始まる 受難の日々 22
部屋へと連行された私は、さっそく後悔をし始めていた。
「さーて。今日は楽しみだな」
女の子の日な筈なのに、何故か男であるおやじ様が張り切っている。
床には飾りに、色柄がさまざまな布がいくつも置いてあって、誰がこんなに着るんだよ、と突っ込まずにはいられない。
確か赤色の着物って言っていたのに、こんなに沢山の布をどうすると言うのか。おやじ様の考えていることなんて私にはてんで分からないけれど、彼が常人でないと言うことは小さい頃から分かっているのできっとまたろくでもない事をしようとしているのではないかと疑う心は忘れていない。
常に警戒心を持たなければ。やられる前にヤる覚悟で。
一方で、愛理ちゃんは私の横で着物の海を眺めていた。
ちょっと固まっているようにも見えたのだけど、着物の多さにびっくりしたのかもしれない。「多くない?」とか話をかけたいけれど、まだ声をかけるタイミングじゃないなと思っておやじ様に質問した。
「こんな大量に…。何に使うのですか?」
「野世が来てからのお楽しみだ」
「全く楽しみじゃないです………………?今なんて?」
屋敷の屋内と言っていたけど、結局来たのは楼主部屋だし。
軽く嘘つくの止めて欲しい。
私の胃が年々収縮されていく。
「誰が来るって言いました?」
でもちょっと待て。今なんだか聞き逃がしてはいけない言葉が出てきた気がする。気がするっていうか、たぶん食堂でも一度聞いたフレーズだったような。
訝しげな顔でおやじ様を見れば、まだ着物を手に取ってらんらんと楽しそうにしている。
そんなに楽しみなら最早おやじ様が着ればいいのに。
「野世が来るんだよ。聞こえてなかったのか?」
「聞こえていますよ!でもそれ嘘だと思ってたんですもん!」
なんで奥様が来るの!?
あれって冗談じゃないわけ!?
こいつ馬鹿じゃねぇの、みたいに言われたので拳を握って反論する。失礼なおやじだ。だいたい此方がアホなんじゃないかと言いたいくらいだし。
まったく狼少年さながらの展開に顎が外れる。
今まで見ようとすれば見られる距離にいた奥様を見させないようにしてきたくせに、どんな心境の変化なんだ。
するとトントン、と引き戸が外から叩かれる。
「お、来たか」
「どうやって来たんですか。正面からですか。堂々とですか」
「いや秘密の扉だ」
いやそんな。当たり前のように言われても。秘密の扉って。
おやじ様は私から離れて戸へ駆け寄り、喉を鳴らした。ヴ、ヴん、とやけに気合いを入れているけど、冷めた目でしか見られない。
でも本当に奥様が来るんだなということだけは分かった。
しかし会ってみたいなとは思ったことはあれど、いざ心の準備もなく急に会えるとなると結構焦る。
どうしよう。「おんなの癖に遊男?は?うちの仕事舐めんじゃないよ!」「あら女の子なの。遊男やってると聞いているけれど、こんな行事にノコノコ乗るなんて遊男の資格あるのかしら」とか言われたら。でもあんな非常識なおやじ様の妻を務めているんだから多少柔軟なところもあるかもしれないし、気後れするのはまだ早いかも。大丈夫、大丈夫。
「ん?」
あれ、でもさ。
これおやじ様が言い出したことだし私に罪は一切ないと思うんだよね。うん。
「こっちだ、ほら」
カラカラ。
そうしてやきもきしながら引き戸を見ていると、おやじ様が戸を開けた。
思わず一瞬目を反らしたけれど、やはり見たい衝動にかられたので視線を元に戻せば、そこには金色の髪をしたふくよかな女性がいた。
この人が、おやじ様の奥様?
「来たぞ」
女性は上品な薄黄色の着物で簪で髪をひと括りにしており、前髪は長いのか、後ろの髪と一緒に括っているのでオデコ全開なんだけれど、ひとふさ横で垂れていてキツすぎない感じ。少し垂れた目尻にはシワだってあるのに、こう……変なピチピチ感がある。ほっぺもモチモチしてそうで、触ったら気持ち良さそう。ふくよか美人?
しかしなんだろうこの、お客の女性にはないオーラ。おっとり、しっとり、でも凛としているような。まるで老舗旅館の女将的な雰囲気が全体から滲み出ている。
それにしても見た目が若いっていうか、たぶんお年はおやじ様とそう変わらないのだと思うのだけど、なんか若々しい。女将っていうより若女将という言葉がぴったりかも。
はて。なんと言い表したら良いものか。
女版のとっちゃんぼうやってなんて言うんだっけ。
「こんにちは」
ゆっくりとした動作でお辞儀をされる。
私は慌てて頭を下げた。
「こんにちは、初めまして。野菊と申します」
「はい、存じていますよ。可愛い遊男さん。私は、若松龍沂の妻の野世と申します」
存じられていた。
「あんなに小さかったのに、こんなに大きくなったのねぇ」
私を見て、突然懐かしむように言われる。
「へ?」
懐かし……?いや、おかしいんじゃない?
確かにおやじ様の屋敷に六年間住んでいたし、奥様もいてお料理を作ってくれていたようだけれど、私は一度も面と向かって会ったことはない。
あんなに小さかったのに、っていつの話だろう。これ私に話しているんだよね。
それか横にいる愛理ちゃん?
「実はね、あなたが私の家に来ていた頃、何回か添い寝したことがあるのよ」
「は……ええ!?」
「はぁ。こいつはこう、言うことを聞かないんだよ」
「どういうことですか?」
「あらあら、知りたい?」
添い寝とはどういうこっちゃ。
どうやらおやじ様の話によれば、野世さんは人知れず毎度引込みの禿が来るたびに、ひっそりと添い寝を繰り返していたという。
気づいたらやっているものだから、おやじ様は毎回妻の事後報告で知っているらしい。
随分と破天荒な女性だ。皆の母ちゃんか。
二人の間には子供がいないので、野世さんは妓楼にいる子供を養子にしたいくらいなんだとか。
危ないのでやめてくださいね。そんなことしたら捕まります。
「そんな私からのお願いなんだけど、私ずーっと女の子が欲しかったのよ」
野世さんは両手を合せて首を傾げた。おまけにパチパチと瞬きを何回もする。
お願いポーズに見えなくもないんだけど、何故だかビミョーに威圧を感じた。
「着物、着たがらないってこの人から聞いたのだけど本当?」
「私、一応男の身で働いているので、はい」
「ダメよ」
首をかいて視線をそらすと、彼女は私の肩を思いっきり自分に寄せた。
「えっ」
「腐っても女は女なのよ!」
そんなことは百も承知だけど、意外と野世さんの腕っぷしが強くて反論ができない。見た目に反してなかなかの強情さんだった。
笑顔で迫られるのって結構おっかないもんだと思う。この強引さはおやじ様に似たのか、はたまた元の性格なのかは知らないけれど、似た者夫婦ということには間違いない。
「で、でも奥様」
私を女の格好にさせて何が楽しいというの。私はまったく楽しくないよ。
「私ね、あなたの隣で眠ってた時、本当にこの子が自分の子だったらいいのに、って何度も思ったの」
そんな、他人だし会って間もない小娘に何故そう思えるのかが不思議である。なんか見えないフィルターでも眼球に付いているのかもしれない。
目をパチクリとさせている私を見た野世さんは、大きく息を吐いたあとその場で正座をする。おやじ様も続いて隣に座ったので、私もそれに釣られて正座した。
愛理ちゃんも空気を呼んでか、私の後ろで正座する。
今更だけど、なにこの状況。
「売られてくる子達もね、そんな売るような親のところに生まれるんじゃなくて、私のところに来てくれれば良かったのにって思ってしまうのよ」
「……え」
そう言った野世さんに、おやじ様が「おい」と釘をさした。
それに肩を揺らした野世さんは、困ったような苦い顔をして下を向く。
「分かっているわ。でもそんなの無責任な考えよね。それぞれ色んな人の人生があるのは知っています。私は運よくお金がある人のところに嫁げたからこんな余裕のある言葉が言えるのだと思うし、大変な人からしたら傲慢ちきなババァの発言よね」
うふ、なんてうつ向いていた顔を上げて私に笑ってくる。
いやそんな、全然笑って聞けないよ。笑っちゃいけないよ、この話。
微塵も笑えない話に、私は口の端を少し上げて固まる。
「妓楼にいる子達は、なんであれ母親が死ぬ思いでお腹を痛めて産んだ命ですもの。こんなことを言ったらあの子達の存在自体を否定してしまうことになるわ。ただ産めない自分を慰めているだけなのよね、私」
もしかして、野世さんは子供が欲しくても産むことが叶わない人なのだろうか。
おやじ様も「子供がいない」と言っていたけれど、いない、とかではなく、出来ない、のだと。
深く聞く勇気は私にはないけれど、自分のことを傲慢ちきなババァだなんて言うのは、他人を羨んでいる自分を客観視して、自らをそう戒めようとしているからなのかもしれない。
でもそんな、傲慢ちきなババァとか……。
色んな女の人がこの妓楼に来るけれど、子持ちの人はあまり見かけない気がする。
当然と言えば当然なんだけど。
「あの、その、私にはわかりませんが……」
口を開いた私に野世さんが顔を上げる。
「この場所だって地獄のような場所だと思う人が何人もいますが、一方で天国のような場所だとも思う人がいます。客にも遊男にもです」
遊男の中にはこの妓楼へ来て良かった、なんて人もチラホラいる。売られる前の自分の暮らしと今の暮らしじゃ、今のほうが良いのだそうだ。色は売らなきゃいけないが、飯が食えることを考えれば天と地ほどに違うのだと。
天月に限らず他の妓楼も最低限食事はだしているようなので、そう思っている人はまだたくさんいるのかもしれない。
けれど半数以上がここを地獄の鉄檻のような場所だとも思っている。
好きで来た場所ではないところで、好きでもないことをさせられ、好きでもない人間に、好きでもない言葉を吐きながら、望まない欲望に流されて貶されて、這い上がることのできない谷底へと感情を捨てられる。
そうして最後に残るのは暖かくも冷たい涙の雫と、大事なものが抜き取られていくような、そんな寂しさだと。
「本当に、本当に何が正解で駄目なのかは、人の良しあしでは分かりません。たぶん私も一生分かりません。奥様の言葉に反感する人はいるかもしれません。でも奥様がそう思うことだけは誰に咎められるものではありません。考えだって否定される云われもないんです。……だからその、なんと言いますか、こういうことを言う権利も私にはないのですけど、奥様は、傲慢ちきじゃ、ないと思います」
私がそう言うと、野世さんは合わせていた両手を解いて後ろで手を組んだ。
そしてまたフフと笑うと、ありがとうと言って近くに置いてある着物を掴む。
「なんだか、ごめんなさいね。あなたにそんなことを言わせたいわけじゃなかったの」
野世さんは、横に座るおやじ様を目の端で見て眉尻を下げた。
「でも私のお願い、聞いてくれる?」
「なんですか?」
「お着物、野菊ちゃんに着て貰いたいの。駄目かしら?」
また首を傾げてお願いポーズをする。
先ほどと違う点を上げるならば、未だ下がったままの眉だろうか。
心なしかさっきよりも威圧が増した気がする。
「それは、えと」
しかし、そんな話を聞かされては断れない性分だと知っての発言か。
今此処で嫌ですなんて言ったら何だか私が悪者になった気分になるし、だんだん嫌がっている事自体が申し訳無くも思えてくる。
「…………はい」
未だ首を傾げてお願いポーズを決め込む野世さんを見て、私も大概可愛い人には弱いな、なんて思いながらも「はい、着ますよ」とニッコリ頷いて可愛い人の機嫌を取ることにした。
「本当!?あなた、やったわよ!」
「あ、ああ。つぅかさっきまでしんみりしてたのにお前切り換えはえ……っ痛ぇ!肩をそんなに叩くんじゃねぇや!」
少女のように跳び跳ねて喜ぶ野世さんにまたもや可愛いな、と和んでしまった私は、どうしようもないこの世界の女の尻に敷かれた男たちと自分は大差ないものだと痛感する。
バッシバッシとおやじ様の肩を遠慮なく叩く姿も可愛く見えるんだもの。
「じゃあ貴方、ここからは女の時間です。出ていってくださいな」
「は?俺だって」
「あ、な、た」
野世さんの瞳が笑っているようで笑っていない。
構図からするに、これはおやじ様が尻に敷かれている感じだ。思いっきり。
「じゃ、じゃあ俺ァ今の内に番頭と話してくるわ」
「ええ、いってらっしゃいな」
手を振る野世さんは、おやじ様が部屋から出ていくと片付けものが終わった時みたいに手をパンパンと叩いた。
おやじ様の扱いって……。
「さて、ええと……貴女は確か愛理さんで良かったかしら?」
「はい。初めまして」
「貴女も良ければお着物着てみる?たくさんあるから」
「いいんですか?着たいです!」
「愛理さんはそこから好きなものを選んで?あの人、せっかく着物を貴女に着せたみたいだけど、いっぱいお色直ししたいものね」
「ありがとうございます!」
着物の波に自ら埋もれに行く愛理ちゃんの目は、さっそく何を着ようかと悩んでいるのか、右へ左へと行き来を繰り返していた。
楽しそう。あんな風に心から楽しめたら私も楽になれるのかな。
……。
ち、違う違う。
ここに来た目的を忘れているぞ。
着物の着替え?化粧?を手伝ってくれるという愛理ちゃんに、いざ聞くチャンスだ!と思ったから何だかんだとここへやって来たんだ。私よ、見失うな。
首を振って拳を握り絞めた私に、野世さんが笑い出した。
「あらあら、さっきよりやる気になってくれたみたいで良かったわ」
勘違いされた。
「今日頼まれているのは着付けとお化粧なんだけど、それが終わったら家に戻らなくてはいけないの。だから着崩れしないように気を付けてね。特に野菊ちゃん、女の着物着なれていないでしょうから」
「き、気をつけます。それでこんなに着物ありますけど、おやじ様が赤い着物って……」
「あら聞いてない?今女の流行りでね、町外れにある遊女の着物が人気なのよ」
「あそびめ?」
「振り袖に前帯をしてお化粧もうんと派手に、うなじも綺麗にみせてね。吉原で遊ぶ女も、最近だとこんな格好をする子が多くなってきているのよ」
「へぇ」
吉原にあそびめの格好をして遊びに来るとか……。道徳観はどうした。
仕事内容は全く違うけれど現代的に例えれば、ホストにキャバ譲が来るという感じになるのかな。外見的に。
「さて、じゃあ着替えちゃいましょ」
はい。
◆◇◆◇◆◇◆
「これも取るので?」
「そうね。そうしましょ」
長着とサラシを剥ぎ取られて裸にされた。
大丈夫、もっこ褌履いてるからノーパンじゃない。パンツ一丁だ。
「あら、お胸がけっこう……」
「そ、そこには触れないでください」
「褌も脱げるかしら?」
「えっ?あぁ、そうですね」
女の人は生理の時以外は腰巻きなどをするくらいで、普段から私のようにもっこ褌は履かない。
愛理ちゃんからもっこ褌を教わるまでは皆と同じように褌をしていたけど、14くらいからは普通にいつももっこ褌で過ごしていたので、脱ぐとなると違和感が半端ない。
それでこそ幼少期はノーパンで頑張っていたけど、今考えればよくノーパンでいられたなと思う。
まわりがまわりだけに容易く受け入れられたっていうのもあるけど。
「野菊ちゃんにはこの緑の長襦袢と赤い振り袖に、帯はそうねぇ……これなんかどうかしら」
凄く楽しそうに着物を肩にあててくる。
なんかパンツ一丁で恥ずかしいけど(それも今から脱ぐわけだけど)、やっと長襦袢を着る段階まで来たのでひとまず安堵した。
けど、これからどうされるんだか。
遊女の格好って、ゲーム通りの展開でもあるま………………い、?
待て待て待て。
ちょっと待て。
遊女の格好するって、これあれじゃん。イベントあるじゃん。
主人公が綺麗に着飾るシーンがあるじゃないか!
「私これにします」
紐で腰辺りを締め付けられていると、愛理ちゃんが自分の選んだ着物を野世さんのもとへと持ってきた。
両手で掴んだ着物を口元まで持ち上げて見せる愛理ちゃんに、野世さんは困ったような顔を見せる。
「赤?……愛理さんにはもう少し落ち着いた淡い色が似合うと思うわよ?とはいっても、好きなものを選んでって言ったのは私なのよね。野菊ちゃんはどう?」
そうかな。似合うとは思うのだけど。桜色に、赤でしょう?
全然変じゃないと思う。
もしかして野世さんのセンス的には、淡い色には淡い色っていうのがベストなのかもな。感性は人それぞれ違うから、どうだかはよく分からない。
「あっあか、にっ似合うと思いますよ?」
大丈夫、変じゃない、というように二人を見れば、野世さんはまた困った顔をし、愛理ちゃんは眉間にしわを寄せて首を傾げてくる。
若干不機嫌に見えるのは私の気のせいなのか。
「すいませんいまのわすれてください」
やばい、私のどもりがうざったかったのかもしれない。どうしよう。だって無理だよこれ。どう平然と保てば良いの。
言うなれば私は今、断崖絶壁の落ちたら一瞬で命がペチョンと消えてしまう脆い足場に立っているようなもの。
右へ行こうが左へ行こうが足場は脆いのでどちらにも行けない。動いたら終わる。
そんな状況。
「でも、赤がいいなぁ……」
「そう?色が被らないほうが良いと思ったのだけれど」
色が被る?
……あ、確か私赤い着物を着るんだっけ。
だから野世さんは愛理ちゃんに違う色を?
私が着る色だから違うやつを……って?
いやいやいや、やめてくださいませ。
そんな、そんな、そんなんじゃ私、なんか悪い奴になるよ!
だって赤い着物着たいのに、違う子が着る色だからあなたは諦めなさいって言われたら?
畜生!私だって着たいのになんでその子が優先なの!?と不公平さにぶちギレちゃうぜ私なら。たぶん。
でもここで「私、青が着たいです」とか急に言ったら嫌味みたいになるだろうし、どうしよう。
そうしている間にも二人は会話を交わし出す。
「じゃあそうね。お揃いもそれで良いかもしれないわ。じゃあ帯はそこに置いてある白い物を、長襦袢は黒で良いかしら?着方分かる?」
「遊女の格好がどんな物か、私分からないので……出来たらお願いしても良いですか?」
「ええ」
「わぁ!ありがとうございます!奥様って本当にお優しくて綺麗なんですね」
「あら、そんなこと言っても何も出ないわよ?……野菊ちゃん、キツくない?」
そんな会話が繰り広げられる中、私は着々と野世さんに着付けをされている。口がせわしなく動いているのに、身体もテキパキと動かしていて無駄がなかった。
それに引き換え私はただなされるがままに身体を任せて、頭の中では手足を振り上げて暴れていた。というより、焦ってバタバタとしている。
に、逃げちゃダメかな。でも野世さんのお願いきいてしまったし、ダメだよな。男の言うことに二言はない、とか格好いいこと言いたいけれど、そんな場合じゃない。
顔に出ていないと良いけど。
「野菊ちゃん?キツくない?」
「キツくないです」
化粧に取りかかるまであとどれくらいの時間だろう、終わりはいつになるだろう、私どうすりゃいいんだろう。
先の終わりが見えぬ私は、黙って返事をした。




