始まりは 日々7
蒸し暑い日が続く夏真っ盛りの今日、7月31日は遊男達のお休み、年に二回しかないお休みである。正月の1月1日元日と、7月31日は遊男にとっての正月休みと夏休みとなっている。
そんな貴重な日、この天月妓楼の遊男達は昼間から何をしているのかと言うと。
「それでな、俺はその時鏡を見ててな。そしたら後ろから…声がしたんだよ…」
「「「…ゴクリ」」」
「…おま「兄ィさまたちー、やきまんじゅうですよー」
「「「「「「っぎゃあ゛あああああああ!!」」」」」」
私が戸を開けて部屋に入るとそこは真っ暗で、一つの蝋燭を囲んでいたらしい兄ィさま達が頭を抱えて震えていた。
え、何。
「の、野菊と凪風かよぉ!」
「ビビらせやがってー」
私はおやじさまに頼まれてこの饅頭をこの部屋まで届けに来たのだ。
なのに何だこん畜生。お饅頭やらないぞ。
折角凪風と二人天月の食事処でお茶をしていたのに、
『すまん、羅紋の部屋にいるあの馬鹿共にこれを届けてやってくれ』
『?はい』
『じゃあ僕も一緒に行くよ』
丁度私達が目に入ったらしいおやじさまが、焼き饅頭の箱を手に持って近づいて来るとそう言ってきた。
馬鹿共とは兄ィさま達の事を指しているらしく『いい具合に兄さん達を脅かしてやるといい』と去り際に言われる。
脅かす?
何だかよく分からない。
自分達の分の焼き饅頭を食べたあと、私達の部屋は妓楼の二階にある為、兄ィさま達に饅頭を届けに階段を上っていく。その間にも焼き饅頭の良い香りが箱から漂っていて、私の臭覚を刺激。
ああ良い匂い。
プププ。このまま兄ィさま達にあげないで、凪風と二人で食べてしまうなんてのはどうだろうか。
「野菊」
「?」
「駄目だよ?」
私のニヤニヤ顔を目にした凪風が制止の言葉を掛けてきた。
え。わ、わかったの?私の企みがバレたの?エスパー‼
隣で階段を上っている凪風はそう言ったが、お饅頭の箱に手を掛けると串を掴んで一本取り出した。
あれ。
「全部はね」
「!」
意外に悪だった。
そして二人で饅頭を美味しく戴き、戸を開けたらあの叫びだ。おやじさまが『あの馬鹿共』と言っていた理由が分かった気がする。
日が射し込んでくる小さな格子窓の上からは布を掛けて覆い光を遮断し、いかにもな雰囲気をかもちだしていた。怪談話か。
普段は女を惑わすプレイボーイな遊男達、それが今はどうだ。ちいさな子どもが部屋に入って来ただけで、一部はまるでハムスターのようにお互い身を重ねている。
命名『ハムちゃんズ』
「おー、ありがとうな二人共。此方に来な」
部屋の奥の方にいたらしい羅紋兄ィさまに呼ばれて入っていく。
あれ、と思い見渡して見ると宇治野兄ィさまに十義兄ィさま、清水兄ィさまや秋水の姿が。こんな真っ昼間から誰も居ないと思っていたらこんな所に集まっていたらしい。
そして羅紋兄ィさまに近づいて行くと、何やら兄ィさまの腕にしがみ付いている小僧が。
「らんちゃん」
「……」
「らんちゃ~ん」
「……」
本人の名誉の為にも、何も言わないでおく。
「お前等も怪談話聞くか?怖いぞ~?」
「僕は野菊が聞くなら聞きます。…野菊どうする?」
「え、」
羅紋兄ィさまに誘われるが、どうしよう。
凪風も私が聞くなら聞くと言ってるからして、怪談物は別に大丈夫そうだし。私は…怪談が怖いか怖く無いかは自分でも正直分からない。知識としては知っているが、まだ此処の世界で怖い体験をしたことも無いし、以前の自分が怖がりだったのかは覚えてないし。微妙な所。変な感じである。
知識はあるが、自分がそれに関して何を感じていたのかがさっぱり分からない。
此処で新しい自分を見つけてみるのも良いかもしれない。
「じゃあ、ききます。なぎかぜだいじょうぶ?」
「別に良いよ。蘭菊程怖がりじゃないから」
「…っおい!!」
蘭菊…。
「じゃあ怖がらないように俺の所に来ると良いですよ。凪風も此方に来なさい。羅紋の近くは彼が脅かして来て心臓に悪いですからね」
「良いじゃねぇか宇治野ー。盛り上げ役が必要だろ?なぁ野菊」
「……」
取り敢えず宇治野兄ィさまの所へダッシュ。
勢いよく来たわたしを優しく受け止めてくれた兄ィさまは、きっとお母さんみたいな人に違いない。お母さんのこと分からないけど。
「はい、じゃあ野菊は足の間に。凪風は清水と俺の間に座りなさい」
「いや、凪風は私の足の間に入れるかな。ほらおいで」
そしてあのハムちゃんズも一時解散し、各々が定位置に着くと私が開けた戸が閉められる。結構な暗さになり、蝋燭の火が無かったら全く歩けない位だ。
暗くなっただけなのだが斜め左辺りから『うっ』と声がする。…本人の名誉の為にも言わないでおこう。
「野菊、手を。」
「?」
「ほら、出してみて」
凪風を挟み込んだ右隣の清水兄ィさまに言われて、宇治野兄ィさまの腕下から手を出す。
「怪談話の間握っててあげるからね」
「お、ははい!」
「清水…」
手を握ってくれるらしい。どこまでも心配症な兄ィさまである。宇治野兄ィさまも顔が見えないが呆れている様子だ。
「じゃあ俺からいくぞ…」
羅紋兄ィさまの声で怪談話はスタートした。
―――――――――――――――――
―――――――――――――
――――――……
「―で、堕ちたんだとさ。これで俺の怪談は終わりだぜ」
「うっ…ううう゛じのにィさ゛まぁ~」
「よしよし、野菊」
結果。
私は怪談が苦手な超怖がりだった。私もハムちゃんズの仲間入りじゃないか。
て言うかあれ、羅紋兄ィさまが半分以上悪い気がする。わざわざ暗い中を歩き近くにやって来て脅かすのだ。他の人が話してれば
『そん時だよ、俺の肩に手が乗ってきてさ。男の声で』
ポンっ。 (手が肩に)
『お゛お゛お゛ー』
『うに゛ゃあ!!!!』
とこの調子である。宇治野兄ィさまや清水兄ィさまが羅紋兄ィさまに注意するも、本人には全く効いておらず。まるでデッカイがきんちょだ。
隣にいる凪風は近くにいたにも関わらず笑っていて『あはは、野菊大丈夫?』と心配されているのか、アホな怖がり野郎と思われているのか良く分からない声を掛けられた。
どうやら羅紋兄ィさまの脅かしは、彼にとっては笑いの材料にしかなっていないらしい。…その材料に私が加わっていないと思いたい。
「ら、らもん゛に゛ィざまが!」
「うんうん」
「な゛ぁんかい゛ぼ!」
「ほれ、よしよし」
何だが私、日が経つに連れて感情が段々子ども寄りになって来てる気がする。こんなにビャービャー泣くとかあり得ん!!いい大人が。
「野菊、」
「う゛ーぎよびずにィさ゛ば」
「ほら、焼き饅頭だよ。あーんして」
「!」
宇治野兄ィさまに抱きついて背中を撫でてもらっていると、今だ手を握っている清水兄ィさまにそう言われる。あれ、さっき一回手を離した気がするんだけど気のせいか。
いや、それよりも!
や、焼き饅頭だと!!
「パクリ……うっモグ、おふしぃでふね」
「だろう?羅紋の分も食べて良いからね」
目の前に差し出された芳しい好物を私が食べない訳がなく。涙や恐怖の感情が一時的に引っ込んだ。来る前に凪風と盗み食いしたと言うのに、私の焼き饅頭腹はまだまだ饅頭を恋しく求めていたようだ。
自分で言うのもあれだけど単純だな。
「フッ、ばばばば馬鹿野菊!怖がりだな、おお俺のも食べて良いぜっ」
そう言うお前も震えてる足が隠しきれていないけど。
「今日は寝られそう?野菊」
「だったら私が」
「同じ部屋で俺が付いてますから、大丈夫ですよ。ほら、もうそろそろ飯の時間だから行くぞ野菊」
羅紋兄ィさまの隣に座っていた秋水が宇治野兄ィさまの腕から私を引っ張ると、そう言って戸に向かい歩き出す。
そうか、もうそんな時間になるのか。部屋が真っ暗だったから日の感覚が分からなかったや。
今日の1日を振り返るが…天月の皆よ、この貴重な休みを怪談に使って良かったのか。
本人達が楽しんでいるなら良いけども、なんかこう…もっと……うん。
「今日は一緒に寝てやるからな」
「え?」
「お前はしょうがない奴だから」
「…」
手を引く秋水が前を向きながらそう言う。
やはり今でも彼の中ではしょうがない奴らしい。いつになったらそのカテゴリから抜け出せるのか誰か教えてください。
そしてその夜。宣言通り秋水は一緒のお布団で寝てくれました。
「すー…ぴー…」
ドゴッ
「っつ!………おい野菊」
「すぴー………スー…」
ドカッ
「………」
現実にあった吉原の遊女達の休みは正月1日と7月13日。13を31にしました。色々反対です。
でも所々一緒な所があるので、遊女や吉原について詳しい人は『何だこれ』と思うかもしれません。でも男なので(笑
この世界感にお付き合い頂ければと思います。