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始まる 受難の日々 7


「最近、可愛い子に避けられているのだけど。どうしたものかと思ってね」

「奇遇だな。俺も逃げられてる」


 廊下の角。

 右へ曲がればあと少しで中庭、という所で私の足はピタリと止まった。

 良く知っている声が聞こえる。


「あ…」


 壁に手をついて角から覗き見れば、縁側に腰を掛けて座る清水兄ィさまと羅紋兄ィさまがいた。


 こんな寒い中、何故縁側でまったりとしているのか。いや、来た私も私だけど。

 斜め後ろから拝見できる兄ィさま二人の横顔は憂い顔。誰がそんな顔をさせているのだろう。

 馴染みのいつものお姉さま方かな。


 …ふ。

 罪作りな女性たちだ。


「宇治野がとうとう三味線の弦をブチってしまっていたし」

「…すげぇな。あれ新品なんだぜ」


 どうやら橋架さまもつれなくなってきたらしい。マンネリ化でもしてきたのかな。

 停滞期みたいな感じ?

 というか三味線の弦をブチるって何。

 相当だなオイ。


「本当、どうしたものかな…」


 中庭を眺めていた兄ィさまの視線が下に下がり、暗い影を落とす。どうやら相当深刻な問題のようだ。

 確かに馴染みにツンケンされてしまえば、もっと言えば来てくれなくなったら困る。まぁ花魁だから馴染みが一人というわけでも、客がいなくなるというわけでも無いのだけれど。


 だがもしそれが、好きな人だったならば。

 そりゃ心にキますよね。


「アイツみてぇに沈黙しておくしか無ぇだろ。嫌がられても俺自身嫌だしよ。まぁ、沈黙の域を超えるとあぁなるのが目に見えてるから程々にするけどな。…だけどマジすげー」

 

 何かに感心しながら、腰の横に置いてある白いお団子を一つ摘んで目の前に掲げる羅紋兄ィさま。

 美味しそうだなあの団子。


「これでつれねぇかな」

「あの子を何だと思っているの」


 団子で馴染みの気をつろうというのか。

 花魁の意地はどこへ行った。


 額を片手で抑え、清水兄ィさまが苦笑いをして呆れている様子が伺える。


「分からなくも無い考えだけど」


 あ、分からなくも無いんだ。


カタ…


「?あれ─」


 清水兄ィさまには聞こえた様で、不思議そうな声を上げたあとにこちらに振り向いてしまった。


 心がズッコケたのと同時に体まで一緒に反応してしまった私は、隠れている廊下の角の壁に激突した。

 おでこが痛い。

 ヒリヒリする額をさすりながら、兄ィさまから見えないように直ぐさまサッと引っ込む。

 そしてソロリ…と様子を伺うために中庭が見えるギリギリのところまで覗き込む。


「…」

「清水?どうしたんだ」


 コソコソと覗き見れば、数秒間兄ィさまの動きが止まっているのが見えた。

 私から三十度位ズレた所を見ながら固まっているようだけど。

 どうしたのだろう。


「あぁ…。いや、」


 隣からの声にそう答える。

 そして目線を天井にやり数秒後。清水兄ィさまは膝に手を掛けて縁側から立ち上がり、両手を上に掲げて伸びをしだした。


「羅紋。団子は置いて、もう食堂へ行こうか」

「嫌だ。団子は持っていく」


 団子が乗っているお盆を自分の膝の上へと移動させる。

 そらそうだよ。だってまだ丸くて白くてもちもちなお団子は、遠目から見ても十個以上は残っているもの。

 私だったら死んでも離さない。

 焼きまんじゅうだったなら尚更だ。


「───…置いていきなさい愚か者が」


 地を這うような低い低い声がこの空間に響く。


 顔が正面から見えないので分からないのだが、結構怖かったのだろう。清水兄ィさまの団子放置宣言の威圧に、羅紋兄ィさまが若干ビビっているのが見て取れた。

 団子を持って行きたいというだけで愚か者のレッテルを貼られた羅紋兄ィさまの心情や、これいかに。


「そ、んなに置いていきたいのか」

「一生のお願い、とでも言っておく」

「団子にそこまで命を…」


 いや命は掛けてないと思うけど。 


「さぁさぁ行くよ」

「え、ちょ、おい」


 手をパンパンと叩く清水兄ィさまに手を掴まれ引かれ…ううん、引き摺られながら、私側では無いあっちの反対方向へと姿を消していく羅紋兄ィさま。

 そうしてこの場に残されたのは、あのまだ食べて欲しいと訴えるお団子ちゃんと捕食者である私だけ。


 ならば。


 と、誰もいなくなった縁側に忍び足で近寄る。

 お盆が置いてあるところまで行き、その場でしゃがんでまじまじと団子を見つめた。

 近くで見たら、尚美味そうに感じてきてしまう。

 いやいや、手を伸ばせば届く距離に私はいるのだ。周りには誰もいない。食べてもよろしいのではないか。

 

 キョロキョロと最後に周りを確認する。


「うっふっふ。いただきまうす」


 カプリ。

 うん、美味しい。


――――――――――――

あとがき。



 野菊がいる所より、少し先の廊下の角から二つの頭が出ている。


 色は黒と緑。

 目線は、モグモグ…と自分たちが置いてきた団子にむしゃぶり付いている少女に向けられていた。


『まぁでも。こんな楽しみ方もアリかな』

『…なるほどな』


 もっちゃもっちゃ…と美味しそうに頬張る姿を見て、隠れている二人は顔を見合わせて可笑しそうに笑った。


『ふふ、本当はこっちが飛びつきたいくらいなんだけどね。しょうがない』

『あ~あ。しばらく振り回されてみるかねぇー』


 さぁ、手のひらの上で転がされているのは、果たしてどちらでしょう。



『あ、寝だしたぞ』

『お腹がいっぱいになったのかな』

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