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始まる 受難の日々 15

「凪風!」


 洗濯場所を通り越し、凪風はそのまま私の腕を引っ張って先へ先へと行く。つい先程までは洗濯途中だからなんやらと言う理由で連れてきたくせにそこを通り過ぎたら意味が無いだろうと、既に妓楼の中へ入ってしまった時に私は気づいた。

 え、お互い様じゃん。と言われても文句は言えないが。


「凪風!」


 彼の動きを止める為に名前を呼び、自らの足を床に張り付けて踏ん張りこれ以上は進まない、と言葉にせず訴える。

 腕も自分のほうへなるべく引っ込ませて、相手を此方へ振り向かせるようにした。


「凪風…」

「……」


 それなのに、凪風は動きを止めたは良いものの一向に此方へ振り向いてくれない。上を見るでも下を見るでもなく前を見据えており、私の声かけに応えずひたすら沈黙状態。

 しかし私から切り出さなければ話が進まないと思うので、とりあえず思考をぐるりと巡らせてみる。


 私の今の心境を例えるならば、繊細な硝子の橋を10㎝のヒールでどう渡るか…という心持ちである。

 渡り方を誤ればパリンと硝子が粉砕しかねない。


「ごめん。私そこまで頭が良いわけじゃないから、良く分からなくって…。さっきのは?」


 言葉を慎重に選び一応聞いてはみるが反応は無い。

 無視か。無視なのか。


「なんで愛理ちゃんに」

「別になんでもない」


 愛理ちゃんの名前を出せば、話したくは無いとばかりに素っ気ない態度をとられる。

 だが聞くとしたならきっと今だ。

 以前凪風にゲームでのわたしを知っていそうな言葉を投げ掛けられたが、もしかしたらという気持ちが沸いてくる。


「あの…じゃあ、ゲームって知ってる?」


 ストレートに聞いてみた。


「えっとこう、テレビにも繋げると言うか、小さいデーエスでも多分出来ると思うんだけど、…あ、でも『夢みる男花魁』を知ってるとしたら、こんな質問必要ないもんね。いつから知って…」

「は?」


 自分が予想していた質問では無かったのか、間の抜けた声を出したと思えば凪風がやっとこさ此方へ振り向く。見れば眉と眉の間がいつもより離れていた。とんだ間抜け顔である。

 というか一気に話過ぎた私が悪い。


「げぇむって、何?」

「えっと」

「よく分からないけど、時々おかしな事を言うよね、野菊って」


 まるで変な物でも見るように首を傾げた。


「おっお互い様じゃんか!」


 え、私がおかしいの?可笑しいのか!?

 彼の言いぐさに何かムッときたので、叫ぶ勢いでそう言い返す。

 私には間違いなく『ちょっと頭大丈夫?』という副音声が聞こえた。

 絶対聞こえた。


「じゃあなんで」

「僕はずっと後悔している事があるんだ」


 ゲームを知らないのでは、なら、じゃあ何で。

 疑問は募るばかりで言葉が口をつけば、今度の返事はさっきよりもずっと素直に返ってきた。

 全くもってその意味は分からないけども。


「後悔って、何を?」

「じゃあ僕も聞くけど、野菊は何で僕等や愛理を避けているの?」

「……」


 今度は私が無言になる。


「ほら、お互い様でしょ」


 そんな私を見て、ニヤリと意地の悪い顔をのぞかせた。

 く、腹が立つ。


「最悪。それは揚げ足とりって言うんだよ」

「どうとでも言えば良いね」

「結局何も解決してないし」


 追求する事が必ずしも物事を解決し、円満へ導くというものではない。触らぬ神に祟りなしとも言うように、かかわり合いさえしなければ余計な災いをこうむる事は無いのよ…と暗に言われているのか?なんだか解せぬ。

 凪風はそれ以上何も言わなかったが、彼が何かを知っていると言う事は確かだと思っている。

 そりゃ色々聞きたい事はある。寧ろ今聞かないと、とさえも思い、今日彼が発言した事や、これまでの言動なども含めて全てだ。


「……」

「……」


 それでも無理矢理聞いて圧しきらないのは、彼が心底話したくなさそうだからである。ずっと私から視線をそらしているし、見方の問題もあるかもしれないけれど少し泣きそうな顔をしている。

 前にも思っていた事だが、ここは言わば大きなシェアハウス。人間関係と言うものが無数に蔓延り糸を巡らせてぐちゃぐちゃに絡み合う場所。


 未だに自分が志乃と言う事も言い出せてはいないし、相手も相手で聞いてはこない。


「野菊も禿相手に途中で抜けたんだよね」


 気まずい空間を押しきるように、凪風が私に話を掛けてくる。

 そしてそこでやっと目が合った。


「凪風も?」


 思うより穏やかな瞳だった。垂れ目なせいなのもあるのだろうけど、柔和でゆるやかに笑っているような、そんな目。

 眉を垂れ下げて泣きそうな顔をしていたから、てっきり憂いを含んだ瞳か、死んだ魚の目をしているのかと思っていたのだけれど。

 想像していたよりも和やかな目つきに少し安堵する。


「早く戻らないとね」

「そうだね。しかしなぁ、死んだ魚の目ぇしてると思ったのになぁ」

「それなんの話」


 そう話しながら腕を掴んでいた手は離され、そのかわりに手を繋ぎ背中を押された。

 そのまま私と凪風は誰もいない廊下を再び歩きだす。


「あのすいません。何で手を繋ぐの」


 隣の彼の背が高い為、顔を真上に向けて質問する。もう少し離れてくれれば見やすいのに。

 言葉を交わすのは良しとしても、こうくっつかれてはいただけない。指をおもいきり伸ばして離そうとしているのに、ググっと力を入れて握られるので全く離れない。それにちょっと痛い。数刻前と同じ状況になっている事に、溜め息をついた。

 手を繋がなくとも私は逃げないし、そもそも一人で部屋には帰れるのに。


 あぁ、でも本当に背が高いな。

 

昔から高かったけど、多分清水兄ィさまと宇治野兄ィさま位あるんじゃないかな。


「後悔したくないから」


 またもや私の方を見ず、前を向いたまま答えた。

 

 いや、だから何をだ。

 しかし会話はそのまま強制終了され、私は部屋へと戻されたのであった。




『兄ィさま、おかえりなさい!』

『ただいま。遅くなってごめんね』

『せんたく物が早くかわくと良いですね』

『うぇっ、やば』


 大事なもこちゃんをすっかり忘れていた。

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