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始まる 物語5


 

 兄ィさまの過去の話に関しては、清水ルートでゲーム中ハッピーエンドに近づくと、


『すまなかった清水。あの人を死なせてしまったこの身分を許して欲しい』

『上様…何故』

『せめてもの償いがしたい。なぁ清水。妓楼から出て、外で暮らしてみないか』

『いえ…私には離れたくない人がおります』

『ある姫との縁談が来ているのだが…受けてはくれないか?』

『だから私には!』

『末山城の愛理二姫とだ』

『愛理?…まさか』

『俺は愛する人と結ばれる事が出来なかった。だからせめて、お前は愛する人と幸せになっておくれ』


 という感じで父ちゃんである上様が後半に出張ってくる。

 なんやかんやで数年後に部下の失態に気づいた上様が、おやじ様経由で天月まで来て清水に謝罪をするのだ。

 それからあれよあれよと話が進み、妓楼から脱出、外野でハッピーエンドという流れになる。愛理が実はどこぞの姫だとは前に回想したが、こういう場面でその設定が有効活用されるのだ。ヒロイン補正?…最強。


 しかし…日本語とは便利なもんで、「なんやかんや」や「あれよあれよ」で話が進められるのだから楽なもんです。

 

「ん……」

「兄ィさま」


 頭の中でボーっとそんな事を考えていると、再び清水兄ィさまが身じろいだ。

 お、起こしちゃったかな。

 と気になり兄ィさまをチラリと覗き見る。


『切腹』


 頭に浮かんだその言葉に、私の視線は兄ィさまの腹に止まった。

 そう言えば下腹の三本の蚯蚓腫れのような横線…。


 ゲームの中の兄ィさまは腹の傷を人生の汚点だと話している。生きたいと思いながら切腹をしてしまった事。三度も切って死ななかった事。自分の決意の弱さと浅はかさが傷として残っているそれが、兄ィさまが兄ィさま自身を許せなかったのだと。


 だが、それに加えて母が死んだときの事も思い出してしまい、苦しいというのも傷を嫌う理由にある。



 なんて…なんて自分に厳しいんだ。

 私なんて自分に甘すぎてサトウキビが頭から収穫できそうなのに。

 とんだ甘ちゃんだったよ私は。


 でも私だったらどうしていたのだろうか。

 死んでしまいたいと思ったのだろうか。

 それとも…清水兄ィさまの様に生きたいと願ったのだろうか。 

 今この世界に私の母親はいないし、前の記憶もほぼ無いから母親なんて分からない。


 だけどもし天月の皆が死んじゃったら?目の前で自分は助ける事も何も出来ずに殺されちゃったら?


 そんなの考えただけで背中が冷えて嫌な気分になってくる。

 鬱になる。



「野菊?お前起きてんのか?」

「あ、蘭ちゃん」


 ジーッと清水兄ィさまを見ていると、ちょっと遠くから蘭菊の声が聞こえてきた。

 兄ィさまから視線を外して声の主を目で探してみれば、朱禾兄ィさまと宇治野兄ィさまが寝ている間から顔を出した奴が見える。

  

 え、いつから起きてたの。

 全然気配感じなかった。 

 

 しかし、改めて部屋を見渡すとカオス状態で皆が屍のように転がっている。それに朱禾兄ィさまや他の遊男たちの腹がチラホラ着物から見えていて、とても寒々しい。風邪引いちゃうよ。

 てか見ていて私のほうが寒くなってくるよもう。せめて冬場は腹巻をしようよ腹巻。私なんてサラシの延長で腰まで布巻いてるんだぞ。

 

 見習わんかい。


「おい…」

 

 心の中でえらそうに発言していると、再び声をかけられる。

 あ、蘭ちゃんのこと少し忘れていた。ゴメンよ。


 眠たそうにこちらを見てくる蘭菊は、目をこすりながらあくびを欠いている。


 てか、あれ?あれれ?

 あいつ昨日ゲロってた奴じゃん。

 ゲロゲロ小僧じゃん。

 ゲロッピーじゃん。


「げろげろぴーぴー」

「なっ、お前喧嘩売ってんのか!」


 そう言うと力こぶを握り締め、プルプルと震えながらメッチャ蘭菊が睨んできた。

 相変わらずこの手のおちょくりに弱いなぁ。もうちょっと落ち着けばすっごい格好良いのになぁ。でもそこが蘭ちゃんの良い所でもあるのだから面白いもんで。

 

 笑いながらおちょくり続ける自分に、意地が悪いなとは思いつつ楽しくなってくる。

 本当ゴメン蘭ちゃん。

 楽しくてごめんなさい。


「ぴーぴー」

「うるせー!お前に酒を八升飲まされた俺の気持ちが分かるか!」

「はっ八升!?」


 八升!?

 お酒を!?


「八升だ!」

「はっしわっ私死んじゃう!蘭ちゃん凄!スッゲー!カッコイイ!!」

「ど、どーってことねーよ」


 いや、どーってことあるから吐いたんだろうが。


 頬を指でぽりぽりかきながら、ちょっと照れたように笑う蘭菊は…ちょっと可愛い。

 くっ、男のクセに生意気な。


 でもそれだけ飲まされたのなら、ゲロってしまうのも頷ける話である。

 私だったら吐いてちょっと寝ただけじゃ全然お酒抜けないと思う。こやつ本当に大丈夫なのかな。

 ある意味酒豪?


「もう吐き気無いの?」

「全快だっつーの」

「大丈夫?頭とか」

「お前のその言葉、どういう意味で言ってんのか考え物だな」


 失礼な。 

 頭がクラクラとかして痛くないのかと心配しているんだぞ。べつに頭が馬鹿になっているんじゃないのかという意味では無いからね。

 こいつは私をどういう奴だと認識しているんだ。こんちくしょーが。

 

 私は唇を鼻に付くくらいムゥと突き出して蘭菊をじろりと睨む。


「…っ」


 …ちょ…おい、いま笑ったか?

 そんなにブサイクだったか?えぇ?

 私の不快を知れ貴様。

 あ、でも不快に関してはお互い様か。


 「普通に心配してるだけですー!」

 「てかお前、その体制辛くねーか?」


 蘭菊が私のほうを指差して言う。

 思えば私は未だに羅紋兄ィさまの腕の中だった。蘭菊の言うとおり確かにそんな状態で頭を持ち上げて話してるから、正直首が痛い。もの凄く痛い。


 と言うかその前に一つ言いたい。

 …これだけギャーギャー二人で話しているのに誰も起きないなんて、どういうこと?

 ちょっとちょっと。

 今もし不審者とかが進入して来たらどーするの。…え?私と蘭菊で片付けろって?んな無茶な。


 とかそう大抵おこりもしない出来事にアホみたいにビビる私。

 チキンとでも何とでも呼ぶがいいさ。


 でも取り敢えずまずは、身動きが取れない状態を何とかしたい。猫の手でも良いから借りたいのです。

 未だに私を遠くから眺めているだけの蘭菊の手でも良いけど。


「蘭ちゃん、ちょっと羅紋兄ィさまの腕上げてもらっていい?」

「それもう起こしちまえよ。股に一発食らわせて」

「んー。でも起こさずに済めばそれに越した事ないしなぁ」


 吃驚するほど羅紋兄ィさまの腕はなかなか退かない。

 蘭菊の言うとおり足で男の急所を蹴りつければ、そりゃ起きてくれるだろうが…。

 そんな酷い事私には出来ない。

 出来ませーん。


「ていうかこんな寒いのに皆腹出して寝たりして風邪引いちゃうよ。掛け布団掛けたいから、蘭ちゃん手伝ってください」

「風邪引かせときゃいーんだよ」

「ハッ。馬鹿ちんが。お前こそ風邪引いちまえ」

「なんだとコラァ!!」


 全く喧しいな。

 人の体を労われない奴は碌な目にあわないんだぞ小僧。


「…たく、ほらよ」


 だが散々ほっとけと言っていた蘭菊は、仕方ない、というような感じでこちらへ来て羅紋兄ィさまの腕を上げてくれた。


 しかし寝相の悪い私が抜け出せなかったほどのそれは、男の蘭菊でも少しキツイようで。

 小僧の腕が再びプルプルしている。メッチャ力んでるよ。

 蘭菊頑張れ!

 お前なら出来る!!


 と応援する私の上で、顔が若干赤くなりながらも必死で引っ張ってくれている蘭菊は言われなくても頑張っていた。


「重!なんでそんな筋肉質ってわけでもねーのにこんな重いんだよ」

「だよね」

「重いっつーか力入ってんじゃ…」


 なんて二人してゴチャゴチャ言いながらも、どうにか蘭菊が持ち上げて出来た隙間から体をすり抜けさせて私は脱出に成功した。

 そしてやっと自由になった上半身を起こす。

 

 うぉ~…首が痛い。

 ゴッキゴキ鳴りますぜ。

 あ、羅紋兄ィさまは…起きてないよね。うん。大丈夫。


 確認してそっと兄ィさまから離れると、掛け布団を取るために部屋の押入れを蘭菊と開ける。中には八枚ほどの掛け布団が入っており、反対側の押入れにも同じ枚数が入っているため全部で十六枚となるが人数分は…。


 んん~。足りるか?

 とりあえず皆に一枚一枚…じゃ足りなくなるので、数人に一枚という感じで掛けていく。

 これならば全員に掛けられるだろう。


 染時兄ィさまと阿倉兄ィさまに、朱禾兄ィさまと宇治野兄ィさま。と順にペアで布団を掛けていく。掛けた瞬間、皆無意識で布団に縋るから見ていて面白い。ううん可愛いです。

 さて次は…あ。

 あらまぁ。


 視界に入ってきたのは銀髪と青髪。

 言わずもがなアノ二人である。


「凪風ったらこんな所に。およ、秋水もいる。仲良く並んで寝転ぶとは…」

「あー、そいつら昨日妙に意気投合してたからな」

「それはいつもの事じゃないの蘭ちゃん」

「そうだな」


 順番に周っていくと凪風と秋水が仲良く寝ている姿を発見した。なんかちょっと興奮する。いや、変態とか言わないでよね。そういう意味じゃないから本当。

 あと別に悪用したいわけではないが、カメラがあったら是非とも写真を撮りたかったです。


 とかそんな思考に浸っていると、遠くにいる新造や禿ちゃん達に掛け終わったらしい蘭菊が、私の持っている掛け布団を指差してくる。


「おい、清水兄ィさんと羅紋兄ィさんにも早く掛け…いや俺が」

「はい掛けまーす」


 私は最後の一枚を凪風と秋水から少し離れた所で寝ている二人に掛ける。


 あらららお二方の寝顔が綺麗ですこと。

 でも羅紋兄ィさま、左の頬っぺたに畳の跡付いてるよ。清水兄ィさまは…流石だ。うつ伏せになってはいるものの、顔が横を向いておりギリッギリ耳までしか畳に付いていない為、顔にはノーダメージ。

 ある意味隙が無さすぎるな。


 相変わらず無駄な感想を頭の中で繰り広げた野菊は布団を掛け一呼吸した後、清水の傍にそっと近づく。


 兄ィさまの顔をじっくりと見れば、笑ってもいなく怒ってもいなく悲しんでもいない。無表情で目を閉じている。て…いやいやいや、そりゃそうだろう。寝ているんだから。

 と自分の馬鹿な実況に突っこむ。


 そう言えば大人になると夢を見なくなるって言うけど本当かな。でももし見れるなら兄ィさまにはとっておき面白い夢を見てもらいたい。笑いすぎて兄ィさまが涙目になるところとか凄く見てみたい。

 

 野菊は清水に笑いかける。


「清水兄ィさま、私は兄ィさまに出会えて幸せです。あ、もちろん皆にもです。へへへ。兄ィ様は…」


 ほんの少しでも、幸せを感じてくれていますか。




あとがき。


『…うん』

『え!?』

『…スゥ…スゥ』

『ちょっね、ねぇ蘭ちゃん。今清水兄ィさま返事したよね?ね?』

『知るか馬ァ鹿!!』

『おっ大きい声出さないでよ馬ァ鹿!!…あ、そうだ』

 

 そんな蘭菊の態度にちょっぴりプンスカしながらも、押入れの戸を閉めに行くために離れた野菊。 

 




『…スゥ……』

『…今日から狸って呼んでやる』

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