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始まる 受難の日々 12

 三月一日。

 月初めの今日は明日二日に妓楼へ売られて来る禿達の為に色々と準備をする。

 『売られて来る』とは淡々に言うけれど、その禿達を私達だけは悲観しちゃいけない。

 家族のように心温かく迎えてあげるのだ。


「これは…こっちかなー」


 新造ならとにかく、禿の世話を全面的に見るのは初めてなので些か緊張で腹が絞まるが、ナヨナヨした弱音を吐いている時間は無いのでさっさと作業をする。

 準備。と言っても何を用意するのか疑問に思うだろうが、そう難しいものではない。私の稼いだお金の中から座敷用の野袴をまずは一着用意する。そして普段仕事をする際に着る小さい子用の野袴を総箪笥(妓楼側から支給する作業着や着物が入っているタンス)から三着出して、布団も布団部屋から出し禿が入る予定の部屋へと持ち運ぶ。ちなみに箏や三味線、扇等は新造になってから自分の物を持つのでまだ要らない。当分は借り物で済ます。


「兄ィさんこの布団はどうしますか」

「梅木ありがとう。あー…それは睦月の部屋に持って行って」

「俺も行く!兄ィさんこれは?」

「弥生も助かる。それは(たま)ちゃんの部屋の箪笥に仕舞ってきてもらってもいい?」


 地にも空にも春先の穏やかな光が降りてきて、まだ本格的な暖かさは無いものの、電気の無いこの室内を太陽の光りが明るく照らしてくれている。

 有り難い光だけれど、色んな物を準備のために出し入れしているせいか、埃が舞うのが余計に目立って見えていた。またその埃のせいでゲホゲホと咳が出てしまい、酷い時には『ぶぇっくしょん!』とオヤジのようなくしゃみを出してしまう。

 周りの皆に残念な目で見られるのが辛い。

 いつも毎朝掃除をしているのに何でなの、ハウスダスト。


 そんな埃まみれの中、新造達は頑張って私の手伝いをしてくれていた。皆稽古の時よりも生き生きとしているが、そんなに稽古が嫌なのだろうか。

 …でもそうだよね。稽古より皆とこうしている方が楽しいよねそりゃ。

 稽古は自分を輝かせるための、いわば『試練』で、好き者は四六時中励んでいる。私は好きでも嫌いでも無く、ただただ男芸者になるために他の皆に負けてなるものかと頑張っていただけだけれども。まぁ結局は花魁になったわけだけれども。


「では行ってきます」

「うん、ありがとうね」


 新造の二人が荷物を持ち部屋から出ていく。

 別にこんな準備半日もあれば一人で出来るのだが、梅木をはじめ他の新造の子達も手伝ってくれると言うのでお言葉に甘え手を貸していただいていた。

 それに一緒にやっていると楽しいし。


「野菊、座敷用の小さい野袴が届いたぞ。これ珠房(たまぶさ)の部屋に持っていって大丈夫か?」

「あ、ありがとう秋水。じゃあこの座布団も一緒に…」

「分かった。…そこに木箱やら何やらゴロゴロあるが、お前転ぶなよ」


 じゃ、と座布団と野袴を担いで部屋を出ていった秋水。彼も昼飯の後に手伝いをしてくれている。


「野菊おはようございます」

「おはようございます兄ィさま」


 部屋の前を通った宇治野兄ィさまに挨拶をされたのですかさず返す。相変わらず良い笑顔だ。


「おはよう野菊」

「おはようございます清水兄ィさま」


「おー、はよー野菊」

「おはようございます羅紋兄ィさま」


「おはよう野菊」

「凪風おはよう」



 兄ィさま達にも新たに禿や新造が付くので、皆は皆で忙しい。午前中からバタバタと妓楼の中は騒がしかった。


 次々と部屋の前を通られる度に自分へ掛けられる声へと返事をしていくが…。

 あれだけ散々私も皆に言われたのだ。

 自分の態度を考え直そうと、そりゃ色々考える。そう、考え抜いたその結果。


『普通に戻る』


 という考えに至った。

 普通に戻ると言っても愛理ちゃんの事があるため、もちろん以前よりは接触を少なくするけれども。


 案外アッサリこいつ戻るんだな、なんて思わないでいただきたい。痛く悩まされ居たたまれない気持ちの中、ドロドロの沼で溺れ足掻くようにして必死に考え抜いたのだ。

 誰かがこの問題に答えをくれるというなら、ぜひその誰かに今すぐすがりたい気持ちだけれど、そんな者は当然いない。

 凪風あたりは怪しいが…。


 とまぁ近況を語るならばそんなところだろう。それ以外に日常で変わった事などは何もない。



 いやでも、何も無くはないか。

 だって…


「置いてきたぞ。もう運ぶ物は無いのか?」

「ありがとう秋水、早いね」


 布団を置いて戻って来た秋水が、襖に片腕を寄りかからせて立っている。

 早っ。

 エリートは伊達じゃない。


「ん?誰のだコレ」


 早い仕事に心の底から感心する。

 すると足下に何かあるのか、彼はその場でしゃがみ込んだ。


「どうしたの?」

「本だな。見覚えあるか?」


 彼が片手に持ちヒラヒラとさせている物。

 目を細めて良く見てみれば、それは小さくて茶色い冊子だった。私はあんな手のひら程の冊子に何を書いた事も無いし、何かの教材として持っていた記憶も無いので、自分の物では無いというのは確かだと分かる。


「ちっさいな…」


 秋水が私の方へやって来る。

 廊下にずっと落ちていたのか、歩きながら手で冊子の埃をパラパラとおとしていた。


「私のじゃないよ。名前とか書いてない?」

「あぁちょっとまて。裏に…梅木…、梅木のだな。これ」


 手に持つ冊子の裏表紙を見せてくれる。

 そしてその冊子の表紙には縦に『日々綴り』と書いてあり、要するにコレは梅木の日記だということが分かった。

 きっと懐にでも入れていたのだろうが、手伝いの最中に何かの拍子で落ちてしまったのだと考えられる。


「日記かぁ。秋水は書いてる?」

「一応書いてる」

「うっそー。…あぁでも性格的に秋水はちゃんと日記つけてそう」

「お前も書いてみたらいーだろ」

「三日坊主になるのが目にみえているからダメ絶対」


 まず私には日記を書くなんて事を考えた覚えがない。毎日書けない自信はほぼ100%に近いし稽古ならまだしも、きっと長続きなんてしない気がする。

 これはもう性格の問題だと思う。

 簡単に日記を書く組、書かない組にイメージで分けるとするならば、書く組には宇治野兄ィさま・清水兄ィさま・秋水・凪風・朱禾兄ィさまで、書かない組には羅紋兄ィさま・蘭菊・私・十義兄ィさま辺り。


 なんか書かない組スゲェなメンバー。

 荒さの(かたまり)だよ。


「戻って来たら返してあげなきゃね。棚の上に置いておこう」

「いや、折角だから見てみるか。中身」

「は?」


 ペラペラと軽くページを捲る、久々に意地の悪い顔を出した秋水。そんな彼に人道に反する行動を勧められる。


 うわぁ…コイツ最低だ。

 腹痛を起こした時のようにくしゃくしゃと大袈裟に顔を歪ませて軽蔑した視線を投げつけていると、なんだ、とでも言いたげに鼻をスンと鳴らされる。

 うざっ。


「可愛い俺たちの弟子の本音を見たくはないのか」

「全く無いですね」


 私の冷酷無情な顔を見てもその言い様。

 エリート様はとんだクズ野郎だった。

 お客さん見てくださいよ、これがコイツの正体ですよ。騙されちゃアカンのですよ。いくら顔が良くても駄目ですよ。


「とにかく、これは私が預かるからね」


 秋水の手から日記を取り上げた。

 取ろうと日記を掴んだら秋水が抵抗してなかなか離さなかったのだけれど、諦めると見せ掛け手の力を緩めた私に彼が油断した瞬間一気に引っ張ってやった。

 戦は油断が命取り。


「変な所で真面目だなお前」

「そっちこそ何なの。反抗期なの。不良になるの。やだよ、お母さんは認めません」

「誰だお前」


 反抗期で不良の道へと進もうとする息子をどうにかして思い止まらせる母親です。

 冗談半分でそうツッコめば、つまらなそうに眉尻を下げて、あからさまにガッカリな態度をとられた。

 いやいや、こっちが貴方にガッカリだよ。

 人の日記を見ようだなんて非常識にも程がある。

 見られたく無い黒歴史とも言える文章や、自分の中に秘めておきたい秘密などがもしも書かれていたらどうする。

 しかもそれを良く知る人物に見られていたのだと梅木が分かってしまえば最後、本人は悶え苦しんでしまう可能性が大だ。

 だって少なくとも自分がやられたらそうなる自信があるもの。


「夫婦漫才?」


 開けっ放しの襖から、そんな声が聞こえてくる。

 目を合わせ二人してそちらを振り向けば、布団を持ち部屋の前の廊下を通りがかる清水兄ィさまがいた。

 聞き間違えでなければ、今しがた大変不名誉なコンビ名で呼ばれた気がする。


「やめてください兄ィさん」


 その声に直ぐ反応し、秋水がイヤイヤと手を横に振りながら問題発言者に近づいていく。


 なんだよ、私だって嫌だよ。

 なんで告白もしていないのに、フラれたみたいな感じになってんの。 


「ちょい待ち!」


 彼の後を追い襖まで近づいて行き、私は不貞腐れた表情をしながら腰に手を当て、ふんぞり返って兄ィさまの前に立った。

 若干一名の視線が横から刺さる。


「夫婦でも無いですし漫才でさえも無いです兄ィさま」

「そう?」


 クスクス、と喉を鳴らして笑われる。

 くそう。真剣に言ったつもりなのに、流しそうめん並みに水へ流されている感じが否めない。今の私は箸でキャッチもされずベチャりとバケツに落ちたツルツルの白いそうめんの気分だ。

 よくも俺を落としやがったな人間!覚えてろよ!

 きっと彼等はこんな負の気分を味わっているに違いない。


「お、なんだなんだ楽しそうじゃねーか。俺も混ざって良いか」

「言っておくけど羅紋は毎回一番準備が遅いんだよ。自覚ある?」


 あれ、思考がだんだんズレてきていないか。

 と我に返っていれば、今度は羅紋兄ィさまが巾着袋を振り回しながら廊下をスキップしてやって来た。

 三人で話している私たちに兄ィさまが羨ましげにそう話し掛けてくれば、それを一刀両断する言葉が横から投げられる。

 そう。笑っていた顔を瞬時に真顔へ切り替えた清水兄ィさまの視線はブリザード。


「君の手伝いをいつも誰がやっていると思ってるの」


 腕を組み羅紋兄ィさまと向かい合えば溜め息を吐く。親みたい。


「野菊とか凪風だな」

「本当にやめて欲しいんだけど」


 心底嫌だ、とあとに付け加えれば眉間にシワを寄せて更に目を細めた。

 毎回羅紋兄ィさまの徹夜?に付き合わされる私と凪風の苦労を汲み取ってくれているのか、楽観的で後回し大魔王な自分の同期(ほぼ)に説教じみた話をしてくれる。

 マジありがとうございます。


「清水さん、その布団私も運びますよ!」


 心の中で合掌していると、元気で可愛らしい女子の声が廊下に響く。まるで指揮者の合図で歌を終えたかのように、私たちはその声に反応し会話の音を止めた。

 後ろを振り向けば、視界に優しい桜色が見える。


 そう、何も変わった事が無いわけではない。


「おはよう愛理。これは私が自分で持って行くよ。出来れば凪風か羅紋の方をお願い出来るかな?」

「は、はい」


「愛理ちゃんおはよう。さ、じゃあ私はさっさと梅木の所に行ってくるねー。大好きな大好きな梅木ところにいち早く私野菊は行ってきまーす!秋水は手伝いありがとう、あとは梅木たちと一緒にやるから愛理ちゃんと凪風を手伝っておいでよ。さらば諸君!」

「はあ?」


 捲し立てるように言う私に、口を半開きにして瞬きを繰り返す秋水。その顔を指差し笑ってやりたいところだが、そんな様子には構わずささっと秋水が持っていた冊子を取り、くたびれているが良く磨かれている古い廊下を踏みしめ私は歩き出した。


 清水兄ィさまに声を掛けて来たのは愛理ちゃん。

 え、ここ二階で下働きは立入禁止じゃなかったっけ?と思うだろうが、そんなものは数日前に改正された。

 私の屏風を部屋に運ぶ時もそうだったが、二階でやらなければならない下働きの仕事を遊男がいなければ出来ないという状況はかなりキツイ。下働きの人も『立入禁止じゃなけりゃ…』なんて漏らしていたが、本当にその通りだからだ。

 おやじ様も思い直す所があったのか『清水達の言いたい事も分かるが仕事が回らねーとなぁ』と時折食堂でぶつくさ語っており、それをたまたま聞いていた私が、あぁきっと直ぐにでも立入禁止令が解かれるんだろうな…と半分冗談で思ったのはかれこれ一週間も前の事。

 それから三日も経てば、予想通りおやじ様が『立入禁止令を解く事にした』と理由も交えながら皆に言った。


 ならば私はどうするか。

 花魁仲間には前の方が良いだのなんだのと言われた上、宇治野兄ィさまには先月中旬泣き落としを喰らった。いくら自分の身が可愛く、それと同時に皆を(愛理ちゃんも含め)救いたいと思っていても、そこまでされては気が揺らいでしまう。


 そこで私は考えた。

 救いたいと思うのなら、自分がもう周りからどう思われようと…嫌われようとも構わないという精神で愛理ちゃんや皆を全力でハッピーエンドにすれば良いのではないかと。

 愛理ちゃんの好きな人は相変わらず分からないけれど、本人が花魁の誰かだと言っているので手当たり次第けしかければ良いだけだ。



「待って野菊。私も布団を置きたいから一緒に行こう」


 掛けられる声に首だけを後ろに向ければ、穏やかな微笑みをたえながら清水兄ィさまが駆け足であとを追って来る姿が見えた。

 ああ爽やか…じゃなくて、ええいっ来たな兄ィさま!

 そしてもしや…と思い更にその後ろを仰ぎ見れば愛理ちゃんの表情がいつかのようにまた険しくなっていた。

 面倒くさいよ!面倒くさいよもう!

 誰なの、一体貴女は誰が好きなのぉー!!


 こういう時は、


「あ、でも梅木たちもう直ぐ部屋に戻って来るかもしれないですね。やっぱり私は部屋で待つことにします。では清水兄ィさま、転ばないように気をつけて下さいね」


 今度は体ごと後ろへ振り返り、冊子を持っていないほうの手をピシッと上げてそう言い切る。

 誤魔化しがバレないようおちゃらけた感じでそう言えば、不自然とは感じなかったのか兄ィさまが可笑しそうに頬を上げた。


「ふふ、言うね。でも野菊ほどではないから大丈夫だよ」


 おまけに貶された。酷いよ兄ィさま。

 しかしその様子を見て私はひとまず安堵する。ゲームの通りにいくかもしれないとはいえ、こうしてまた普通に会話が出来て内心私も嬉しいのだ。


 ではまた、とお互い背を向けて私は自分の部屋に、兄ィさまは禿の部屋へと足を進めた。


 しかし、なんであんなに睨まれたのだろうか。

 宇治野兄ィさまと話しても睨まれ、清水兄ィさまを上手く避けても睨まれ、皆と交流が出来るようにけしかけても睨まれ。

 もしや花魁の中の誰か、ではなく、花魁の皆が好きなのかな。いやいやいや流石にそんなこと…。


 部屋へと戻れば当然、離れてから一、二分も経っていない戸の前にはまだ秋水や羅紋兄ィさま・愛理ちゃんがいた。

 戻って来た私を見て羅紋兄ィさまが不思議そうな顔をする。元々目尻が垂れている人だけれど、眉頭を上げたため更に垂れ目となっていた。


「なんだ?忘れもんか?」

「いえ、部屋で梅木たちを待ちながら準備を進めようかと。新造の皆が手伝ってくれたので早く終わりそうですしね。それよか秋水も愛理ちゃんも兄ィさま達か凪風か、あのお馬鹿を手伝ってあげて」

「そうだな。行くか愛理」

「はい秋水さん」


 秋水と愛理ちゃんが揃って部屋をあとにしようとする。それを見て、廊下のど真ん中にいた私は邪魔になるまいと横へずれた。

 しかしすれ違う瞬間、愛理ちゃんが私の腕を掴んでくる。

 え、何!?


「野菊さん。これが終わったら少し話せません?」

「え…」

「ニャア、ニャー!ニ゛ャー」


 彼女にそう話掛けられたかと思えば、部屋の隅でチャッピーとゴロゴロしていた護が急に騒ぎ始める。異常な声に何事かと振り返れば襖でガリガリと爪研ぎをやりだしていた。

 なにしてんの!?

 襖がボロボロになるでしょうが!


「こら護!」

「ニー」

「ちょっとごめんね愛理ちゃん。あ、ちょ、待ちなさいっての」


 話を掛けてくれた愛理ちゃんから離れそう叱ると、次にはそこら辺に積んである着物や道具をグシャリと倒され踏み潰される。しかもそれだけでは足りないのか、火鉢の横に置いてある木炭を前足でばら蒔きだしている。

 折角綺麗に用意したのになんてこと。

 こんなことをされては、また一からやり直しではないか。ある程度終わったとはいえ、ちゃんと一人一人の道具や物を分けて置いておいたのに苦労が水の泡だ。襖も傷がついてしまっているので、おやじ様に言って交換してもらわなければいけないし。

 仕事も当然あるので、綺麗にしなくては。


「あ~もう!―――よしっ、捕まえた」


 しばらくすると護は暴れ疲れたのか私の手に大人しく捕まる。やりきったぜ、と言うように腕の中で大きく欠伸をする猫に私は怒りを通り越して呆れを感じた。

 一体何を考えているのよアンタは。


「愛理ちゃん本当にごめんね。やる事が増えちゃったからまた今度で良い?」

「…はい」


 さっきの会話の返事をすれば、眉間にシワを寄せたものの首を縦にふり了承してくれた。申し訳ない。

 でも内心、良い口実が出来てホッとしている自分がいる。何か起きてしまったらと不安で堪らなくて、愛理ちゃんと二人きりになるのはなるべく避けたかったのだ。

 なのでいつもならこんな悪い事をした護を思いきり叱りつけるのだろうけど、感謝も感じてしまっているのであまり怒れない自分がいる。


「やっぱり手伝うぞ野菊。これ大変だろ?」

「いいのいいの、秋水達は別のところ手伝ってきて」

「でも」

「良いから良いから、ね」


 愛理ちゃんと秋水の背中を押して部屋から遠ざける。私としては早くここから立ち去っていただきたい気持ちでいっぱいだった。



************



「はぁ…」

「野菊、お前オレ達に隠し事があるんじゃねぇのか」

「え」


 完全に二人が去れば、残されたのは羅紋兄ィさまと私と部屋の哀れな残骸たち。

 そんな状態に口から幸せを逃がしていると、羅紋兄ィさまが私の頭に手を置いて首を傾げる。兄ィさまの緑髪の間から覗く長い珊瑚の耳飾りがカチャリと揺れた。


「ありませんよありません」

「どうもなぁ…お前の中の何かが吹っ切れたってーのは分かるんだけどよ。顔色も明るいしな。朝飯も落ち着いて食ってるし」

「…そんなに分かりやすいのですか?」


 顔を両手で隠して、指の隙間から羅紋兄ィさまを覗き見る。そこまで見られているというのも、ある意味悩ましい事だな。


 羅紋兄ィさまは周りを見ていないようで良く周りを見ている。私が皆と一緒にお風呂へ入っていけないとなったのも、羅紋兄ィさまが私の女の部分の成長に気づいたからだし。

 朱禾兄ィさまに何があったのか知らないが、仕事が終わった後の羅紋兄ィさまの部屋で朱禾兄ィさまのやけ酒なるものに付き合っている姿を一年前に見たことがある。朱禾兄ィさまが羅紋兄ィさまに泣きついて背中を擦られていたあの夜の事は、まだ誰にも話した事がない。

 良く見ている、というか面倒見が良いのだろう。


「何かあったら言うんだぞ」

「はい!」

「おぉ返事だけは良いな、返事だけは」


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