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始まる 受難の日々 5

 二月に入り、寒さのピークも過ぎようとする頃。



「十義兄ィさま、おはようございます!」

「お前らの場合は“おそよう”ございます。だろ」

「あっはっは、言えてるな。野菊さん、おそようございますー」

「利吉さんまでそういうこと言う!」


 起床し食堂へと向かえば、朝餉の良い香りが漂っている。

 飯炊きの人たちが遊男たちのために毎朝早くから仕込みをして、美味しいご飯を提供してくれているのだ。十義兄ィさまが調理場に立つ姿も何年もすれば見慣れたもので、一日の始まりにこうして食堂で会う事が楽しみになっている。 

 未だに呼び方は『兄ィさま』だけど、そのほうが良いと言ってくれているので躊躇わず呼ばせていただいています。


「朝飯は魚でお願いします」

「あいよ!」


 ご飯のお供が今日は魚か山菜なので、私は魚を選択し空いている場所に座って出来上がるまで待つ事にする。

 食堂を見渡せば私以外には三人ほどしかいなく、まだ起きている人は少ないようだった。



 …まぁ、それを狙ったのだけれど。



「あの兄ィさま、お一人ですか?」

「うん?一緒に食べる?」

「はい!」


 座りながら広い畳の上で足を伸ばしてブラブラしていたら、禿の子に声を掛けられた。後ろから声を掛けられたので、振り向いて一緒に食べようと誘えば元気な返事が返ってくる。


 一人でのご飯は寂しいとちょうど思っていたので嬉しい。


「となり、失礼いたします」

「はいどうぞ。あ、ほらほら、足痺れちゃうから伸ばしな?」


 正座で座り出したので、自分の伸ばしている足をブランと見せながらそう促す。


「兄ィさまは山菜ですか?おさかなですか?」

「私は魚だよ。睦月は山菜でしょう?」

「えへへ、お野菜大好きなので」


 この子は梅木より三年あとに入って来た男の子。名前は睦月。一月に産まれたからこの名だと言う。

 引込み禿では無いが、毎日一生懸命芸事を習い励んでいると他の兄ィさま達からは聞いていた。

 朱禾兄ィさまの下についており、良く一緒にいる姿を見かける事がある。


 既に他の花魁の下には違う禿や新造が沢山いる為、花魁の次に稼ぎが良い者が基本は禿を受け持つ事になっており、花魁では無いが次に稼ぎの良い朱禾兄ィさまにつくのが良いという事になったのだ。


 お分かりだろうが、もちろんあの蘭菊の下にも禿や新造がついている。時間になれば其々に指導して一人前になるまで面倒を見るのが基本。

 禿や新造が成長する過程において、大量のお金が必要になるのだが、それを負担するのは妓楼では無く兄遊男なのである。


 日々の食費や支給されている単衣などは関係無いのだが、稽古で使用する三味線や箏、筆などは兄遊男から与える事になっており、新造が一人前の遊男になる際の費用も着物から何まで全部兄遊男が出す。

 なので、禿や新造をこさえるという事は、並の遊男には出来ないことなのだ。


 ちなみにおやじ様が『着物を仕立てる』と言い出す時は、それはおやじ様がしたいからしているとの事なのでその分の費用は妓楼側で出していると言う。

 私の時は花魁の兄ィさま三人が出してくれていたようなので、三分割だったらしい。


 昔よりも禿や新造の数が増えているのか、こんなに妓楼に人がいるのは初期の頃以来だとおやじ様が言っていた。

 確かに私が入った頃は禿も私を含め四人しかいなく、その四人が引込みになる前に他の禿を見つけるのに苦労していたからな。

 他の妓楼も禿は一人二人と聞いていた。

 それなのに今はどこの妓楼も禿が五人以上は必ずいるという。



 世の中は一体どうなっているのだろう。

 ゲームではそんな妓楼や吉原の事情なんて詳しくやっていなかったからよくわからない。


 そして三月になれば私の下には梅木以外の新造、禿が付く。

 新しくまた入ってくるのだ。

 それまでは他の花魁の者の下の面倒を手伝う事になっていて、この睦月にもついこの間書道を教えたばかり。

 上の花魁と一緒に教えるのでは無く、自分の部屋へと呼び指導する。やっていたことは私が小さい頃していたものと同じだ。だが違うのは、引込みではないので座敷には出てもらうし、客とは必要とあらば話すという点。


 ぶっちゃけ引込みより色々先にデビューさせられるので、この子達には心の準備も暇も無い。


「おぅい、出来たぞー野菊。取りに来い」

「わー」

「睦月は山菜ほらよ」

「いただきます!」


 渡し口から受け取り、早速正座をして行儀良く食べる私。胡座をかいても良いのだけれど昔ちょっと注意されたのでやめている。

 睦月はいつも通りに正座で食べ始めていた。元から行儀が良い子だけど立派だと思う。

 私なんてどう楽に出来るかしか考えていない。


「えっらいなぁ」

「兄ィさん」


 感心しながら煮干の出汁が効いた味噌汁をズズ…と味わっていると、声を掛けられトントンと肩を叩かれた。


「野菊兄ィさん、おはようございます」

「あら、梅木おはよう」


 お膳を両手で持った梅木にニコリと眩しい笑顔で朝の挨拶をされる。

 笑顔もそうだが金の髪もキラキラと眩しい。


「隣良いですか?僕も今から飯なんです」

「構わないよ全然。梅木は魚?」

「えぇ。兄ィさんと一緒ですね」


 彼のクルクル金髪だった髪は、年が経つにつれ落ち着いて来て緩いウェーブになってきた。


「梅木さん!おはようございます!」

「はは、元気だなぁ。睦月おはよう」


 小さなお口をこれでもかと開けてすごくハキハキと挨拶をしだすおチビちゃん。ほくほく顔で、こちらも瞳のほうがキラキラと眩しい。


 睦月はどうやら梅木に憧れているらしく、いつか梅木のような新造になるのだと目標を立てているらしい。

 今現在引込みが梅木だけなのもあり、特別感漂う引込み新造の彼に憧れているようだ。もちろんそれだけで憧れているのではなく、厳しい稽古もこなすし梅木の落ち着いて華のある煌びやかな舞はおやじ様のお墨付き。

 人柄も、接していて分かるが優しく真面目で良い子だ。


 …今更だけど、こんないい子が私(と秋水)の下に付いているなんて逆に申し訳ないくらい。

 そんな良い子の梅木は、お膳を私ら二人の前に置くと睦月の頭をポンポンと撫でる。撫でられた方は嬉しいのか目がウルウルし頬が赤く高揚していた。


 もう可愛。


「ふふ、睦月照れてる。しかし梅木はいつも朝早いよね」

「まだ仕事と言う仕事はしていないのでしょうがないです。それより野菊兄ィさんがこの時間に起きていることが不思議です。眠くは無いのですか」

「ちょこっと眠い」

「毎日朝餉を一緒に食べれる事は嬉しいのですが、体は大切にしてくださいね。ただでさえも兄ィさんはいきなり倒れる事がおお…」

「う、梅木ぃ~!」


 箸を茶碗の上に置いて、向かいにいる梅木に抱きつき頬をスリスリする。


「そんなにしっかりしちゃって、もうっもうっ」

「兄ィさん。頬っぺが痛いよ」


 本当に私の(と秋水)下に付いていて申し訳ない位良い男だよ!!

 良いんですか神様!?


「寧ろ兄ィさんが良いのです」

「お?」

「良い男なんて、僕はまだまだですけどね」

「口に…」

「はい。今思い切り出していました」


 神様。

 お早い回答をありがとうございます。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 それから30分後。


「ふぅー。食べた食べた」

「結構お腹にたまりますよね」

「うん」


 山菜だった睦月は早く食べ終わり、部屋に戻っていった。戻ると言ってもきっと直ぐに朱禾兄ィさまの所へ向かうだろうが。

 私と梅木は今しがたご馳走さまである。けしてペースが遅いわけでは無く、山菜と魚の量の違いが半端ないだけだ。

 完璧ベジタリアンか肉食派に分かれる献立だったよ。


 お膳を片付ける前に一服しようと思い、食堂にあるセルフのお茶を二人分入れる。自分がやりますよ、と梅木に言われたがここは兄として振舞わせてもらった。

 温かい緑茶が身体に沁みて良い感じ。


「最近は禿や新造たちといることが多いですね」

「みんな可愛くてね~」


 お茶の香りとホカホカさに目を瞑りまったりとしながら世間話をし始める。

 世間話と言っても規模は狭いけれど。

 正式名称を付けるなら妓楼内燐話とかだろうか。


「あの、踏み込んだ事を聞くようで悪いのですが」

「うん?」


 コホン、と喉を鳴らして彼は言う。


「兄ィさんたちと喧嘩でもしたのですか?」





・・・。





「喧嘩?いや喧嘩なんてしてないよ。ただ、禿や新造達ともたまには交流を深めないと」

「でももう一ヶ月位経ちますよ」

「何が」

「花魁の兄ィさん達と野菊兄ィさんがあまり一緒にいるのを見ないのが、です」


「飯だってワザと時間をずらしていません?」



 な、中々手厳しい子だこと。

 そんな事まで分かるのか。


 あれから一ヶ月。梅木の言う通り、私は皆との飯の時間をずらしている。

 とは言っても皆バラバラなので、そこは上手く調整しないといけない。

 食堂に行って花魁の誰かがいようものなら部屋に回れ右をするか、食堂にそのまま入り直ぐさま他の遊男の所へ行くか、一人で食べるかである。

 声をかけられてやむ無く一緒に食事をすることがあるが、その場合はご飯をマッハで口へと掻き込み早く食べ終わらせる。無言で隣に座って来る事もあるので、その場合はもう寛然している。

 やりすぎも良くない。だが部屋に帰った場合も油断出来なく、飯を誘いに誰かが訪ねて来る事があったので、


「お腹空いてないんだ」

「い、今お馬で調子が」

「食べてきちゃったよ」


 とたまに女の事情を持ち出してまで理由をつけて断ることがある。

 非常に情けない。


 そうして皆といるのを防いでいるけれど…。

 やはり露骨すぎるだろうか。


「でもこの間は珍しく一緒に秋水と私と稽古したでしょう?」

「それはそうですが」

「いつも一緒にいるわけではないから。前が一緒に居過ぎただけだと思う」


 そんな私の答えに納得しているのかしていないのか…まぁ後者だろう。

 眉間に皺を寄せながら『そうですか』と彼は頷く。


「そのかわり愛理さんを良く見るようになったので、なんだかこう」

「こう?」


 胸を抑えて苦しげな顔をしだす梅木。

 どうした梅木!!


「こう、父と母が分かれてしまう前兆を感じた息子の気分になってしまって…」


 どんな気分だよそれ。

 分かる事は分かるけれども。

 たった四歳しか離れていないよ私たち。



 梅木の発言に遠い目をする野菊であった。

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