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始まる 受難の日々 6

「お待ちどうさまです!」


 桜色の髪がヒラヒラと踊る。


「お~ありがとうよ」

「女子がいるとやっぱり違うよなー」


 食器を片付けに行こうと梅木と共に立ち上がれば、調理場の方からそんな会話が聞こえてきた。

 横にいる梅木の表情がまたもや険しくなる。


「何ですかあれは。兄ィさんだって女だしー?」

「そこなんだ」


 唇を突き出しブーブーふてくされている弟子をたしなめる。

 彼のこんな態度は滅多に無いので貴重。

 目に焼き付けておかなければ。


「ニ階を立ち入り禁止にした意味はあるのですか」

「んー。でもおやじ様も妥協した方かな?本人にやる気が漲ってちゃ押し返せないと思うし。向上心溢れる人の邪魔は出来ないよ」

「別に、分からなくもないですが…」


 おやじ様に清水兄ィさまが主張したことは守られた。

 愛理ちゃんだけでなく、下働き全員はニ階には立ち入り禁止。遊男とはあまり関わらないようにしたのである。


 ───しかし、だ。


 立ち入り禁止令が出た一週間後、愛理ちゃんが食堂で働き始めていた。

 詳細は不明だが、他の遊男からの情報によると、色んな仕事をして役に立ちたいと言う愛理の熱意におやじ様が負けて飯炊きの仕事につかせたらしい。

 主に食器洗いだそうだが…おやじ様って意外と女子に弱いのかな。


 二階を出入り禁止にしたことで安心し、食堂で働いたとしても遊男と深く関わる事が無いとは言えないという事実に気づかなかったのか。

 そもそも食堂と言わず立ち入り禁止で区切れない一階全体で、しようと思えば交流出来てしまう時点であまり意味は無い。

 凪風が助言したらしいが、奥で皿洗いをするか飯渡す位なんだから心配はねーよ。と言い切られた様で。


 まぁ別にそれ事態は構わないのだけれど、ちょっと困った事が。

 食堂にいるという事は、少なくとも一日一回は自分が利用する場にいるということ。

 つまり一日一回は会うということ。


 避けられないじゃん。


 となれば、食堂で一緒に花魁の皆と食べることは言語道断。

 避けていても飯ぐらいは一緒でも良いだろうと考えていたけれど、愛理ちゃんが食堂に居る。


 見られる。

 終わる。

 私の人生が。


「ゴメン。私のお膳一緒に下げて貰っても良い?」

「はい。…わぁ、兄ィさんてキレイに食べきりますね。ご飯粒も無いし」


 そう言ってまじまじとお椀を見る梅木に自分の空のお膳を渡して頼む。


 愛理ちゃんがいない時間帯は大体わかっている。

 遊男にしては早い時間に彼女がいない事は、三日早起きして大分前に確信した。なので早起きをして愛理ちゃんがいない時間帯に食堂へ行きご飯を食べるようにしている。

 しかしやむを得ない時が少々あるため、その場合は食堂に花魁がいようが愛理ちゃんがいようが開き直って食べている。

 『諦め』に近い。


「ごちそうさまでした」

「はい、ありがとう。梅木くんはこれからお稽古?」

「大好きな野菊兄ィさんに一日ピッタリとくっついて教えてもらいます」


 では。

 とそんな会話が戸の近くでお膳を渡しに行った梅木を待っている私の耳に届いた。


 な、なっ何言ってるの梅木!

 下手な事言わんで良いよ!

 超嬉しいけどね!!


 そう叫びそうな唇を横に引き結びポーカーフェイスを保つ私だが、内心ビビっている。


「兄ィさん行きましょう」

「う、うん」


 どこか清々しい顔で帰って来た息子に、逞しさと恐ろしさを母は感じました。


「あ」


 だが。


「?…ぅあ゛っ!」


 さぁ行こう。

 というところで、


「なんだよその顔と奇声は」

「蘭ちゃんこそ何その顔。お腹でも痛いの」


 なるべく会いたく無い人物に会ってしまった。ちくしょう。いつもいつもタイミングが良いんだか悪いんだか。

 機嫌の悪そうな顔をした蘭菊と鉢合わせてしまう。


「というか。寒くないのソレ」

「別に」


 このアホみたいに寒い朝に羽織も着ないでうろつくなんて、風邪でも引きたいのかコイツは。起きてから着替えもしなかったのか、白の単衣のまんまだし。見ているこっちが寒くなってくるんですけど。

 それとは逆に赤い頭はボッサボサで炎みたいだ。


「もう飯食ったのか?」

「うん」


 そう答えると彼は腕を組み、私と梅木の行く手を阻むようにして食堂の戸に寄りかかる。


「…えっと」


 いやあの、邪魔なんだけど。

 というか早くない?いつもは後一時間位しないと起きてこないじゃん。それに昨日は確か閨だったから、朝風呂に入っていたはずだし。まだ二時間三時間しか寝ていない筈。

 よく見れば隈がうっすらと出来ている気も…。


 大体、この時間に私が食堂にいるのだって皆の今までの様子を見て計算して、今日のこの時間は誰もいない!と確信して食べに来たのに。

 そりゃ突然予想外に現れることだってあったけれども。

 でも蘭菊が来てしまうなんて…。


 もう一回言うけど、こいつ閨だったし。


「よし。…じゃあもう一回食え!」

「あい゛やぁぁぁあ」


 何が、良し!なわけ馬鹿なのコイツ。

 前から腕をガッと掴まれ、再び食堂へ入らせようと中へ引っ張られる。悲鳴を上げた私に視線が注目した。


 お願い見ないで!

 大きな声を上げて本当にすみませんでした!!

 見ないでください!


 足の裏の筋肉を駆使して床に踏ん張る。

 綱引きか。


「ええい離せチビ!」

「お前より背はデカい!」

「あっち行ってアホ、ハゲ、ガキ!もうぅぅっ」


 見られてる、絶対見られているよ。

 こんなぎゃースカ騒いでいたら嫌でも目に入っちゃうって。手を引っ張っても引っ張っても…お?ちょっと動くぞ?いけるかもコレ。

 蘭菊に掴まれた腕は別段痛くはない。

 微妙な力加減で引っ張られているようだ。


 さすが花魁。

 相手への配慮がパーフェクト。

 使いどころは違うと思うけど。


「離してください」

「嫌だ」

「え、何頬っぺた膨らませてるの。可愛くないんだけど」


 誰このデッカイ子供。


「梅木ぃ―」

「すいません。僕は蘭菊兄ィさんの味方なんです」


 根返りやがった。

 私側から奴側へと移動する梅木にガンを飛ばす。

 どこぞのヤンキーかって位に、渾身の力を瞳に宿す。パァワァ~。





 ガシャンッ

 パリン!



「きゃあ!痛いっ」

「どうした!?」


 攻防戦を続けていると、調理場から愛理ちゃんの悲鳴が聞こえてきた。

 ついでに食器が割れるような音も。


「な、なんかお椀が割れていたみたいです。吃驚して落としてしまいました。ごめんなさいっ」

「ありゃりゃ、手の平から血が出ちまってんな」


 あ。

 そうそう、あとコレ。

 私が花魁の誰かと楽しく会話していたり仲良くしていると、最近は決まって愛理ちゃんが怪我をする。

 一体どうなっているのかは定かで無いが、悪役の私が仲良くしているということがいけないとでも言うように皆の注意がそちらに削がれるのだ。

 ただの偶然かとも思ったが、何回もそんなことが続けば私だって色々考える。


 そして考えに考えた結果そうとしか思えないのでちょっと怖くなった。二階で不覚にも仲良くしてしまった時は何にも起こらなかったけれど。


「またアイツ怪我したのか?お前よりドジだぜありゃ」

「私はちゃんとしてるんですー。ドジではないんですー。分かったならそこどいて私を通して愛理ちゃんの怪我でもどうにかしてやれ馬鹿」


 そう早口で捲くし立てて腕をブンっと振るうと、簡単に手が離れた。


「はぁ?何で俺が…」

「蘭ちゃんは優しいもん」

「…何で俺が」


 ケッ。と文句を言いドスドスと足音を立てながらも、調理場へ向かって行く蘭菊は紳士だ。


 私は常に花魁組を愛理ちゃんの元へ送り込む事は忘れない。

 そうすれば愛理ちゃんの恋を邪魔しているのではなく応援していることにもなるし、愛理ちゃんにとっても好きな人が自分を気に掛けてくれて嬉しい気分になると思う。


 …とか言ってもその好きな人が誰なのかは全然わからないけど。

 

 でもまぁ何はともあれ私が危うくなる可能性は確実に減るだろう。愛理ちゃんの身の危険性も減る。


「蘭ちゃんは、優しいもん」


 だが。

 ぶっちゃけ皆の気持ちも考えないで、自分の保身を第一に考えている私はつくづく嫌な奴だ。ゲームの中の野菊も嫌な奴だけど、私も私で嫌な奴だと思う。自分の為になるならば周りがどう思おうが、どうなろうが構わない、というような行動はきっとゲームの野菊とそう変わらない。


「大丈夫か?思ったよりバッサリ切れてんじゃねーの」

「だ、大丈夫ですよ!」

「十義さんたちは仕事しててください。俺が見ますよ」

「えっえと、あの」


 それになんだか蘭菊は愛理ちゃんと仲が良いみたいだ。

 愛理ちゃんをイジって茶化している姿を一階の階段下で一週間前に見たことがある。


「ねぇ兄ィさん」

「?」


 蘭菊が渡し口から洗い場にいる愛理ちゃんに話しかけている姿を、梅木は見る。

 そして静かに息を吐きながら言った。


「兄ィさんはこれで良いのですか?」

「……」

「兄ィさん?」


「──…自分でも分からないや」


 おどけたように笑う私に心配そうな顔をしだした。


 彼の言おうとしている事は分かる。

 事情なんてこれっぽっちも話してはいないのに、こうも物事に対しての察しが良いと、どうしていいのか戸惑う。察していると言っても、愛理ちゃんとくっつけようとしている事とかではないと思う。

 きっと、花魁の皆を避けている事に『良いのですか?』と聞いているのだろう。

 やはり避けていることはバレバレだったみたい。


 いたたまれなくなり後頭部を利き手でガシガシと掻く。


「あの、ちょっと中庭に行ってくるね」

「分かりました」

「四半刻したら部屋に来て貰って良いかな」

「はい」


 稽古の時間を取り付けて、中庭に続く長い廊下をそそくさと歩く。

 ちょっと早歩きなのは気のせい。


 私の急な話に動じることもなく普通に返してきた逞しい彼に、申し訳ない気持ちと感謝の気持ちを感じる。


 梅木はゲームにはいないキャラクターだ。

 だからこうして私も安心して接している。

 いざこざには巻き込みたくは無いが、今身近で一緒にいて安心するのは彼とか普通の遊男の兄ィさま達くらい。

 兄としては大変情けない話だけれど。

 遊男以外だったら十義兄ィさまとかだろうか。


「う~さむっ」


 凍えるような硬い空気が詰まる廊下を、息を吐いて両手を擦りながら進む。


 アレやコレやと気が休まらない日々。

 ちょっとしんどいというのが現状だ。

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