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始まる 物語7




「ええと…じゃあ、ここにどうぞ」



とりあえず部屋へ冷静に招き入れた私は、座布団を取り出して敷き愛理ちゃんに座ってもらう。

 こんな時にだが、部屋を掃除しておいて良かった。おやじ様が毎日習慣づけて掃除しろと口酸っぱく言ってくれていたおかげである。

 ありがとうオヤジ。


 さて。緊張しない方法として、自分の視線をわざと相手に合わせるということを羅紋兄ィさまから教わったことがあるので目線を合わせようと愛理ちゃんの目を見つめてみるが、とうの愛理ちゃんは畳のシミを見つめていた。


は、恥ずかしい。

見ないでくださいそこは。

田楽のタレ落とした所だから。汚いから!!


 と心の中で叫びつつ、まだ話すことが定まっていなかった私はどう切り出したらいいのか分からず色々と話しかけてみることにする。

 当たって砕けてみよう。

 男は度胸だ。


 握り拳を胸に掲げる。


「急にどうしたの?私後で行こうと思ってたんだ」

「……」

「記憶があの…アレしちゃったあとから、心配になって声かけてみようかとも思ったんだけど。緊張しちゃって全然声かけられなくて。ゴメンね。階段から落ちてから痛みとか体とか調子は変わりない?」


 もう内心必死で心臓に汗をかきながら話を続ける。

 久しぶりに話せた嬉しさと未だ何の反応も無い愛理ちゃんに戸惑いながらも、わざわざ訪ねて来てくれたという事実に一種の安心感を持つ。

 だって本当に避けられてしまっていたものだから。

 やっと遭遇したと思えば花魁の誰かとのイチャイチャシーンだし、部屋に会いに行っても警戒されているような感じで出て来てはくれなかったし。


 でもまぁ、そりゃそうだろう。

 記憶を失って私のことがわからない愛理ちゃんからしてみれば、その行動は単なるストーカーにしか思えない。

 冷静に考えてみればなんて失礼なことをしていたんだ私。

 

 自分の過去の行動に悔いながら次はなにを言おうかと捻っていると、愛理ちゃんの丸くて大きくて子猫のような瞳が畳のシミから私の瞳へと移っていた。


 あっ愛理ちゃんが私を見たぁ!

 コレいける!

 いける気がする!!


「でね、愛理ちゃん」

「あの、女、ですよね」

「え?うん。……うん?」

「誰か好きな人とかいますか?天月の皆の中でとか」


 誰かとは誰だ。好きってどういう好き?結婚したいとかの好き?


 やっと反応をして返してくれたと思ったら予想外の言葉が来たものだから、先ほど以上に私は戸惑う。というか、そうか。まずはそこからだったよね。女って説明していないし。こんな胸にサラシを巻いた着流し姿で客を相手にしている奴なんて、むしろ男だとも思うよねそりゃ。でも男に見えていたのならそれは遊男として幸いなことである。

 

 しかし好きな人…か。

 いきなりな質問をしてくれる。

 冗談かなとも思ったが、愛理ちゃんの瞳はすごく真剣で 。

 これは真面目な答えを聞きたいのだなと思った。


 こんな恋バナをするという事態。五分前の私には全然予想は出来なかっただろう。まず第一愛理ちゃんがやってくるという予想もできなかったし。

 気を取り直して質問に答える。


「皆のことは好きだよ。それは兄弟とか、親子みたいな感じで。家族みたいに大切に思ってる。夫婦になりたいとかの好き…は無いかな」

「なら今度こそ、私の邪魔はしませんか?」


 じゃ、邪魔?


「誰も好きでは無いってことですもんね?」

「そ…ういうことですね」


 愛理ちゃんに視線を合わせていた目を横にそらしながら、尋問みたいになってきた今の状況に私は心の中で首をかしげる。はて。

 一体全体この状況を誰かに説明して欲しい。

 大体、今度こそって…前に私何か愛理ちゃんの邪魔しちゃったの!?

 なんてことを!


 覚えの無い事実に頭が冷める。


「私好きなんです。ある人のことが」

「あれ、そうなの?」

「誰とは言えないんですけど、花魁の人で」

「ほへぇ~。…え!?」


 予期せぬ事態。恋愛相談が始まったと思ったら…なんというか、これまたえらいことをカミングアウトしてくれた。私の質問に一切触れないで直球ストレートで来たよ。スルースキル半端ないよこの子。

 だが考えようによれば、相手がわかれば私も色々対処できると言う事。私がずっと心配していた仕置をされ女遊郭に売られる事態とかを免れられるチャンスだと思う。

 まぁ起こらないかもしれないが、用心しておくことに無駄は無い。


 愛理ちゃんは続ける。


「ちょっとでもその人が女性に構っているのを見ると嫌な気持ちになるんです」

「乙女心は複雑だよね」

「違うんです」

「?」

「野菊さんと話しているのを見ているのが駄目で」


 そう言って悲しげな顔をすると愛理ちゃんは目を伏せた。…ん?


 これは────ようするに、だ。

 こうしてわざわざ私の所まで来て好きな人のことを話し、その好きな人と私が話しているのが駄目だということはつまり…。


「ええっとー誰?かな。それが分かれば協力も出来ると思うんだけど」

「言えません。だから花魁の人たちから少し距離を取ってくれるだけでも良いんです」

「えぇー…」


 いや、良くない良くない。

 なんか以前と性格が百八十度変わっているぞ愛理ちゃん。もともとハッキリとモノを言うタイプだったが、これはハッキリと言うより何と言うか、我が儘?可愛く言えば駄々っ子だ。


 しかし困った。

 そんなことを承諾してしまったら、生活に確実に支障が出る。ここは言わば大きなシェアハウスだ。人間関係というものが常に存在する場所。

 そう簡単には距離を置くことは出来ない。

 愛理ちゃんの恋は実に応援したいのだが…。


「で、でもね愛理ちゃん。私も誰か分からないまま皆と距離を置くことはできないからさ。それで思うんだけど、そういうのは私がいてもいなくても変わらないんじゃないかな。やっぱり当人同士の交流と乙女の頑張りがあってこそというか、うん。それに愛理ちゃん可愛いから、その人ももしかしたら」

「放り投げるんですか?」

「放り投げるってわけじゃ」

「それは、私からしてみれば邪魔しているのと同じだと思います」

「えぇー…」


 こぶしを正座している膝の上で握りながらそう力説される。

 だがそんなことを言われても私にはどうしようもできないから仕方が無い。誰を好きなのかを聞いても答えてくれないんじゃ…と対処のしようも無い私は途方にくれる。

 嫉妬をしちゃうからといって皆を無視するわけにはいかないし。


「でもね…うーん。私がどうこう出来ることでは無いと思うからなぁ」

『私ができることなんて無いわよ』


 え、今の…何。


 一瞬私の頭の中であるゲームの場面と台詞が浮かんできた。

 どういうことだろう、この感じ。

 これは既視感?

 あの四日前の夢を見たときのようなこの感じ。なぜだか嫌な予感がする。


 頭を左右に振って、先ほどの情景を振り払い前を向く。

 そんなことをしても忘れないし無駄だけど、その無駄さえ私には救いになっていた。

 気を取り直して愛理ちゃんにもう一度話しかけてみる。


「あ、あのね、協力はしたいんだけど、やっぱり自分で頑張って相手とそういう状況にどうにかこぎつけるのが一番だと」

『それ嫌味なの?あんたとアノ人のお膳立てなんて嫌よ。自分でどうにかしたら?』


 そう。そうして次には緑色の綺麗で美しい彼女の瞳からー…。


 あぁダメだ。

 何でこの場面が思い起こされてしまうのだろう。嫌だ嫌だ。お願いだから次の展開は当らないでほしい。

 頼むから神様。


「ううっ、…グスン」

「嘘」


 唖然とする私の中で再びあの言葉が繰り替えされる。


 そう。そうして次には緑色の綺麗で美しい彼女の瞳、愛理の瞳からは涙が零れおちるのだ。

 と。

 

 この台詞・場面は、愛理が相手と吉原内デートをする前日、自分の手持ちの着物を全部誰かに(野菊に)ズタズタに裂かれてしまった時の一場面。

 相手や周りに心配させたくない愛理が、女の着物を唯一持っている野菊に頼み込んでいるという状況。そしてそれを拒んでいる野菊、という図だ。


 しかし疑問がある。

 なぜその場面でもないのに、今自分が言った言葉と愛理が泣くタイミングがほぼ被っているのだ。

 おかしい。

 絶対におかしい。


 そんな奇妙な出来事に、ぎゅうっと握っている私の手の指先が冷たくなってくる。


「もういいです!」

「え、ちょ、待って!」


 いきなり泣きながら部屋から走って廊下へ飛び出した愛理ちゃんに、私は片手を伸ばしたまま固まる。

 このまま行けば、次に愛理に待っているのは自分が選択したルートの人物か、他の花魁たちの誰かである。そしてその誰かが廊下を歩いていて偶然泣きながら歩いていた愛理を見つけて優しく語りかけるのだ。ちなみにそこでポロリと野菊の行いを暴露するという、そんな感じで結構仕組まれた様に物語は流れていくのだが。


「……」


 …というかこんなのんきに状況分析している場合じゃないよ私。


 別に暴露されるようなやましいことはしていないし着物を破いたわけでも、意地悪で何かを言ったつもりは無い。が。

 私が実質泣かせたようなものだもん!

 このままじゃ色々アカン!!


 と私が立ち上がり愛理ちゃんを追いかけるべく足を踏み出した途端、廊下のほうから『ドン』と誰かと誰かがぶつかったような音が聞こえた。


「あれ愛理。どうかしたのですか」

「…っうじ」


 声からするに、宇治野兄ィさまと愛理ちゃんが衝突したらしい。

 あぁどうしよう。

 もし愛理ちゃんが私のことを言わなくても状況的に私に否があるから。どうしよう!


 と嘆く野菊。


 だが、次の瞬間『ピョコッ』と誰にも気づかれず愛理の着物の中に飛び込んでいった緑の生命体がいた。


「うっ…ふ…あはっあははは、ちょ、やめっひゃぁ!」

「ゲーコ」

「?ちゃっぴぃ?ですか」

「え、チャッピー?チャッピーいるんですかそこに!」

「ニャーン(いるいる)」


 気になり戸の近くまで行き覗き見ると、愛理ちゃんが思い切り爆笑している姿が見えた。なんじゃありゃ。

 目の前で起きている予想とは違う展開に驚いていると、スリ…と護が私の足に擦り寄って来る。

 今更だけどお前今までどこにいたのだ。


「てっきり泣いていると思ったのですが、気のせいだったみたいですね。良かった」

「……」


 そんな会話が聞こえたかと思い護から視線を外すと、チャッピーがいつの間にか私の目の前に来てちょこんとお座りをしているのを発見する。

 どうやら状況から察するに、チャッピーが愛理ちゃんの着物に入り込み擽って笑わせた。というところだろうか。


「ゲコ(安心しろアホ娘)」 

「やだチャッピー」


 こんなにたくましい蛙は見たことない。でもアホ娘は余計だよ。


 ちなみに何度も説明はしているが、このチャッピーや護の言葉はあくまでも私の解釈である。でもそういう感じに聞こえているのであながち間違っているとも思えない。

 不思議と。

 

 しばらくすると宇治野兄ィさまがこちらにやって来る。


「あ…野菊。さっき丁度、朝陽あさひに呼ばれて行ったらお饅頭をくれたんですよ一緒に食べませんか?」


 笑顔でお饅頭を持ちながらそう言う兄ィさまに私は固まった。なぜなら愛理ちゃんを目で追えば彼女は思い切り嫌そうな顔をして私のほうを見てくるのだ。


 え、も、もしかして愛理ちゃんの好きな人って宇治野兄ィさま?だからこの廊下にも兄ィさま通りかかったの?

 マジで?


「き、今日は遠慮しておきます」

「珍しいですね」

「最近食べすぎかなぁ?と思いまして」

「そうですか?」


 首をかしげる宇治野兄ィさまに一応言ってみる。


「愛理ちゃんがさっきお腹空いたと言っていましたよ。愛理ちゃんと食べてはどうですか」

「そうですねぇ。…それならそうしましょうか。残念ですが…ではまた誘いますから今度は野菊も一緒に食べましょうね。じゃあ愛理、部屋に行きますよ」

「はい」


 お膳立てとはまた違うが、そうして二人の背中を私は見送ったのだった。







 野菊の受難の日々が幕を開ける。

あとがき。


その日の風呂にて。


『野菊が痩せようとしているみたいですよ』

『確かに最近野菊の胸がお…』


ゲシッ


『胸が、どうしたって?ん?』

『清水兄ィさん容赦ねぇな』 

『羅紋兄ィさんも学習しないよな』

『蘭菊。一応言っておくけど君も普段あんなんだよ』


『いってぇな!!いや、この前抱いて寝てた時に…』

『君も狸か』


ゲシィッ!

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