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始まりは 日々3

 此処へ来て半年。


 取り合えず色々分かったことがある。

 まずこの町の名前だが…あの『吉原』だった。時代背景は江戸時代といった所だろう。私的には、自分のいた世界とは真逆なイメージを持っていたので、どうせ名前も『原吉』とか適当にこんなんだと思っていた。


 しかし見事に山は外れた。

 普通だった。


 益々この世界が分からなくなってくる。



 男女の役割が逆だと思ったら、意外とそうではなく、権力者も家の大黒柱も仕事も男が筆頭で。でも女も多い割合で働いている事も事実。


 ただ違うのは、女が夜遊びをすることは当たり前で、寧ろ出来ない女の人は女ではない、という意識があると言うこと。


 訳が分からん。



 簡単に言えば『男は浮気するのがなんぼ』『健康的な男性』『女遊びは男のステータス』と言う言葉はこの世界ではあり得なく、『女は浮気するのがなんぼ』『健康的な女性』『男遊びは女のステータス』が普通なのがこの世界。


 教えられても私は全く理解出来なかった。

 だって根本的に違い過ぎるもの。

 何故そんな意識なのかを兄ィさま達に聞いてみたが、当たり前の事過ぎて逆に分からないと言われてしまった。

 遊男を買うのに必要なお金は、基本旦那がいる人は旦那の稼ぎで。自分で働いている人は自分の稼ぎで。家が金を持っている人はその金で遊ぶのだという。


 え、旦那それで良いの?


 しかし、だからといって女性が横暴的な態度だと言うわけではない。

 私が今まで見てきた御客は少なくとも皆お淑やかで、遊男達に甘えるようにしなだれ掛かったり、静かに愛を囁いたりしていた。禿は基本座敷には出られないので、ちょっと覗いた程度での感想だが…何てことない普通の女性達だった。



 今だに馴染めない世界だが、頑張っていこうと思う。









「野菊はちっせぇなぁ」

「らもん兄ィさまがでかいのです」

「お、言うようになったな」


 正座をしながら三味線を持っている私の頭が、ガシガシっと撫でられる。たまに思うが、この妓楼の皆は頭を撫でるのが好きなのだろうか。

 今日芸を教えてくれる目の前の兄ィさまを見る。


 この人は羅紋(らもん)花魁。歳は17と清水兄さまより2つ歳上。

 容姿については、健康的な白さをした肌と緑色の肩位に掛かる髪に黒の瞳、少し垂れた優しげな目尻の右下には泣き黒子(ぼくろ)があり、普通にしてても何処か色気がある。

 袖口から覗く力強い腕は女性に男を感じさせ…花魁格だけあってやはり美丈夫な人なのである。


 普段の性格は少々荒いが、一夜の夢を見る相手に対しては例え一夜でも心から至上の愛と熱情を捧げる為、清水花魁と並び負けず劣らず人気がある人だ。



「やっぱり三味線は野菊にはデカいですよ」

「そうだなぁ、しょうがねぇか。よし!今日は三味線をどう弾くのか、座敷で気をつける事項なんかを教えてやろう」


 今現在、秋水と一緒に羅紋兄ィさまによる芸のレクチャーを受けている。少し前から芸事を習うようになり、今日は三味線だったのだが…体のサイズに三味線の大きさが合わず。

 無理に習得しようとしても、このまま教わって弾いて成長した時、奏でる際に変な癖がついてしまうと言うことで実践は無しの方向になった。

 くっ、やるせない!!


 私がまず習得しなければならない芸は全部で8つある。

 古典、書道、茶道、和歌、(そう)、三味線、囲碁、舞技である。

 中々厳しい数の習得数だ。


 一人立ちするまでの期間は少なくとも10年はあるので、その間に立派な芸を身につけるのが私の最上だ。

 頑張らなくては。



「おい野菊ー、いいか?」

「!、はい!」

「じゃあいくぞ。まず、この太い方から順に「一の糸」「二の糸」「三の糸」と呼んでな…」


 私はまず集中力を鍛えようと思う。






 三味線講義が昼に始まり夕方に差し掛かろうとしている。

 赤い日が畳を照らし出し、部屋の掛け軸は炎のようにゆらゆらと赤色を写し出す。


「…お?もう夕時か。じゃあ今日はこれぐらいにしとくか」

「「ありがとうございました」」


 一通りの三味線講義が終わり、秋水と二人でお辞儀をして礼をとる。


「しゅうすいも、一緒にありがとうね」


 秋水は本来なら、今日の三味線講義を受けなくても良いレベルだ。それでも一緒に受けてくれたのは私が『しょうがない奴だから』だそう。

 ちょっと意味は分からないが、心配してくれたと解釈しておこう。


 けして私がダメダメだからとか、間抜けだからとか、兄ィさまに迷惑を掛けそうな奴だからとか、そう言うわけではないと信じている。


 私に礼を言われた秋水は顔を背けながら


「まぁ気にするな。お前はしょうがない奴だからな」


 と言ってくれる。

 …取り合えず秋水の中で私はしょうがない奴だと言うことだけは分かった。

 秋水よ…。



 この後はまだ此れからの仕事が夜に向けてある筈なので、おやじさまの所へと指示をもらいに行く。


「では、らもん兄ィさま。しつれいします」

「あ、待て待て。今日このまま野菊は俺につくことになってるから。櫛とか用意しておいてくれ」


 おお、手間が省けた。


「俺は違うのですか?」

「秋水は多分、宇治野(うじの)花魁のとこだろうな。まぁ頑張って行ってこい」

「そうですか、わかりました。では行ってまいります」


 秋水が部屋の戸を開けて次の持ち場へと向かって行く。

 私はこのまま羅紋兄ィさまのお手伝いの為、櫛や着物の用意に取り掛かることに。


 羅紋兄ィさまは装飾品を沢山付ける人なので用意するのは大変だが、これが以外と楽しい。


 珊瑚や翡翠、琥珀や象牙、鼈甲(べっこう)を使った帯留(おびど)めや、トンボ玉にガラス、貝で出来た耳飾りに、瑪瑙(メノウ)を使った首飾り等他にも色々あるが、このステキな飾り達を全部用意して羅紋兄ィさまと今日は何にするかを一緒に決めるのが羅紋兄ィさまについた日の楽しみになっている。


「今日はどれにするか」

「そうですねぇ」


 羅紋兄ィさまの足の間に挟まれながら、これでもないあれでもない、と白い布の上に並べた装飾品を吟味していく。


 帯留めはやはり翡翠だろうか。髪が緑だから絶対似合うと思う。今日の羽織紐は橙色だから耳飾りは橙色のトンボ玉を使ったのを合わせて統一感を出して、手首には象牙の腕輪を嵌めるのも良いかも。

 これだけ装飾を付けたら装飾品に人間が負けてしまうと思うだろうが、羅紋兄ィさまは違う。

 何故かとても似合ってしまうのだ。


 そんなランラン気分が羅紋兄ィさまにも伝わったのだろう。背中から抱き込まれている状態なので微かな笑いでも兄ィさまの笑いの振動が身体に響いてくる。


「はは、楽しいか?」

「はい!」

「そうか。お前が来て半年経つが、慣れてきたみたいで良かったな」


 ポンポンと頭を撫でられる。緑色の髪が私の頬に掛かり(くすぐ)ったい。


 もう本当に頭撫でるの好きだよな。


凪風(なぎかぜ)もな、『今日の夜は秋水と野菊の部屋で囲碁をするんです!』って朝楽しそうに言ってたぞ。蘭菊(らんぎく)も一緒らしいが…仲間がいるのは良いもんだ、仲が良けりゃもっとな」


 凪風と蘭菊は私と同じ禿の男の子である。

 この天月妓楼には現在、私、秋水、凪風、蘭菊の全員合わせて4人しか禿はいない。

 これでも多いほうで他の遊男屋には禿が一人、二人 程である。直垂新造(ひたたれしんぞう)になり花魁となれるのは、この禿だけなので貴重な存在とも言える。



 それだからか自然と仲間意識が生まれた。最初の頃はお互いぎこちなかったものの、今ではお互いの部屋へ遊びに行く程である。子供の順応力は凄い。


 今でも自分が一体誰なのか、誰だったのかが分からなくて不安になる夜もあるが、最近は忙がしい毎日と仲間達のお蔭で気にならなくなって来ている。

 それが良いことなのか悪いことなのかは誰にも判断出来ない事だが、少なくとも気持ちは軽くなっている。



「…っと、これで良いか」

「わぁ!とってもかっこいいです」


 飾りを選び終え身に付けた羅紋兄ィさまに、思わず手を広げ感嘆の声を上げる。

 お似合いです!!


 深緑の着流しに翡翠の帯留、紺の羽織を上に着て橙の羽織紐が色を差す。頭は瑪瑙を使った簪で横の髪を括り上げ、そこから覗く耳元には琥珀の短冊形をした耳飾りがぶら下がっている。

 仕上げに、と目尻に赤い化粧を差した兄ィさま。

 妓楼の最高位花魁の出来上がりである。


「おー、褒めるのが上手いなぁ。ほれ」

「わっ!」

「軽いなー野菊。高い高いたかーいだ」

「……」



 羅紋兄ィさま、貴方もか!!

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