歳からの四年間は都市国家のアカデメイアで高等教育を受けている。

 ヴァルティヤの家に先祖代々伝わるの家宝というだけでなく、おそらくは人類全体にとっても貴重な文化財であろうこの竜の像に素手で触る事が、いかに非常識な行いであるか、ニーナとて十分承知している。

 しかし、この()()()()()()()()()()()()()彫像を、今にも動き出しそうな生々しい姿を、そして、その素材である不思議な輝きを持った未知の金属を見ると、どうしても「触れたい」という自分の中の衝動を抑えることが出来なかった。

 たとえヴァルティヤ家の跡継(あとつぎ)であっても、この聖堂へ通じる扉は本来なら滅多に開けるべきものではない。それも承知していた。

 しかしニーナは、義理の父親に連れられ初めてこの地下聖堂を訪れ、この竜の彫像を目にして以来、まるで酒飲みが三日と持たず禁酒を破ってしまうように、洞窟通いを止めることが出来なかった。

 そして距離を置いて姿を(なが)めるだけでは飽き足らずに、近づいて行ってその怪しく輝く金属の(うろこ)を手で(さわ)ってみたいという衝動を抑えきれなくなっていた。

 ぶるっ……

 首筋から天井へ向けて真っすぐ伸びる長い(とげ)()でていた手のひらに、(かす)かな振動を感じて、ニーナは驚いて手を引っ込めた。

「え?」

 こんな事は今までなかった。

(動いた? 彫像が? まさか!)

 いかに生々しい姿をしていても、しょせんは(ただ)の彫像、金属の塊だ。

 それが動くなど……

(気のせいだ。何かの勘違いだ。……今夜の私は、どうかしている……)

 その時、聖堂の入口で人の動く気配がした。

 こんどこそ本当に心臓が止まるほど驚いた。

 振り返って見ることが出来ない。

 この場所を知っているのは、自分の他には、病の(とこ)()せっている義理の父だけのはず。

(では、誰が? 誰が私の後ろに居るのだ? それとも、後ろに感じるこの人の気配も幻覚なのだろうか? ああ、私はとうとう気が変になってしまったのだろうか?)

 恐ろしくて、振り返ることが出来ない。

 しかし振り返らないわけには、いかない。

 ニーナは、ゆっくりゆっくり、首を動かす。

 こめかみを汗が一滴、伝い落ちた。

 誰かが扉のこちら側に立っていた。

 フードを目深に(かぶ)った……顔の見えない……誰かが。

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