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アラツグ、スュンにデートを申し込み、スュン、アラツグ以上に妄想す。

1、スュン


「す、すゅんさ~ん! お、おれと、つきあってくださ~い!」

 アラツグの声に、空中でピタリと動きを止めるスュン。

 し~ん、と静まり返った野次馬(ギャラリー)たち……

 スュンが、ゆっくりと高度を下げ始めた。

 やがて、ふわりと赤土の上に着地。

 アラツグの方へ、ゆっくりと歩いてくる。

 真っ直ぐに自分を見つめるスュンの黒く美しい瞳に、思わずアラツグの顔が赤らんだ。

 スュンの足が止まった。

 一レテムの距離を空けて見つめ合う。

 スュンの身長は、人間の成人女子の平均より、やや低い。

 対するアラツグは、成人男子の平均値を遥かに超える長身だ。

 自然、スュンはアラツグを見上げる格好になった。

「どう言う意味だ?」

 スュンが(たず)ねる。

「『つきあう』とは、いったい、どう言う意味だ?」

「つ、つきあうは、付き合うという意味で、あの、その」

「エルフは『付き合う』などという言葉を使わない。人間特有の単語だな」

「あ、そうなんですか。付き合う、っていうのは、お、俺も本当は良く知りませんけど……二人でいっしょにご飯を食べたり、二人でいっしょに芝居を見に行ったり、二人でいっしょに景色の良い場所へ馬車で遠出をしたり……お、おれ馬車持ってませんけど、その日はレンタ馬車を借り……れば良いのかな? あ、そうだ、近々(ちかぢか)都市国家(まち)の『市営コロッセウム』がリニューアル・オープンするんだった。確か、こけら落としに有名グラディエイターを呼んで怪物(モンスター)と闘わせるって聞いてます。二人でいっしょに見に行きませんか? グラディエイターと怪物(モンスター)との闘い! 絶対、興奮しますよ! チケットはとっくに完売してるだろうけど、スュンさんがオッケーしてくれれば、俺、ダフ屋からでも買ってきますよ」

(チ、チキショー……デートなんかしたことないから、説得力のあるデート・プラン思いつかないぞ。ああ、スュンさんと再会できるって前もって分かっていたら、ムタイさんにでも相談してたのに)

「……ご飯を食べたり、芝居を見に行ったり、馬車で遠出をしたり、剣闘を観戦したり……」

 スュンが、アラツグの言葉を自分に言い聞かせるように(つぶや)く。

「そ……そうです」

「それの……」

 スュンが、あらためてアラツグの顔を見つめる。

 黒く大きな瞳に、すい込まれそうだ。

「それの何処(どこ)が面白いのか、さっぱり分からないぞ」

 スュンがいきなり、アラツグのデート・プランにダメ出しをした。

「え……?」

「そんなことをして、何の意味があるのだ」

「ああ、いや、そう言われても……俺の方としましても、なにぶん、男女交際経験値ゼロでして……その辺もご配慮いただければ、というか何というか……」

「……でも……」

「でも?」

「『二人でいっしょに』というのは、それだけで、何だか楽しそうだ……」

「で、でしょー! き、きっと楽しいと思いますよ! 俺とスュンさん二人なら、何したって楽しいに……」

 その時、もう一人のエルフ、ヴェルクゴンが、空から地上に()り立った。

「スュン、そんな人間の男に()()()()()()場合ではないぞ。早くエルフの森へ帰って、長老たちに今回の一件を報告しないと。だいたい、スュン、お前は、その男の言った『付き合う』という言葉の意味を知っているのか?」

「今、ちょうど、それを聞いていたところだ」

「その男が、何をどう説明したか知らんが、な」

 ヴェルクゴンが(かす)かに下品な表情を浮かべる。

「スュン、『付き合う』というのは人間の言葉で『交尾をする』という意味だ」

「えっ!」

「スュンも、木の上でオス(ざる)とメス(ざる)()()()()()のを一度や二度は見たことがあるだろう? エルフの森で」

「……」

「この男は、その獣じみた欲望をスュン相手に満たそうとしているのだ。そんな愚かで(いや)しい人間の相手など、している(ひま)は無い。さあ、帰るぞ」

 ヴェルクゴンはスュンの返事を待たずに再び空中に浮き上がり、廃墟になった煉瓦倉庫の屋根に()り立った。

 そこで振り返って、早くしろ、とでも言いたげな表情でスュンを見下(みお)ろす。

「そ、そうなのか?」

 スュンが、アラツグを振り返って問いただす。

「あ、あの……そ、その、ですね……そ、それが目的……って……訳でも、ありませんが……えっと……たまたま二人の気持ちが盛り上がって、ですね、結果として、そういう事に(いた)ってしまいましても、それは、それで、自然な成り行きと言うか……」

 ……とくんっ、とくんっ、とくんっ、とくんっ……

 アラツグの並外れた聴覚が、スュンの胸の中で突然高鳴りだした心臓の鼓動をとらえた。

 スュンが、その胸の高鳴りを抑えるように両手を胸の谷間に当てる。

 顔がフワァーっと上気して、アラツグを見つめる瞳が熱っぽく(うる)む。

 (かす)かに開いた唇から()れる吐息(といき)が荒い。

 ……ところが……

「だ、駄目だ!」

 スュンが、いきなりアラツグに背中を向ける。

「わ、わたしは、え、えるふ、だ」

 (うしろ)を向いたまま、震える声で、スュンが言った。

「そりゃ、見れば分かります」

 アラツグの方に向けられた、意外に大きなスュンの安産型のお尻が、もじもじ、もぞもぞ、と(かす)かに動いている。

 それに合わせて、腰に下げた銀剣の(さや)が揺れた。

「ほ、誇り高きエルフの一員だ」

「分かってます」

「ほ、誇り高きエルフは、そのような劣情(れつじょう)に、お、(おぼ)れたりは、しないのだ」

「じゃ、じゃあ、どうやって子孫を残すんですか?」

 アラツグの問いかけにスュンは答えず、いきなり話題を変えた。

「さ、最初に、私に何をしようと言うのだ?」

「は?」

「や、やっぱり、あれか? ギュッと強く、それでいて優しく、私を抱きしめるつもりか?」

「な、何言ってるんですか? スュンさん」

「ほ、誇り高き種族(エルフ)の私に、そんな事して良いとでも思っているのか!」

「い……いや、だから……スュンさん……」

「そ、それから、いったん体を離して、今度は接吻(キス)だな? そうだろう?」

「はあ?」

「わ、私は最初から目を閉じているからな! 恥ずかしいから。後は、まかせた」

「ま、まかせた、って言われても、俺だってチューなんか、したこと無いんだから……」

「ほ、誇り高き種族(エルフ)の私に、そんな事をして良いと思っているのか!」

「え、ええ?」

「……で、接吻の次は何だ……そうか、分かったぞ! お姫様だっこをして、私をベッドまで運ぶつもりだな! なんと卑劣な!」

「な、何言ってるんですか、スュンさん」

「こう見えて、私は、けっこう重いぞ! 恥をかかせないよう、今からトレーニングしておくように! とくに重要な、大腿筋、広背筋、上腕二頭筋の通称『三大お姫様だっこ筋』は重点的に鍛えておくこと。週二回のワークアウトは必須だ。高タンパク低脂肪の食事を心がけ、水分補給は細目(こまめ)にな」

「さ、三大お姫様だっこ筋って、そんな通称あるんですか」

「今、私が名付けた。そして、いよいよ、ベッドに私を放り投げるのだな! 乱暴に! 何という卑劣さだ!」

「あ、あの……」

「ここで、注意すべきは『乱暴に』というのは、あくまで演出としてのワイルドさであって、本気で乱暴に扱えという意味ではないからな! 基本は『やさしく』だ!」

「は……はい……」

「そして……ああ、とうとうベッドに寝かされた私の体に(おお)いかぶさって……背中に手を回し、胸鎧(むねよろい)のホックを外すのだな?」

「いや、胸鎧(むねよろい)は、もうちょっと早いタイミングで外しておいた方が……てか、胸鎧って、ホックで止めてあるんですか?」

「そして、とうとう、私の心の(よろい)も外れてしまうと言う訳だ」

「あの、スュンさん……誰が上手(うま)いこと言えと……」

「と、とにかく、私がいくら、そのような事を望んでいても……いや、全然、望んでない……望んではいないが……万が一、望んだとしても、エルフの長老たちが許さない。エルフには厳しい(おきて)があるのだ。そのような卑猥(ひわい)な行為は絶対に許されない。いくら、お互いが強く求めあっていても……な」

 そこでスュンが、ふっ、と(われ)に返ってガックリと項垂(うなだ)れる。

 もじもじ、もぞもぞ、していた安産型のお尻の動きが、ピタリと止まった。

「ああ、何で私はエルフに生まれてしまったのだろうなぁ……」

 エルフの少女は空を(あお)いだ。

 スュンは、泣いている。

 後ろ向きで顔が見えなくても、アラツグには分かった。

 スュンが、泣いている。

 アラツグは、この瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何処(どこ)へも行かないように、強く抱きしめ続けていたいと思った。

 一歩前へ、踏み出す。

「来ないでください」

 スュンが振り返らずに言った。

 その言葉に、アラツグの足が止まる。

「アラツグ……ブラッドファング」

 スュンが続けた。

「その名前は、一生忘れません。百年後も、二百年後も、私が生き続けている限り、ずっと。その名前、顔、姿、声……あなたの左手を握った、この両手の感触も。……絶対に、絶対に」

 スュンが走り出した。

 そのまま浮き上がり、屋根の上に立っているヴェルクゴンの横を通りぬけて、あっという間に見えなくなった。

 ヴェルクゴンが、ちらりとアラツグを見下(みお)ろし、フンッ、と鼻で笑った後、(すぐ)(うしろ)を振り返って屋根の向こうへ飛んで消えた。

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