始まる 終わりと始まりの足音 2
沈黙が部屋を包む。
殺されても良いなんて、なんてことを言うのだろう。
それほどまでに私の生き様は酷いもので、彼らはそんな私に一体何をしてきていたのか。詳しく聞きたいが、聞くのが怖い。もちろん、その仕打ちを受けたのは私ではなく『野菊』であるので、私が怖がる必要はどこにも無いのだけれど。
けれどそんなのは関係なく、凪風は今の私にそう言っている。なかなか人に、そんなことを言われるのは背筋に走るものがあった。
「渚佐兄ィさんは……分かる?」
だんまりになった私に、彼はそう言って後ろを向く。
私としては目を合わせるのが気まずくなっていたので、後ろを向いてくれて少しホッとした。何とも言えない顔をしていた私に気を使ってくれたのだろう。
「うん」
そしてここに来て、常々気になっていた話題に移った。
「あと浅護兄ィさん」
「うん、知ってる。……でも二人とも、いないよね。何でなんだろう」
凪風は理由知ってる? と背中に問いかければ、彼も理由は知らないようで首を振られた。聞けば前回は渚佐のほうは確かにいたらしく、浅護はいなかったらしい。けれど前々回にはいたらしく、廻るごとに消えているということになる。
いないということは、この世に生まれてもいないということなのだろうか。
「二人とも優しかったよ」
「優しかった?」
「浅護兄ィさんはだいぶ分かりにくい人だったけど、渚佐兄ィさんも。清水兄ィさんの……いやなんでもない」
「今清水兄ィさんって言った?」
「とにかくまぁそういうことだから野菊はいつも通りに部屋に戻って禿に指導して仕事の時間になるまで二階から一歩も出ないでね」
早口で捲し立てられたうえに質問の答えもスルーされ、この二階に暗に半ば軟禁されてろという言葉を投げかけられる。
そんな事言ったら私ご飯食べられないんだけど。
「あ。あと清水兄ィさんに話がしたいなら、別にしても良いよ」
後ろを向いて私から顔を逸らしていた凪風が、横を向いてチラと私を見る。
「何でそんな上から目線なの」
「どうせ僕と同じこと言われるんだろうし。僕は僕でちゃんと忠告はしたから」
「やっぱり、兄ィさま知ってるんだ」
「それは自分で聞いて」
なんか腑に落ちないが、私が知りたかったことはだいぶ凪風から聞けたので、一応話しができて良かった。
一応というのは、やはりまだまだ分からないことがあるので、完全ではないからである。
愛理ちゃん自身の正体や、世界が回っている謎と二人がいない理由。清水兄ィさまは何を知っているのか。など、彼からは聞き出せない、いや、彼も分からないことはまず聞けないので、なんとか試行錯誤して解決していきたい。
一人でうんうん頷いている私に不審な目を向けてくる凪風は、とりあえず愛理をどうこうしようとか考えないように、と人差し指を立ててきた。
何度もそう言われるので、とりあえずウンとは頷いておく。
とりあえずだ。
「じゃあほら、行って良いよ」
凪風は首から下げている手拭いを、シュルっと手に降ろして畳に捨て置く。随分乱暴な扱い方だなと思いながら、それを横目に私は襖に手をかけた。
これはもう職業病という物なのか、音を立てないように静かに横に開ける。
二階の廊下はシンとしているが、一階から微かに聞こえる羅紋兄ィさま達の声に、ああもうお風呂から上がったんだなと確認できた。
「お風呂行ってらっしゃい」
「うん」
「ニャア」
すると廊下に出た私の足元に、おやじ様の部屋で大人しくしていたであろう護がすり寄ってくる。
チャッピーは相変わらず寝てるのか、いるのは護ただ一匹だけだった。
「待ってたの~?」
待ってましたとばかりに足を上ろうとしてくるので、私は腰を折ってその小さな身体を抱き上げる。
部屋の中にいた凪風も鳴き声につられたのか、廊下に顔をだした。
「うわぁ、ベッタリしちゃって。猫被りな猫だことで」
「いや護猫なんですけど」
「傾城には猫がなるって知ってる?」
「なにそれ」
「ことわざ。猫の前世は遊男って言われているんだ」
へぇ、そうなんだ。
凪風は護を見て笑う。
「案外、間違ってないかもね」




