始まる 物語2
バタンきゅー。
「野菊!?」
「おい、どうした」
「いや…なんか『嘘ー』とかいきなり叫んだとおもったら、…倒れた」
「取り敢えず運ぶぞ」
「野菊ー!!」
―――――――――――――――
―――――――――――
――――――……
頭が痛い。
景色が暗い。
「ゲコゲコ」
「あれ」
「ミャー」
頭痛と動物?達の鳴き声で目が覚める。
ここは動物園か何かなのだろうか。というのは冗談で。
気がつけば私は布団の上にいた。
思い起こせば、この世界で始めて目が覚めた時もこんな感じだったような気がする。あの時との違いを挙げるとすれば、目覚めたのは川原ではなく暖かい布団の上だと言う事とこの世界を知っていて尚且つ私は家なき子ではないという事だ。
右横を見ればチャッピーと護が心配そうに私を見ているし。(多分)
そういえばコレ、誰かが寝かせてくれたのかな。
叫んだ後の記憶が無いから、なるほど…気絶したのか私。と今更な事を考える。
「はぁ……」
格子の外はもう暗くて星が見えている。
ついでに部屋の中も暗い。寒い。
私は布団からは起き上がらず、天井を仰ぎ見ながら気絶した原因である事柄を思い出して溜め息をつく。
それは「夢見る男遊郭~一夜を共に~」と言うゲーム。
登場人物は主人公である愛理と、攻略対象である花魁の8人である。
愛理の正体はある城主の子で、ワケあって城から抜け出してきたお姫様という設定。まぁワケとは言っても大したワケではない。三十も年上のオッサンと結婚させられそうになり、それが嫌で世間知らずなお姫様は城を飛び出したという、ありきたりな設定だ。
そして逃げだした先で拾われたのが天月となる。花魁の皆との恋がそこで始まるのだ。
花魁の皆にはそれぞれ心の傷がある。
それを主人公が徐々に癒し、ハッピーエンドまでうまくこぎつけられるかどうかの恋の駆け引きゲーム。ちなみに、ハッピーエンドの条件は『キス』。
遊男の誠の愛の証であるキスをされれば見事クリア。妓楼から出られる展開にも漕ぎ着け、最終的には吉原の外で仲良く夫婦だ。
花魁には、それぞれ出生の秘密がある。
ほぼ共通するのは男の浮気で出来た不義の子であると言うこと。
この世界では、女の浮気は仕方が無いと思われている為、子どもが出来てしまったりしても認知?をされるが、男が浮気をして子どもを作ってしまった場合は違う。
世間一般的に、体裁が物凄く悪い。半端なく悪い。
だから男の浮気で産まれてきた子供は、浮気相手の女がひっそりと養う。
相手によっては、子供を殺せと言う人もいるから物騒だ。
そしてこの天月の花魁のほとんどは何かしらの地位を持った家の生まれで。
これがまた凄い。まるで謀られたように父親が高い身分の者が集まっているのだ。
まず清水は征夷大将軍の御子。
つまり上様だ。上様。
宇治野、彼は有名な歌舞伎一家の頭の子ども。
羅紋は江戸の大名の子。
秋水は征夷大将軍の御子。
清水とは実は腹違いの兄弟である。
蘭菊は旗本の家の子。
凪風は普通の家の生まれ。
「はぁ…」
本日2回目の深い溜め息をつく。
全く何で気づかなかったんだろう。
心の中で何回か引っ掛かった事はあれど、別段気にしない精神を貫いていたせいなのか。
愛理ちゃんの姿を見てもいないのに頭の中で思い浮かべられたりと、無意識の内に思い出していたのに全スルーしていた私。こんな 16になるまでのほほんと過ごしていた自分がマジ恥ずかしい。
別に誰に見られていたワケでもないけど地味に恥ずかしい。
そう言えば、これは何て言うのだろう。
転生?転生したって事なのか?
そもそも転生って何。どういう意味だっけ。(※死後に別の存在として生まれ変わることを言います)
ゲームの世界にとかあり得るものなんですか?
ファンタジーだよファンタジー。
とにかく変な気分だ。
というか清水兄ィさまと秋水が兄弟…。
思い返せば兄弟っぽい要素はあったような気もしなくもない。母が違うから異母兄弟と言うべきか。似てる所はちょいちょいあったかもしれない。
いや分かんないけど。
ゲームだと気づいた事で皆の人生の裏を知ってしまった今、これまでと同じように接する事が出来るだろうか。
しかも私は嫌な役の野菊。
皆が心惹かれていく愛理に、可愛く言えば意地悪と言う立派な犯罪に手を染めていく嫉妬狂いの女の子だ。
しかし野菊は本当なら5歳ではなく設定では10歳で妓楼で拾われて裏方として働いているはずで。
愛理ちゃんも本当なら18で妓楼へと来るはずなのに。
少々のズレが生じている。
あ、そう言えば蘭菊が愛理ちゃんと一緒に倒れていたあの布団部屋。
あれは蘭菊ルートへ入っている時にある1場面。
あの場面。実は布団に倒れる二人を偶然見てしまった野菊が愛理へ嫉妬をぶつけて言い合いになるという事態が起きるのだが…。
…私は言い合いをしてはいない。
してはいない。
してはいない。が。
あ、そう言えば清水兄ィさまと愛理ちゃんが抱き合っていたあの物置小屋。
あれは清水ルートへ入っている時にある1場面。
偶然物音に気づいた野菊が戸をコッソリと開けてしまい、抱き合う二人を見て愛理への憎悪を増幅させてしまったと言う場面だ。
…しかし私は嫉妬をしていない。
していない。
いない。が。
私、知らない間にゲーム通りの行動をしてる…ではないけれど話に沿っちゃってるんじゃなかろうか。
あ、そう言えば愛理ちゃんが階段から落ちたあの場面。状況は違うが、野菊が階段から愛理を突き落とすシーンがゲームにはあった。だが実際私は落としてはいないし、なにより一番最初に愛理ちゃんの所へ駆けつけた第一発見者だ。
そう、第一発見者。
だから……。
「……」
「ゲコ」
「ニャー」
ま、待って。待った待った。私滅茶苦茶危なくね?
おやじ様の推理が無かったら、私100%ではないけれど疑われててもおかしくなかったよね私。あの状況。
その有り得なくは無かった事態に私の心臓は今バクバクとすごい速さで動いている。目眩も心なしかしている気がする。
しかし、ハタとここでまた気づいた事がある。
花魁は確か…そう、8人だったはず。二人足りないのだ。渚左と浅護。この二人。この世界があのゲームの世界なら絶対にいるはずなのだが、私がここへ来て10年経っている今でも影ひとつ見たことがない。
「ニャン」
「ゲーコ」
考える事が多い。
それにゲームの内容やそのゲームをプレイしていたと言う事を思い出したが、相変わらず自分がどんな人間だったかは思い出せてないし。
謎である。
「はぁぁ………」
本日3回目の深い溜め息をつく野菊であった。
●●●●●●●●●●●●●
「野菊、もう大丈夫なのか?」
「な、なんとか」
別段どこが悪いワケでも無いので、私は皆が宴会騒ぎをしている胡蝶蘭の間まで来てみた。
一度ゆっくりと心の整理をしたいところだったが、ずっと布団で寝ていても疲れる。でもだからと言って一人部屋の中で起きて考えに浸っていても疲れる。そして皆の顔を見てもゲームのことを考えてしまう、かもしれない。
けれど確かめたかった。これが本当にあのゲームの世界なのかを。今、私がいるこの世界は人に会って話せて相手に触れられる、全部が本物だから。これが今の、私の現実なのだと感じたかった。
そんな事を思いつつ顔をひょっこりと見せた私に、戸の近くにいた朱禾兄ィさまが声をかけてくれる。
「あいつら出来上がってるから、俺と染時の間に座っときな」
「じゃあお酒継ぎますね!…染時兄ィさまどうぞどうぞ」
「おぉ悪い。いつも花魁連中に取られてるからなぁ~。元旦の休みに感謝様様だ」
「あはは」
皆を見てみれば、あぁ…酒に呑まれている。
日頃『酒は飲んでも呑まれるな』をモットーにしている遊男達だが、仕事中でもなく休みというこの日はそんな事は気にせず飲むに飲んでいたらしい。
皆鬱憤やストレスが溜まっていたのかな。
阿倉兄ィさまが浴びるように酒を飲んでいるのが見える。
「俺ァ、俺ァー海賊王になぁーる」
「よっ海賊王」
「海賊王ー!!」
ワッショイ!
ワッショイ!
「海賊王ってなんだ……盗賊か」
「さ、さぁ」
「呑まれて妄言吐いてるだけだろありゃ」
あそこだけ空間が違っている。
それを薄い目で見ている私達3人はさながら傍観者。
「お、やっと起きたな野菊」
「羅紋兄ィさま」
そうして3人でまったりしていると、半酔いらしい羅紋兄ィさまが現れた。
休みの今日は派手な着物ではない遊男が多い中、兄ィさまは緑の布地に金の蝶の模様と朱の牡丹の花が描かれた派っ手な長着を着ている。
まぁ似合ってるけども。
「皆なぁ心配して一人一人お前の事見てたんだぞ」
「えっそうなんですか!?」
起きた時に誰もいなかったから全然気づかなかった。
そんな口を開けて固まる私を見て羅紋兄ィさまはしてやったり顔をする。
「もうちょいしたら清水が見る番だったんだけどな。…はっはっは!ざまぁみろ」
腰に手をあて馬鹿笑いをしている大人げない大人を見る。
羅紋兄ィさまの設定はこうだ。
江戸の大名と浮気相手との間に産まれた羅紋。
普通なら浮気とはいえ大名の子なので、大名の子として大事に育てられるが、浮気をしたのが男の方ということで大名の子として育てられず。相手の女が育てる事に。
だが男遊びをする女に羅紋というコブは邪魔だったのか、ろくに子どもの世話をせず虐待紛いの扱いをした挙げ句、息子を男遊びの金と引き替えに遊郭へ売った羅紋の母。
実の母から受けた傷や行いは精神的に深い。
思うのだが…当主とは血が繋がっていないのに、大名である男の方が浮気して出来た子どもは認知せず、妻の浮気で出来た子どもを認知するのは大変おかしな事だと思う。
この矛盾に誰も気づかないのだろうか?
気味が悪くて仕方がない。
それに今でも私はこの世界の常識が分からない。
いや…違うな。
分かるけど理解出来ないと言うのが正しいかも。
「はっはっは」
「……」
しかし、見る限り羅紋兄ィさまからそんな憂いさは感じられない。
見せないようにしているのかなんなのか、羅紋兄ィさまの元気っぷりはゲーム中ではあまり見られなかったような気がする。
どちらかと言えば元気な中にも陰りがあり、宇治野とは確か険悪な仲で。
ちなみに宇治野兄ィさまの天月へ来る経緯は羅紋と同じだが、彼の心の傷の場合は家族の問題というより、天月へ入ってからのほうにある。
花魁の中では一番年上ということもあり色々な遊男たちを見てきている彼は、その流れの中で自殺をしていった仲間たちの異変を前もって感じていながらもあえて何も言わず傍観をしてきたことを悔いていた。
だが羅紋はそんな宇治野に対し嫌悪を感じており、馬が合わないのか会えば言い合いをするという仲だった。
だが、今の兄ィさま達は皆仲良しだし。
あー…もう。なんなんだろう。
と思わず首を振り天井を仰ぎ見る。
「そんな事言ってると清水兄ィさんにドつかれますよ」
「凪風…お前なぁ。そう言う事言うと本当にドつかれるからやめてくれ」
徳利を持った凪風がこちらへとやって来た。
左手に持っているのは『鬼婿』という字がデカデカとかかれた酒。
いや、婿って…。
鬼嫁じゃないんかい。
「野菊はお酒飲む?」
「うーん…。起きたばっかりだし、まだいいや」
「そう。じゃ、僕に注いでね」
そう言うと私の目の前に座り込み杯を突き出してくる。
…このクソ銀髪め。
「分かった。溢れるくらいね」
「やめて」
でもよかった私。
普通に話せてるよね。
凪風は普通の家の生まれ。
四人家族だったが、生活が苦しくなり妓楼へ売られた。
そして彼にはワケがあり、血の繋がらない妹がいて。
その妹が両親から扱き使われ無いか、捨てられないかが彼の唯一の心残りだった。
妹、彼女の名前は志乃。
だがその正体は…
「凪風…あのさ」
「何」
妹とは3歳差の凪風。
もう会わないであろうと思われていた妹だが、偶然にも兄妹が再会する日が来る。
場所は天月妓楼。
彼が13の時に妹が偶然にもおやじ様に拾われてやって来るのだ。
名前を変えて。
「私――」
名前を聞かれても名乗らなかった志乃に、おやじ様がつけた名は。
その人は、
『――…兄ちゃん』
『野菊』である。
あとがき。
『何?』
『い、いいえ何でも無いです』
『ふーん』
誰か勇気と元気を100倍くらいください。




