猫に憧れた傾城 一
少女の黒い瞳には、女性的な顔をした茶髪の男が映っていた。
茶髪の男の瞳には、傷だらけの黒髪の少女が映っていた。
 
どちらも心底不快そうな顔をしている。
 
彼等の間を挟むのは頑丈な鉄格子。
少女はその鉄格子の内側に座り込み、男のほうは自由のある外側で仁王立ちをしている。
 
日もまだ高い所にあるというのに、この折檻部屋の中は薄暗く、外の光は一切入り込んでこなかった。二つの蝋燭の明かりだけがその空間を照らし、暗闇では役に立たない人間の目を助けている。
陽の光も、心地よい春風も、鳥の鳴き声も、人々が笑う声も泣く声も聞こえない、世間から隔離されたようなこの部屋。
 
お互いに顔をそむけることは無く、そうして見つめ合うこと数刻。
最初に沈黙を破ったのは男のほうだった。
 
「不気味な女だこと。最後まで泣きもしないなんて」
 
男の声は低くも高くもない。だからと言って男らしくはないことはないが、口調自体は女のそれである。
今の話し声は紛れもなく、この茶髪の男の声だった。
 
「泣いたりしない。泣いたとしても、それは貴方の前でじゃない」
 
黒髪の少女が男に言い返す。
自分を見下ろす彼に負けじと睨みを利かせ、膝へ置いた手に力拳を握らせた。
 
「強情ねぇ」
 
そんな少女の態度を尻目に、男は鉄格子に顔を近づけ、柵の間から床に座り込んでいる彼女へと手を伸ばした。
しかし少女はその手を避けることなく微動だにしない。
何をされるかも分からないというのに。
男は動きもしない少女の姿に小さく笑うと、彼女の襟ぐりを掴んで自分のほうへと引き寄せた。
 
「じゃあ土産に持っていきなさい」
 
言い終わると、男は少女の唇に己のそれを重ねた。
それは一瞬のことで、思わずされた彼女が手を上げた時には、男の手は離れ、唇も高いところへと戻っていた。
 
「どこが土産なの?! うわキモッ!」
「……その間抜け面も、少しは良くなると良いわね」
 
腕でゴシゴシと口を拭う少女に、男は眉毛と口をヒクつかせた。
 
あとがき。
今回は4話程続きます。次回は明日20時更新です。
他視点が続きますが、お付き合いください。
また、活動報告にてお知らせがあります。
よろしければ覗いてみてください。




