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緑のエルフ、大長老の部屋で密談す。

1、ルストゥアゴン


(すさ)まじいものだな」

 老いた男のエルフが(つぶや)いた。

 禿げ上がった額。

 肩まで伸ばした白い後髪(うしろがみ)

 口の周りを覆う(ひげ)と、顎から垂れた(ひげ)、どちらも見事に白い。

 フードの付いた灰色のローブ。

 右手に持つケヤキの杖の頭には、銀製の飾りが付いてる。

 人生の大半を「二十代半ば」の若さで過ごすエルフでありながら、これほど老いた姿をしているのは、二百二十以上の(よわい)を重ね、この男が「老齢期」に入っているからだ。

「はい……」

 隣に立つ女が答える。

「このような巨大な陥没が一夜にして出現するなど、聞いたことがありません」

 やや低めの、落ち着いた声だった。

 先端が尻に届くほどの長い髪を、頭の後ろで三つ編みにして一本に束ねている。

 強い意志を持った切れ長の目。

 細身の体。

 平均的なエルフの女よりも少しばかり背は高い。

 多くのエルフと同じく二十代半ばの若さを保っているが、その落ち着いた顔立ちが、彼女を他のエルフより(わず)かに年上に見せていた。

 彼女の体は、その全てが()()だった。

 長い髪は、真夏の木の葉のような深い緑。

 やわらかな肌は、芽生えたばかりの新芽のような薄く明るめの緑。

 瞳は、入念に磨いたエメラルドのような透き通る緑。

 血液の赤みが強く出た唇だけが、オレンジ色に浮き上がっていた。

 木の樹皮を思わせる茶色の地味なローブを着ている。

 緑のエルフ(グリーン・エルフ)の女だった。

「……いや……陥没という現象そのものは、ごく(まれ)にだが発生しうるものなのだよ。……問題は、この形状だ」

 そう言って、老いた男のエルフが周囲を見回す。

 確かに不自然な地形だった。

 周辺部の(がけ)崩れによって、その輪郭線が徐々に乱れ始めているとはいえ……全体としてみると、その場所は「ほぼ完全な半球形」に陥没していた。

 半径およそ百五十レテム。

 二人のエルフは、その一番底、陥没の中心地に立っている。

「自然の陥没が、こんなに()()()(まる)くなるなどという話、さすがの(わし)も聞いたことがないわ」

 老エルフが言う。

「それに……あの断層を見ろ、オリーヴィア。あれは、陥没によるものではないぞ。あれは、()()()()()()()()だよ。例えていえば……そう……天を突くような大巨人が、大きなスプーンで、生えていた木や草ごと多量の土砂をえぐったような……(わし)には、そんな風に見える」

「大長老ルストゥアゴン……私には、わかりません……それは一体どういう……」

 オリーヴィアと呼ばれた女の緑のエルフ(グリーン・エルフ)が、老エルフに向き直って(たず)ねた。

「この、きれいな球状の大地の()()()。オリーヴィア、おぬしの報告にあった、人間の土地で起きた『天から大量の土砂が降ってきた』という異常現象。その先の潜冥蠍(せんめいかつ)の死骸……これら全て、どうみても『われわれの住む世界』の(ことわり)では説明がつかぬ。……つまり……」

 老エルフ……大長老ルストゥアゴンがオリーヴィアを見返す。

「とうとう『その日』が来たと言うことだ。三千年間、我々が恐れ、しかし、絶対に回避できぬと覚悟し、準備してきた『その日』が、とうとうやって来たという事だ」

「ついに……そうですか」

 オリーヴィアが、溜息(ためいき)混じりに答える。

 意外に驚きの色は薄い。

 覚悟は出来ていたということか。

「この世界が再び『空間活動期(くうかんかつどうき)』に入ってしまったということなのですね」

 大長老ルストゥアゴンが(うなづ)く。

(じき)に、やって来るぞ。異世界の彼方より……禍々(まがまが)しき者どもが……な」

 やわらかな春の日差しに包まれた森の奥。

 周囲の森は、いつもと変わらず平和だ。

 しかし、巨大な球状の穴の底に()()()二人で立ち尽くすエルフたちの周囲には、冷たく(よど)んだ空気が(ねば)っこく(まと)わり付いて、オリーヴィアは体を強張(こわば)らせる。

「とにかく、ライヒスタークの洞窟内にある、(わし)の書斎に行こうではないか。実は、この異常現象を目撃した者が居るのだ」

「目撃? その起きた瞬間を、ですか?」

 ルストゥアゴンが(うなづ)く。

「それどころか、えぐり取られた大量の土砂と一緒に、不思議な空間を(ただよ)い、気が付いたら人間の町に居たというのだ」

「それは、本当ですか?」

「嘘を言ってどうする。今日、その目撃者の一人、ダークエルフの女を私の書斎に呼んである。オリーヴィアも同席して、知りたい事があったら、その女から聞けば良い」

「わかりました」


2、オリーヴィア


 ライヒスタークの洞窟の前には、三柱の女神像が安置されている。

 高さ二レテムの台座の上に立つ身長五レテムの石像。

 何代も前の長老たちが、当時最高の腕を持っていた人間の彫刻家に作らせたものだ。

 向かって左からウルズ、ヴェルザンディ、スクルドの運命を司る三姉妹。

 ウルズだけは大理石ではなく、黒御影石(くろみかげいし)()られている。おそらく、ダーク・エルフを表しているのだろう。

 ダーク・エルフの女神は豊満な胸と腰を持ち、露出の多い、扇情的(せんじょうてき)な衣を(まと)っていた。

 中央のヴェルザンディは、連続三角文様(もんよう)の衣を(まと)い、長い髪を後ろで一本に束ねている。

 オリーヴィアは、幼い頃にヴェルザンディの像を見て、大人になったらこの女神と同じ髪型にしようと思ったものだった。

 実際に大人になった今、子供の頃の思い出は別にして、自分に一番似合う髪型を選らんでいるつもりだったが、こうして改めて見ると、少しだけ自分の髪型がこの女神像に似ていると気付いて、思わず苦笑してしまった。

 最後の女神、末の妹スクルドは、他の二柱の神に比べると、身長がいくぶん低い。まだ幼い女神という設定なのだろう。

 手には「ピコピコの大槌(おおつち)」と呼ばれる神器を持っている。

 荘厳な女神像たちの足元を通り抜け、洞窟の中に入る。

 ライヒスタークの洞窟内部は、その奥深くの「大議場」と呼ばれる荘厳な大ホールを中心に、それを取り囲む形でズラリと個室が並ぶ構造になっていた。

 長老の資格を持つ者だけが、その個室の使用を許されている。

 その中の一つ、ルストゥアゴンの書斎の前に立つ。

 書斎の(あるじ)が扉の()()に手をかざすと、手のひらが(かす)かに光って「カチャッ」という小さな音が扉から聞こえた。

(施錠と解錠の魔法か……大長老様の掛けた魔法ともなれば、私ごときに外せる代物(しろもの)ではないのだろうな)

 などと、その様子を見ながらオリーヴィアは思った。

「ささ、入りなさい」

 大長老がオリーヴィアを手招きする。

 中に入ると、意外にも質素な内装だった。

 廊下と同じ、洞窟を掘削(くっさく)して平らに磨いただけの、岩盤むき出しの壁。

 天井で光る「照明の魔法」

 広さは、縦横十五レテム程か。

 十人()けの大テーブルと、大きな書物机(かきものづくえ)が一つ。

 壁際に本棚とガラス戸棚。本棚には革表紙の大型本がびっしりと並び、ガラス戸棚の中には、食器と水差しが申し訳程度に収められている。

()けたまえ」

 ルストゥアゴンの勧めに、オリーヴィアは素直に従った。

「ありがとうございます」

 長老は、ガラス戸棚から急須(きゅうす)湯呑(ゆの)みを二つ出すと、急須にハーブ茶の茶葉を入れ、水差しから水を(そそ)いだ。

 急須に(ふた)をして、その上に手を()せる。

 しばらくすると、急須の中から「こぽこぽ」と湯の沸く音がした。

(扉の解錠に、こんどは湯沸かしか……魔法の達人ともなると、何でも出来るのだな)

 その様子を見ながら、ぼんやりと緑の女エルフは思った。

「飲みなさい」

 ルストゥアゴンが茶を(すす)める。

「ありがとうございます」

「さて……」

 湯呑みを片手に自分も大テーブルの相向かいに座ると、大長老が(たず)ねた。

「お主の見解を聞こうかのう? オリーヴィア。我々は、これから、どうすれば良いと思う?」

「はい……」

 オリーヴィアは深呼吸を一つして、その間に自分の思考をまとめる。

「この世界が『空間活動期(くうかんかつどうき)』に突入し、異世界との境界が不安定になっているのだとすれば、禍々(まがまが)しき存在がこの世界に侵入してくるのは、もはや時間の問題でしょう。一刻の猶予も無いと覚悟しなければいけません」

「それで?」

「異世界の存在に対抗するため、史上最強の魔法使いが作り上げた史上最強の武器……三千年の間、人間の元に(あず)けてあった『大賢者スタリゴンの遺産』を我らエルフ族の手に取り戻すべきです」

「ほう。その理由は?」

「現在、『スタリゴンの遺産』は、ある人間の一族が代々受け継ぎ、管理しています。問題は、その管理の質です。われわれ魔法を操るエルフ族から見て、彼ら人間の管理体制は、全くお話にならない水準です。許可さえ頂ければ、今直(いますぐ)にでも私が保管場所に忍び込んで、容易(たやす)く盗んで来て差し上げましょう……そう言い切れる程の杜撰(ずさん)さです」

「つまり、現状では我々エルフ族の至宝(しほう)とも言える『大賢者の遺産』が、いつ紛失してもおかしくないような状態に(さら)されていると、そういう訳だな?」

「はい。加えて、近ごろ人間社会の中に不穏(ふおん)な動きがあります。まだ、我々も実態を把握(はあく)し切れていませんが、どうやら秘密結社のようなものが、地下社会で勢力を延ばしつつあるらしい」

「ほう? 秘密結社とな?」

「人間たちの間にも……一部ではありますが……先の『大災厄』から三千年後の今、再び大きな災いが世界を襲うという伝承を信じる者が居ます。さらに、その一部は、我々とは全く逆の立場で『災厄』の到来を()()()()()()()ようなのです。……つまり……現在この世界は、すでに取り返しのつかない程の悪しき状態に(おちい)っている。もはや、巨大な力で世界の秩序を一度徹底的に破壊し、新たに正しき秩序を最初から作り直すより他に、世界を救う道は無い。……そして三千年に一度、時空の壁を超え、世界を破壊し浄化するために異世界より神々が降臨される……と」

「酷い考え(アイディア)だな」

「まだ確かな証拠を(つか)むまでには至っていませんが、このような教義を持つ地下組織が存在するのは間違いないと、我々は(にら)んでいます。その組織が、もしも『大賢者の遺産』すなわち異世界の存在に対抗できる武器の存在を知ったら……」

「その者らは、必ずや伝説の武器の奪取、あるいは破壊を計画するだろう、ということだな?」

「はい」

「そして現在『武器』を管理している人間の力では、それを阻止する事は出来ない」

「はい。その通りです。組織の特定には、まだ、しばらく時間がかかります。万が一に備えて『大賢者の遺産』は我々の手元に置くべきです」

「ううむ……」

 さすがの大長老も、この話はあまりに突飛すぎたのか、(うな)ったきり、腕を組んで黙り込んでしまった。

「オリーヴィアよ……」

 冷めた湯呑の茶をひと口、ゴクリと飲んで、ルストゥアゴンは再び緑のエルフ(グリーン・エルフ)に話しかける。

「三千年前、大賢者スタリゴンは、自らの全魔力を結集して創り上げた武器を、なぜ、わざわざ人間に預けたと思う? お主の言うとおり、安全性を考えれば、我々エルフの管理下に置くのが一番だというのに」

「……わかりません……」

「どのような道具もな、それ単独では、意味をなさない。使()()()()()()()()()、それは、ただの置物(おきもの)だよ。そして、大賢者は予言をされた。

『三千年後、この武器を操る()()が、この世界に現れる』とな」

「使い手……が……人間?」

「そうだ。スタリゴンは三千年前、まだ生まれても居ないその『人間の使い手』のために『専用の武器』としてそれを創られたのだ。その者が触れぬ限り『武器』は起動せぬ。分かったか? これが『大賢者スタリゴンの遺産』が人間に預けられた理由だ。そして、オリーヴィア……もしも、お主が言うところの『秘密結社』の存在が確かだとすると……我々が、その気が狂った連中から守るべきものは、一つではなく二つという事になるな」

「つまり『遺産』とその『使い手』両方を守らなければいけない、そう、(おっしゃ)るのですか?」

「ああ。そうだ。人間は、弱いぞ。(すぐ)に死んでしまう。切れば血を流し、毒に冒され、高い塔から突き落とされても浮遊魔法一つ使える訳ではない。しかも、やっかいなのは……我々は『使い手』が、どこの何者なのかを全く把握できておらんという事だ」

 オリーヴィアは老エルフの言葉を聞き、自分の背負った職責(しょくせき)が突然何十倍も重くなった気がして、顔から血の気が引いていくのが分かった。

「ところで、オリーヴィアよ」

「は、はい……」

「ブルーシールド一族の者は、何をしておる?」

「はい……そちらのほうの動静も常時監視を続けていますが、最近、動きを活発化させているようです」

「やはりな」

「一族は『ブルーシールド財団』という、表向き、各都市国家のアカデメイアへの寄付および優秀な若者への奨学金給付を目的とした団体を立ち上げています。……しかし、これは社会を欺くための仮の姿であり、その実体は、ある種の『私的諜報機関(ちょうほうきかん)』とも言うべき物です。

 その『財団』の周辺が、この所、やけに騒がしくなって来ています」

「まあ、その理由もだいたい想像出来るわい。ある意味、我々とブルーシールド一族の目的は同じだからな。オリーヴィアよ、あの者らから目を離すでないぞ。おそらく、その『財団』とやらの目的は……」

「目的は……何でしょうか?」

「『使い手』だな。当面の所は『遺産』の方には、興味を示さぬはずだ。案外、探す手間が省けるかもしれぬ。直接、獲物を追わずとも……獲物を追う『猟犬ども』を追っていれば、最後の最後で、こちらが先に捕まえる機会も有ろうて。……獲物を無事、生け捕りにさえ出来れば……手懐(てなづ)ける方法などは幾らでも有る」

 そのとき、大長老ルストゥアゴンの書斎の扉をノックする音が、室内に響いた。

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